二十八話 怒っていない
鏡に黄色ドレスに女性が立っている。派手な色に更衣室ではかなり目立っている。
「今年もそれ着るんだ〜!めっちゃ可愛いよね〜」
「今年は着るつもりなかったけど、持ってきちゃったー!」
後ろから褒めてくれる乙葉に、照れながら答える私。
去年はこのドレスを着たことでSNSで、目立ってしまったのもあって、今年は着るのを躊躇っていた。
「なんで〜?」
「友也に見たいって言われたし、こういう時にしか着れないからねー!」
「今年も珠のドレス見れて、私は嬉しいけどね〜」
私は乙葉と話しながらそこまで広くない更衣室で、足元のヒラヒラに神経を研ぎ澄ませながら、人混みをすり抜け、更衣室から出る。
「やっば!めっちゃ綺麗じゃん!」
廊下の窓際に寄りかかる王子が立っていた。窓の奥に見える青空がより、青い王子の仮装を際立たせる。
「友也もめっちゃカッコいいじゃん!」
「珠凛がドレス着るから、俺は王子になろうと思ってさ」
「めっちゃ似合ってるじゃーん!」
通り過ぎる生徒たちが、何度も振り返る。逆に見られすぎて恥ずかしいと思うほど。
少し遅れてきた乙葉がスマホを取り出して
「2人とも写真撮らしてよ〜」
「いいよー!俺にも後で送ってね」
スマホのシャッター音が鳴り続けると、ぞろぞろ周りの女子たちが
「私も撮っていいですか?」
「一緒に撮ってください!」
気づけば女子たちに囲まれるような形になってしまった。結局去年と同じことになってしまい、またSNSで拡散されると思うと、小さくため息が溢れた。
「そろそろいいかなー?珠凛あっちに行こう」
「あ、うん。そうだね」
友也の一言で、その場から逃げるように立ち去る私たち。少し人気が少ない廊下でホッとしていると友也は頭を掻きながら
「少し目立ちすぎたね」
「それねー!去年も目立ったけど、今年は倍はいたからね」
「マジー?俺たち完成度高すぎだったね」
いつもはだらけた制服に、手入れをしていないクルクルした髪型。それと違って、ピシッとした青い王子衣装に、癖っ毛を上手く使って、いつもより額が見える顔。今日は一段と友也がカッコよく見えてしまう。
少し顔が熱くなる気がしていると、友也越しに青いスーツの2人組が教室から出てくるのが、ぼんやり見える。青いスーツに一瞬ピントを合わせて、すぐに友也の顔にピントを合わせる。
「友也はどこか行きたいところあるー?ウチ1年生のお化け屋敷に行きたいんだけどー!」
「珠凛が怖いの大丈夫なの?あはは」
「全然、余裕だしー」
その場から遠ざかるように、一番遠くにあるお化け屋敷を提案した。
普段よりも早歩きな私。それに合わせるように友也も横についてくる。昨日は30分も待たされたらしいお化け屋敷もすぐに入れた。
「すぐ入れてよかったねー」
「なんか珠凛が速くて、少し疲れたよ!あははー」
「少し怖そうだねー」
若干、呼吸が乱れながら熱くなった身体を冷んやりとした空間がより感覚を敏感にさせる。
腕の外側から友也の体温を感じながら、どれくらい歩いただろうか、怖さで異常に時間がゆっくり進んでいる気がする。
「こっちだー」
「きゃー」
「珠凛ーーー!」
突然女性の声がしたと思ったら、手を引っ張られてしまい、つい叫んでしまった。
気づけば周りには友也がいない。1人になったことで急にゾワッと背筋に寒気がした。
周りには見えてないはずなのに、表情に出ないようにしている私。それでも叫び声や物音がするたびに身体がビクッとなってしまう。あちこち彷徨い続けて、不安が、じわじわと膨れ上がってきた時に、
「その言い方、なんか嫌そうじゃな〜い?」
「嫌じゃないけど…」
やっとゲスト側の声が聞こえてる。なんとなく聞き覚えのある声。私はついて行くだけでもと思って、近づく。ベタベタにくっついている2人がいた。
「あれ?美華じゃん!」
「珠じゃん!1人?」
「なんか友也とはぐれたー。なんか仲良しだね」
「あ、あぁ〜。これは乙葉がお化け屋敷に行きたいって言って、たまたま藤崎になってぇ〜…」
焦っている美華を見ると、胸が締め付けられている。私にくっ付いてきた美華は、同じ柔らかい感触だけど、いつもとは違う匂いがして、胸の奥がざわついた。
「はぐれないようにしてたら、こんな形になっちゃって…」
「お化けにビックリしてくっついちゃっただけだよ。そうだよね?」
「そうだね」
2人の力のない声に、心の中で「別にそんなこと聞いてないし、どうでもいいし」と私はイラッとしながら
「まぁいいんだけどー」
気にしてないような素振りをしてしまう。私の素っ気ない態度に、2人も居心地の悪さを感じたのか、友也に会うまで、無言が続いてしまった。
友也が見えると、美華は逃げるように友也に話しかけに行く。隣にいるのに、貴大が遠くにいるようで居心地が悪い。息を吸うより、吐く方が多くなっている。
「珠凛ちゃん、なんか怒ってる?」
突然、貴大の言葉に反射的に答える。
「いや、別に」
「絶対怒ってるじゃん!なんか俺したかな?」
「怒ってないって!」
図星を突かれると、なぜか認めたくなくなる。その先が悪くなることも頭ではわかっていても、なぜか頑なに認めない。
「じゃあいいよ」
貴大の冷めた言い方は、胸の一番奥に突き刺さる。いつも優しい貴大だからこそ、より冷たさを感じてしまう。
その後は、重たい空気がずっと背中にある。友也に話しかけられていても、内容は全く覚えていない。
家に帰れば、誰もいない暗いリビングが私を歓迎しているようにも感じる。邪念を払うようにすぐにキッチンで夕飯を作り始める。
「変わらない想いと、変わりゆく景色…」
料理を早く終わらしたがっている、いつもよりも手際の良い手。口ずさんでしまう切ないバラードに、自分を重ねてしまう。
なんて声かけていいかもわからない。
「ふぅー。終わったー」
夕飯を作り終えると昨日と同じようにラップをかけて、すぐに部屋に逃げる。
学校でも避けて、家でもトイレ、お風呂、全ての行動にタイミングを考えてしまう。
一瞬も、心が休まらない。敏感になった聴覚が、貴大の行動を察知しているように。
いつもならフランクな感じで
「たかぴー!演劇の練習しよー」
「Missyの新曲聴いたー?」
とか話しかけられるのに、今週は身体も心も全てが億劫になっている。
何かきっかけを探し続けている。たまたま部屋を出たら、偶然鉢合わせたとか。
学校で、乙葉や美華が上手く話せる環境を作ってくれないか。
むしろ貴大から普通に話しかけてくれないか。
色々考えるも、そんなことはだいたい思った通りにならないのに期待してしまう。
「はぁー」
大きくため息をつくと、なぜだろうか天井が滲んで、ゆっくり歪んでいく。




