四十三話 くーちゃんと誕生日
家の前でドアを開けるのを戸惑いながら、期待をしてしまっている私。何もなかったら、それはいつも通りと思いながら、ゆっくりと鍵のかかっていないドアを開けた。
「ただいまー」
薄暗い玄関に、外の光が差し込む。光の先にポツンと置いてある熊の人形。それを見て無意識な笑顔になって、いつもより大きな声で
「なにこれー!可愛いんだけどー」
熊の前でしゃがみ込み、人形の頭についたピンクのリボンをちょんちょんと指で触りながら、置かれた紙に目を通した。
「なになに?お誕生日おめでとう、リビングに行ってね。じゃあ一緒に行こうか!クマちゃん」
人形を抱えて立ち上がると、毛のフワフワ感に、ニヤッと頬にスリスリしてしまう。
人形に癒されながら、リビングに貴大が待っているような気がして、お礼を言う準備をしながらドアに手を当てる。
ガチャ
静まったリビングに小さくため息が出る。でも何かあるのはずと周りを見渡すとテーブルには、箱とピンクの布があった。
引き込まれるように早歩きでテーブルに向かった。人形を置いて、そこにあるモノを眺めて
「あれー?たかぴー?KENTANKEのチョコじゃん!エプロンも可愛いー!おーい!たかぴー?部屋にいるのかな?」
嬉しさが積み重なっていくのを感じながら早くお礼を言いたいと貴大の部屋に向かおうと、リビングを出たのだが、人形を抱えてないことに気づく。
「あ、クマちゃん!」
人形を取りにリビングに戻ると、タオルを腰に巻いた貴大がこっちを見ていた。
一瞬ドキッと、すぐにお風呂上がりだと理解しながらも、あえて
「なんで裸なのー?これありがとー!」
「あ、よかった!」
顔の赤さと焦りを隠せていない貴大に、つい笑ってしまった。色々頑張ってくれていることも含めて、全てが可愛く見えてしまった。
「ここまで準備して、もしかして裸の登場も計画通り?」
「まぁね!…うそー!珠凛ちゃんが思ったより帰ってくるの早くて!」
「早く服着てくださーい!夜ご飯準備するね」
「いいよ!今日は珠凛ちゃん誕生日だし、簡単なもの作るよ!のんびりして!」
プレゼントは期待していても、そこまでやってくれると思っていなかった私は、目が大きく開く。
「あ、ありがとう」
お礼を一言、振り返り顔を見られないところで、ニヤけながらリビングを後にした。緩んだ顔はいつまでも緩み続けて、部屋に戻って鏡に映る私にピースしてしまう。
部屋着に着替え終えてもなかなか治らないニヤけ顔。それを埋めるようにベッドにダイブして、また人形にスリスリする。
興奮が止まないまま迎える夕食。貴大が作ってくれたトマトスパゲッティとサラダがすごく豪華に見えてしまう。
「今日はプレゼントいっぱいもらっちゃったよー!なんか良い事が一気に起きすぎて、明日からが不安ー!」
「珠凛ちゃん人気者だね!」
「そうかなー?たかぴーもありがとー!めっちゃ大切にするね!ねー!クマちゃん!」
「クマちゃん?違う名前ないの?」
「えー、じゃあ、くーちゃん!」
「クマだけに、くーちゃんね!思ったより普通だなー!あはは」
「うるさいー!じゃあなんかあるのー?」
「んー、ない!くーちゃんにしよ!」
「なんだしー!たかぴーはよくわからないねー!くーちゃん!」
くーちゃんを挟んだ私たちのやりとりに、笑みが終わらないまま、気づけばお皿は空になっていた。
「じゃあお皿片付けるね」
「それは私やるよ!」
「大丈夫!座っててー!」
そそくさとお皿を持ってキッチンに向かう貴大を見つめながら、今日もらったプレゼントを思い返していた。今日は最高だったと、心が温かくなっていると、急にツーンと鼻の奥に刺さる臭いがした。
「なんか焦げてる臭いするけど」
咄嗟に私は立ち上がって、キッチンにいる貴大に声をかけた。
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
ろうそくの火で、顔がオレンジっぽくなった貴大が歌いながら、ゆっくり近づいてくる。
フワッと下から何かが上がってくる感覚に、目を輝かす私。
「えー、ケーキないって言ってたのにー」
「ハッピーバースデーディア珠凛〜!ハッピーバースデートゥーユー!おめでとうー!ごめんマフィンだけど!ろうそく1本だけど!」
なぜだろう。込み上げてくるものが喉を通って、目がうるっとしてきてしまう。誤魔化すように笑いながらろうそくに息をかけた。
「ふぅー、ありがとー!」
煙の余韻に寂しさを感じつつ、火のついていないろうそくから目を離せない。するとマフィンを置いた貴大がポケットに手を入れて、もぞもぞして
「はい!プレゼントはまだ続きます!」
貴大の手のひらに包装された四角い箱が、それを見た私は溢れそうなる涙を擦って
「えー、まだあるのー?開けていい?」
優しく笑う貴大を見てから、震える手で丁寧にプレゼントを開けた。中から小さな瓶が出てきて
「Missyの香水じゃん!めっちゃ欲しかった!ありがとう」
「実は俺も買ったんだー!お揃い!」
「ありがとう!嬉しすぎなんだけど!めっちゃ良い匂いするー」
「めっちゃ良い匂いするよね!しかもキツすぎないから学校に付けてもバレなさそうだしね」
2人の間に漂う微かに香る甘い匂いが、今日のフィナーレを飾っているように、私たちを包み込んでいた。
それでも不思議と少し忙しい雰囲気の貴大は
「お皿とか洗っておくから、今日は早めにお風呂入ってきなよー!」
「うん、ありがとー」
消えない香水の匂いが頭から消えないまま、貴大のサプライズに心踊りながら、脱衣所まであっという間だった。
服を脱ごうと思って、ふっと今日はMissyのライブTシャツを着たいと思って、服を脱ぐのをやめた。
「今日はMissyTシャツしよー!」
鼻歌を歌いながら、自分の部屋に戻る。ドアが開けられて、少しずつ広がるピンクの部屋、そこに貴大の後ろ姿があって、ビクッとなってしまった。咄嗟に出た言葉は
「何してるの?下着泥棒ですか?」
振り返りながら少し引き攣った顔で貴大は
「ハサミ貸して欲しくて、勝手に探しにきちゃった!ごめん!」
「あ、ここにあるよ!」
「ありがとう!」
「ってか、勝手に女の子の部屋に入るとか最低だからね!」
流石に貴大がそんなことするわけないよね、と思いながらなぜか急いでお風呂に向かっていた。




