四十五話 クリスマスの予定
ヒソヒソと至る所で会話が聞こえる週明けの教室。黒板には自習と書かれて、担当の先生はいない。前にいる女子が半身になりながら話しかけてくる。
「珠から聞いたよ。色々やってあげたらしいじゃん。藤崎もなかなかやるね」
「あ、聞いたの?まぁ何をあげれば良いかわからなかったし、数で勝負みたいな感じ?」
「じゃあ私のアドバイスはいらなかったんじゃないの?」
「そんなことないよ。助かったよ。そうそうこれ!」
渡すタイミングを探っていた俺は鞄からKENTANKEと書かれた箱を取り出して、笹川さんに渡した。
「ありがとう!本当に買ってきてくれたんだ」
「何それ?もしかして買ってこなくて良かった?」
「まぁそんなこと言うなよ。ありがたくもらっておくよ」
「なんだよ!いつも安いチョコしか買わない俺にはハードル高かったぞ」
笹川さんの驚いた顔を見て、一瞬、『あげなくてよかったなら買わなかったのに』、と心の中で思った。
「いいじゃん。いいじゃん。ってか家族の誕生日パーティーもハプニングだったんでしょ?」
「それねー!マジで大変だったんだよ!」
「誕生日ケーキに顔面ダイブしたんでしょ?」
〜土曜日の回想〜
「ハッピーバースデーディア珠凛!ハッピーバースデートゥーユー」
イチゴのショートケーキに刺さるろうそくの火を珠凛が消した直後だった。
家族みんながお祝いの言葉が交錯している時に、熊の人形が落ちたのに気付いた俺。拾おうと中腰の体勢になろうとすると、それと同時にプレゼントを取りに行こうとした卓哉さん。その卓哉さんが熊の人形を踏んづけると体勢を崩してしまい俺のお尻に寄りかかる。
中腰の体勢のまま、お尻を押されるものだから、踏ん張れず顔からケーキにダイブしてしまった。
「何やってるの!貴大!ケーキ食べれないじゃない!」
なぜか母に怒られる俺は
「えっ?今の俺?」
「あんたに決まってるでしょ!」
「俺が悪いよ!貴大君ごめんね」
「たかぴー!自分で顔面ケーキしないでよー!」
戸惑う俺、笑う珠凛、怒る母、謝る卓哉さん、色んな感情が混ざり合うリビング。
俺は顔に着いた生クリーム口に運び、美味しいなと思いながら珠凛が笑っていたおかげで、その場の雰囲気が悪くならずホッとしていた。
目の前の笹川さんが笑いながら、
「その後どうなったの?」
「結局1人でケーキ買いに行かされたからね!やばくない?」
「それはウケるわ。まだケーキ屋さんやってたの?」
「閉店ギリギリだよ!ホールケーキなんてないわけよ!で、ショートケーキを4つ買おうと思ったら、3つしかなくてさ!一つだけチーズケーキにしたわけよ!まぁ俺が好きだからさ」
意外にも笹川さんは興味津々で聞いてくれていた。
今だから笑えるけど、その時は相当イラッとしていた。
「でさー、ケーキ買って帰ると、なんで俺だけがチーズケーキなんだ!みたいになるわけよ。マジで母にはイラついたね、あははー」
「めっちゃ藤崎頑張ったねー。めっちゃ大変だった誕生日パーティーだね」
「まぁ珠凛ちゃんが喜んでたから、とりあえずオッケーだよ」
笑いながら珠凛の方を見つめて、腕を組む笹川さんは
「クリスマスは予定あるの?」
「俺?」
「そうだよ!」
「特にないかな?萩谷とかといるかもだけど」
「クリスマスに男2人は寂しすぎでしょ?」
「いや、1人女子いるよ」
小馬鹿にしてくる笹川さんに、悔い気味に答えてしまう。俺の反応を見て、眉間にしわを寄せて
「なに?もう決まってるじゃん!」
「仮予定だよ!予定が無かったら的な感じのやつ」
「そういう感じね、じゃあ特に珠とどっか行く予定ない?」
予定は決まっていないけど、どこかに一緒に行きたいと、一瞬頭によぎるも
「そうだね、そんな話はしてないよ」
「じゃあうちらが誘っていいよね?」
「う、うん、いいんじゃない?ってか俺に聞かなくても…」
「そうだよね。まぁ義兄妹に聞いておこうかと」
パッとしない雰囲気を漂わせている笹川さんに、俺も複雑な気持ちになっていた。
俺の方を振り向いて鋭い目で、俺を見つめて
「ちなみに珠に彼氏出来たら、義兄妹としてはどんな気持ちになるの?」
「え、そんなこと考えたことないけど…」
『それは落ち込む』と言いたいところだが、そんなことは自分の口から絶対に言えない。
「もしかしたら、クリスマスの日。私と珠、乙葉、私と乙葉の彼氏、友也で遊ぶかもしれないよ」
「あ、そうなの?」
自分の瞬きが早くなり、自分の意思では止められない。焦っているのを悟られたくない俺は、目が痒いふりをして、目を擦る。
「なんかそんな雰囲気があるんだけど、珠がまだ予定わからないって言って、話が進んでいないんだよね」
「そうか、ハオウィーン祭の時に2人は彼氏いるって言ってたもんね、付き合って長いの?」
その場の流れを変えようと、笹川さんの恋愛話を聞いてみる。笹川さんは組んでいた腕を解き、俺の机で頬杖をして
「まぁ1ヶ月ぐらいかな」
「意外に最近だな」
距離が近くなって、笹川さんの香水の香りが強くなる。目が合うとドキッとしてしまう。
「まぁ私はコロコロ変わるんだよね。男ってめんどくさい。勝手に私のこと好きになられて、勝手に飽きて別れたいとか言ってくるし」
「なんか自分勝手な男たちだね」
「乙葉なんて3年付き合ってるからね」
「前鶴さんは長いんだね」
笹川さんの瞳の奥からくる闇を感じつつ、なぜ大人っぽいのかを少し理解した気がした。可哀想だなと思っていいのかわからないけど、俺なんかが思っていい立場じゃないと、考えることを避けた。
「今回の彼氏はどうかわからないけどね」
「じゃあ笹川さんって好きで付き合うんじゃないの?」
「まぁそんな感じかな、なんか人を好きになるとかよくわからないしね」
「へぇ〜!でもそのうち見つかるよ!」
俺は少し暗くなりそうな雰囲気を感じて、グッドポーズをしながら、おちゃらけてみた。
「いやいや藤崎、彼女いたことないだろ?」
「いたよ!」
「え?マジ?」
「サッカーと言う彼女が今までいたから」
驚いた顔を見せた笹川さんは、一気に顔が険しくなる。その顔を見て、逆に俺は安心した。
「まぁ藤崎は一生、彼女できなさそう。友達以上にはいけなさそうなタイプだよね。まぁ珠ならあるかもだけど」
「それは落ち込むわー、やっぱり俺には無理なんだー」
「珠に拾ってもらいなー」
あしらっている笹川さんの言葉に、悪い気はしなかった。それでも俺は珠をクリスマスに誘う勇気はないなと、香水の匂いがまた一層強くなった気がした。




