四十六話 予定が無くなったら
12月に入って、家の中でパーカーを着て過ごし始めた。俺はパジャマらしいものは持っていない。だから冬は家でパーカーかジャージになる。
リビングに入ると、デミグラスソースの匂いと久しぶりに見るエプロン姿の母。椅子に腰掛けた卓哉さんと、お皿を並べる珠凛を見て、何かしなければソワソワしてしまう。
「たかぴーそろそろご飯だよー」
「貴大も手伝いなさい」
2人のなんとも言えない圧に、俺は母が作ったハンバーグをキッチンからテーブルに運ぶ。
とりあえず仕事はした、とホッとしていると、卓哉さんが
「貴大君はクリスマスは何か予定でもあるのか?」
「あー、もしかしたら入るかもですね」
「そうか…デートか?」
「デートじゃないですよ!友達と幼馴染と予定が入らなかったら、どこか行こうみたいになってる感じなので」
言った後につい珠凛の方を見てしまい、目が合ってしまった。続けて卓哉さんは
「あはは、いいねー!珠凛は予定あるのか?」
「私も予定入ると思うー!まだ確定じゃないけど」
「まさか珠凛はデートか?」
「違うよー!友達とだよー!」
「2人ともクリスマスの日はいないみたいだし、どこかずらしてやろう」
卓哉さんと珠凛の会話を聞きながら、まだ今誘えば2人でクリスマスを過ごせるかもしれないと思っていた。テーブルに並べられたハンバーグの香りを掻き消すように割り込んで、珠凛は言った。
「たかぴーは、この前の子と遊ぶの?」
「まぁ、あと優也がいるよ、確定じゃないけど」
最後の一言を付けることで、まだ予定が空いているアピールをしてみるも
「なんか萩谷君邪魔じゃない?2人で行けばいいのにー」
「いやー、むしろ俺が邪魔かもだし。下手したらその日、俺は寂しく1人になってるかもだし」
「それは悲しいね!もし1人になっていたら、私が慰めてあげるよ」
たぶんここで一歩踏み込んだことを言えば、何かが変わっていたのかもしれない。でも俺には勇気がない。そもそも母と卓哉さんの前で踏み込むことは出来なかった。
「2人でクリスマス遊びに行けばいいじゃないか!あははー!」
「珠凛ちゃんが貴大とクリスマスを過ごさせるのが可哀想よ!」
「貴大君なら安心だよ、優しいんだから」
「そんなことないよー」
卓哉さんの最高のパスが来たのにも関わらず、母が遮ってしまった。その2人の会話を聞いた珠凛は
「全然たかぴーでもいいけどねー!でも予定あるみたいだから」
珠凛の言葉に、今『予定がない』と言えば一緒に行けるかも、と思った。心の中で一緒に行きたいと思いながら、俺の口から出た言葉は
「予定が無くなったら、珠凛ちゃんに頼もうかな」
自分自身に落胆しながら、ハンバーグを食べ始めた。
肉の甘味が消えないうちに、ご飯を頬張る。口をもぐもぐしながら、あの場面に戻りたいな、といつもより長く咀嚼をしていた。
「由紀恵さんのハンバーグ美味しいー!今度教えてよー!」
「あらー嬉しい!じゃあ今度一緒に作ろうね」
「やったー!」
喜ぶ珠凛の横で、俺はただ後悔を忘れるために、夕食を味わっていた。やっぱり母が作ってくれたハンバーグが一番好きだなと、ジュワッと溢れる肉汁にご飯が止まらない。頭の中では食レポが始まっていた。
夕食後、ハンバーグの匂いがするパーカーを着て、俺はベッドの上でスマホを触っている。
「結局、クリスマスの予定はどう?」
3人のグループ連絡のところに、優也がメッセージを送った。
「私はクリスマス予定ないから、遊びに行けるよ!」
「花ちゃん来るのは、熱いぜ!男だけはマジでキツいからね!」
「貴大はー?どうせ暇でしょ?」
優也と花のやりとりを眺めて、指がなかなか動こうとしない。今断れば、珠凛に予定無くなったと言えるのに、でも優也なら珠凛に俺が断ったってちくりそうだし。
色んなことを想定すると、優也と花の予定を断って、珠凛を誘うのもリスクがある。もしかしたら珠凛もさっきのは冗談とか言って、本当に1人になる可能性もある。
なせが画面の入力欄に『ごめん、その日無理かも』と打ってすぐ消した。その後に打ち直して、
「大丈夫!俺も予定ない!」
俺は優也と花とクリスマスを過ごすことを、渋々選ぶことにした。俺の返信の後に優也は
「とりあえずどこ行くよー?花ちゃんはどこか行きたいところある?」
「どこでもいいけどー、ビックランドとかは?イルミネーションすごいし、ジェットコースターとか色々アトラクションあるしね」
ビックランドは家から電車で1時間もかからないテーマパークである。この辺に住んでる人はデートスポットでもあるし、家族で遊ぶ場所でもある。クリスマスの日にテーマパークは激混みな予感がして、後ろ向きの返信をしてしまう。
「マジー?混みそうじゃね?優也とか混むところ嫌いじゃないの?」
「いやむしろ好きだわ!ビックランドにしよう!花ちゃんが行きたいって言ってるんだから!」
「貴大文句言うな!じゃあビックランドに決まりねー!」
「わかったよ!じゃあビックランドってことで!」
俺はスマホを枕の横に置いて、天井を見上げる。鳴り止まないスマホの通知音。チラッと覗くと待ち受け画面に映るメッセージ。
「絶対ジェットコースター乗るぞ!」
「乗ろう!!」
あえて無視しながら、今日の夕食の時の会話の反省会を始めた。
「あー、せっかくなら一緒に行こうよ!あっさり言えば、たかぴーが言うなら、一緒に行ってもいいよー!」
一人二役をしながら、俺と珠凛の会話を妄想していた。妄想ならいつも上手くいって、現実と違って思っていることをハッキリ言えるのに。




