三十四話 近すぎた
私は舞台裏で、貴大の演技を覗きながら、この後の一番の見せ所に緊張と楽しみで胸がドキドキしている。
後ろのクラスメイトに声をかけられて
「藤崎君には言ったけど、絨毯を持ち上げる人、1人減っちゃったんだよね」
「あ、そうなの?5人なら大丈夫じゃないかな?危ないかな?」
「たぶん大丈夫だと思うけど…」
ステージに目を移すとライトに照らされながら、少しニヤけた顔で、貴大が戻ってくる。
自然と私の横に貴大が来ると、クラスメイトが
「藤崎君と上本さんは大丈夫そう?」
私はクラスメイトが心配そうにしているのをよそに、そんなに持ち上げるのが大変なのかと、思いつつも貴大に
「大丈夫だよね?」
「珠凛ちゃんが平気と思うなら、大丈夫だよ!」
「まぁ何かあったら王子が助けるさー」
「頼むよー!王子!」
少しふざけた顔を見せる貴大を見ながら、緩む顔を引き締めて私は暗いステージに先に向かった。
そして私は落ち込んでいるように、ステージ中央に座り、うなだれながら、貴大が絨毯で来るのを待っていた。
静まり返ったステージに1人、よく聞こえる胸の鼓動を感じていた。王子が私を迎えに来るんだ、と。
舞台裏から、絨毯に乗った王子が少しずつ姿を見せる。ライトが王子を照らして、会場が歓声に包まれる。
「すごーい!」
「王子ー!」
思わず見惚れてしまう。少しずつ近づいてくる王子が、やけに遅く感じる。身体が熱くなるのを感じながら、私は立ち上がった。絨毯に乗った王子は私を見下ろしながら、口を開いた。
「魔法の絨毯さ」
「とても綺麗」
「一緒に空を飛んでみないか?宮殿抜け出して、世の中を見るんだ」
「平気なの?」
何度も練習したはずなのに、いつも違う。見上げながら見る王子は、ライトの光が眩しくて、よく見えない。
「僕を信じて…」
「何ですって?」
私がセリフを言うと王子は、一瞬、間が空いてニコッと笑いながら、手を差し伸べてきて
「僕を信じて」
貴大の顔がハッキリ見えて、私は顔が熱くなるのがわかった。王子に引き上げてもらい、絨毯に乗る私。胸の鼓動と熱くなった身体が、私を2人だけの世界を意識させる。
「見せてあげよう♪」
曲が流れ始めて、絨毯の上から会場を見渡すと、色とりどりのライトの光が溢れていて、不思議な感覚に包まれる。
寄せ合う身体に貴大の体温を感じながら、目が合うと照れてしまう。それを誤魔化すように、何度も笑っていた。
「初めての世界♪」
お父さんが再婚して、他人だった貴大が義兄妹になって、色々と知らない一面を知った。私の止まっていた時間が動いたのも、貴大が手を差し伸べてくれたから。ここ半年はとても濃い時間を過ごしている。
本当に、感謝しかなかった。曲の歌詞に乗る私の想いと、絨毯に乗せた私の身体が、揺ら揺らしている。
「きゃっ」
急に不安定になった絨毯に、貴大に抱きついてしまった。不思議と貴大も、私の背中に手を回している。
私の身体が熱いのか、それとも貴大の体温なのか分からない。
キスするフリが近づいてきて、しないのに緊張で、呼吸が浅くなる。帽子を外した貴大が客席から見えないように帽子で顔を隠す。
顔が赤い貴大と目を合わせながら、お互い恥ずかしさを隠すように変な顔をしていた。クスクスと笑いながら、この2人だけの時間が心地良い。
肩をすくめて、距離が近すぎた顔。息が触れそうなほど近い。突然の絨毯の揺れで、私の唇は、目の前の唇と一瞬触れてしまった。
「えっ?今キスしてた?」
一気にカーッと全身が熱くなっていった。しかも会場の人たちの声が聞こえて、見られてしまった気がした。
熱を帯びたまま、フワフワした心と身体で、その後は途切れ途切れの記憶だけど、無事にやりきった。
会場の拍手に包まれながら、演劇が終わり長かった準備と色々あったハオウィーン祭を思い出して、ホッとして無意識に涙が溢れそうになった。
「珠凛ちゃんも頑張った!えらい!えらい!」
我慢してたのに貴大の優しさに、抑えられなくなった涙が勢いよく溢れ出してしまった。頭を撫でる貴大の手は少し強かったけど、しっかりと「頑張ったね」と伝えているようだった。
現実に戻ったように、生ぬるい教室で片付けをしている私。
1人で衣装を畳みながら、顔を上げて、美香と乙葉を探す。
教室にはいない2人を確認して、廊下に目をやると誰かと話している貴大の背中が見えた。
「たかぴー!まだ終わってないよー!」
「ごめん!今行く!」
萩谷君に呼ばれてから、だいぶ時間が経っても戻って来ない貴大に声をかけると、見たことある女の子がそっと教室を覗く。
「あっ」
女の子と目が一瞬合うと、つい会釈をしてしまうが、すぐに隠れてしまった。
あの女の子は誰なのか気になるけど、わざわざ聞くのも気が引ける。
「あー、まだこんなにあるのかよ」
教室に戻ってきた貴大は、片付け途中の段ボールを見て、愚痴をぼやいていた。
「たかぴーが、ずっと話してたからでしょー?」
「そうなんだけど。花の話が長いんだよ」
「あの子、花って言うんだ!」
花の話をするとハオウィーン祭の初日を思い出して、自分が恥ずかしくなった。なんであんなに怒っていたのか。
「前に花の話しなかったっけ?」
「したっけ?してない気がするけどー」
「あ、3人で夜ご飯食べてた時に少し名前出てきただけだ!前に話したふーちゃんの妹なんだよ」
図書館で貴大と一緒に勉強していた人だと、すぐにわかると、雰囲気の違う姉妹が2人並んでいる姿を頭の中でイメージする。
「全然、似てないね!」
「そうだね!ふーちゃんはおっとりお姉さんで、花はマジでガキって感じなんだよ」
「そんな感じするかも!」
「ってか、ふーちゃんのこと見たことあるっけ?」
一瞬で私の背中がヒヤッとした。お姉さんは図書館で見ただけだった。
「図書館を通り過ぎた時に、たまたま貴大と勉強してるのを見たんだよ」
「あ、そういうことかー!」
嘘でもないけど、嘘を言っているような気がして、お腹の奥が握られた感じがする。私は咄嗟に話題を変えるようにして
「ってか、打ち上げどこでやるのー?」
「笹岡の親のお店でやるんだってよ!」
「そうなんだ!」
ソワソワしながらもホッとしていると、貴大が
「一回帰って、一緒に行くでしょ?」
「えっ、行こう行こう!」
そういえば、一緒に帰ることはよくあるけど、一緒に行くって、休日以外はしたことがないから新鮮。
みんなに一緒に来たって思われることを考えると、恥ずかしさでドキドキしている。
「じゃあ早く終わらして帰ろうか!」
「私は終わってるよ!たかぴー待ちですけどー!」
「手伝ってよ!」
「じゃあ今日の帰りアイス奢りねー!」
私と貴大は、教室がオレンジ色に染まりかける頃には、鞄を持って教室を後にした。




