二十五話 気づいてないだけ
お父さんとの関係も良くなって、髪を15cmほど切った。気持ちもすっきりしたまま、自分の机に座る私。
ワクワクと恥ずかしさが混ざり合う気持ちに内心はソワソワする。
「珠凛!髪切ったんだー!めっちゃ似合ってるよ!」
「友也、ありがとう!」
「急にどうしたー?失恋?」
「そんなことないよー」
いつも通り教室に来る友也は、予想を裏切らず褒めてくれる。お世辞でも褒められると不安な気持ちが晴れるように、笑みが溢れてしまう。
「優也君!このクラスなんだ!」
友也は萩谷君に気づくと、私に向けてニコッと笑って向こうに行ってしまった。
私はなんとなく3人の様子を目で追いながら、髪型が崩れていないか気にする。
「小学生の時、選抜一緒だったよね?」
「うん!一緒だった!まだサッカーやってないの?」
「もうサッカーするのはいいかなー」
「えー、あんなに上手かったのに!」
貴大と友也の会話は、一番遠い席にも関わらず聞こえてくる。私は2人が知り合いってことに、世間って狭いんだなぐらいにしか思わない。
友也が教室から出て行っても、貴大と優也の会話は聞こえ続ける。
「貴大!テスト勉強一緒にやらね?図書館で!」
「まぁいいけど、バカ同士で大丈夫か?」
「そんなの関係ねぇだろ!」
「部活は?」
「今日から全部活やってないよ」
「じゃあ今日行こっか!」
いつもは家で勉強する私は、無意識に勉強場所の選択肢が、ひとつ増える。特に行く理由もないしなと思っていると乙葉が声をかけてきた。
「珠、また私に勉強教えてよ〜」
「いいよー!美華もやるでしょ?」
「もちろん!いつも助かる〜!どこでやる〜?」
「じゃあ、図書…」
「教室でよくない?」
私はつい図書館と言いかけたが、乙葉の声の方が大きく、私の声はかき消された。行かなくていい理由が出来てホッとする私がいた。
「美華も教室でいいでしょ?」
「私は別にどこでもいいよ〜」
「じゃあ教室ね!珠よろしくね〜」
「珠、毎回ありがと〜!」
「いえいえー」
放課後の教室、3つの机を向かい合わせられている。その上には昼に購買で乙葉が買ってきたチョコとスナック菓子、ジュースが広げられている。
余ったスペースに教科書とノートを3人で眺める。
「この数式だけ覚えておけば、あとは数字を当てはめるだけだよ!」
「なるほどね〜!さすが珠!教え方上手だね〜」
「乙葉でもわかるんだから、教える才能ありすぎ〜」
「そんなことないよー!」
「ありがと〜!美華このクッキー美味しいよ〜」
乙葉の集中力が切れたところで、美華が新作のクッキーを一口食べる。私と目が合った美華は
「夏祭りの時って結局、友也とどうなったの〜?」
「特に何もないよ!思い出話をしたぐらいかな」
「なんか2人ともいい感じだったじゃん!そうだよね美華!」
「それね〜!なんかそのまま付き合っちゃったりして〜とか思っちゃったよ!」
「そうな風に見えてたのー?ただの友達だよ!」
2人と話しているうちに夏祭りが鮮明に思い出してきて、急に中学の頃の友也との唇を重ねた記憶が蘇る。
「そうかな〜!でも友也はよく教室来るし、脈ありなんじゃな〜い?」
「美華!私もそれ思うよ〜!」
「絶対ないよ!はい、2人とも勉強続きしよー!」
教科書をめくりながら友也の顔が浮かぶも、それと一緒に貴大と前川さんの姿が横入りする。どのページを開くのかわからなくなり、一度教科書を閉じた私は
「区切りのよいところだし、今日は終わりにしよー!」
「私も勉強疲れたし、やったー!」
乙葉もあっさり賛成して、勉強会はわずか1時間で終わってしまった。私はいつもよりも雑に勉強道具を鞄にしまって、立ち上がる。
「ちょっと用事を思い出したー!先に帰るねー!」
「あ、うん!ありがとう〜!」
「ありがとうね〜!」
「美華〜、なんであんな急いでるんだろうね?」
「う〜ん、元々用事があったとは思えないけどな〜」
私は早歩きで校門を出るが、家とは違う方向に向かう。少しワクワクしている自分がいて、少しニヤけているのもわかる。
「あれ?上本さんも図書館に?」
目の前にいるのは萩谷君だった。萩谷君がここにいるってことは、勉強会が終わってしまったのかと憶測した。
「ちょっと気になっている本が、学校の図書館になくて…」
「そうなんだ!まだ貴大は図書館にいるよ!じゃあまた明日〜!」
「またねー!」
少しホッとした私は、早歩きの速さを緩めていた。小さかった図書館が徐々に大きくなっていく。正面からではなく裏口から入ることを選んだ私は、透明ガラスの向こうにいる大勢の人たちを眺めながら、入口に向かう。
「あっ」
私はピタッ足を止めた。自分の意思ではなくて、急ブレーキをかけられたような感覚。私の視線の先には、透明ガラスの向こう側に座る貴大がいた。
「へぇ……」
隣にいる大人の女性と笑いながら勉強している貴大を見て、イラッとした。
なんで、あんなに急いでたんだろう。
自分が、少しだけ恥ずかしくなる。
「なんだ、美華と乙葉といれば良かったな」
まだ青い空を眺めながら、ぼやいてしまった。飛行機雲も、道端のたんぽぽも、誰かの落としたハンカチもやけに目に入ってくる。
新鮮な気持ちに浸っているうちに、気づけば家に着いていた。鞄から鍵を取り出して鍵を回すと鍵がうまく回らない。
「あれ?鍵閉め忘れ?」
私は泥棒の可能性も考えつつ、恐る恐る家に入ると
「おかえりー!」
満面の笑みで出迎えてくれたのは、由紀恵さんだった。
「あれ?お仕事は?」
「今日はお店が改装してて、休みなのよー」
「いえーい」
「急にどうしたのー?」
「なんか嬉しくてさー」
私は、由紀恵さんに抱きついた。理由なんて、自分でもよくわからないまま。
うるっとした瞳がバレないように、私が離れるまで受け止め続けてくれる由紀恵さんの体温が温かい。
「珠凛ちゃん!なんかあったでしょー?」
「本当に嬉しかっただけー」
貴大が図書館で大人の女性と勉強してたなんて、言えない。それで抱きついたなんて尚更。少し顔が熱くなるのに気づいた私は
「着替えてくるね〜」
由紀恵さんに顔を合わせず、部屋に逃げた。大きく深呼吸をして、手でパタパタと顔をあおぐ。
その後思ったより早く帰ってきた貴大に、あの女性が誰かを聞こうかと思ったけど、図書館に行こうとしてたことを知られたくなくて、聞けずにいた。
久しぶりに2人で作った夕食を3人で食べていると貴大が由紀恵さんに
「今日、ふーちゃんにあったよ!」
「ふーちゃんって?」
たぶん図書館にいた女性のことだろうと、ゆっくりと味噌汁を味わいながら、耳に全集中する。
「花のお姉ちゃんだよ!小学生の時の!」
「風香ちゃんか!懐かしいね〜!中学が別々だったから、会う機会が減ったけど、キミちゃんとはたまに会うわよ」
「そうなの?全く会ってないと思ってた!」
「貴大がサッカー忙しいから、みんなで会うみたいになっても、予定が合わなかったのよ」
私は花や風香の知らない名前に、2人の会話に入れずキョトンしてしまう。私を見てニコッと由紀恵さんが
「私の仲良い人の娘さんが、貴大と同級生で意気投合しちゃって、よく遊びに行かしてもらってたのよ」
「そうなんだ〜!あんまりたかぴーの昔は知らないから、新鮮だね〜!」
「貴大のアルバムでも見せなさいよ!」
「嫌だよ!恥ずかしいし!」
私は不思議とホッとしてしまう自分に、「貴大が誰といても関係ないじゃん」と心の中で言った。
「貴大は一度も彼女とか連れてきたことないから、唯一の女性関係だねー」
「それは否定しないけどさー」
「たかぴーは学校でも奥手だしね」
「恥ずいからやめて!」
由紀恵さんが貴大を茶化すことは、ほぼ真実である。それを聞いていると安心が、じんわりと重なっていくような気がして、気づけば笑っていた。




