四十一話 初めて祝う誕生日 後編
静かなキッチンでお皿を洗い終えて、手についた水滴を払い一呼吸をついた。俺は少し早歩きで自分の部屋に戻り次の計画を実行する。
「この風船の量を珠凛の部屋に運ぶのは大変だなー」
とりあえず珠凛が部屋を出て行ったことを確認して、手紙を入れたネックレスと丸い伊達メガネ、端がヒラヒラしたピンクのハンカチを持ってこっそり珠凛の部屋に入った。
「どこに置こうかな…」
ピンクが広がる空間で俺は顎に手を当てて、机や棚など部屋中に見渡す。すると足音が聞こえ始め、俺は咄嗟にプレゼントをベッドに隠し、机の前に立った。
「何してるの?下着泥棒ですか?」
珠凛が部屋に入ってくると、驚いた様子で言い放った。人の部屋に同い年の男が勝手に入っているのはキモいだろうな、と同情してしまった。
「ハサミ貸して欲しくて、勝手に探しにきちゃった!ごめん!」
「あ、ここにあるよ!」
「ありがとう!」
「ってか、勝手に女の子の部屋に入るとか最低だからね!」
ガチャ
珠凛は閉めたドアの音が大きく感じて、怒らせてしまったのかと不安になり始めた。
「この部屋に風船運ぶとかやばいかな」
温かかった体温も一瞬にして、冷め切ってしまって、頭がフリーズしそうになっている。
俺はベッドに隠したプレゼントを取り出そうと掛け布団を捲ると、ネックレスが見当たらない。
とりあえず珠凛の机の上にハンカチ敷いて、その上に伊達メガネを置く。
「やばい!どこいった?マジで無いぞ!神隠しか」
掛け布団をめくり、ベッドの下、壁とベッドの間、色々と思いつくところを探しても見つからない。
珠凛がシャワーを終えて、部屋に戻ってきた時に、また俺がいたら、もう口を聞いてもらえないんじゃないかと、焦りが増してくる。
俺は恐怖と不安を感じながら、もう一度ベッドの周りを素早く見回して、すぐに自分の部屋に戻る。
「最悪だ!無くした」
珠凛の部屋に運ぶはずだったハートの風船たちが俺の部屋を彩り鮮やかにしてくれる。それが逆に虚しさを引き立てる。
「昨日の夜中まで風船を膨らませたのにな〜」
最後の最後に失敗が続き、自分の部屋にいるのに風船のせいで他人の部屋みたいで気が休まらない。
「まぁいっか。また珠凛ちゃんがいない時に、探しにいくか」
俺は重い足取りでリビングに戻るために、部屋を出ると、ちょうど珠凛も部屋から出てきた。目が合って驚いた顔で
「ねぇ、プレゼント大好きなんだけど!ありがと!逆に貰いすぎて心配になっちゃう」
「伊達メガネとハンカチも可愛かったから」
「両方とも可愛い!ありがとう」
「喜んで欲しかったからさ」
あんまり怒ってなかったのかな。普通に見えるけど、1番あげたかったネックレスを渡さなかったことに、少し心が晴れない。
2人でリビングに向かい、ソファで座りながらバラエティを見ていると珠凛は
「たくさんプレゼントありがとう!最高の誕生日になったよ!」
「良かったよ!何をあげれば良いかわからなかったし」
「誕生日プレゼントって難しいよねー!なんでこんなにくれたの?」
「んー、一応、ここ数年分のプレゼントってことよ!おせっかいならすみません」
なかなか顔を上げれない俺を見続けている珠凛は
「数年分?どういうことー?」
「数年間、寂しい思いをした誕生日の分を今日1日にまとめて、お祝いしたってこと!」
「…」
俺の肩に頭を寄せた珠凛はテレビの音量より少し大きく
「たかぴーは優しいねぇー」
俺は熱くなって身体と鼓動の高鳴りに、身動きが取れなくなって、テレビから聞こえてくる爆笑の渦がやたらと耳に入ってくる。
「そうかなぁ?」
「うん、優しい思うよ」
2人しかいないリビングで、控えめな声量で話す俺たちは、理由もなく身体を預け合って、バラエティを観ていた。
「ただいまー!」
卓哉さんの声が玄関から聞こえると、珠凛は立ち上がり、卓哉さんの方に駆け出していく。
「おかえり!」
「おかえりなさい」
「どうしたんだ?なんか嬉しそうな顔してるな!」
「えっ?わかる?」
「顔に書いてあるぞ!嬉しいことがありましたって!」
「えー、書いてあるのー?」
「あぁそうだね!貴大君のおかげかな?」
卓哉さんはこっちを見て、ニコッと笑うと、俺は頬が上がって、照れるように頭を掻いてしまっていた。
「そう!たかぴーが誕生日プレゼントくれたんだよ!」
「そうそう!珠凛誕生日おめでとう!」
「ちゃんと覚えてたー?」
「忘れたこともないよ。プレゼントは土曜日だからね貴大君もありがとう!」
「まぁ兄妹ですから!」
2人で笑っているところに入れず、俺はしれっと部屋に戻ることにした。
時計を見ると22時。プレゼントがどこに消えたかを考えていると、何も手がつかず、ベッドで寝そべって興味のない動画をひたすら流し見していた。
ガチャ
向かい側のドアの音がして、珠凛が部屋に入っていく。珠凛の存在を意識すると、今日の喜んでいた姿を思い出して
「今日は喜んでたし、ほぼ成功だろ」
と、自分に言い聞かせて、ゆっくりと起き上がって、風船を蹴り飛ばしてみた。
コンコン
「ちょっ…」
俺が返事をする前に珠凛が入ってきて、いきなり俺に抱きついた。
「今日はありがとう。大事にするね」
珠凛の体温や匂いを感じてなのか、ハートの風船だらけの部屋がバレて恥ずかしいのか、一気に顔が熱くなる。
「うん、大事にしてね」
目を赤くして、さっきまで泣いていた瞳で俺を見つめて珠凛は、また泣き出しそうになっていた。
俺はそっと珠凛を抱きしめて、珠凛が落ち着くまで何もしなかった。
俺の鼓動が早くなっていく。ハートの風船たちに囲まれているせいで、より珠凛を意識してしまう。
「ふふふ、なんで、こんなにハートの風船あるの?」
「そ、それはね」
突然、元に戻った珠凛は目を擦り笑いながら話しかけてきた。俺もホッとして自然と笑顔が溢れていく。
「たかぴーの部屋変わったねー、あははー」
「違うよ!珠凛ちゃんの部屋に持って行こうと思ってたら、持って行きづらくなって、こうなったんだよ!」
「だからさっき部屋にいたのか!運べば良かったのにー!」
「だって、少し怒ってなかった?」
「全然!今日は気分がいいから怒りませーん!」
「じゃあ持って行けば良かったよ!けっこうびびってたんだからね」
「今日は最高な1日になりました!ありがとう!」
「うん!改めて誕生日おめでとう!」
珠凛は部屋を出て行こうとして、ドアノブに手を置いてから振り返り
「手紙良かったよ!ありがとう」
ニコッと笑って珠凛の姿がドアの向こうに消えて行った。
「あっ!良かったー!」
ここで突然、部屋に来た理由を理解した。嬉しさのあまり、風船を何度も何度も上に蹴り上げた。
落ちてくる風船を見ながら、ニヤケが止まらなかった。




