三十三話 王女と私の気持ち
「めっちゃ可愛いじゃ〜ん!美華見て〜!」
「良いじゃん!良いじゃん!」
更衣室で緑のドレスを着た女子を褒めるアラビアンの踊り子衣装の乙葉と美華。鏡に映る私を見て、色々な仮装をしたけど、その中でも、ダントツで可愛かった。
「めっちゃ可愛いじゃん!私じゃないみたい」
自分で自分に惚れ惚れしてしまうことに、目を丸くしてしまった。すぐさま茶色の布を羽織り、ドレスを隠した。
「それで外出れば良いのに〜」
「乙葉!聞いてないの?あれはステージで披露するから、あまり見られちゃダメなんだよ」
クラスの話を聞いていなかった乙葉に美華が言う。それを見て、もう一度、鏡で自分のドレス姿を確認してから、私は
「じゃあ、行こうー!」
更衣室を出た私たちを、通り過ぎる生徒がチラチラと見てくる。私は衣装がバレてしまったのではないかと、ソワソワする。演劇のように、王女の身分を隠して町に出ているような緊張感。
「あれ?藤崎じゃない?」
美華が言うと、奥から小走りで走る貧しい少年姿が見える。その小走り姿はパンを盗んで逃げているようにも見える。
クスッと笑いながら、貴大に一瞬だけ、ドレスを見せながら、私は
「たかぴー!めっちゃいいじゃーん!」
そう言い終えると、ドレスをすぐに隠した。周りにいた男子たちの驚く表情に、目がいってしまう。
「ごめんー!トイレがやばい!」
貴大は足を止めず、焦る言葉を私たちに投げかけて、トイレに消えていった。
教室に戻って、ドキドキしながら、羽織っている布を外して、みんなに衣装を見せると
「本当の王女様じゃん!」
「上本さんめっちゃ似合ってる」
「珠凛ちゃん可愛い」
クラスメイトの反応に照れ隠すように私は
「でしょ?みんな褒めてー」
少し熱くなる全身を使って、その場で一回転して見せた。少し大胆になった私は、モデルのバイトで学んだポーズを、クラスの女子たちに写真を撮ってもらっていた。
「貴大ー!お前ウンコ長すぎだろー!ウンコ王子じゃん!」
「今日は緊張で硬いんだよ!」
優也が教室に戻ってきた貴大を茶化し、教室に笑いが起きる。自然と私の横にくる貴大の顔が白く見える。
「たかぴー大丈夫?」
「うん、平気ー」
心配で声をかけると、下手な作り笑顔で答える貴大に、不安を感じるほどだった。
「2人の写真撮らしてよー」
「私も撮りたい!」
またも写真を撮られてしまう。貴大を心配しつつも、ピースで笑顔を作る私。
「良い感じに撮れたー!見て!」
見せられたスマホの画面に映る2人は、ニコッとした私と、目に光が宿っていない貴大が映っていた。
「たかぴー!目が死んでるじゃん!」
あまりの緊張でガチガチになっている貴大が、面白くて、笑いが止まらなくなってしまった。
「あははー」
「珠ちゃん、笑いすぎー」
「写真見てよー」
「確かに、希望のない目をしてるけど」
「ウケるー」
少し頬の力が抜けてきた貴大を見ると、ふと頭の中で今週、学校でまともに話したのは、これが初めてだなと不思議な気持ちになった。
その後も演技の最終チェックとか色々とやっていて、貴大とは本番前の舞台裏まで一緒にいた。
開演10分前、クラスメイトが集まり、私と貴大に声をかけられる。
「いよいよ本番だね!珠凛ちゃん!藤崎君!一言ちょうだい!」
「じゃあ円陣でもやろー!」
私の言葉でみんなが円陣を組み始め、みんなが円になったところで私は
「すごい緊張している人が横にいるけど、楽しんでいこー!」
「おー!」
次は貴大の番だと、顔を覗くと目が点になっている。意識をこっちに戻すように私は声をかける。
「おーい!たかぴー!一言!」
「が、頑張るぞー」
「おー!」
クラスの指揮が上がり、みんなが開演に備える。私はそっと貴大に近づき
「たかぴー!緊張しすぎだってー!」
「頑張れ」の思いを込めて、貴大の背中を叩いた。それを見ていた周りもバシバシと叩いて、貴大の表情が緩んだのがわかった。客席を少し見た貴大は私に
「めっちゃ来てるじゃん」
「そうなんだよー!とりあえず楽しもう」
私も少しは緊張している。だから緊張を隠すように貴大の肩を揉んで、自分を安心させたかった。
「こんなパン一切れで?」
貴大が1人で立つステージは、さっきまでの緊張は嘘のような演技を見せている。舞台裏から次の出番を待つ乙葉と美華と小声で話しながら見つめている。
「藤崎!役に入ってるじゃん」
「意外と大丈夫だね〜」
「そろそろ曲流れるよ!2人ともダンス頑張ってー!」
すぐに曲が流れ始め、乙葉と美華はステージに踊りに行ってしまった。
陽気な曲が流れる中、舞台裏に1人になると、急に寒くなった気がした。必要以上に温かい息を手に吹きかけていた。
「また会う時まで、ご機嫌あばよー♪」
みんなが舞台裏に小走りに戻ってくるのを見て、ソワソワした気持ちを、バレないようにみんなとハイタッチをした。少し遅れ貴大が私の前に現れる。
「良かったよー」
「もう緊張取れた!」
「じゃあ次は私の番!」
「頑張って」
私は貴大とハイタッチした後に、そのままステージに向かった。
眩しくて熱いライトの光を浴びながら、客席が目に入ると、血の気が引いていく。
「可愛いー」
「おぉー」
聞こえてくる黄色い歓声が心臓の鼓動を速くする。細く長く息を吐きながら、ステージの中央で立ち止まり、客席に目をやり私は口を開く。
「自分の人生は自分で決めたい」
私はセリフを言いながら、自分自身に言い聞かせていた。
「私は宮殿からも出たことない」
ここ数年、お父さんに素直になれなかった心を。
「友達も、1人もいないし」
家に帰れば孤独だった日々を。
「こんな王女なら、辞めたいわ」
お母さんがいればどうだっただろうか。
あの日の思いが蘇ると、本当に自分は頑張ってたなと胸を締め付けられていた。
自分の出番が終わり、貴大が見える舞台裏に戻ると、
貴大が声をかけてきて
「珠凛ちゃんどうだった?」
「楽しかったー!次は一緒のところだね」
「楽しかったの?すごいね!迷惑がかからないように頑張ります」
振り返ったその瞬間、今が楽しいことを私は実感していた。
一息つく間もなく、私は茶色の布を羽織りステージに再度向かう。
初めて勇気を出して宮殿を飛び出した王女は、不安な気持ちを抱えながら、町を歩く。
人助けで泥棒と間違われた王女は…その時
「あちこち探したんだぞ!」
貧しい少年に声をかけられて、彼の腕を引っ張り駆け出していく。
私の視界が、パッと開けた。腕を引っ張る貴大が、本当にこれから王子になるように見えた。
立ち止まった少年は遠くを見つめて
「どんな暮らしをしているんだろ」
「毎日、あれをしろ!あれを着ろ!」
「ここよりマシさ。食べ物を盗んで、衛兵に追われている」
「自分の思うように何もできない。」
「こんな生活って…」
「まるで…」
「囚われの身」
「囚われの身」
私たちは違うようでいて、お互い見えない何かに縛られていた。私はそう思いながら、お互いの孤独を考えると切なく胸が締め付けられた。
なぜ貴大もそんな悲しい顔をしているだろうか。その瞬間がやけに長く感じ、頭の中で残像が残っている間に、私は何もできないまま、衛兵に連れ去られていた。




