第13話 二本尾の狐と、秋の森の贈り物
本日、二回目の投稿となります。
ミルフェの町にも秋が訪れ、朝晩の空気は少し冷たくなっている。
東門の近くにある魔獣専門のトリミング店「ルナのハサミ」。
店先の大木「千年樹」は赤や黄金色に染まり、また、他の木々も黄色や赤の葉が多くなっている。
◇
「ねえ、おばあちゃん。今日はレイグと一緒に森に行ってもいい?」
朝食を終えたルナが、台所に立つエマに声をかけた。
「森に? 何をしに行くんだい?」
「染色に使う木の実を採りたいの。それと、秋のキノコも少し。おいしいキノコが採れたら、夕飯のおかずにもなるでしょ?」
ルナは棚から小さな籠を取り出した。
ついでに、レイグの毛を整えるための小さな櫛も布に包んで籠に入れておいた。
店で使う布や、魔獣たちの首に結ぶ飾り紐。そうしたものを染めるために、ルナはときどき草木から色をいただいていた。
また、秋の森には、赤や紫の色を出す木の実が実る。
そして、キノコの中にも布を染めるのに使える種類があると、以前エマから教わっていた。
「ふふ。おかずのほうが本当の目的じゃないのかい?」
「ち、違うよ。半分くらいだよ」
「半分もあるのかい」
エマは笑いながら、棚から布袋を二つ取り出した。
「染め物用と食べる用は、きちんと分けるんだよ。見分けのつかないキノコは採らないこと」
「うん!」
「それから、森の奥には入らないこと。あそこには、レイグでも油断できない魔獣がいるんだからね」
「分かってる。いつもの場所までにするよ」
エマは足元で寝そべっている灰色の狼に目を向けた。
「レイグ、ルナを頼んだよ」
レイグは片耳だけをぴくりと動かした。
「……分かっている」
低い声が返ってくる。もちろん、店の中にはルナとエマしかいない。
「頼りにしてるよ」
「その代わり、夕飯は肉を多めにしてもらいたいものだ」
「はいはい。考えておくよ」
エマは慣れた様子で答えた。
そのとき、籠の中から白いふわふわが顔を出した。
「みゅっ!」
「あっ、ミク! いつの間に!」
小さなミクは、籠の中で尻尾を振っている。どうやら一緒に出かけるつもりらしい。
「今日はお留守番だよ。森は危ないところもあるからね」
「みゅう……」
ミクの耳がしょんぼりと垂れ、レイグがちらりと目を向ける。
「その顔に負けるなよ、ルナ」
「分かってるってば」
ルナはミクを抱き上げ、エマに預けた。
「おばあちゃんと一緒に、おいしい夕飯を待っててね」
「みゅ……」
ミクは名残惜しそうにレイグを見つめた。
レイグは大きな尻尾を一度だけ振った。
「すぐ戻る」
「みゅっ!」
それで納得したのか、ミクはエマの腕の中で丸くなった。
こうして、ルナとレイグの秋の森へのお出かけが始まった。
◇
森に入ると、町とは違う匂いがした。
湿った土の匂いや落ち葉の匂い。そして木の幹に生えた苔の、少し青くさい匂い。
頭上では黄色く色づいた葉が揺れ、ときおり木漏れ日が足元を明るく照らした。
「わあ、きれい……」
ルナは思わず立ち止まった。
森の地面には、赤や黄色の落ち葉が敷き詰められており、その上を歩くと、さくさくと気持ちのよい音がした。
「景色を眺めるのもいいが、足元には気をつけろ」
隣を歩くレイグが言った。
「分かってるよ」
「さっきから三度も木の根につまずきかけている」
「数えてたの?」
「暇だったからな」
「もうっ」
ルナは頬を膨らませた。
けれど、すぐに足元の小さな赤い実を見つけて、しゃがみ込む。
「あっ、これ!」
低い茂みに、小粒の赤い実がいくつもついていた。
「赤い色が出る木の実だよ。おばあちゃんに教わったの」
ルナは実の形と葉を確かめ、熟したものだけを摘んで布袋に入れた。ふと見ると、指先がほんのり赤く染まっていた。
「ふふ。きれいな色」
「食べられないのか?」
「これは染め物用」
「そうか」
レイグは興味を失ったように、あくびをした。
「レイグって、食べ物のことばっかり」
「腹が減っては、森も歩けん」
「まだ朝ご飯を食べたばっかりでしょ?」
「それとこれとは別だ」
ルナは笑いながら、次の茂みへ向かった。
しばらく歩くと、倒木の陰に茶色いキノコが顔を出していた。
「あっ、キノコ!」
ルナはしゃがみ込み、傘の裏や柄の形を確かめた。
「……うーん。これは分からないな」
「採らないのか?」
「うん。分からないものは採らないって、おばあちゃんと約束したから」
「賢明だ」
レイグは鼻先を地面に近づけ、ふと耳を立てた。
「……ルナ」
「なあに?」
「少し先に、何かいる」
その声が、いつもより低くなった。
レイグの話を聞き、ルナは立ち上がった。
「危ない魔獣?」
「いや。少なくとも、今は襲ってくる様子はない」
レイグは木々の間を見つめた。
「だが、妙な音がする」
ルナも耳を澄ませた。
かさっ、がさがさっ、と何かが落ち葉をかき分ける音。
それに混じって、小さな唸り声が聞こえてきた。
「……行ってみよう」
「慎重にな」
ルナはうなずき、レイグの後ろについて歩いた。
◇
少し開けた場所に、その魔獣はいた。
赤褐色の美しい毛並みに、すらりとした四本の脚、尖った耳、そして琥珀色の瞳。
そして何より目を引くのは、背後に広がる二本の大きな尻尾だった。
「……狐さん?」
ルナが小さくつぶやいた。
普通の狐ではなく、二本の尻尾を持つ狐型の魔獣だ。
その狐は、しきりに後ろを振り返り、尻尾を振っていた。
ぶんっ。
ぶんぶんっ。
しかし、振るたびに二本の尻尾が絡み合い、ますます妙な形に膨らんでいく。
「……えいっ!」
突然、人の言葉が聞こえたと同時に、狐が勢いよく尻尾を振った。
「えっ?」
ルナは目を丸くした。
「い、今、誰かしゃべった?」
「……聞こえなかったことにしろ」
狐がぴたりと動きを止め、ゆっくりと振り返った。
琥珀色の瞳が、ルナを見つめる。
「……人間か」
狐は、いかにも不機嫌そうに言った。
「しゃ、しゃべった!」
「見れば分かるだろう」
「う、うん。でも、びっくりしたから……」
狐は鼻を鳴らした。
「騒がしい娘だ」
そのとき、レイグが一歩前に出た。
「尻尾が大変なことになっているようだな」
狐の耳がぴんと立った。
「なっ……狼まで人語を!」
「お互い様だろう」
「それはそうだが……」
狐は一瞬言葉に詰まった。
ルナが二本の尻尾をよく見ると、ふさふさした毛のあちこちに小さな丸い実がびっしりとくっついていた。
茶色がかった緑色の実で、表面には細かな鉤のようなものが無数についていた。
「あっ、鈎玉草……!」
ルナは思わず声を上げた。
「知っているのか?」
「うん。毛にくっつく草の実だよ。おばあちゃんに教わったことがあるの」
鈎玉草。
秋になると丸い実をつける森の植物で、実には細かな鉤があり動物の毛に引っかかって遠くまで運ばれる。
ただし、長い毛に大量につくと厄介な代物で、無理に引っ張れば毛が抜け、絡まったまま放っておけば、さらに大きな毛玉になってしまう。
「狐さん、それ、取れなくなっちゃったの?」
「……別に」
狐は顔を背けた。
「少々、草の実がついただけだ」
ぶんっと、狐が尻尾を振った。
すると、二本の尻尾がさらに絡み合った。
「…………」
「…………」
ルナとレイグは、黙ってその様子を見つめた。
「……少々、ではなさそうだな」
レイグがぼそりと言った。
「うるさい!」
狐は牙を見せた。
しかし、すぐに情けない顔になった。
「……取れぬのだ」
小さな声だった。
「何度振っても、前脚で引っかいても、取れぬ。むしろ悪くなるばかりで……」
ルナはそっと近づいた。
「ねえ、狐さん。私に取らせてくれない?」
「お前に?」
「うん。私、魔獣のトリミング屋さんなの」
狐はルナの顔をじっと見つめた。
そして、ふと目を細めた。
「……お前、どこかで見たことがあるな」
「え?」
「少し前、この森で馬の魔獣を助けただろう」
ルナは驚いて口を開いた。
「あの馬さんのこと、知ってるの?」
「遠くから見ていた」
狐は静かに答えた。
「あの馬は、茨に絡まって動けなくなっていた。お前は傷を確かめ、毛を整え、最後には何も求めず帰してやった」
ルナの胸に、あの日の出来事がよみがえった。
森の奥で出会った、傷ついた馬型の魔獣。
手入れを終えたあと、振り返ることなく森へ駆けていった姿。
「……見てたんだ」
「ああ」
狐は少しだけ声を和らげた。
「人間にしては、妙な娘だと思った」
「妙って……」
「捕まえもせず、名をつけもせず、礼も求めなかった」
ルナは微笑んだ。
「だって、あの子は森で暮らしているんだもの」
狐はしばらく黙っていた。
やがて、二本の尻尾をゆっくりとルナの方へ向けた。
「……ならば、頼もう」
その声には、先ほどまでの棘がなかった。
「この情けない有様を、どうにかしてくれ」
◇
「じゃあ、ちょっと待ってね」
ルナは籠を下ろし、布に包んで持ってきた小さな櫛を取り出した。
木製の柄に、細かな歯が並んだ櫛だ。
「そんなものを持ち歩いているのか?」
狐が不思議そうに尋ねた。
「うん。レイグの毛を整えるのにも使うから」
「俺は頼んでいないがな」
「でも、気持ちよさそうにするでしょ?」
「……否定はしない」
レイグはそっぽを向いた。
ルナは狐のそばにしゃがみ込んだ。
「少し時間がかかると思うけど、じっとしていられる?」
「子供扱いするな」
「じゃあ、大丈夫だね」
「……うむ」
ルナは微笑み、二本の尻尾のうち一本をそっと持ち上げた。
驚くほど柔らかい毛で、赤褐色の毛は根元に近いほど濃く、先端に向かって淡い金色に変わっている。
「わあ……きれいな尻尾」
「当然だ」
狐は胸を張った。
「我が一族の誇りだからな」
「そうなんだ。じゃあ、なおさら大切にしなくちゃね」
ルナは毛の根元を指で優しく支え、毛先に近いところから少しずつ櫛を入れた。
しゃっ。
しゃっ。
細かな歯が、毛に絡んだ鈎玉草の実を一つずつ外していく。
ぽとり、ぽとりと、小さな実が落ち葉の上に転がっていく。
「おお……」
狐が目を見開いた。
「取れたぞ」
「まだまだあるよ。動かないでね」
ルナは焦らず、少しずつ作業を続けた。
強く引けば、実と一緒に毛まで抜けてしまう。
だから、引っかかりを感じたところでは櫛を止め、指先で毛を分け、実の鉤を外していく。
一本目の尻尾が、少しずつ元の形を取り戻していった。
「……不思議なものだ」
狐がぽつりと言った。
「何が?」
「これほど簡単に取れるとは」
「簡単じゃないよ。ちょっとずつ、丁寧にやってるんだから」
「そうなのか?」
「そうなの」
ルナは笑った。
「魔獣の毛って、みんな違うんだよ。硬い子も、柔らかい子も、長い子も短い子もいる。だから、その子に合ったお手入れをしないとね」
狐は黙ってルナの手元を見つめた。
レイグは近くの木陰に伏せている。
「それにしても、見事に絡まったものだ」
「……黙っておれ、狼」
「二本も尻尾があると、苦労も二倍だな」
「一本しか持たぬ者には分かるまい」
「一本で十分だ。昼寝の邪魔にならん」
「尻尾の価値を昼寝で決めるな!」
ルナは思わず吹き出した。
「あははっ! 二人とも、けんかしないで」
「けんかではない」
「けんかではない!」
二匹の声が重なった。
ルナはますます笑ってしまった。
やがて、一本目の尻尾から最後の鈎玉草が外れた。
「はい、一本目、おしまい!」
狐は尻尾をそっと動かした。
ふわり。
赤褐色の毛が、秋の日差しを受けて輝いた。
「おお……!」
狐は感嘆の声を漏らした。
「元に戻った……!」
「もう一本も頑張ろうね」
「うむ!」
先ほどまでの不機嫌さは、どこへやら。
狐はすっかり素直になっていた。
二本目の尻尾も、ルナは丁寧に櫛を入れた。
途中、深く絡まった実が一つあったが、毛を少しずつ分けて、無理なく取り外すことができた。
最後にルナは手のひらを尻尾にかざした。
「《毛並みの祝福》」
ふわり、と温かな風が流れる。
湿り気を帯びていた毛が軽くなり、二本の尻尾がふっくらと広がった。
「……これは」
狐は目を丸くした。
「気持ちがよいな」
「ふふ。よかった」
ルナは櫛をしまい、立ち上がった。
「はい、できあがり!」
狐は二本の尻尾を大きく広げた。
ふさり。
ふさふさり。
秋の木漏れ日の中で、二本の尻尾が美しく揺れる。
「見事だ!」
狐は嬉しそうに、その場でくるりと回った。
「これぞ、我が一族の誇り!」
レイグがあくびをした。
「さっきまで草の実だらけだったがな」
「余計なことを言うな!」
ルナはまた笑ってしまった。
◇
「ところで、お前たちは何をしに森へ来たのだ?」
狐が尋ねた。
「木の実とキノコを採りに来たの」
ルナは籠を見せた。
「染め物に使うものと、夕飯に食べるもの。まだあんまり採れてないんだけどね」
「ほう」
狐は琥珀色の瞳を細めた。
「それなら、よい場所を知っている」
「本当?」
「ああ。助けてもらった礼だ。案内してやろう」
狐は軽やかに歩き出した。
けれど、数歩進んだところで振り返った。
「ただし、森の奥へは行かぬぞ」
「うん。おばあちゃんにも、奥へは行っちゃ駄目って言われてるの」
「それがよい」
狐の声が、少し真剣になった。
「この森の奥には、我らでも近づかぬ場所がある。強い魔獣たちの縄張りだ。人間が足を踏み入れるべきではない」
ルナはうなずいた。
「約束は守るよ」
「ならば、ついてこい」
狐は二本の尻尾を揺らしながら、木々の間を進んだ。
レイグがルナの隣を歩く。
「よい案内役が見つかったな」
「うん!」
「ただし、また尻尾を草に引っかけなければ、だが」
「聞こえておるぞ、狼!」
前を歩く狐が振り返った。
「耳は二つあるからな」
「お前だって二つだろう!」
ルナは笑いをこらえるのに苦労した。
しばらく歩くと、森の中に小さな空き地が現れた。
木漏れ日が柔らかく差し込み、地面には苔の絨毯が広がっていて、その端に赤紫色の実をつけた低木が何本も生えていた。
「あっ!」
ルナは目を輝かせた。
「これ、紫色の染料になる実だ!」
「まだあるぞ」
狐は倒木の陰へ回った。
そこには、茶色い傘を広げたキノコが、いくつも並んでいた。
「わあ……!」
ルナは思わず声を上げた。
「こんなにたくさん!」
「この辺りのものは、森の獣たちも食べる」
狐は得意げに言った。
「ただし、似た姿の毒キノコもある。見分けられぬものは持ち帰るな」
「うん。おばあちゃんに教わった種類だけにするね」
ルナは一つずつ形を確かめ、知っているキノコだけを籠に入れた。
染色用の実は別の布袋へ。
やがて籠の底が見えなくなるほど、秋の恵みが集まった。
「ありがとう、狐さん!」
ルナは満面の笑みを浮かべた。
「これで、おいしい夕飯が作れそう!」
「……食べることが目的だったのか?」
「染め物もだよ!」
ルナは慌てて付け加えた。
狐はくっくと小さく笑った。
「人間も、案外おもしろいものだな」
そのとき、レイグが鼻を鳴らした。
「俺としては、キノコより肉の方がありがたい」
「お前は最初からそればかりだな」
「肉は裏切らん」
「……妙な信念を持つ狼だ」
狐は呆れたように首を振った。
ルナは籠を抱え直した。
「そろそろ帰らなくちゃ」
「そうか」
狐は二本の尻尾を静かに揺らした。
「では、ここで別れよう」
「また会えるかな?」
ルナが尋ねると、狐は少し考えるように空を見上げた。
「森は広い。会えるかどうかは、森の気まぐれ次第だ」
「そっか」
「だが……」
狐はルナを見つめた。
「お前のことは覚えておこう。馬を助けた娘。そして、我が尻尾を救った娘としてな」
ルナは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。私も忘れないよ」
狐は満足そうにうなずいた。
そして、くるりと背を向けた。
二本の美しい尻尾が、秋の光を受けてふわりと揺れる。
「さらばだ、人間の娘」
「またね、狐さん!」
狐は一度だけ振り返り、やがて木々の向こうへ姿を消した。
ルナはしばらく、その方角を見つめていた。
「……きれいな尻尾だったね」
「ああ」
レイグは短く答えた。
「少々、騒がしい狐だったがな」
「レイグも負けてなかったよ」
「そうか?」
「うん」
ルナは笑った。
二人は秋の森をあとにした。
◇
夕暮れ。
『ルナのハサミ』の台所から、じゅうじゅうと香ばしい音が聞こえてきた。
「わあ……!」
ルナは食卓を見て、思わず歓声を上げた。
大きなお皿の上には、こんがり焼けたハンバーグ。
その中には、細かく刻んだキノコがたっぷり混ぜ込まれている。
上からかけられた濃い色のソースにも、小さく切ったキノコが浮かんでいた。
「おばあちゃん、すごい!」
「ふふ。今日はルナが頑張って採ってきたキノコだからね」
エマは嬉しそうに笑った。
「森のキノコのハンバーグだよ」
「いただきます!」
ルナはさっそくナイフを入れた。
ふわりと湯気が立ち上る。
肉の香ばしい匂いと、キノコの深い香りが混ざり合った。
ひと口食べると、柔らかい肉の中から、キノコの旨みがじゅわっと広がった。
「んんっ!」
ルナは目を輝かせた。
「おいしい! すっごくおいしい!」
「そうかい、そうかい」
エマは嬉しそうに目を細めた。
「採ってきた甲斐があったね」
「うん!」
ルナはもうひと口頬張った。
足元では、レイグが自分の皿をじっと見つめていた。
皿には、大きなハンバーグが一つ。
もちろん、キノコ入りだ。
「……エマ」
「なんだい?」
「肉が少ない気がする」
「そんなことないよ。ルナのより大きいだろう?」
「キノコでかさ増しされている」
エマは吹き出した。
「まったく、贅沢な狼だねえ」
「俺は肉を愛している」
「知ってるよ」
エマは台所から、小さな皿を持ってきた。
そこには、こんがり焼いた肉が数切れ載っていた。
「ほら。レイグには特別に、お肉のおかわりだよ」
レイグの耳がぴくりと立った。
「……さすがエマだ」
「調子のいいこと」
「話が分かる」
レイグは満足そうに肉を食べ始めた。
その横から、白いふわふわがひょこっと顔を出した。
「みゅっ!」
「あっ、ミク!」
ミクはルナの足元をくるくると回っている。
どうやら、おいしそうな匂いに誘われたらしい。
「ミクにもちゃんとあるよ」
エマは小さな皿を差し出した。
ミクは嬉しそうに鼻を近づける。
「みゅうっ!」
そして、夢中になって食べ始めた。
「ふふ。みんな食いしん坊だね」
ルナは笑った。
食卓の上には、温かな料理。
窓の外には、夕暮れの秋空。
大きな木の枝が、風に揺れていた。
「そうそう、おばあちゃん」
ルナはハンバーグを食べながら、今日の出来事を話し始めた。
二本の尻尾を持つ狐に出会ったこと。
その狐が、鈎玉草の実が尻尾に絡まって困っていて、櫛で丁寧に取り除いたら、とても喜んでくれたこと。
また、以前に森で馬型魔獣を助けた時に狐がそれを近くで見ていて、覚えていたと言ってくれたこと。
エマは静かに耳を傾けていた。
「そうかい……」
やがて、優しく微笑んだ。
「ルナのしたことを、ちゃんと見ていた子がいたんだね」
「うん。私もびっくりした」
「森の生き物たちは、人間が思っている以上に、いろんなことを見ているものさ」
エマは温かいお茶をひと口飲んだ。
「それで、その狐はどうしたんだい?」
「森に帰っていったよ。名前も聞かなかったけど……」
ルナは少し考えた。
「また会えたらいいな」
「ふふ。きっと、縁があれば会えるさ」
エマは優しく言った。
「それに、森で元気に暮らしてくれているなら、それが一番だろう?」
「……うん!」
ルナは大きくうなずいた。
レイグは肉を食べ終え、満足そうに目を細めていた。
「……あの狐なら、しばらくは草の実に近づかんだろう」
「どうして?」
「二本の尻尾を、あれほど大事にしているからな」
ルナはくすりと笑った。
「そうだね」
「もっとも、また絡ませるかもしれんが」
「そのときは、また取ってあげるよ」
「……お前らしいな」
レイグは小さくあくびをした。
ミクはお腹がいっぱいになったのか、レイグの大きな尻尾に顔をうずめている。
「みゅう……」
「……やれやれ」
そう言いながらも、レイグは尻尾を動かさなかった。
ルナはその様子を眺め、幸せそうに微笑んだ。
秋の森で出会った、不思議な二本尾の狐。
美しい尻尾が、木漏れ日の中で揺れていた光景を思い出す。
森には、まだ知らない魔獣たちがたくさん暮らしている。
これからも、いろいろな出会いがあるのだろう。
その一つひとつを、大切にしていきたい。
ルナはそう思った。
「おばあちゃん!」
「なんだい?」
「ハンバーグ、おかわり!」
エマは目を丸くしたあと、声を上げて笑った。
「あはは! ルナもレイグに負けない食いしん坊だねえ!」
「だって、おいしいんだもん!」
レイグが片目を開けた。
「……肉のおかわりなら、俺も歓迎する」
「レイグはもう食べたでしょ!」
「別腹だ」
「それ、使い方が違うよ!」
食卓に三人の笑い声が響いた。
足元では、ミクが寝ぼけた声で小さく鳴いた。
「……みゅ」
窓の外では、秋の風が静かに木の葉を揺らしている。
今夜の『ルナのハサミ』は、森の恵みと温かな笑い声に包まれていた。
(つづく)
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