真実とは
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人里からは見えぬ場所に、その神秘の洞窟はあった。入り口はほぼ目立たないのだが、一歩入れば目を疑う程にガラリと景色が変わる。遺跡のようにしっかりとした壁は薄くぼんやりと光り、大きな扉が立ちはだかっている。その扉の前には、青い石像がある。騎士のような姿のそれは、気配を察知して目を光らせた。
「オヤ、貴方ハ。オ待シテオリマシタ。空間ハ繋ガッテオリマス。オ通リ下サイ」
情があるような話し方で、来訪者に声をかけた。言葉に反応したように扉が青く光りゆっくりと開く。
ミシェルはそれを見て、前へと歩き出した。扉の中に入ると水の中に入ったかのような感覚がした。それは一瞬のことで、すぐに視界が開けた。
エメラルドグリーンに染まる空に、星が瞬いている。天の川のような星の流れは、初めてリュウセイに出会った時と同じだった。黄金色の草原は、緩やかな涼しい風が吹いて微かに揺れている。それを追うように視線を向けると、人影が見えた。
「リュウセイ…?」
ゆっくりと近づいていく。近くなるにつれて緊張感が高まってくる。ミシェルは風に揺れる髪を押さえて、彼の前で止まった。
「やぁ」
その一言で、ミシェルは悲しげに笑みを浮かべて呼吸を整えた。
「それが貴方の正体ですか」
彼の青い髪がさらさらと揺れる。彼を纏う空気は冷ややかで温かくない。彼は微笑を浮かべながら口を開く。
「君は真実を知るのかい?」
「…真実とは、なんですか?貴方は、結界の番人でしょう?それ以外の何者でもない」
彼はもう私の知るリュウセイではない。一目見て、私はそれを理解した。
「私の力をあげたのと同時に、感情や記憶まで流れていった。でも貴方は、力を全て分身に与えたのでしょう?」
始まりは、あの出会い。だが、次に出会った時には彼は弱っていた。力の残滓もないほどに。今、この世界のことを知ってから考えれば、おかしい。あそこまで弱ったら結界は壊れてもおかしくない。なのに、私の力をあげただけで元に戻るなんてありえないのだ。だったら私と共にいた彼は何者か。
「僕は、ここを離れるわけにはいかないからね。分身に任せたのだよ。まさか、あんなにも感情を持つなんて思わなかったけど」
そう、私の知るリュウセイは分身。そして契約したのも分身で。
「…恨むかい?僕を」
「いいえ。私は幸せでした。私の感情の願望が現れたのだったとしても」
ミシェルは笑う。後悔など感じさせないように。ただ、分身だとしても、お別れしたかった。
「そうか。彼は言っていたよ。…ずっと共にいたかった。けれど、僕は君の記憶の残滓だ。だから君に返そうと思う、と」
伝言に首を傾げる。君に返す?何を?
「君は、親の名を覚えているかい?」
もちろん。そう言おうとして、口を噤んだ。亡くなった時の姿は忘れようもない。そして、親友のことも。だけど、後一歩のところで名前が思い出せない。
「語り合った時の、感情を覚えているかい?」
知らない。私が知っているのは死ぬ直前の姿だけ。そして思い出せないのでは無いのだと気づいた。
「力と共に記憶まで送ってしまったのだね。だから彼はよく君を知っていた。僕は感情はわからないからね。彼だけが君の理解者だったんじゃないかな」
リュウセイは、よく前に進むきっかけをくれて背中を押してくれた。自分がボロボロになろうとも、私のしたい事を成し遂げられるように言葉をかけてくれたのだ。
「あんまり時間をかけてもあれだし、戻すよ」
目の前にいる結界の番人は手を振る。青い龍の姿が淡い色で現れて、私の周りを飛び交う。
「改めて自己紹介しようか。僕は星の龍という結界の番人で龍星と呼ばれている。ほかの村や街の結界全てと繋がりを持っている」
龍星の体からは壮大な力が溢れる。青の光が辺りを満たした。
ミシェルは目を開ける。自分の体を見渡し、深く考え込んだ。
「戻りはしたはずだよ。ただ、一度に思い出せないのかもね。僕にはちょっとわかんないや」
龍星の気の抜ける言葉に考え込むのをやめて、ミシェルは天を仰ぐ。
「…記憶は、戻りませんでした。そういうのなら待ってみます。いつか思い出す時まで」
「そう。もしかしたら思い出す必要がないのかもね。過去を見てても駄目なんじゃない?」
静かに首を振り、ミシェルは目を閉じた。たとえどんなに辛い過去だとしても、私を守ってくれた彼らを忘れることなどしてはならない。ずっとずっと忘れてはならない。
「ま、好きにしなよ。…もう帰るのかい?」
龍星の言葉に頷く。
「待ってる人が、いるんです」
脳裏にはセラとジェズの二人の姿が浮かぶ。ミシェルは一度振り返ってぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、龍星」
「僕からの言葉になるけど、君に会えて良かったよ」
扉を出ると、光が弱まっていく。ミシェルは消えるまで見送って、青い光が溢れた時のことを思い出す。
『好きだ、ミシェル』
伝言の続きだったのか、彼の最後の言葉だったのかはわからない。記憶からリュウセイが出てくるんじゃないかだなんて思ったけれど、彼は消えてしまったのだとなんとなく理解出来た。
「最後くらい、言わせてほしかった。さようならって」
私がこの世界に来て、好きだと思ったのは彼だ。救ってもらって、共に歩めるのだと知った時は嬉しかった。だけど、私のわがままであんな別れ方をして、もう二度と会えないと知った時の気持ちは…。
「会いたかった」
ミシェルは真っ暗になった扉の前で座り込み、顔を両手で覆った。その間から涙が伝って地面へと落ちて染みていく。
扉の向こう側で、龍星はそれを見ていた。向こう側のミシェルがいるだろう位置へと手を伸ばし、扉に触れた。
「どうか、君が幸せになれますように」




