四十二話 おめでとうはまだ
瞼を閉じていても感じる、薄っすらとした光。
ちゅん ちゅん
心地良い鳥の鳴き声で仰向けになった身体を横にする。手探りでスマホを手に取りながら、目をゆっくりと開けた。
「ふふふ…」
スマホの画面に映る『誕生日おめでとう』のメッセージ。それも両手では収まらない数に、自然と笑ってしまった。
いつもより軽快な動きでベッドから起き上がると、変わらない景色なのにワクワクしてしまう。
「ありがとー!」
「めっちゃ嬉しいー!」
溜まったメッセージを全て返信して、お弁当作りにキッチンに向かうが誰もいない。いつも通りだけど、少し期待してしまっていた。
豪華なお弁当を自分で作りながら、笑みが溢れる。1人で食べる朝食、いつもの朝のニュース、特に変わらない。結局、私が家に出る頃になっても貴大は部屋から出てこなかった。それもいつも変わらない。
「誕生日の日ぐらい、早く起きてくれればいいのにー」
変わらない通学路で私はお父さんが言っていた、『土曜日の誕生日パーティー』のことを考えながら、しょうがないとわかりつつ不満を胸に抱えていた。
「今日がいいなー」
いつもすれ違うサラリーマンや、綺麗なお姉さんを見ながら、
「一つ歳をとった私は大人になったんだ、子供っぽいことを言ってるんじゃない!珠凛!」
心の中で自分に言い聞かせて、グッと背筋を伸ばす。
「おはよう、珠凛ちゃん!」
「おはよー」
教室に着くと、不思議とソワソワしてしまう。意外にも誰からも誕生日のことを触れられない。少し残念だなと思いながら、冷静を装いながら新しい席に座る。
「おはよ〜!珠!」
「おはよう」
「おはよー!乙葉!美華」
「珠、聞いてよ〜!酷いんだよ〜さっき美華がさ〜」
「乙葉の話は盛ってるからね」
乙葉と美華と変わらない会話をしながら、誰もいない貴大の机をチラ見した瞬間、チャイムが鳴る。
「藤崎君は何時に寝てるの?」
「昨日が2時ぐらいだったんですよ」
「もっと早く寝なさい」
「あ、はい。昨日だけはやらないといけないことがありましてー」
廊下から担任と貴大が話しながら入ってきて、寝坊しなくて良かったとホッとしていた。
それにしても今日は誰にも「おめでとう」と言われていないことに、寂しい気持ちになりながら授業を淡々と受け続けた。みんなメッセージはくれたのに、と不思議に思いながら、昼食の時間があっという間になっていた。
鞄からお弁当を取り出して、いつもの流れで乙葉と美華を待つ。でも今日は教室にいない。
さりげなく教室を見渡して、眠そうな貴大と萩谷君が窓際で話しているのを目に入った瞬間
「珠、誕生日おめでとー!」
「おめでとう!」
後ろからの2人の声で、身体ごと椅子がガタついてしまった。嬉しいよりホッとして少しうるっときそうになる。
「私からプレゼントは〜、ピアスポーチねぇ〜!」
「乙葉!ありがとー!可愛いー!」
「私はこれにした!絶対似合うと思う!」
「えー!このピアス可愛いー!付けてみる!」
「やっぱり似合うね!めっちゃいい!」
「ありがとー!美華!2人ともありがとう!」
乙葉と美華のプレゼントをきっかけにクラスの女子が集まってきて、机いっぱいのプレゼントになっていた。私は溢れ出る感情が抑えられず…
「ごめん!嬉しくて涙出てきちゃうー!」
「珠凛ちゃん泣かないでー」
「たくさんもらえて良かったね〜」
私は囲むクラスメイトの暖かさが、居場所を作ってくれているような気がした。乙葉と美華だけじゃなくて、他の女子からも祝われるとは思わなかったから。
「みんなありがとー!大切にするねー!大切に食べるー!」
「良い一年をー!」
「珠凛ちゃんおめでとー!」
数分の出来事だけど、何年分の幸せを感じたことだろう。みんなが戻ってしまっていても、笑みがなかなか抜けない。
「びっくりだよー!みんなに祝われるなんて!」
「今回は乙葉がみんなに声かけてたんだよ。演劇も頑張ってたし、みんなでお祝いしてあげようって」
「まぁね!私が声かけたら、みんなも『祝いたい』ってノリノリだったんだけどね〜」
美華の言葉に気を良くした乙葉は、今回の私はよくやった、と胸を張っていた。
「ありがとー!乙葉!めっちゃ嬉しかった!」
「ベストフレンドが喜んでくれて良かったぜー!」
照れながら乙葉を見て、美華も私も笑う。それを見て乙葉を笑って、賑やかな昼休みを過ぎていった。
そして貴大には何も言われないまま、帰りのホームルームを迎えていた。隣の萩谷君が声をかけてきた。
「今日誕生日なんでしょ?はい、プレゼント!購買のお菓子だけど!おめでとう!」
「ありがとう!めっちゃ嬉しいんだけど!親友がプレゼントくれるのに、たかぴーは何もくれないんだよー!おめでとうも言われてないしー!」
「あーー、もらってないんだ!まぁ貴大はシャイだしな、あはは」
何かを知っていそうな顔をしながら、作り笑いをする萩谷君に、何かあるのかなと期待してる私がいた。
「じゃあまた明日!さようなら!」
担任の挨拶が終わると、貴大が急いで教室を出ていく、それは一瞬の出来事。貴大を目で追おうとすると
「珠、カラオケ行かない?誕生日だし」
「あ、どうしようかなー」
「いいじゃん、1時間ぐらいだけでも」
「うーん、、」
貴大が走って帰るのを見て、私も早く帰りたいと思っていた。
「乙葉もカラオケ行くよね?」
「もちろんー!珠!行こうよ〜!」
「じゃあ1時間ぐらい、行こうかな〜」
「よし、乙葉も珠も盛り上がるぞ」
美華が空気を読むのが上手いから、なぜかカラオケを強引に誘うことに違和感を覚えつつ、押し負けてしまった。
「私、さくらんぼー!」
ミラーボールから彩りの光の粒が散らばる部屋で、乙葉の歌声が響いている。
いつもよりテンション高めの美華と、スマホで時間を気にしつつ、次の曲を探している私。
「珠、何歌うの?あ、これ一緒に歌おうよ!」
「これ難しいやつじゃん!美華歌えるの?」
「私は大丈夫だよ」
「なんか美華、今日テンションおかしくない?」
「え、そんなことないよ。もしおかしかったら珠の誕生日だからじゃない?」
「そういうことなのかなー?いつもアゲアゲの曲なんて選ばないのに」
美華はいつもバラード中心の曲を選ぶ。そして普段と違って透き通った歌声は、心に沁みる。しかし今日はなぜかバラードを入れない。私に時間を忘れて欲しいかのように。
私は美華と乙葉のハイテンションに飲み込まれて、1時間のつもりが30分も延びてしまっていた。家に帰って何かあるわけでもないし、期待して何も無くても悲しいし、と思いつつも
「もうこんなに歌ってたのー?帰らなきゃ!」
わざと大袈裟に言う私に美華は
「ここは私が出しておくから、急いで帰りな」
「珠、帰るの〜?もっと歌おうよ〜」
「珠も色々あるみたいだし、私たちだけで歌うか」
意外にもさっきとは違ってあっさり帰らせてくれる美華に、キョトンしてしまう。
「あ、美華ありがとう!乙葉ごめんね!先帰るねー!」
私がドアを閉めると、美華の十八番のバラードが流れ始めていた。
私は早歩きで、ちょっとの期待に胸を躍らせながらカラオケを後にした。




