三十五話 その一言だけで十分
部屋の鏡の前で何を着ようか悩んでいる私。クラスメイトに私服を見られることを考えると、少しは良い印象を与えたい。
コンコンとノックの音がすると
「はーい!」
「珠凛ちゃん!この服はどうかなー?」
部屋に入ってくる貴大は、ベージュのトップスに下は、細身の黒パンツ。落ち着いた服装に少し大人に見える姿に、一瞬、目を奪われそうになってしまった。
「いいじゃん!いいじゃん!たかぴー、かっこいいよ!」
「良かったー!じゃあこれにするー!」
貴大は嬉しそうに部屋を出ていき、ドアが閉まるのを確認すると、私は熱くなった頬に手を当てる。
「あれは事故だし!なんで私は意識してるの!」
心の中にある恥ずかしさを外に出すように、小さくつぶやいていた。
結局悩んで、大人っぽく見えた貴大を意識して、赤のニットと黒パンツを着て、部屋を出ると
「さすが珠凛ちゃんだね!大人っぽい!あ、かわいい?」
「ありがとー!たかぴーも大人って感じでいいよ!」
「まぁね!珠凛ちゃんに褒められたから、間違いないしね」
「なんかやめて!ハードル上がるから」
私たちは今日のことが何もなかったように、笑いながら家を出た。
通り過ぎるお店は、ハロウィンの飾りも片付け始めていて、少し寂しい気持ちになる。そんなことを考えていると貴大が
「イルミネーションの準備してる!あとちょっとでクリスマスかー!」
「たかぴーって、イルミネーションとか見に行くタイプ?」
「行きたいけど、行ったことないね!」
「そうなんだー」
貴大の「クリスマス」というワードに、ピクッと身体が反応した。イルミネーションなんて、小学生以来、通り過ぎながら少し見るもんだと思っていた。だから貴大が興味があることに、意外だなと思っていた。
「珠凛ちゃんは見に行くの?あ、そういうの似合いそうだし、行ってるか!」
「全然!そこまで興味あるわけじゃないしね」
「そうなの?女の子はみんな、そういうの好きなのかと思ってた!」
「それは頭お花畑だよ!まぁ昔は毎年行ってたけどね」
イルミネーションの話をしていると、寂しい気持ちが湧いてくる。少しだけお母さんと手を繋いで見た、青と黄色の幻想的な光を思い出してしまった。
「ここかー!着いたよ!みんなの声もするね!」
気づけばお店の前にいた私たちは、中ではクラスメイトの騒がしい声がしている。
ソワソワしながら、貴大の後をついて行く。
「こんにちはー」
「こんにちはー」
お店の中に入ると、大勢の視線がこっちに集中して、ドキッとしてしまう。
「藤崎こっちこいよー!」
「珠凛ちゃんは、ここ座ってー!」
ガヤガヤしていても、男子、女子でグループで分かれていて、自然と女子グループの方に呼ばれるままに足を運んでいた。
「珠、遅かったね〜!たかぴーと一緒に来るとは!」
「当たり前でしょ。藤崎と一緒の家なんだから」
「そうかなー!わりと早く出たつもりだったけど!」
誘導されたテーブルには、向かい側に乙葉と、美華といつものメンバーが揃っていた。
今日は不思議と他の女子たちも距離が近いような気がする。
「今日は珠には、色々聞くことあるよー」
乙葉は笑いながら言ってくると、私は聞かれることは何となく察しがつく。「えー」と、顔に出していると
「珠凛ちゃん!前に出て話してだって!」
私は急に呼ばれて前に出ると、貴大が立ち上がっていることで、責任者として何か話さないといけないことを理解した。緊張している貴大を見て、私は先に話すことを決めた。
「じゃあ私先に言うよ…。準備や色々お疲れ様でしたー!一人一人が協力して、良い演劇が出来たと思います!ありがとー!みんな大好きー!今日は楽しもー!」
「いえーい!」
何も考えてなかった私は、勢いとノリで終わらして、貴大に受け渡す
「ありがとうございました!はい、たかぴー!」
拍手が終わり、静かになったお店は、貴大に視線が集中する。貴大は少し震えた手でコップを持ち上げて
「ごめん!一口飲む!」
貴大を見て、みんなは笑っていたが、私も同じように緊張して、唾を飲み込む。貴大は遠くを見つめて口を開いた。
「えー、今日はお疲れ様でした。たまたま同じ学校を選んで、たまたま同じクラスになって、ハオウィーン祭でみんなで協力して準備から本番まで、一緒にみんなで頑張ってきたことは、奇跡みたいだなと思います。僕はみんなと同じクラスになれて良かったし、たぶん、みんなとじゃないと今回の演劇は成功出来なかったかもしれない。今日は今日しかない。今この瞬間、このクラスでみんなといられることに、嬉しく思います。この出会いを大切にしていきましょう!ありがとうございました!」
私のふざけた言葉と違って、あまりにも真面目な語りに、貴大が話終わってもみんなは固まったままだった。
それぐらいみんなには響いていたんだと思う。
私も余韻に浸っていたが、我に返って拍手を始めると、みんなも拍手をして、打ち上げが始まった。
席に戻るとポテトをかじりながら美華が
「藤崎って、たまに男っぽいっていうか、大人っぽいところあるよね。さっきも良いこと言ってたし」
「さっきの言葉良かったね〜!珠もそう思うでしょ〜」
「それわかるー!たまにしか出ないけどね」
美華はちゃんと人のことを見てるんだと、私だけじゃないんだと、複雑な気持ちになっていた。
「でも一緒に住んでたら、色んなこと見えてるんじゃないの?」
「いやいや、そんなことないよ。家でもあんな感じだよ」
「たかぴーって仲良い人としか、あんまり話さないし、家では絶対違うと思うんだけどね〜」
乙葉の美華の質問ラッシュに、周りの女子が少しずつ集まってくるのが、自然とわかる。クラスメイトの1人が突然
「ちなみに今日の絨毯の上で、何が起きたの?私見てなくて、みんな盛り上がってて、気になってたんだよね」
「あんたそれ珠凛ちゃんに聞いちゃう?」
一瞬で全身が熱くなって、早くなった瞬きで目の前がよく見えなくなった。それを聞いた美華が
「だってよ。みんな知りたがってるよ。」
「あ、珠とたかぴーがチューしたやつ?」
「なんで乙葉が言っちゃうかな」
「えーーー」
周りの女子の驚きの声に、耳がキーンと痛くなる。焦って
「違う!違う!ぶつかっただけ!だよ?」
必死に手を横に振っていると、男子グループの方から
「それにしても藤崎、上本とキスしてたべ?」
「俺は見たぞ!」
「俺も見た!完全にしてたな」
「マジでしてないよ!ってか声でかいって!」
同じ話があちこちから聞こえてくる。男子の方に目をやり乙葉は立ち上がって
「たかぴー!こっちきて!」
「なんでー!乙葉やめてよー!」
「珠、顔赤すぎー!」
溶けそうなぐらい身体が熱くて、恥ずかしくて顔も上げられない。飲みかけの私のコップを見ていると、視界の端にベージュの袖がチラッと見える。
「藤崎、とりあえずそこに座りなよ」
「そうそう、たかぴーは珠の横〜!」
貴大が横にくると、周りの女子たちの反応がもう一段上がっていく。人の熱と自分の熱で、頭がぼーっとしてくる。
「違う!違う!鼻と鼻がぶつかっただけだよ!」
「珠!本当に〜〜?」
「俺、少し鼻が高いから!本当だってー!」
必死に否定する貴大の声が薄っすら聞こえてくるけど、私の口は開かない。 頭の中は「恥ずい、熱い、恥ずい」でいっぱいになる。
「ちなみに藤崎は珠凛のこと好きなのか?」
「当たり前じゃん!好きだよ!」
貴大の声は耳の奥にクリアに届いて、その後に女子たちの声が痛いほど、耳に響いた。
「待って待って!家族としてだって!」
弁解している貴大の声は、周りのざわめきにかき消されていた。
その言葉だけは、はっきりと耳に残り、その一言だけで十分だった。家族じゃなければ、どうなっていたのだろうと考えてしまった。
「よし、藤崎。あっちに戻っていいよ」
「なんだよそれ!俺が公開処刑されただけじゃないか!」
美華の言葉に、頭を掻きながら戻っていく貴大を見て、無意識にため息が溢れるも、まだ終わらない。
「ちなみに珠凛ちゃんは藤崎君のこと好きじゃないの?」
誰か聞いてくると、みんなの視線が私に集まる。少し熱が引いてきた顔で上を見つめて
「どうだろうか〜、家族だとわからないよー」
「珠凛ちゃん!それ答えになってないよー」
「じゃあ逆な好きな人教えてよー」
「私はーー」
女子グループは、私の話をきっかけにみんなの恋バナで盛り上がった。私には初めての経験で、今日は今日しかない。今この瞬間だけは、全部忘れていた。




