葛藤と想い
リュウセイは、自分の気持ちに動揺していた。僕は結界を守るべき存在だ。なのに何故彼女にあそこまで執着するのだろう。焦る気持ちと、表すことのできない感情。何かを、忘れている気がしてならない。
「リュウセイ?」
白く長い廊下を走り続けていた僕は、その声に立ち止まる。黒い髪が見えた。常に身につけているのとは違う双剣を構えた彼女の、ミシェルの表情は何故ここにいるの、と訴えるようなものだった。
「ミシェル…」
その双剣は今、血を垂らしている。ポタポタと落ちる赤が、やけに目に入る。ミシェルは、彼女は元は争いのない世界からきた。そのはずなのに、躊躇いもなくその手を血に染めている。
「ごめんなさい、リュウセイ。私は…一人がいいみたい」
ぎこちなく笑う姿に心が裂けるようだ。僕の選択が、こうさせてしまったのだろうか。
違う。僕は忘れているんだよ、忘れたのかい?
心のどこかで自分の声が聴こえる。
思い出せないのは、あの時のせいだ。今の彼女に近づくべきじゃないと思うよ
僕は、なんだ。何がしたい?
「共にいることを、約束したじゃないか」
僕にはあまり力がない。今の力も借り物でしかない。仮にも結界を守らねばならないのに。無理に外にまで出て。彼女といたいがために。
「死ぬの、もう見れない。でも、もう死ねないの」
ミシェルの叫びが、僕の心を揺さぶる。僕はミシェルより弱い。この数日で理解している。
「ミシェル…僕は」
でも、でも僕は
「まだ決めかねていたのかね?番人くん」
声が遮られ、ギィィ…と扉が開いた。不気味な仮面を付けたレークが姿を現す。
「ミシェル、君はどちらを選ぶ?」
僕が言った言葉は、酷かった。選べだなんて。彼女の想いを聞いた今は、答えなんてわかってるはずなのに。
「…私は、少なくとも貴方達とはいられない。約束、破って、ごめんなさい。さようなら」
「行こうかね。君の心が持たなくなってしまうよ」
レークの囁くような声に、ミシェルはこちらに背を向けた。僕は咄嗟に手を掴もうと前に出ようとする。だが、レークが立ち塞がる。
「もう、資格はないだろう?」
竦むような威圧に、体が動かなくなった。手を伸ばしていたが、意思に反して下ろしてしまう。ミシェルが歩き出し、二人が奥の扉の向こう側に行ってしまう。扉が閉まり、しばらく経った。
「…くそっ」
僕は白い壁に拳を叩きつけた。
私は、何をしているんだろうか。夢を見ていた。自分が恐れていたことが現実になったかのような、鮮明な夢。思い出すだけで、吐きそうなくらい気持ちが悪くなる。
「リュウセイ…ごめん、なさい。どうか…死なないで」
心のどこかで、これで良かったんだわという声がする。でも、一緒に生きていたかった私もいる。悔しかった。心の、力の弱い私に。
「ミシェル、気にすることはない。番人くんは本来の役割を果たすべきだ」
レークは目を細める。私は下を向いたまま、
「本来の、役割」
と繰り返す。レークはトントンと仮面のふちを叩きながら、話し始めた。
「あれは、分身のようなもの。本体ではない。ならば何が起こるのか。一つは力の減少。もう一つは記憶の鱗片しかないことだ」
白い廊下、今ではぐにゃりと曲がる変な空間になっている道を歩き続けている。何の気配も感じられない空間の中、ミシェルはレークのいう言葉に意識を向けたまま、後ろを振り返る。
「結界は、長く力が巡っている。その中で突如変化が生まれ、人格ができた。それが彼だ。結界に何かがあれば対処できるようにと生まれたもの。しかし、力を失いつつあった結界とともに、記憶も欠けていった」
嘘ではない。そうわかる。ミシェルは前を向いた。
「そこで、いつ君が来たのかは知らないが2度目の出会いの時には、彼は既に君のことしか頭になかった。結界を守るという役割を忘れて出てきたわけだ」
私のせいだ。彼を心配させて、外に出させるようにしてしまったのだ。
「君のせいではないよ。それに、今のところは結界に異常はない」
「貴方は。何者なんですか」
私は不思議に思う。きっと、初めてあった時から疑問で不信感を抱いている。レークは知りすぎている。私のことを、彼との約束を。ずっと見てたみたいに。
「心が見えてしまったんだよ、悪魔だからね」
その言葉じゃ納得いかないのは、私がこの世界の悪魔を知らないからだろうか。
「それは置いておこう。新たな場所にも着いたことだしね」
ハッとして顔を上げると、冷たいものが頬にあたる。
「…あ、雪?」
白銀の世界。もっと簡単にいうならば雪山のようだ。カモフラージュなのか、またも白い建物が埋まるようにして存在していた。
「本拠地だよ、ミシェルくん」
レークは白い息を吐くことなく喋り、スタスタと歩いてゆく。ミシェルは久しぶりに見た雪の中を苦戦しながら進んでいく。足が軽く埋まる中、建物の中へ滑るように入ると、予想より暖かい気温だった。少し進むと完全に付いていた雪も溶け、体も暖まる。
「ふむ。一つ忠告するなら、モンスターは刺激せぬように。自ら望んで進化した上、ここにいることを決めた子達だからね。ドラゴンに近い力を持つから、君も怪我ではすまないよ」
「…はい」
ここは静かだった。モンスターの声はせず、ただ気配が濃厚に感じ取れるのみ。それに、白ばかりではなく、所々誰かの自画像が飾られていた。
「なぜ君は私の元へ来たのかね?」
背を向けたまま、そう問われて私は視線を彷徨わせる。
「何故かと言われても」
「私が聞きたいのは理由だけだ。なんと言われようとも気にするわけがない。不思議なだけだしね」
穏やかな口調でいうレークの後ろ姿を見ながら、私は重々しく口を開く。
「悪魔だから」
短くそう答えて、目を下へと向ける。そわそわと様子を見ているとレークはふぅ、と息をつく。
「そうかね」
「え…と。外、出てもいいですか?」
「いいとも。戻ってくるしかないだろうしね、行ってくるといいよ」
いたたまれない気持ちの中、外に出る許可を得ることが出来た。ミシェルは、何度もチラリとレークを見ながら外へと向かう。彼はよくわからない。何がしたいんだろう。私なんていらないだろうに。
「つめた…」
外に出て、またも雪に触れる。ミシェルは建物からできるだけ離れようと進む。
「リュウセイ、怒ってる?」
それとも、悲しんでる?貴方のためだと思ったけど、結局は私の自己満足だよね?
「セラは、怒ってるんでしょうね、きっと」
もう!貴方は…。だなんていって、きっと探してる。セラは優しいから。
「ジェズは…悲しむ」
顔に出さない人だ。けど、セラと同じでどこか仲間思いなとこがあって、皆にも協力を仰ごうとしてるんだろうな。
「ごめんなさい、本当に」
白い呼気が、細くなっていく。ミシェルは双剣に手を触れた。
「慣れない。私の双剣はどうしよう」
セラに預けたままなのだ。そう考えると、どうしても行きたくなる。会っちゃダメなのに、会いたい。今、どうしてるのか。少し前に離れたばかりなのに。自分がいたら、傷つけるだけじゃすまないかも。
「でも、行けない…」
ここがどこかもわからない。ただわかるのは、レークは知っていること。レークに相談したら、断られるに違いない。それに、自分で決めた。伝えた。でも…。仲間を傷つけるくらいなら。
「勝手だわ。ほんとに」
『キュルル!ミツケタ』
ビクッ。ミシェルは大きく飛び、距離をとる。だが、すぐにその正体に気がつく。
「…グリート?」




