三十話 舞台の上で
ハオウィーン祭最終日のクラスの教室は、演劇の衣装を纏った人たちで、張り詰めた空気が教室を支配していた
その教室の角で俺は上は前開きの紫のベストを着て、ダボっとした白いズボンを履き、頭に小さな布の帽子をかぶり、砂漠の街で生きる貧しい少年に変身した。
「貴大王子!調子はどうだい?ランプの魔人の登場だぜ!」
「かなり緊張して、吐きそう。優也は緊張しないの?」
「私は優也ではなくて、ランプの魔人さ!ランプの魔人は緊張しないのさ」
「すごい役作りだ。腹痛くて無理だ。トイレ行ってくる」
ノリノリの全身青の魔人の衣装を着ている優也と温度差を感じながら俺は教室から出ると、目の前にいるのは、黄色のTシャツを着た見覚えのある人物。数日前に見た顔だ。
「よぉ!貴大!演劇観にきたぞ!」
「なんで花がいるの?ってか、演劇のことも知ってるし」
「そんなことはいいんだよ!なかなか似合ってるじゃん!」
「おぉ、ありがとう。緊張がやばくて、トイレ行ってくる!また後で」
お腹を押さえながら、小走りで向かうトイレ。花の顔を見たら、緊張が増してきた。
「たかぴー!めっちゃいいじゃーん!」
「藤崎似合うね!」
「たかぴー!珠と一緒に並んでよ〜!」
珠凛たちが更衣室から出てきて、みんなアラビアンなヒラヒラした格好で目の前に現れるが
「ごめんー!トイレがやばい!」
ここで立ち止まったら、強張った顔が見られるんじゃないかと逃げるように3人の横を通る。すれ違う時に見た珠凛の仮装した王女の姿は、俺が王子で大丈夫かよと、息を呑むほど美しかった。
やっと着いた男子トイレの一番奥の個室で、便座に座って内履きを眺めている。冷え切った手に、感覚が鈍い足。耳だけは研ぎ澄まされていて、心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
「上本さんの格好見た?マジで可愛くね?」
「あれはやばかったよな!演劇観に行くべ?」
「当たり前だろ!王子の人羨ましいよ!」
「王子誰やるの?」
「たしかに!誰やるんだろうね」
個室から出るタイミングを失った俺は、男子たちの会話を聞きながら、音を出さないように息までも潜めていた。
「おーい!たかぴー!一言!」
珠凛の声にハッとなると、舞台裏でクラスみんなで円陣を組んでいる。あまりの緊張にここ1時間くらい記憶が途切れ途切れになっていた。
「が、頑張るぞー」
ただそれだけしか言えなかった。
「たかぴー!緊張しすぎだってー!」
珠凛が背中を強く叩いてくる。それを見た周りも
一緒に叩いてきて
「貴大ふぁいとー」
「藤崎頑張って!」
「たかぴ〜がんばれ〜」
不思議と一瞬うるっとしそうになる。少し緊張がほぐれて、舞台裏から客席を覗くと、立ち見するほど生徒がたくさん観に来ていた。珠凛の方見て俺は
「めっちゃ来てるじゃん」
「そうなんだよー!とりあえず楽しもう」
笑いながら、肩を揉んでくれる珠凛の手の柔らかさに安心感を感じる。
「じゃあ出番です!お願いします!」
1年生のハオウィーン祭責任者の女子に声をかけられると、余裕な雰囲気を偽って、ニコッと笑顔を向ける。
大きなカーテンが開き始め、観にきている人たちが舞台に集中している。俺はパンを持ちながら、熱いライトの光を浴びながら、一歩一歩、舞台の中心に向かっていく。
「こんなパン一切れで?」
静まり返った会場で響く俺の声に、反応のない会場。目の前には多く人がいるのに、世界に自分ひとりだけ取り残されたような感覚に陥る。
「よし逃げよう」
身体がフワフワした感覚で、自分で何を言っているかもわからない。練習したことをただ、機械的にこなしている感じだ。ここで曲が流れ始め
「どんな時も〜♪」
曲に合わせ、生徒たちが手を叩く音が増えていく。横から乙葉や美華、クラスの人たちが出てきて、ダンスが始まった。
「生きるため盗むのさ、仲良くしよう♪」
ニコニコしたクラスメイトたちに囲まれて、緊張が徐々に軽くなっていくのがわかる。熱かったライトの光も、優しく感じてきて、俺も頬の硬さが取れてきた。
「また会う時まで、ご機嫌あばよー♪」
曲が終わり、みんながステージ横に消えて、1人になった舞台に止まらない拍手は、鳥肌が立つほどの寒気を感じた。
最初の出番が終わってホッとしながら、舞台裏に戻ると、ハイタッチを待っている珠凛がいた。
「良かったよー」
「もう緊張取れた!」
「じゃあ次は私の番!」
「頑張って」
短い会話と珠凛とのハイタッチは、身体を熱くさせる。ライトの光はやっぱり熱いみたい。
「可愛いー」
「おぉー」
珠凛が舞台に立つだけで、歓声が上がる。俺との差を感じながらも、予想はしていたことで、何も思わない。舞台裏の安心感で気持ちが緩みながら珠凛を見ていると、後ろから青い影が近づいてくる。
「すごい拍手だったな!」
「優也はまだ出番は先だから、いいよな」
「俺は早く出番がきてほしいぜ!そうそう、花ちゃんあそこにいるよ!」
舞台の方から見て、中央の左寄りに指さす優也。一瞬、遠くに目をやるも見つけられず、近くに目を移すと最前列に座る花の姿があった。派手な服を着ていたから、すぐにわかった。
「なんで花、演劇のこと知ってんだろう?」
「あ、上本さん戻ってくる!そろそろ貴大の出番だぞ」
あんなに近くで見られると緊張というよりは、恥ずかしいと思ってしまう。戻ってくる珠凛に
「珠凛ちゃんどうだった?」
「楽しかったー!次は一緒のところだね」
「楽しかったの?すごいね!迷惑がかからないように頑張ります」
熱いライトが俺たちを照らしながら、王女が王子との初めて出会う場面。宮殿の王女とは知らずに、憧れを語る少年。
「どんな暮らしをしているんだろ」
「毎日、あれをしろ!あれを着ろ!」
舞台に立っていると、王子の気持ちを重ねてしまっていた。
初めて会った時の珠凛は、遠い存在にも感じていた。でも同じ屋根の下で、共に暮らして、見えていなかったことがたくさんあった。
「ここよりマシさ。食べ物を盗んで、衛兵に追われている」
「自分の思うように何もできない。」
「こんな生活って…」
「まるで…」
「囚われの身」
「囚われの身」
交互に語り、最後に合わせたセリフで、目が合うと、緑の風が横を通り過ぎるような感じがした。
演技とはわかっていても、その悲しそうな珠凛の目を見ると、俺は珠凛に何か出来ているのかなと思う。
でもそんなことを考え続ける暇もなく、演劇は進んでいき俺はランプを擦っている。その合図でライトの色をチカチカと変えながら
「一万年間も、じーっとしていたから、首がカチカチだわさ」
優也の大きな声が会場に響きわたり、生徒たちの爆笑が起きる。みんなが笑うと、ランプの魔人の衣装が面白く見えてきた。
俺は客席から見えないように笑いを堪えるのが大変。
「魔人の人やばすぎだろ!」
「めっちゃ面白い」
ランプの魔人とのやりとりは、すごく楽しかった。優也がいれば、ずっと会場は暖かい雰囲気に包まれているのだから。爆笑の渦の中、ランプの魔人は尋ねる。
「何を叶えたいかね?」
「…そうだ、僕を王子に出来るか?」
王子になると、あのシーンに近づくことを意味する。
頭によぎった珠凛と、優也のセリフに盛り上がる会場に、胸の鼓動が、次の一歩を急かすように、強く、強く打ち続けていた。




