事件
私は慌てて頭巾をかぶり直した。
ぶつかった感触からすると、ぶつかった人間は大柄で肉がしっかりとついている印象を受けていた。恐る恐る相手の様子を見た私は思わず恐怖した。眼つきの悪い大柄の男だった。しかもその男は目を見開いて驚きと怒りが混じったような顔でこちらを見ていた。
「おい、かせ。」
男はそう言うと私の頭巾を乱暴に下げた。
ちっ
舌打ちが聞こえたかと思うとそいつは大声で叫んだ。
「おい!獣人がいるぞ!この店のもん盗みに来やがった!」
その声が聞こえるなり、店にいる全員が私たちの方を向いた。
なんだってーー
これだから獣人はーー
こわいーー
まだ生き残りがいるの?ーー
そんな声が店中から口々に聞こえた。
店員の一人は私をチラチラ見ながら携帯で誰かに電話をしている。通報しているのかもしれない。
最悪の事態だ。
どうにかここから逃げなければ。
しかし、そうこうしているうちに体格のいい大人の男三人ほどがこちらにじりじりと近づいて、私を包囲していた。
逃げ道がない。
ウルはどこにいるんだ。
辺りを見渡しても、どこにもその姿がない。
裏切られたか?
やはり信用するんじゃなかったーー
そう思った瞬間だった。
「どいてくれ!」
前から威勢のいい声が聞こえた。
ウルだった。
「俺が捕まえる。」
そう言ってウルは1メートルほどの太い紐のようなものを投げつけてきた。
するとそれは私の体に一瞬で巻き付いてしまった。私は動けなくなった。
「何するの!」
私は思わず叫んだ。
けれどウルは表情一つ変えずこう告げた。
「どいてくれ。獣人は力が強い。これだけではすぐに逃げられてしまう。眠り薬をかける。」
私を取り囲んでいた男たちは神妙な顔つきで道を開けた。ウルを突如現れた救世主だとでも思っているみたいだった。
お店にいる人たち全員が静かに私たちを見ていた。
コトコトコトコト……
ウルはゆっくり、今も表情を一切変えず、私に近づいてくる。
ついに私の前にやってきたウルは私の正面にしゃがんで、服の中から、一つの黄色い液体が入った小瓶を取り出した。
「みんな、下がってくれ。これは強力な眠り薬。私達薬術師は耐性があって平気だが、普通は半径3メー
トル以内にいたやつにはこの眠り薬が効いてしまう。」
ウルがそう言うと、周りを取り囲んでいた人間も取り囲むのをやめて、私達から遠ざかった。
それを確認したウルは、小瓶を開けた。
すると中に入っていた液体はみるみる黄色い煙に変わり、店全体を黄色い靄で包んだ。
「逃げるぞ!」
ウルはそう言って、何かの呪文を唱え、私を縛っていた縄をほどいた。
その店にいた人達は全員混乱の渦の中で、私達が逃げたことに気を向ける人は誰もいないようだった。
ーーーーーーー
私は、ウルに手を引かれて店の外に出て、人目のつかない路地まで逃げた。
はあはあは.......
私は息を整えながらウルの方を見た。
ウルも息を切らしていて、肩を大きく動かしていた。
「.......裏切られたと思った。」
ウルもこちらを見る。
「お前、ドジすぎんだろ。」
「え、は、はあ?」
私は思わぬ返答につい語気が荒くなった。
「そんなの、仕方ないじゃない。ぶつかることは誰にでもあるでしょ。」
「ああ、そうだな。でも俺が言ってるのはそのことじゃない。なんですぐ逃げなかったんだって言いう話だ。」
「だって、突然泥棒なんて言われたら、動揺してしまって.......」
ウルはそれを聞くと、ふう、とため息をついた。
「まあ、いいよ。これで俺もお尋ね者だけど。この国は、ちょっとでも獣人の味方をすると重い罪に問われる。」
ウルはイライラしているような怒っているような顔だった。息が整った様子のウルは走ったことで乱れた服を整えながら私を睨んでいた。
私はそこで気づいた。
ウルがしてくれたことはウル自身の人生まで棒に振るかもしれない行為だったということに。
私が自分で対処すべきことだったのに。
ウルを疑っていた自分が恥ずかしかった。
「ごめんなさい。ウルまで巻き込んでしまって。」
「もういいから。」
ウルはそう言って歩き出した。
「帰るぞ。ここに長くいたらさっきの連中に見つかっちまう。」
ウルは私の方を見ることなく告げた。
もういいーー
ウルはそう言うけれど、ウルの顔は「もういい」ようには見えない。それはそうに決まっている。獣人の味方をしたばっかりに、私の様にこれから身を隠さないといけなくなってしまったのだ。
ごめんなさいーー
私はもう一度少しずつ遠ざかっていくウルの背中に謝った。
けれどたぶん、彼には聞こえていない。
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