四十四話 三日月のネックレス
お風呂上がりの曇った鏡の前で、鼻歌を歌いながら髪を拭く私。自分の顔が徐々にハッキリ見えてくると、浮ついてるのがわかる。
「マジか」
逆に鏡に決め顔をしてみると、クスッと笑ってドライヤーで髪を乾かし始めた。
ドライヤーの風音を浴びながら、ふっと貴大が部屋にいたことが頭によぎる。
「ハサミ?ハサミ?全然わからないな…」
まだサプライズあるのかなと思いながらも、さすがにないよね、とまた笑ってしまう。
MissyTシャツを着て、鼻歌を響かせて自分の部屋に戻る。
「んー」
部屋に入った瞬間、何か違和感があると貴大を疑ってしまう。ゆっくりと机に目を移すと、ハンカチの上に置かれた、伊達メガネ。
「なにこれ?」
伊達メガネを持って、逆に不安になっていく私。プレゼントをもらえて嬉しいんだけど、こんなにもらっていいのか?と素直に喜べない自分がいた。
「優しすぎでしょ…」
一言口から溢れて、伊達メガネをかけてみた。不思議と貴大がくれるモノは、いつも私に似合う。そして私の好きなモノを全て知っているかのように、どストライクのプレゼントをくれた。
握った片手の指を一本ずつ開きながら、
「くーちゃん、エプロン、チョコ、香水、伊達メガネ、ハンカチ!えー、6個ももらっちゃってるよ」
親指以外の指が開いた状態のまま、貴大の部屋に行って、『お礼を言わなければ』と足を運ぶ。
ドアを開くと同じタイミングで出てきた貴大を見て、残り4本の指を握られた。
「ねぇ、プレゼント大好きなんだけど!ありがと!逆に貰いすぎて心配になっちゃう」
「伊達メガネとハンカチも可愛かったから」
「両方とも可愛い!ありがとう」
「喜んで欲しかったからさ」
廊下の薄暗い光だと貴大の顔はよく見えない。さっきより元気がなさそうに見えた。リビングに向かう貴大の半歩遅れて着いていく。
リビングで入って私はソファに一直線。少し遅れて貴大もソファに座った。
テレビから聞こえる笑い声、楽しいはずなのに雰囲気が明るくない。この空気に耐えられない私は
「たくさんプレゼントありがとう!最高の誕生日になったよ!」
「良かったよ!何をあげれば良いかわからなかったし」
「誕生日プレゼントって難しいよねー!なんでこんなにくれたの?」
「んー、一応、ここ数年分のプレゼントってことよ!おせっかいならすみません」
下を見ながら話す貴大の言葉に胸の奥を握られた感覚になった。まだ確信を持てない私は聞いてみた。
「数年分?どういうことー?」
「数年間、寂しい思いをした誕生日の分を今日1日にまとめて、お祝いしたってこと!」
貴大の言葉で、1人寂しく感じていた誕生日を思い出してしまった。それと同時に貴大の優しさが胸の奥をじんわりと温かくしていくのも感じた。
「たかぴーは優しいねぇー」
「そうかなぁ?」
「うん、優しい思うよ」
優しさの塊に寄りかかるように、私は貴大に身体を預けていた。微動だにしない貴大だけど、伝わる体温に心が安らいでいく。
「ただいまー!」
我に返った私は顔が熱くなり、それを悟られないように、お父さんの声の方に駆け出した。
貴大が部屋に戻ってから、どれくらいお父さんと話していただろうか。
「今日は学校でたくさんプレゼントもらったんだよ!家帰るとたかぴーもたくさんプレゼントくれてさー」
「貴大君は優しいなー!何をもらったんだ?」
「えーとね、まずは熊の人形でしょ!チョコとエプロン!あと伊達メガネとハンカチもらったんだよ!」
「それはたくさんもらったんだな!貴大君はそんなにプレゼントを用意して大丈夫なのか?」
「それが気になるんだよ!でもせっかくプレゼントに、そこまで聞けないよー」
「それもそうだよな。でも良い義兄妹って感じで良かったよ」
「だね」
父の「義兄妹」の言葉に違和感を感じながらも、貴大と家族にならなかったら、今日という日がなかったかもしれないと、俯瞰している私がいた。
「明日も学校だろ?そろそろ部屋に戻りなさい」
「あ、うん!おやすみー!」
「おやすみなさい」
リビングの時計を見て、日付が変わってしまうことに寂しさをじわじわと感じてきた。
今日の学校のこと、家のこと、振り返りながら歩く廊下。部屋に戻ってスマホを片手にベッドに腰を下ろすと、
「はぁー、今日が終わってしまう…はぁー」
幸せの時間を感じていた分、明日になれば普通の日常が戻ってしまうことに、ため息が溢れてしまう。
「でも楽しかったなー!17歳かー!」
ベッドに横たわると、頭に違和感があった。枕に頭がフィットしなくて、しっくりこない。首に力を入れて、枕を頭で押し潰すように形を変えようとした。
「なにー?ムカつくなー」
身体を起こして、枕の位置を変えようとズラすと箱が現れる。何も考えないで箱を開けてしまう。そこには手紙が入っていた。
「えっ」
手紙を取り出すと下に書かれていた、ピンクゴールドの三日月のネックレス。三日月に目を奪われた私は、顔が熱くなる。
「可愛い…めっちゃ可愛い…」
箱を置いて手紙を開こうとすると、なぜか緊張して鼓動が早くなるのを感じていた。ゆっくり手紙の字に目を通す。
「珠凛ちゃんへ
今日の誕生日は楽しかったかな?
家族になって初めて祝う誕生日だから、正直めちゃくちゃ気合い入ってた。
来年はしょぼいかもだけど!笑
ずっと気になってたんだよね。
珠凛ちゃんの誕生日、毎年どんな気持ちで過ごしてたのかって。
聞けなかったけど、なんとなくわかってた。
だから今年は、今まで寂しかった分も全部まとめて返したくて。
俺にできることって、これくらいしかないから。
助けて欲しい時は遠慮なく言ってね。
いつもお世話になってる分、少しくらい頼ってくれないと困る。
珠凛ちゃんが寂しがり屋なのは、兄の俺が一番知ってるから。笑
俺うざいか!
でも、隣にいるから。
大好きだよ。
貴大より」
本音を隠すようにあえて、ふざけて書かれてた手紙に、涙が静かに溢れるも、ニヤけてしまう。変な感情になっていた。
手紙を読み終えると、居ても立っても居られない。
私は部屋を飛び出して貴大の部屋に入ると、貴大に抱きついた。理由はなく、そうしたかったから。
「今日はありがとう。大事にするね」
「うん、大事にしてね」
目を閉じると感じる貴大の身体の温かさ、どちらかわからない心臓の音。ずっとこうしていたいと思ってしまう。
ゆっくり目を開けると、気づかなかったハートの風船たち。自分の中でしんみりした雰囲気が一気に壊れていく。
「ふふふ、なんで、こんなにハートの風船あるの?」
「そ、それはね」
「たかぴーの部屋変わったねー、あははー」
「違うよ!珠凛ちゃんの部屋に持って行こうと思ってたら、持って行きづらくなって、こうなったんだよ!」
「だからさっき部屋にいたのか!運べば良かったのにー!」
「だって、少し怒ってなかった?」
「全然!今日は気分がいいから怒りませーん!」
「じゃあ持って行けば良かったよ!けっこうびびってたんだからね」
「今日は最高な1日になりました!ありがとう!」
「うん!改めて誕生日おめでとう!」
しんみりした涙が、今は笑いの涙に変わっていた。ハートに囲まれた私たち、もし義兄妹じゃなかったら、こんなことになっていたのだろうか。そんなことを考えると、寝付けない。三日月のネックレスが頭から離れない誕生日の夜だった。




