三十六話 ストーカーみたい
夜風が少し冷えてきて、夏のような服装だと肌寒くなってきた。ジャージ姿でバイトから帰ると、リビングには母と卓哉さんがソファでドラマを見ていた。
「おかえりー」
「おかえり」
「ただいま」
俺に気づいた2人は声をかけてくるが、ドラマからは目を離さない。画面に目を向けると、誰もが知っている俳優が涙目になりながら、女性を後ろから抱きついていた。
「ほぉ」
2人が目が離せないことに納得して、全く見たことのないドラマに俺も見入っていると、後ろから
「たかぴーおかえり」
一瞬、ビクッと身体が跳ね上がる。ゆっくりと振り返ると冷蔵庫の前で麦茶を持ちながら、テレビを見ている珠凛が立っていた。
「あ、ただいま」
「今日は遅かったね」
「大会が近いから、監督の話が長いんだよ!」
「そうなんだ!大変だねー」
コップに口を当てながら、俺とテレビを交互に見ながら話す珠凛に、集中して見たいのだろうと察しがつく。会話の終わるタイミングが分からず俺は
「あのドラマ面白いの?」
「面白いよ!絶対見たほうが良いよ」
「最近、ちゃんとドラマ見てないからなー」
「クラスの女の子はみんな見てるから、あのドラマ語れたらポイント高いよ」
「マジか!今度見てみるー!じゃあ着替えてく…」
そこまで興味のないドラマに、「見てみる」とその場しのぎ嘘を言いながら、部屋に戻ろうとすると卓哉さんが声をかけてきた。
「珠凛の誕生日パーティーは木曜日だけど、由紀恵さんも俺も帰りが遅いから来週の土曜日の夜でいいかな?」
「珠凛ちゃん、ごめんねー」
少し残念そうな2人を見てから、珠凛に目を移すと、手を横に振りながら
「いーよ!いーよ!大丈夫!」
照れくさそうにしている珠凛に、ここ数年誕生日会なんてやってないのかな、と勝手に思っていた。
「僕も土曜日の夜なら大丈夫です!」
「じゃあ土曜日の夜で決定だな」
リビングを後にした俺は、出来れば当日にお祝いしてあげたいと、一度珠凛の部屋をチラッと見てから、自分の部屋に入る。
机のカレンダーには、よく見ないと気づけないほど薄く、14の下に「J」と書いてある。11月14日は珠凛の誕生日である。
ポケットから取り出したスマホで
『女子高校生 誕生日プレゼント』
ありがちな検索の仕方で、候補を探してしまうけど、出てくるのは『コスメ』『可愛いお菓子』『可愛い文房具』『アクセサリー』
スマホを見ているだけで、不安になってくる。
「何をあげればいいか、わからねー」
部屋に戻って、気づけばずっと立ったまま悩んでいた。挙句には、『誕生日プレゼント もらって嬉しくなかった物』にも同じようなプレゼントが書いてあった。
「あげて良いのか、悪いのかもわからないじゃん」
調べれば調べるほど、身体が重くなってくる。一旦、椅子に座ってスマホを机に置くとスマホのバイブ音が響く。画面に映し出されたメッセージを覗くと
「明日は何時集合だっけ?」
優也からの確認だった。少し感覚が鈍くなっている親指のせいで、打ち間違いしてしまうことに焦りながら返信する。
「10時だったはず!」
「おっけー」
「ってか、お姉ちゃんに誕生日プレゼントって何をあげるの?」
「言われたやつあげてる」
「あー、そういう感じか」
「なんで?」
「いや別に、じゃあまた明日ー!」
珠凛に何が欲しいか聞けば良いんだけど、聞ければそんなに困ってない。結局スマホを眺めながら、答えは見つからず、お風呂に入ったのは日を跨いでからだった。
ブゥー ブゥー
スマホのアラーム音で、目が覚めるとやけに身体が重い。瞼を開こうとすると、意思に反して瞼に力が入って涙が出てしまう。目を擦りながら、仰向けの体勢を横向きに変えて、スマホを見てしまう。
結局あの後も調べていたら、眠れなくなってしまって、睡眠時間は2時間で朝を迎えていた。
重い目を擦りながら、すり足で洗面所に向かうと、髪も顔も整っている珠凛が立っていた。一瞬で目が全開になるのが自分でわかる。
「おはよー」
「おあよぉ〜、珠凛ちゃん今日はどっか行くのー?」
「今日はモデルのバイトー!」
「忙しいねー、撮影場所遠いの?」
俺は歯を磨き始めながら、チラチラと鏡越しに珠凛に目がいってしまう。
「そこまで遠くないよ。サザンクロス駅の近くで撮影だし、30分ぐらいかな?」
その言葉を聞いた俺は思わず、むせて口の中のものを吹き出してしまった。俺を見て心配する珠凛。
「大丈夫ー?あ、そろそろ出ないとだから、行くねー」
「うん、頑張ってねー」
珠凛を見送った後、鏡に映る少し目が充血した顔を見ながら口をゆすいで、俺も部屋に戻る。すぐにクローゼットの中を漁って、奥から黒い帽子とMissyを真似して買ったサングラスを取り出す。
「たぶん、これならバレないだろう」
鏡に映る俺は、不審者のような見た目だった。
黒パンツに黒パーカー、黒サングラスに黒帽子は、完全に何か悪いことをしそうな人の格好。マスクもしたら完全に、と思ってしまう。
「もう大丈夫かな?」
珠凛が家を出て、10分ほどして俺も家を出た。
9時前の涼しい風が、ソワソワした気持ちを、助長させる。
駅に着いて周りをキョロキョロしながら、ホームに行くと、予想はしていたが珠凛が視界に映り込む。
「まもなく電車が参ります、ご注意ください」
駅のホームのアナウンスを聞いて、突然電光掲示板に目をやる珠凛に、息が止まりそうになる。
珠凛が見ている逆方向に、俯きながら移動していると、走ってきた電車の風で帽子が飛ばされそうになる。
「あっぶね」
電車に乗り込んだ俺は、珠凛が乗る隣の車両。自分がやっていることは、ストーカーと一緒じゃんと、いたたまれない。
イヤホンをしながらスマホを触る珠凛の横顔と、高いビルが増えてきた景色を見ていると、時間が異常に長く感じ、それに人混みの熱が気持ち悪い。
プシュー プシュー ドン
自動ドアの音が聞こえるたびに、モニターの駅の名前を見て、あとどれくらいかと現在地を確認してしまう。
「次はサザンクロス、次はサザンクロス」
目的地のアナウンスが流れると、やっと解放されるのかと、若干だがホッとしてしまう。
プシュー
ドアの開く音で、大勢の人が一斉に電車から出ていく。目の前の男の人の背中で前が見えなくなると、珠凛を見失ってしまった。
「まだ9時半だし、大丈夫でしょ」
小さく呟いて、スマホに目を向ける。通り過ぎる人にぶつからないよう、視界の端で人の流れを追いながら歩く。
まさか俺と珠凛が行く場所が一緒だと思わず、今日は一日中気が抜けないなと思っていた。




