恐怖の夢の中
私は今、空を飛んでいる。もっと詳しくいうと、グリートの背に乗っている。
『ミシェル、ドコイク?ドコデモイケルヨ!』
グリートは最近話せるようになり、シードに許可を貰い、来たそうだ。
「グリートが好きな場所」
『オヤスイゴヨウ、ダネ!イイトコアルー!』
グリートが、翼を傾けて空高く昇っていく。ミシェルはその背にしがみつきながらも、その下に見える景色に気を取られる。緑が広がり、その空をモンスターが飛び交い、その隣には人里が転々と見える。離れていくと、全てが緑に見えるほどだ。
「すごいね、グリート」
『キュウウ』
ミシェルは微笑ましく思いながら、グリートの背中を見つめる。馬よりも二回りくらい大きい。緑色の体は少し白っぽくなっている。先程見た目元は少し赤く、綺麗な色だった。
『ボクネ、タビニデルンダ』
「え?」
グリートは途中でゆっくりと高度を下げながら話し始めた。
『オオキクナッタラ、ウミワタル。シードトモ、オワカレ』
ミシェルは、なんと言えばいいのかわからない。ただ、離れていくのだとしかわからなかった。
『ボクハ、ヒトリデイキテクツヨサ、イルンダッテ!ドラゴンハ、ソウイウモノ』
シードの、ドラゴンとしての生き方なのだ。グリートは首をこちらに向けて傾ける。
『ミシェルモ、ソウナノカナッテオモッタケド、シード、イッタ。ヒトハササエアワナイト、イキテケナイ』
ミシェルは、ゴクリと息を呑んだ。ドクドクと心臓の音が鳴る。
『ヒトッテソウイウモノ?』
「……うん、支えてもらわないと、生きていけないね」
グリートは、地面へとふわりと着地する。
『ツメタッ!』
ポタポタとグリートの顔の近くに水滴が当たる。グリートは上を見上げるが、雨は降っていなかった。
グリートが降りた場所は、島だった。海に囲まれていて、他には背の高い木々が並んでいる。そこでミシェルとグリートは話をしながら、島を歩いた。
『モウ、マックラ!』
夜の帳が落ち、海が静かに波打っている。本当に暗闇で、遠くには何も見えない。
「…ここで寝ようか、飛ぶのも危ないし」
そう言うと、グリートは丸くなりミシェルを呼んだ。グリートのお腹の部分を貸してもらい、ミシェルは少しして眠りについた。
ドクッと心臓が跳ねる。この、感覚は。ミシェルはハッとして周囲を見渡す。村だ。私がいた村。また、夢だ。
「あは、あはははっ!」
あの笑い声が聞こえる。行かなきゃ。止めなきゃ。私は走る。人気のない道をひたすらに。笑い声はだんだんと響きを大きくさせている。
「あ」
私がいる。見た目が私だ。彼女が振り向いた。笑ってる。正気じゃない。血にまみれてその手に双剣を握っている。
「遅いよ、もうやっちゃった」
その言葉に、私は彼女の横を走り通った。そしてヒィッと声を引きつらせる。
「リュ…せい…?」
青い髪が散らばっている。その中心に、見るも無惨な切り刻まれた死体がある。その表情は、もう見れない。
「あ、あぁ」
自分が恐れていたことが現実に。私は歩くことすら出来ずに倒れ込む。
「ミシェル」
セラの、声だ。私はギィとなりそうな首を何とか動かして振り返る。
「どうして、来てくれなかったんですか?」
セラは無事だった。その腕に、ジェズを抱えて。
「は、ぁ!う、そだ。私が?」
私は耐えられなくなる。声にならぬ叫びが空間に響く。
『キュウル?ミシェル!』
目が覚めた。ポタポタと頭から水が滴っている。横を見ると、グリートが海の中にいて、翼を広げていた。
『オキタ』
起こしてくれたのか、と気づくとミシェルはふらりと立ち上がる。
『ヤッパリ、ナカマイナイト!イコ、ミシェル』
グリートはミシェルのそばへと飛んでくると、首を下げた。ミシェルは、いつの間にか手を取っていた双剣を肩にかけて、その背に乗る。
『オチナイデネ!』
念を押されながら再度、空を飛んだ。飛ぶ間に思い浮かぶのは仲間達のこと。そして、私であって、私ではないあの存在だ。
「誰なの…?夢じゃ終わらない気がする」
もしいたら、それはどんな存在か。ミシェルはその可能性について思考する。時間は早く経ち、私のよく知る村が見えた。
「あまり近づいても危ないから、ここで」
『ウン、ココデオワカレ』
グリートは、村の外れにある人目のない開いた場所に着地する。そして、ミシェルの頬にすりすりと自分の顔を当てた。
『ヒトリデ、カカエコムノ、ダメ!ツヨクナッタラ、マタクルヨ!』
「うん、待ってる」
ミシェルもグリートの頬の部分に触れて、撫でる。そして名残惜しそうなグリートは少しすると離れて飛んでいく。その姿はもう立派なドラゴンだった。
「今度は、私が成長しなくちゃいけない」
ミシェルは嫌な気配の漂う村へと一歩を踏み出し、仲間たちの元へと走り出した。
暫くして、村の変化に気づく。通りすがる人々がミシェルを見た途端に表情を固くするのだ。心臓が掴まれるような緊張感が走り、途中から姿を隠せるようなマントを身に纏う。焦りを感じながら、やっとの事でセラたちの気配のある家を発見した。古い民家のような所で、扉は閉まっている。ソォ…と近づき、扉をノックする。
「ねえさん…?」
扉を開けたのはジェズだ。まだ数日しか経っていない筈なのに、やつれた。
「ジェズ?」
「ミシェル…っ!何故いなくなった!…っ!!とにかくセラに会ってくれ」
怒鳴るような声に、心臓が縮むような気持ちになる。ごめんなさいと小さく呟き、セラがいないかを見る。玄関からも見渡せる造りの中、見えた光景にミシェルは絶句する。
「う…ぐ…」
血のにじむ包帯を全身に巻き、うめく声が間から漏れ出ている。ベットに横たわる彼女の気配は、ミシェルの知っているセラに違いなかった。
「セラっ!」
声が裏返るのにも関わらず、駆け寄り生きているのかを確認する。怪我をしているのに手を取り体温を感じ取る。
「生きてる…なんとかな。…説明、いいか?」
「その前に」
自分の魔力を与える。そして、鮮明に治るようにイメージし、魔法を構築していく。すると、青白い光が染み込むように包帯の内側へと入り込んでいく。
「…この者に、加護を」
「もういい。体が持たん」
止められて、頷く。触った手は先程よりも暖かい。ピクリと動いたので、もう一度握りしめてから離れた。
「見た目は、ミシェルそのものだ。正体はわからなかったが、とにかくデタラメに強い。…手も足も出なかった。守れなかった…!」
ジェズが拳をつくり、震えて怒りを顕にする。ミシェルは瞳を揺らして、強く自分の手を握った。
「この村に、居着いてやがる。あれは無差別に襲いかかる。どこに出るか、何がしたいのか、なにも情報はない」
ミシェルは思う。
もし、私がそばにいたら。こんな事にはならなかったかもしれない。逃げる時間くらいは、作れたかもしれなかったのに。私は、何を守ろうとしてたの?
「ごめんなさい、ジェズ。今の私に出来ることは、その人の真意を知ること。止めること。だから、その後なら…」
「その後?んなこと求めてねぇよ。…ただ、もういなくなって欲しくないだけだ。俺は弱い。だから、ミシェル、すまないが頼む。村の奴らもセラも、俺には救えんかった」
ジェズの体がぐらりと傾く。腹から血がボトボトと落ちる。ミシェルはサッと体を支えて、椅子へと座らせる。そして、肩に手を置くと先ほどと同じように魔力を使って回復する。
「そんなに…魔力を使うと危ないぞ?」
ジェズが意識を取り戻し、そう言う。ミシェルは手を離して、安心してため息をついた。
「じっとしてて。血を止めただけだから」
ミシェルはそう声をかけて、キョロキョロと辺りを見回す。ジェズは青白い顔をミシェルにむけて、同じように見渡す。
「どうかしたか?」
「いや、私の双剣を…探してて」
見渡す限りはどこにもない。セラが手放すとは思えないのだが。
「それは…奪われた」
ジェズが暗い表情で答えを教えてくれた。私は小さく頷く。
「わかった。ついでに返してもらう。あれは大切なものだから」
ミシェルは行くために扉を開ける。するとずるりとジェズが立ち上がり、
「気をつけてな」
とくしゃりと笑えてない表情で、帰ってこいよと続けた。ミシェルは真っ直ぐジェズを見つめる。
「必ず戻ります」




