初めての朝
朝自室から出ると、野菜の甘い香りが微かに香っていた。
その匂いに釣られるように私は階段を降りた。
キッチンでは、ウルが朝ご飯をつくっているのか、鍋で何かを煮ていた。
「おはよう。」
私がウルに声をかけると、ウルは私の方に振り向いた。
「ああ、起きたか。おはよう。」
ウルは少し微笑んだ。
昨晩は、ウルと話をした後泣いたからか、どっと眠気が襲ってきてシャワーを浴びた後すぐに寝てしまっていた。
事件の後ずっと心の中でもやもやしていたことをウルに話したことで、少しだけ心が軽くなったように感じていた。(正直、というか当たり前だが、まだすべてを受け入れ、克服できているわけではないけれど。)
自分ではうまく処理できていると思っていた感情も、どうやらそうではなかったみたいだ。
ため込んでいた感情は、まるでボウルにたまっていた水が何かの拍子で一気に溢れ出すように、自分ではもうどうしようもないほど大きなものとして表に出てしまう。
だから、こういう時はこぼれてしまった水を一緒に拭いてくれる人が必要だ。自分だけの布巾では到底拭ききれない水の量でも、布巾を持ってきて一緒に拭いてくれる人が一人でもいるだけで、少しでも、ぐちゃぐちゃになったボウルとその周りを立て直すことが出来る。
それが今回は、ウルという名の人間だった。町はずれに一人で住む、薬づくりを生業にする男。
彼はなぜそんなにも私に尽くしてくれるのか。何か下心があると疑うことはもうやめにしたけれど、どうしても残ってしまう疑問だ。
私はキッチンの近くにあるダイニングテーブルの椅子の一つに座った。椅子は全部で4つあった。
「俺はパンとこのスープを食べるが、お前もこれでいいか?」
「うん。」
私は頷いた。
「なんで椅子が4つもあるの?」
私は率直に疑問に思ったことを聞いてみた。
ウルは何をいっているのか、という顔をしてこちらを見た。
「いや、一人で暮らしているのに、ここにこんなに椅子はいらないんじゃないかなと思って。」
私はそう付け加える。
「ああ、それは……特に理由はないんだけど、このテーブルが4人用の大きさだったから、椅子が1つだとさびしいかなって。」
ウルは何ともないことのようにそう言った。
そして、鍋の火を切って上の棚からふたつ器を取ってそこにスープを注いだ。
その次に、手際よく隣のフライパンであたためていたパンをスープを注いだ器の上に乗せた。
それを私の前に置いて、ウルは私の正面の椅子に座った。
「主よ、我らとこの御恵みを祝福したまえ」
ウルは小さくそう呟いてから食事に着いた。
彼に続いて、私もヌシ様に小さく祈りと感謝を捧げた。
ーーーーーーー
食事が終わって、私は朝の水汲みに行くウルに同行した。
ログハウスを出ると、朝の涼しい風が私の頬を撫でた。
鳥の鳴き声が爽やかに音楽を奏でていた。
ウルのいつもの水汲み場は森の入り口の小さな湧き水の泉だった。
透き通った朝の光に照らされた湧き水は、まるで宝石のように輝いていて、涼しげな景色だった。
水を汲んで帰ってきたウルは作業スペースに行き、薬づくりの作業に取り掛かり始めた。
私はというと、もちろん何もやることがないので、暇を持て余していた。
というわけで、私は何か手伝えることはないかとウルの作業を見に行った。
彼は何かの薬草のようなものを切り刻んでいた。大釜では、もうすでに赤色の液体がグツグツ煮立っていて少し甘い香りもした。
「ウル、私に手伝えることはない?」
私がそう言うと、ウルは作業台から目を離し、私の方を向いた。
「ハルミか。」
彼は続ける。
「その気持ちはありがたく受け取っておく。でも、これは素人には危ない作業だから。」
ウルは朝の優しい顔と打って変わって、一人の職人の目をしていた。
ウルがそう言って作業に戻るのを見て、私は引き止めるようにこう言った。
「で、でも、私にも何かできることはあるよ。ここに住まわせてくれるお礼に、何か手伝わせて。」
それを聞いたウルは少し考えるように唸ってから、こう言った。
「じゃあ……材料調達しに行ってくれるか。」
「え?材料調達?」
「ああ、そうだ。でも、店に買いに行くんじゃない。森で薬草を取ってきてほしい。」
ああ、でも……とウルは言い、近くの棚から何かを取り出した。
「少し見分けがややこしい薬草なんだ。だからこれを見てくれ。」
そう言ってウルが見せてくれたのは薬草書と書かれた手書きの分厚い本だった。
ウルが書いたであろう文字とそれぞれの薬草のイラストが丁寧に書かれていた。
「……これを取ってきてほしいんだ。そうだな……大体、10枚かな。」
ウルが指さした薬草のイラストには、特徴的な渦を巻くツルと、その上に小さな赤い花が描かれていた。
「でも、これに似た薬草もあって、それはーー」
「猛毒で時に人までも死に至らしめる、でしょ?」
私がそう付け加えると、ウルは驚いたように私を見た。
私はその様子を見て得意げに続けた。
「その似ている薬草はよーく見ると、ツルの先が赤くなっている。それが見分け方。」
ウルはまだ驚いた様子で口をあんぐり開けていた。
「お前、何で知っているんだ。」
「そりゃぁ、私が誰だか忘れた?獣人だよ。」
「獣人はみんな知っているのか。」
「もちろんだよ。だって私達は森のスペシャリストだよ?」
私は誇らしげにそう言った。
ウルはそれを聞いてふっと笑った。
「じゃあ、頼もしいな。」
「任せてよ!」
私はそう言ってウルの前を後にした。
ーーーーーーー
森に来た私は順調にウルに言われた薬草を摘み取り、持ってきたバックに詰めていた。
薬草が半分くらい集まったところで、切り株に腰掛けているとふと、一輪美しい花に目が留まった。
それは白と水色の美しいグラデーションをもった花びらが付いたラッパ型の花だった。
これは私達一族が誰かが亡くなったとき、その人を埋葬した場所にこの花の花びらを一枚添える花だった。この花は花びらを一枚取ってもまた次の日には元通りになるという特別な花で、「再生」を意味する花として、あの世でまた素晴らしい生活を送れますように、という願いが込められているものだった。
私は吸い込まれるようにその花びらを一枚取った。
行く場所は決まっていた。
私は森の奥に入っていき、一つのちいさな平原にたどり着いた。そこはまだ、黒い灰に覆われていた。
私の‘‘元‘‘集落に来た私は、ゆっくり集落の中心であった場所歩いて行って、花びらを一枚置き、手を合わせ、祈った。
ーーみんなのあの世での生活が、どうか、素敵なものでありますように。そして、できれば私をお守りくださいーー
私はしばらく目をつぶって祈りをささげた。何か、救いを求めるように。
すると、背後から誰かの声が聞こえたような気がした。いや、背後というより、直接私の心に語り掛けてくるような声だった。
不思議と怖い、という感情はなかった。
私は声の主を探すように自然と後ろを向いてた。
するとそこにいたのはーー
「ヌシ様?」
読んでいただきありがとうございました!
毎週火、金更新予定です。
少しでも面白かった、続きを読んでみたい!と思った方は評価★★★★★&ブクマよろしくお願いします!
続きを書く励みになります☻
それではまたお会いしましょう!




