謎
「やっと帰ってきましたね」
扉を開けた途端に、目の前で仁王立ちをしたセラにそう言われた。
「あ、はい」
「はい、じゃあないですよ!帰ってきたらぁ、言うことありますよねぇ?」
何故かヤクザのような口調で怒りながら指を突きつけるセラは、元気そうだった。ミシェルは少し考えると、あっているかどうか不安になりながらも
「ただいま?」
と言ってみる。セラは指を下ろし、怒ったような表情をガラリと変えて笑う。
「おかえりなさい、無事で安心しましたよぉ」
「セラ、急にそれは脅かしすぎだろ。普通に出迎えれば言ってただろうしな」
後ろからジェズの声が聞こえて、セラは振り返る。ミシェルは部屋に入ると椅子に座るジェズにも言葉をかけた。
「おぅ、おかえり。そんじゃ話をしよう。早い方がいいだろうしな。食事もあるぞ」
ジェズはスクッと立ち上がると、テキパキと準備をし始めた。食事を盛り付け、食器を並べていく。
「…座りましょうかー。ジェズが久しぶりに張り切ってますしねー」
セラはジェズの邪魔にならぬよう、横を通り過ぎると席についた。ミシェルも動揺しながらも料理人のように働くジェズを見ながらセラの隣に座る。
「いただきます」
ジェズが座ると、しばらく黙々と食べ続ける。山菜を使ったサラダと、スープ。それに豪快に焼いた肉がジュワッと口の中で弾ける。夢中になって食べていると、セラとジェズの目線を感じて恥ずかしくなる。
「…ふふー、美味しいでしょう?ジェズの腕はいいんですよぉー?」
「美味そうに食うな。作った俺としても嬉しいぞ?」
話す代わりにはむはむと肉を食べ進める。ミシェルは口元を拭いてから顔を上げて、
「美味しい、ありがとうジェズ」
と言った。久しぶりの食事のような気がして、ついがっついてしまった。だいぶ恥ずかしい。
「それで?リュウセイはどうなりましたか?きちんとお別れできたんですよね?」
「はい」
ミシェルは微笑みを浮かべ、これまでにあったことを簡単に話す。そして後悔はないことをアピールする。セラはニコリと笑うと、何度も頷いて肉にかぶりついた。
「しょれはよかっふぁ」
「おいおい、食べながら話すなよ?」
ジェズはスープを飲みながら、セラを微妙な顔で見つめてそう注意する。だが、どこか満足気な表情だ。
「それで?ミシェルはあの仮面に何で攫われたんだ?」
「急ですねぇ。気にはなりましたけど」
質問に、ミシェルも手を止めて考える。結局のところ本当の真意は分かりかねないのだが、一つ言えるなら。
「私に似すぎている彼女がいたこと、が一つの目的かと」
「村を襲ったあいつだな?確かにミシェルに似すぎている。どこからどう見ても雰囲気以外違うところがない」
ミシェルの予想では、レークの仕業なのではないかと思う。研究をしている彼ならば、予想もつかないことをしそうだ。モンスターを組み合わせることについても知っている。ならば…どんな技術を使えば…
(クローン?)
…?クローン?ズキリと頭が痛みだした。こめかみを押さえて目を閉じる。すると頭の中を文字が流れ込むように知識が入ってくる。細胞により、同じものを作ることができる。だが、由香としていた世界では人で試したことはなく、難しいとされているはず。
(それ以外に、私は知らない)
声が頭の中に響いている。自分の声ではない。ミシェルは目を閉じたまま、その正体を探そうとする。
「ミシェルぅ?」
セラの声に、目を開ける。心配そうに目を覗き込まれ、ミシェルは、
「あ、ボーとしてました。大丈夫、です」
と答えて安心させるように食事を口に運ぶ。いつの間にか冷めてきている。どれ程考えていたのだろう。
「まぁ、俺的には仮面の仕業じゃねぇかと思うけどな。あいつは得体が知れねぇし」
「同意です。前にミシェルが気持ちの悪い気配と言ってましたが、仮面が近くに来た時、ドロッとするような気持ちの悪い気配しましたしねぇ。殺気とはまた違って嫌な感じでしたよぉ」
セラが引きつったような笑い方をして、身震いさせた。ミシェルは、思い出して顔を顰めた。そして、レークの姿と雰囲気を思い出してみる。
「確かにあの気配…ずっとつけられていた。でも、いつから?」
フッとした時にあの気配はしていた。だが、いつからだったのか覚えはない。もっと、ずっとずっと前に…?しかしあの建物から出た後は全然感じられないので、大丈夫だが。そう思うと、謎がありすぎるレークは危険なのだと再認識された。
「洞窟の中に入ってからだろ?となると随分ミシェルに執着してるんだな?」
「変態ですねぇ。ストーカーですよー。いつ現れるかわかったもんじゃないですしぃ」
セラがガツガツと肉を食べる。頬を膨らませて、不安そうに外を見る。
「んグッ!」
セラが食べ物を喉に詰まらせむせる。ミシェルはスっと視線を動かして固まる。ジェズも同じだ。
「おや、邪魔したかね?すまない、混ぜて欲しかったものでね」
「ユーナも!」
いつの間に入ったのだろうか。窓に近い場所で二人の姿が見える。仮面の奥でほくそ笑む男レークと、子供のようにはしゃぐ血濡れの双剣を携えたユーナ。殺気はないが、無邪気に笑うユーナも侮れない。
「何をしに…」
「君が突然いなくなるからだ。雪山で遭難したかと思えば、小さきドラゴンの背に乗って飛び去ってしまったのでね。てっきり、王子様でも来たのかとね」
食事どころではないので、身動きできるように席を立つ。するとジェズが机を奥の方へと押し出した。荒い動きで食器が落ち、ガシャンと音を立てた。だが、相手も気にする様子はない。
「それにしても、私がミシェルに執着する理由を聞いていたね?そんなにも、教えて欲しいのかい?ミシェルの本当の正体を知ろうというのかね?」
その言葉に引っ掛かりと、まずいという焦りの気持ちが込み上げる。ミシェルは由香という名と、どこから来たのか、話したことは無い。異世界から来たのだと聞いたら、どんなに不信感を抱かせてしまうのだろうと不安になる。ハッキリとしない、モヤモヤする気持ちが燻っている。
「ミシェルの正体なんて知りませんよ!ミシェルはミシェルですしぃ、どっちかといえば貴方がミシェルに付きまとうのをやめて欲しいんですぅ!」
セラがキッとレークを睨みつけてミシェルを庇うように前に出る。それを見て、ミシェルはセラの手を掴む。
「離れないで。怪我治ってないから」
「でも…あいつにミシェルをやるわけには行かないんですよ」
セラは震えた手を握る。怖いという感情が、手を通してミシェルに伝わる。
「…ありがとう、セラ。大丈夫だから」
でも守ってくれるのは嬉しい。けれども、それ以上にセラが、ジェズが傷付くのは見たくない。私は力を得た。使わなくてどうするのか。でもその前に、聞かなくてはならない。
「何故、クローンを、私を作ったんですか?」
「ほぉ、その言葉を知っているか。私はつい最近、異世界のことについて調べていてね。一人の人間がこちらに来たことで、その記憶を介して知識を得る事が出来たのだよ」
予想できた言葉に、ミシェルは先を促すように頷く。
「そして、その人間が我ら悪魔の一人と契約を結び、力を得た。しかもただの契約では得られないような力を。今は制限されているにしても、人間が背負える力ではない。ならば何故だろう?耐えられるのは」
全てを見透かされたように語られる真実。ちらりと仲間を見れば、邪魔をしてはいけないと感じたのか静かに目を閉じて聞いている。
「その者が超越する何かを持っていると考えたのだ。では、それをコピーすれば強き人間を作れるとね」
「何故そこまで力を得ようとするのですか?悪魔は人よりもずっとずっと力を持っているのに」
レークはくくく、と堪えるような笑い声を上げる。そして、仮面に手を掛けた。
「仮面を外そうか。君には私の正体を知る権利があるだろうからね」
カポ、と外れる音がした。濃厚な魔力がブワッと周囲に広がり、瘴気が生まれる。その瘴気は生き物のようにくねり、広がる。動けないまま、仮面がレークの腕から落ちる。最初に目に入ったのは、角だ。額から伸びる二本の赤い角。
「あ」
誰が出した声だろう。レークの瞳は黒に近い赤色で、宝石のように透き通っていて、何もかもを見透かすように強い力を持っている。瞳に合わせるように、口元には嘲りの混じる笑みが常に浮かんでいる。
「伝説の…魔王…ですぅ」
セラの呟きがやけに耳に響く。しっくりと馴染むような響きに、ミシェルは目を離せぬままごくりと喉を鳴らした。
「兵力を、求めているんですか?魔王として…」
「ふむ、そういう考えもいいがね。純粋に我に勝てるような者が欲しいのだよ…。戦争はしてないのでね。どちらかと言えば、我を相手に逃げ出す程だ」
とんでもない魔王だ。戦闘狂という言葉がしっくりきそうな発言に、驚きが隠せない。ついさっきまで研究者のような、自分の手を使わない策略家だと思っていたというのに。
「意外かね?だが我も魔王。無闇に殺しては世界が滅びかねん。対等な相手を作ろうというのは無謀かね?」
その問いに、人では答えられない。話が大きすぎる。それに、口元だけ笑みを更に深めて圧力をかけてくる魔王相手に誰が口にできるか。いたとすればそれは、命知らずか、それとも。
「そんなにも怖がるか、ミシェル。君には期待しているのだがね。この私を、本気にさせられると」
何故そこまで言えるのか。戦いの知らぬ世界から来た、借り物の力の私に。それに、クローンである彼女の方が強いはずなのでは。魔王が作ったユーナという隣に立つ少女は、私よりもさらに強い力を持っていた。
「君にはまだ力がある。誰も知らないような、解放されてもないそれが。使いこなすといい、我は君に期待するのだからね」
カチャリ、と仮面を掛け直す。魔力が霧散したように消え去り体が軽くなる。力が抜けすぎて倒れてしまいそうな程に。
「ではね。そうだ、クローンは置いてゆこう。私には教育というものがわからぬのでね…さらばだ」
返事も聞かずに、消え去ってしまう。常識なんて、彼には一切通じないのだろうとミシェルはから笑いしたい気持ちになる。
「……ユーナ、怖かった」
残された彼女は、レークの正体を間近で感じたせいか涙を浮かべて体を縮こまらせていた。
「…魔王の事は置いといてだ。…お前、これからどうするつもりだ」
そんな彼女に対してジェズが歯をむき出しにして武器を向ける。ミシェルは口を出すことをしないと決めて、一歩下がる。ユーナが襲いかかるのならば、容赦はしないとその動きに注意して。
「主がここにいろって言ったから居るよ?ユーナ、もう悪さしないし安心してね!」
笑顔でそう宣言したユーナに、ジェズの表情が怒る獣のように変わり、武器を上げた。その手に持った銃をユーナの頭に合わせる。力を込め、撃とうとした。ガシャンガシャン、と落ちる音がする。
「ユーナ、もう悪さしないよ?」
双剣を落として、銃先から真っ直ぐにジェズの方へと歩いてくる。必ず当たるような位置まで来ると、ユーナは笑顔を崩して、無表情とは違うが、どこか悲しげに銃口を見つめる。
「ユーナ、怒る理由分かんないよ。もうしないのに、生きてるのに、怒るところがあるの?」
「…っ!俺は、セラを、ミシェルの名を傷つけるような行為をした事について許せないんだよ!お前にはわからないだろうな!痛みが、心の痛みがよ?」
ジェズは怒りのままに叫び声をあげた。ユーナはひたすらに理解しようと話に耳を傾けてはいるが、理解出来ていないようだ。何度も何度もジェズを見て、ミシェルへと視線を向ける。
「ユーナ、わかんないよ…心って何?痛みって何?」
心が痛む。ユーナがどんな子なのか、全然分からぬままに、このまま終わらせるわけにはいかない。
「ジェズ…時間を私にください」
「ミシェル」
どういうことだと、ジェズが責めるような目線をこちらに向ける。わかる。わかっている。けれども、どこかで納得いかない自分がいるから。
「甘いと言われても仕方ない。でも、罰を下せるほど、私はその子のことを知らない。そしてその子が私にどこまで似ていて、昔の自分なのかを知りたい」
クローンは、細胞から造られるという。詳しくは知らないから、どこまで一緒なのかはわからない。もしかしたら、育った場所が違っただけで、私もこうなってたのかもしれないから。その可能性があるから。
「会話をしよう、ユーナ。二人で」
「……はい」
その一つさえ、知ることが出来るのなら、知りたい。私は確認をとるように、ジェズに再度顔を向けた。
「…ミシェルの問題もあるんだな。それがミシェルのやり方なら、従おう。その後はケジメをつけさせる」




