第8話 頑固なドワーフと、いたずらタヌキ
ミルフェの町に、気持ちのよい朝がやってきた。
東門近くの小さなトリミング屋『ルナのハサミ』では、ルナ・ベルティアが店先を掃除していた。
短い夏が終わり、店先の「千年樹」の葉は黄色く色づき始め、舞い落ちた葉が風で朝日に照らされた石畳をころころと転がっていく。
「よし、これでおしまい!」
「みゅう!」
白い毛玉のような小さな魔獣ミクが淡い桃色の耳先をぴこぴこ動かしながら一枚の葉っぱに飛びつこうとするが、ピューッと吹いた風に葉がさらわれ、バランスを崩したミクはころんと転がった。
「みゅ?」
「ふふっ。風さんに負けちゃったね」
「千年樹」の根元では巨大な灰色狼のレイグが、いつものように昼寝をしている。
いや、まだ朝なのだから、朝寝というべきだろう。
「レイグ、おはよう」
レイグはうっすらと目を開け、周りに人がいないことを確認してからつぶやいた。
「……おはよう」
「今日もよく眠ってるね」
「……眠れるときに眠る。それが長生きの秘訣だ」
「おばあちゃんみたいなこと言うね」
「……年寄り扱いするな」
ルナは笑いながら、店の扉を開けた。
そのときだった。
「ガーッハッハッハ!」
町の通りからとんでもなく大きな笑い声が響いてきた。レイグが、その方角へ耳を向ける。
「……朝から騒がしい奴だ」
やがて現れたのは、ずんぐりとした体格で、赤茶色の立派な髭を胸元まで伸ばしたドワーフだった。
背丈はルナより低いが、肩幅は広くて腕は丸太のように太い。
革の前掛けを身につけている。
足元には一匹のタヌキ型魔獣がいて、まだ若いらしく丸い顔に大きな瞳をしている。
近づいてきたのをよく見れば、ふさふさした尻尾を持っているものの毛並みはひどいもので、背中には黒い煤がつき、腹には木くずが絡まり、尻尾の先は何やら油で固まっている。
「おお! ここが魔獣をきれいにしてくれる店か!」
「はい! いらっしゃいませ!」
「わしはゲンナルデール! 町の西通りで鍛冶屋をやっとる!」
「ゲンナルデールさんですね」
「長ったらしいじゃろ! ゲンさんでええ! ガッハッハ!」
「はい、ゲンさん!」
ルナが微笑むと、ドワーフは満足そうに髭を撫でた。
「それでな、こいつを洗ってやってほしいんじゃ」
「キュルッ!」
「まあ、かわいいタヌキさん! お名前は?」
「ヨイドレンじゃ!」
「ヨイドレンちゃん?」
「おう! ヨイちゃんと呼んでやってくれ!」
「ヨイちゃん、よろしくね」
「キュルル!」
ヨイちゃんが嬉しそうに尻尾を振った拍子に、尻尾から黒い煤がぱらぱらと落ちた。
「あらら。ずいぶん汚れちゃったね」
「こいつときたら、わしの鍛冶場を遊び場だと思っとる! 薪の山に潜るわ、炭の袋に頭を突っ込むわ、しまいには油壺をひっくり返しおった!」
「それは大変でしたね」
「ガッハッハ! 元気なのはよいことじゃ!」
ルナは思った。
どうやら、この二人はよく似ている。
「では、さっそく始めましょうか」
「頼んだぞ、お嬢ちゃん!」
ところがルナがブラシを手にした瞬間、ヨイちゃんの目がきらりと光った。
「キュッ!」
「あっ!」
ヨイちゃんはひょいと飛び上がってルナの手からブラシをくわえて取り、作業台の下へ潜り込む。
「ヨイちゃん! それは遊ぶものじゃないよ!」
「キュルル!」
「こらっ! 返さんか!」
ゲンさんが手を伸ばすが、ヨイちゃんはするりとすり抜け、今度は椅子の陰へ逃げ込んだ。
「ガッハッハ! 見事な逃げ足じゃ!」
「ゲンさん、笑ってないで捕まえてくださーい!」
「おっと、そうじゃった!」
店の中をドワーフとタヌキがぐるぐる走り回り、ミクまで面白がって追いかけ始めた。
「みゅ! みゅう!」
「キュルル!」
「みゅーっ!」
白い毛玉と茶色い毛玉が椅子の下を駆けまわり、ルナは頭を抱えた。
「おばあちゃーん!」
二階から降りてきたエマが、その光景を見て目を丸くした。
「おやおや。今日はずいぶん賑やかだねえ」
「おばあちゃん、手伝って!」
「ほほほ。まずはみんな、落ち着きなさいな」
エマは台所から小さな干し肉を持ってくると、ヨイちゃんの足がぴたりと止まった。
「キュ?」
「ほら、おいで。いい子にしていたら、ご褒美だよ」
ヨイちゃんは干し肉を見つめ、そしてぽとりとブラシを落とした。
「キュルッ!」
「よしよし。素直ないい子だね」
「……最初から肉を出せばよかったのではないか」
店の外で様子を眺めていたレイグが小さい声でつぶやくが、店の中にいるゲンさんにはその声は届いていなかった。
ようやくヨイちゃんを作業台に乗せると、ルナは毛並みを調べ始めた。
「うーん。煤だけじゃなくて、油もついてるね。これじゃ気持ち悪かったでしょう?」
「キュル……」
ヨイちゃんは少しだけ耳を伏せた。
「大丈夫。きれいにしてあげるからね」
ルナはぬるま湯を用意し、薬草を使った石鹸を泡立てた。
油のついた部分を少しずつ洗い、また、絡まった木くずを丁寧に取り除いていく。最初は落ち着かなかったヨイちゃんも、ルナの優しい手つきにだんだん目を細め始めた。
「キュルル……」
「気持ちいい?」
「キュ……」
「ふふっ。よかった」
ゲンさんは椅子に腰掛け、感心したように眺めていた。
「ほう。たいしたもんじゃ。わしが洗おうとすると、いつも逃げ出すんじゃがな」
「無理に押さえつけると、怖がっちゃう子もいますから」
「なるほどのう」
ルナはヨイちゃんの背中を洗いながら、ふと尋ねた。
「ところでゲンさん、ヨイちゃんとは長いお付き合いなんですか?」
「ん? こいつとか?」
「はい。とっても仲良しみたいなので」
「ガッハッハ! 仲良しというか、腐れ縁というか!」
ゲンさんは膝を叩いた。
「こいつとの出会いを聞いたら、お嬢ちゃんも腰を抜かすぞ!」
「えっ? どんな出会いだったんですか?」
「よし、話してやろう!」
ゲンさんは髭を撫で、遠い目をした。
「ありゃあ、去年の冬じゃった……」
その夜、ゲンナルデールは酒場で大いに飲んでいた。
仕事がうまくいった祝いだと言って一杯。
友人に会ったからと言って一杯。
明日は休みだからと言って、さらに一杯。
気づけば、夜もすっかり更けていた。
「ガッハッハ! 今夜は星まで二つに見えるわい!」
そんなことを言いながら、ふらふらと家へ向かっていたときだった。
「……あのう」
路地の片隅から、か細い声が聞こえたので振り向くと、そこには若い女性ドワーフが立っていた。
小柄で丸顔、ふっくらした頬を持つ、どこか愛嬌のある女性だった。
薄着で寒そうに震えている。
「なんじゃ、お嬢さん。こんな夜更けにどうした?」
「泊まるところがなくて……お腹も空いているんです」
「なんと! そりゃあ気の毒じゃ!」
酔っ払っていても、ゲンナルデールの人情深さは変わらない。
「よし! わしの家に来い! 暖炉もあるし、飯もあるぞ!」
「本当ですか?」
「おうとも! ガッハッハ!」
こうして、二人はゲンナルデールの家へ向かった。
家に着くと、女性は暖炉の前に座り、出されたパンと肉を夢中で食べ始めた。
「ほうほう、よほど腹が減っとったんじゃな!」
「はい! とっても!」
「遠慮するな! まだまだあるぞ!」
ゲンナルデールは上機嫌だった。
やがて、自慢の酒瓶を取り出した。
「よし! せっかくじゃ、一杯どうじゃ!」
女性の目が輝いた。
「いただきます!」
「おお、飲める口か! ガッハッハ!」
ところが、この酒は普通の酒ではなかった。
ドワーフの鍛冶職人たちが好む、とびきり強い蒸留酒だったのである。
女性は小さな杯を手に取り、ぐいっと飲み干した。
「ぷはぁ!」
「おお! いい飲みっぷりじゃ!」
「もう一杯!」
「ガッハッハ! 気に入った!」
しかし、二杯目を飲み終えたところで、女性の様子がおかしくなった。
「……あれ?」
「どうした?」
「なんだか……頭が……」
ぽんっ!
突然、小さな煙が上がった。
「ぬおっっ!?」
ゲンナルデールが目を見開く。
煙が晴れたあと、女性ドワーフの姿は消えていた。
代わりに、暖炉の前には若いタヌキが一匹、ぽんぽこした腹を上に向け気持ちよさそうに転がっていた。
「キュルル~……」
「な、なんじゃとおおお!?」
ゲンナルデールの怒鳴り声が、家中に響いた。
「この化けダヌキ! わしを騙しおったな!」
「キュ?」
「わしの酒まで飲みおって! いったい何が目的じゃ!」
タヌキは酔っ払った目で、ぼんやりとゲンナルデールを見上げた。
そして、食べかけのパンを前足で抱き寄せた。
「キュル……」
「……ん?」
ゲンナルデールは、そこでようやく気づいた。
タヌキは暖炉の暖かさに身を寄せ、パンを大事そうに抱えている。
その小さな体は痩せていて、毛並みもひどく乱れていた。
「……お前、まさか、寒くて腹が減っとっただけか?」
「キュル……」
タヌキは小さく鳴いた。
ゲンナルデールはしばらく黙っていたが、突然肩を震わせて笑い始めた。
「……ぶはっ、ぶわっはっはっはっは!」
大きな笑い声が、暖炉の火を揺らした。
「なんじゃ、そんなことか! だったら最初からそう言えばよかったんじゃ!」
「キュ?」
「飯と寝床くらい、いくらでもあるわい!」
ゲンナルデールは笑いながら、タヌキの頭をわしわしと撫でた。
「まったく、わしも女ドワーフに化けたタヌキに騙されるとはな! 酒場の連中に知られたら一年は笑われるぞ!」
「キュルルー!」
「お前まで笑うな! ガッハッハ!」
その夜、ゲンナルデールはタヌキに古い毛布を与えた。
タヌキは暖炉の前で丸くなり、すぐに眠ってしまった。
翌朝。
「さて、お前の名前を決めんとな」
「キュ?」
「わしも酔っとった。お前も酔っとった……」
ゲンナルデールはしばらく考えた。
「よし! ヨイドレンじゃ!」
「キュル?」
「略してヨイちゃん! どうじゃ!」
「キュルル……?」
「おお! 気に入ったか! ガッハッハ!」
こうして、ゲンさんとヨイちゃんの奇妙な共同生活が始まったのである。
「……というわけじゃ!」
話を終えたゲンさんは、満足そうに胸を張った。
ルナはしばらくぽかんとしていたが、そのあと、ぷっと吹き出し笑い始めた。
「あははは! ヨイドレンって、そういう意味だったんですね!」
「おう! いい名前じゃろ!」
「ふふっ。とってもゲンさんらしいです!」
「ガッハッハ! そうじゃろう!」
作業台の上では、ヨイちゃんが得意そうに尻尾を振っていた。
「キュルッ!」
「でも、ゲンさんに出会えてよかったね!」
ルナはそっと頭を撫でた。
「キュル……」
ヨイちゃんはルナの手に頬を寄せ、それを見てゲンさんは少し照れくさそうに自身の髭を撫でる。
「まあ、わしも一人暮らしじゃったからな。こいつが来てから、家が賑やかになったわい」
「素敵ですね」
「ただし、酒だけは飲ませとらんぞ! また女ドワーフになられても困るからのう!」
「それはそうですね!」
ルナは笑いながら、最後のすすぎを終えた。
清潔なタオルでヨイちゃんを包み、優しく水気を取る。
「それじゃあ、仕上げるね」
ルナは目を閉じ、小さく息を吸った。
「《毛並みの祝福》」
ふわり。
暖かな風が、ヨイちゃんの体を包み込んだ。
濡れた毛が少しずつ乾き、ふんわりと膨らんでいく。
「キュルル……」
ヨイちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。
最後にブラシを通すと、煤だらけだった毛並みは見違えるほど柔らかくなり、丸い顔はさらに丸く、尻尾はふかふか、まるで上等なぬいぐるみのようだった。
「はい! できあがり!」
「キュルッ!」
「おおおお!」
ゲンさんが立ち上がった。
「なんじゃ、このふわふわは! わしの知っとるヨイちゃんじゃないぞ!」
「ふふっ。とってもかわいくなりましたよ」
「おう! こりゃあ見事じゃ!」
ゲンさんはヨイちゃんを抱き上げ、頬ずりした。
「おお、ふわふわじゃ! ガッハッハ!」
「キュルル!」
「こらっ、顔を舐めるな! 髭が濡れるわい!」
ルナとエマは顔を見合わせ、笑った。
ところが、そのとき、ヨイちゃんがゲンさんの腕の中で、くしゅんとくしゃみをした。
ぽんっ! と小さな煙が上がった。
「えっ!?」
ルナが目を丸くする。
煙の中から現れたのは、ゲンさんそっくりの小さなドワーフで、立派な髭も、太い腕も、革の前掛けもそっくり。
ただし、頭の上にはタヌキの耳が二つ、ぴょこんと飛び出していた。
「ガッハッハ! こいつめ!」
本物のゲンさんが笑った。
「お嬢ちゃん、驚いたか! こいつは化けるのが得意なんじゃ!」
「す、すごい! ゲンさんが二人!」
小さな偽物ゲンさんは、胸を張った。
「ガッハッハ!」
「ええっ!? 笑い方までそっくり!」
ルナが驚いていると、偽物ゲンさんは作業台の上からひょいと飛び降り、店の隅に置いてあったルナのハサミを見つけると、嬉しそうに拾い上げた。
「ちょ、ちょっと! それは大事な道具なの!」
偽物ゲンさんはハサミを抱え、ゲンさんの足元へ運んでいった。
「おや?」
ルナが首をかしげる。
ゲンさんは笑いながら受け取った。
「ガッハッハ! また道具運びか!」
「道具運び?」
「こいつは鍛冶場でも、わしの道具をあちこち運びたがるんじゃ。手伝っとるつもりらしいが、置き場所がめちゃくちゃでな!」
「そうだったんですか」
ルナは偽物ゲンさんを見つめた。
タヌキの耳が、ぴこぴこと動いている。
「ヨイちゃん、ゲンさんのお仕事を手伝いたかったんだね」
「キュルッ!」
ぽんっ!
再び煙が上がり、ヨイちゃんは元のタヌキに戻った。
そして、得意そうに胸を張った。
「キュルル!」
「ふふっ。じゃあ、今度はお仕事を頼もうかな」
ルナは棚から小さな布袋を取り出した。中には、使い終わった柔らかな布が入っている。
「これを、あそこの籠まで運んでくれる?」
「キュッ!」
ヨイちゃんは布袋をくわえ、てくてくと歩き、籠の中にぽとりと落とした。
「上手! ありがとう!」
「キュルル!」
「おお! こいつがちゃんと仕事をしおった!」
ゲンさんは感心したように頷いた。
「なるほどのう。こいつにも、できる仕事を与えてやればよかったんじゃな」
「きっと、ゲンさんの真似をしたかったんですよ」
「そうかそうか! わしに憧れとったんじゃな!」
「キュルッ!」
「ガッハッハ! かわいい奴め!」
ゲンさんはヨイちゃんを抱き上げ、優しい顔を見せていた。
帰り際、ゲンさんは料金を支払いながら、ふとルナのハサミに目を留めた。
「……ほう」
「どうかしましたか?」
「そのハサミ、なかなかいい品じゃな」
「はい。おばあちゃんから受け継いだ、大切なハサミなんです」
「そうか。大事に使っとるんじゃな」
ゲンさんはハサミを手に取り、刃の具合を確かめた。
「だが、少し刃が疲れておる。今度、わしの鍛冶場に持ってこい。きっちり手入れしてやるわい」
「本当ですか?」
「おう! わしは鍛冶職人じゃぞ! 刃物の手入れなら任せておけ!」
「ありがとうございます、ゲンさん!」
「ガッハッハ! 礼には及ばん! ヨイちゃんを男前にしてもらったからのう!」
「キュルル!」
ゲンさんはヨイちゃんを肩に乗せ、店を出ていった。
「また来るぞ、お嬢ちゃん!」
「はい! お待ちしています!」
「ガッハッハッハ!」
豪快な笑い声が、ミルフェの通りに響き渡る。
その肩の上では、ふわふわになったヨイちゃんが、誇らしげに尻尾を振っていた。
やがて二人の姿が見えなくなると、ルナはほっと息をついた。
「ふう……今日は賑やかだったね」
「……嵐が通り過ぎたようだな」
いつの間にか店の中に入ってきたレイグが、低い声で呟いた。
「レイグ、ずっと見てたの?」
「……ああ。よく似た二匹だった」
「二匹?」
「……ドワーフとタヌキだ」
「ふふっ。確かに似てたね」
ミクがレイグの前足に飛びついた。
「みゅう!」
「……なんだ」
「みゅ!」
ミクはヨイちゃんの真似をするように、近くにあった小さな布をくわえた。
そして、レイグの前にぽとりと落とす。
「みゅっ!」
「……俺に何を運んだつもりだ」
「みゅう!」
「……褒めろということか」
レイグは小さくため息をついた。
それから、ミクの頭を鼻先でそっと撫でた。
「……よくやった」
「みゅーっ!」
ミクは嬉しそうに跳ね回った。
ルナはその光景を見て、くすくす笑った。
「レイグも、すっかり面倒見がよくなったね」
「……不本意だ」
「でも、優しいよね」
「……気のせいだ」
そこへ、エマがお茶を運んできた。
「ほほほ。ゲンさんもヨイちゃんも、いい相棒だったねえ」
「うん! 最初は騙されたのに、今ではあんなに仲良しなんだもの」
「出会い方なんて、案外そんなものさ。大事なのは、そのあとどう一緒に暮らすかだよ」
ルナは頷いた。
ゲンさんにとって、ヨイちゃんはもう単なる拾い物ではなく、ヨイちゃんにとってもゲンさんの家は帰る場所なのだ。
「……そうだな」
レイグが静かに呟いた。
ルナは微笑んだ。
「レイグも、ここが帰る場所だと思ってくれてる?」
「……」
レイグは少しだけ目を逸らした。
「……悪くはない」
「ふふっ。そっか」
「……ただし」
「うん?」
「……あのタヌキのように、俺がドワーフに化けることはないぞ」
「えっ? そんなこと期待してないよ!」
「……ならばよい」
ミクが首をかしげた。
「みゅ?」
ルナは、立派な髭を蓄えた小さなドワーフ姿のレイグが、いつもの無愛想な顔で昼寝をしていることを想像してしまった。
「……ぷっ」
「……何を笑っている」
「な、なんでもない!」
「……怪しいな」
ルナの笑い声が、店いっぱいに広がった。
その日の夕方、西通りの鍛冶場では、ゲンさんが仕事を終え鍛冶作業場の炉の火を落としていた。
「さて、今日もよく働いたわい!」
「キュルッ!」
ヨイちゃんが、小さな布袋をくわえてやってきた。
中には、ゲンさんが頼んだ磨き布が入っている。
「おお! ちゃんと持ってきたか!」
「キュルル!」
「ガッハッハ! たいした助手じゃ!」
ゲンさんはヨイちゃんの頭を撫でた。
ふわふわの毛並みが、手のひらに心地よい。
「よし! 今夜はうまい飯にするぞ!」
「キュッ!」
「わしは酒も飲む!」
「キュルル!」
「お前は水じゃ!」
「キュ!?」
「ガッハッハ! もう女ドワーフには騙されんからな!」
ヨイちゃんは不満そうに尻尾を振ったが、すぐにゲンさんの足元へすり寄った。
寒い冬の夜、偶然出会った酔っ払いと化けダヌキが、今では互いに欠かせない家族になっていた。
「さあ、帰るぞ、ヨイちゃん!」
「キュルッ!」
ゲンさんの豪快な笑い声と、ヨイちゃんの元気な鳴き声が夕暮れのミルフェに響いていた。
――そして翌朝――
ゲンさんの大切な金槌が、なぜかヨイちゃんの寝床から見つかることになる。
「こらあっ! ヨイドレン! またわしの道具を隠しおったなあ!」
「キュルル!」
「ガッハッハ! まったく、しょうがない奴じゃ!」
どうやら、この二人の騒がしい毎日は、まだまだ続きそうである。
(つづく)
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