正体
ミシェルは扉を閉めて、ゆっくりと振り返ると双剣を一度振り切った。
「出てきなさい」
ぶわりと空気に緊張が張り、些細な音もやけに甲高く聞こえる。近くに人がいないのは確認済みだったので、後ろにある仲間の居場所を守ればいい。先程からひしひしと感じる、嫌な気配にミシェルは刃先を向けた。
「ふふっ」
笑い声が聞こえたかと思うと、一つの建物の上に影が見えた。その影は、ジャンプすると目の前へと落ちた。
「本当にそっくりだね!ユーナに。初めまして、お姉ちゃん?」
ニコリと満面の笑みを浮かべ、彼女は挨拶をした。所々に血をべっとりとつけて、その手に双剣を握って。
「…貴方が、夢の」
ミシェルはギリッと双剣を固く握りしめた。そっくりじゃすまないほどに似た顔のユーナという彼女は、夢に出てきた彼女と同じだ。
「ユーナね、最近生まれたんだ!それでね、主がオリジナルがいるんだって言ってたのよ?それでね、お姉ちゃんがいるんだなって、ユーナ来てみたの」
顔のよく似たユーナの話し方や、子供っぽい笑い方に、ミシェルは目をそらす。
「んでね、会ってみてこう思ったの!強いかな?」
ミシェルは体を逸らす。目の前を剣が通り過ぎる。ミシェルは隙だらけのユーナの足を狙い、双剣を逆手に持ち、短く振り切る。
「あはっ」
足が斬られたユーナは、痛みを感じないのか笑いながらさらに攻めてくる。ミシェルは迫りきた剣を双剣を使い、流した。
「あ、それは私の」
受けた瞬間にハッとしてミシェルはユーナの持つ双剣を見る。血まみれでわからなかったが、私の双剣に違いない。
「あ、これねー!急に話しかけてきた誰かさんが落としたから貰ったの!それにね、魔力がこもってて使いやすいんだよね!お姉ちゃんのなんだー」
ユーナは話しながら、顔を狙い剣を振ってくる。それを何度も流すうちに、貰った双剣の刃にヒビが入る。
「でも返さないよ…!後、弱いね」
ユーナが、くぐっと力を込めた時、バキッと双剣の折れる音がした。ミシェルは首に迫る双剣を横目に、残った刃先を目の前に来たユーナに向かって振る。
「あー!!髪が!」
ユーナは咄嗟に後に下がり避ける。だが、長い髪は右の方が首元で切れていた。
「んもう!まーいいや、切ろっと」
ユーナは左側の髪も双剣でザクリと切り取るとこちらへと目を向けた。
「返して」
「いやだよ!使いやすいんだもん!んー、髪もダサいし今日は帰ろっと。またね、お姉ちゃん」
ピョンピョンと軽々と屋根へと登り、どこかへ行ってしまった。
「はぁ、はぁ」
首から血が流れている。血を止めようとするが、魔力は固まったかのようにピクリとも動かなかった。
「魔力、切れ」
帰らなくては。そう思い、双剣を置き去りにして歩く。誰かが来ていたが、なんと言っているかわからない。ぼんやりする。
「ミシェルっ!」
どこかの扉を開けて、顔を上げるとジェズの顔が見えた。
「ただいま、ジェズ…」
そのまま、倒れる。血を流しすぎたのだ。ジェズは慌てて治療するための道具を引っ張り出した。
「ねえさん…」
ミシェルのことを誰かと間違えているのか。ジェズは哀しそう顔で治療をする。治療をするといっても、消毒をして血止めし、包帯を巻くという簡単なものだ。ミシェルは耐えきれず、目を閉じた。
木の香りがふわりとして、意識が戻ったのを感じた。目を開けると太陽の光が差し込んでいるのがわかった。
「おぅ、ミシェル。大丈夫か?」
起き上がろうとして、首が痛む。ミシェルは手を首に触れさせて魔力を動かそうとする。
「辞めた方がいいぞ」
ジェズの止める声に、手を離す。目線を向けると、椅子に腰掛けていたジェズが立ち上がり、こちらまできた。
「治癒の魔法は、治す自分に返ってくる。魔力への反動がでかいんだ。自然治癒の方がいいぞ、その傷はな」
「そう。ありがとう、ジェズ」
ミシェルは礼を言って、セラの方を見た。包帯がほぼ取れていて、安らかな表情でむにゃむにゃと眠っている。足癖が悪いのか、布団は下に落ちているのだが。それを確認したミシェルはさらに周りを見渡す。
「リュウセイ?」
「あいつは結界を見に行くっていって消えたぞ。ミシェルがいなくなった日にな」
ミシェルは何ともいえない感情が沸き起こり、俯いた。
「帰ってきますか?」
「行ってやれ」
短く返されて、ミシェルはジェズをチラリと見る。ジェズは苦虫を噛み潰したような表情で、
「俺の…ねえさんも、去っていった。止めねぇと帰ってこなくなる」
そういい、ミシェルを真っ直ぐに見つめた。
「後悔、したくねぇだろ?」
「はい」
ミシェルは立ち上がる。そして武器を手に撮ろうとして、ないことに気がついた。
「双剣壊れたんだったか。これを使え」
ジェズは壁に立てかけていた大剣をミシェルに渡した。ミシェルが目線でいいのかと問うと、
「セラは暫く動けんだろうし、片手剣さえありゃ俺は戦える。セラが起きたとしても銃さえ持ってりゃ十分だ」
「ありがとう、何から何まで。次は壊さないから」
ミシェルは大剣を受け取り、肩にかける。抜きやすいように軽く整える。
「待って、くださいよ」
ギシッと木の軋む音がして、後ろを振り返るとセラが体を起こしてこちらへと目を向けていた。片手をついていないと辛いようで、顔を顰めて肩を押さえている。
「セラ」
ミシェルは、駆け寄りその手を握る。魔力を少しずつ流して楽にさせようとする。私に返ってくるだけなら、いくらでも治す。
「…痛いんです、ミシェル」
セラが、いつもの笑顔ではなく沈んだ顔でそう言う。口元は歪み、細かく震えている。
「どこが…」
「心が痛みんですよ、ミシェルぅ…」
魔力を止めて、ミシェルはその言葉を受け止めた。手は逆にセラにきつく握られて、痛いくらいだ。
「どうして、いなくなるんです?おかげで偽物だってわかってたはずなのに、戦えなかったじゃないですかぁ…!」
「ごめんなさい、セラ」
セラはぐっと顔を上げると、ミシェルの胸ぐらを掴む。ジェズが止めようと手を伸ばすが、ミシェルはそれを止める。
「ごめんなさいは聞き飽きました!何故話してくれないんです?」
「セラ、今は行かせて。…でも一ついうなら。私はもう逃げない」
目を一度も逸らすことなく、セラを見つめる。セラはだんだんと力を弱めて完全に座り込む。そして、ゴロンとベットに寝転がった。
「わかりましたぁ。行ってやってください。あの方は何かしら決心してしまったようですし…。別れを言うなら今ですから」
「はい。また後で戻ります、セラ」
ミシェルはそう言い、少しばかり考え事をして、ポケットを探る。
「…?ミシェルぅ?」
「これ、預かってて。大切な、大切なものだから」
そういい渡したのは上の部分が青く、殆どが赤い宝石のような石だ。セラは不思議そうに受け取り、手の上で拳くらいのそれを転がした。
「これって、貴方の力を込めたものです?魔石じゃないですか、くれるんですか?」
「あげない。必ず帰ってくるからその間それを持っててほしい。それがないと、私は強くなれないから」
ミシェルは少しだけ緊張した表情を見せて、貰った時から手放したことのない石を見つめ続ける。
「…はい、わかりましたよ!絶対、守りますから早く帰ってきてくださいね」
「行ってきます」
セラがニコリといつものように笑う。ただ、余程大切なものだと理解したのか、包むように握る。ミシェルは安心したように表情を緩ませると、その場を後にした。




