調査
「大丈夫ですぅ?」
深い森の中、セラが深刻な表情でミシェルを見つめていた。対するミシェルは、微かに首を傾げる程度。
「セラが言いてぇのは、その格好のことだろ?」
ジェズの言葉にミシェルは自分の姿を改める。長袖の白いシャツにデニムのズボン、背にはクロスした双剣。
「確かに軽装だね」
リュウセイの言葉にちらりとみると、そう変わらぬ格好だった。
「…リュウセイはともかく、私は水中でも動けるようにしただけ」
ミシェルはそう言うが、セラとジェズの反応はため息をついただけだ。
「そうは言いますけど〜まぁいいです。なんかあれば私たち助けますしー」
「そりゃ、そうだが。くれぐれも気をつけてな」
ミシェルは無言で前を向き歩き始める。セラはさらに大きなため息をつく。
「ミシェルぅー?貴方、命は軽いものだっておもってません?」
ピタリ、とミシェルは足を止める。
「そんなことは」
言いかけて、口を噤む。そして、何かをこらえるように目を閉じた。
「ミシェル。僕は君が死んだら前は向けないよ」
「……。大丈夫。いざというときは逃げます」
ゆっくりと振り返ったミシェルは小さく笑みを浮かべた。
「でも。貴方達は置いてはいけない」
「「「…」」」
もう、ミシェルに返す言葉がなく、三人とも頷いて応えた。
「では行きましょう」
海辺に着いて、ミシェルは辺りを見回す。モンスターの姿は一度も見ていない。だが、ここには海に浮かぶ血とモンスターだったであろう残骸しか残ってはいなかった。
「…ん?」
その中で遠くの方から、ぞわりと背筋を凍らせる気配を感じる。これは、洞窟の中でも感じた…。ミシェルは表情を引き締め、構える。
「皆さん、誰かが来ます」
「え?誰かって…モンスターじゃないんですかぁ?」
セラがそう言い、前に目を向けた。
「やぁ、君達」
先程まで誰もいなかったはずの砂浜にその男は現れた。顔のほとんどを埋め尽くす仮面に、口元に残虐な笑みを浮かべる。声音が親しげに優しいのが、逆に気味が悪かった。
「…?」
ミシェルは既視感を覚えた。仮面から覗く表情に見覚えがあるような気がしたのだ。その時、くるんと男の顔の向きがミシェルへと向けられる。
「…ほぅ、近くで見るとまた思うところがある」
「貴方は…誰?」
「私か?我が名はレーク。私は君をよく知っている。…ミシェル。由香くんも喜ぶことだろうね」
ミシェルの表情が変わる。頭に痛みが走ったのか頭を押さえ、苦しむように歯を食いしばる。
「……何故、その名を」
ミシェルは困惑気味に問いかける。対するレークの表情は嬉しそうに一歩こちらに近づいた。
「ミシェル!」
リュウセイが叫ぶ。その瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。ミシェルはよろけながらも辺りに目を配る。景色はさして変わりはない。だが、ここにはミシェルとレーク以外の存在はない。
「何かわかるかね?あの村を囲う結界の縮小したものだと思ってくれればいい。さて、じゃあ会話をしよう」
「…貴方は何者?」
ミシェルはジリジリと距離を取りながらそう聞く。すぐにバチッと後ろに回した手に痛みが走る。結界は大体半径十メートルの大きさのようだ。手が触れたからか、シャボン玉のように結界の光が反射する。
「私かね?研究者のようなものとでも思えばいい。つい最近も新たなモンスターを生み出したばかりだ。少しばかりミスはしたが」
「そうですか。原因は貴方だったのですね?」
嫌悪感を隠さずに、ミシェルは敬語で返す。わざとらしい仕草をしながらレークは頭を抱えている。
「まぁ、そういえばそうなのだろう。私が原因ともいえる。他は失敗してないが、あれは突然変異だな」
口元に笑みを常に浮かべ、声音は申し訳なさそうに話すその姿はまるでピエロか、または悪魔か。どちらもありそうなその男はまたも一歩こちらに近づいた。
「さて。質問は終わりかね?本題にいこう。由香くん、私が何を成したかったかわかるかね?」
「…私ではリュウセイを釣ることはできません。諦めてください」
「はははは。不正解だ。私の狙いは元から君だ。ロマンチックに言うならば君がほしい」
ミシェルは顔を顰めた。何故私なんかを、と思っているからなのだが、一つだけなら心当たりがある。
「逃がしはしない。君の了承などなくても連れていくつもりだよ」
レークが足に力を込めた瞬間、ミシェルは双剣を大きく振りかぶった。
「はぁっ!」
力を。心の中でイメージを持ちながら双剣に込める。そして、飛ばすように力を解放する。
「なんと…」
結界がパァンと風船のように割れ、またもぐにゃりと景色が歪む。その先にはリュウセイが手を伸ばしていた。
「ミシェル」
「リュウセイ」
その手を掴み、ミシェルは結界から抜けた。その途端、音が、風が、生命が感じられるようになった。先程まではなかったのかと今更ながらに気づく。
「番人。結界を緩めたのは君かい?厄介なものだ。ねぇ?」
ねぇ?と声を出した時、背筋に寒気が走る。殺気を発したレークは冷ややかに、笑みを浮かべたままだ。
「…先に手を出したのは貴方のほうだ。まだ彼女に手を出すのならば、容赦はない」
リュウセイはじっとレークを見据える。レークは笑みを消して歯をむきだした。
「図に乗るなよ」
「っ!!?」
呼吸が出来なくなるほどの威圧が二人を襲う。その中でミシェルは咄嗟に腕を振るう。すると針のような光が幾つも生まれ、レークに向かってヒュンヒュンと飛んでいく。だが、それはレークに触れる前に粉々に散る。だが、レークはふっと威圧を消し、ミシェルを見つめる。
「ふ。面白いな。仕方ないことだ、今回は見逃そう。また会おう、忌まわしき番人に我が愛しき姫よ」
ゾワっと違う意味での寒気がミシェルを襲う。レークは口の端を上げるとスゥ…と消えていった。
「…リュウセイ?」
我に返り、リュウセイを見ると皮肉げに笑っていた。
「僕にもう少し力があれば。…それにしてもミシェル、君はあの名を教えたのか?」
くるりと振り返り、真剣な表情でミシェルを見る。ミシェルは知らない、と答える。
「とにかく、戻ろう。彼らが心配だ」
改めて周囲を見ると、海辺から少し離れた森の中だった。どうやら、あれは結界ではなく空間がズレた次元の違う場所だったようだ。簡単に言えば、レークの作った空間へ飛ばされていたのだ。ミシェルはセラとジェズの気配を見つけた。移動が激しく、もうひとつ気配がある。
「セラとジェズに何が」
「「ミシェーーーーール!!!」」
ミシェルは微かに聞こえた声に、走り出した。




