二十三話 その“嫉妬”、気づかないふりをした
独特な寒気と恐怖心を煽るBGMがお化け屋敷っぽい。うっすら青白い光が誘導してくれるけど、真っ暗でほぼ見えない。俺と笹川さんは、お互い触れずも離れない距離にいた。
「全然見えないね。笹川さん大丈夫?」
「平気〜。ここまで真っ暗にするとかすごい」
「本当に出そうな雰囲気だよね」
「想像以上だったわ〜」
たわいもない話をしながら、俺は笹川さんとの距離を意識ながら進んでいく。
たまにぶつかる肩がまた恐怖というよりも緊張感を煽って、反射的に肩が跳ねる。
「きゃー」
俺たちよりも先にいる人たちの叫び声に、笹川さんの距離が近づく。肩越しの感覚だけで、距離が縮まったのがわかった。緊張を誤魔化すように俺は言う。
「そろそろ怖いのきそうだね、ドキドキする」
「やばいわ〜。こんな感じなら入らなければよかった」
「笹川さんって意外と怖がりなの?」
「そうかもね」
「後ろに隠れてもいいし、腕掴んでもいいよ。本当にダメだったら途中退室しよう」
「ありがとう」
大人っぽい笹川さんに背伸びした俺は、緊張を隠すように想像のジェントルマンを演じる。
笹川さんはすんなりと俺の腕を抱え込み、俺は服越しでもわかる柔らかいものに、首から下の力が一気に抜けなくなる。
「意外と藤崎って男らしいところもあるんだね〜」
「俺は男ですけど〜」
「これは珠凛も、気にしないわけないんじゃないの〜」
「それはないでしょ」
茶化す笹川さんのシャンプーのいい匂いがする。
恐怖と興奮が混ざり、呼吸が少し荒くなる。すると突然、笹川さんの方から着物を着た女性が顔だけを覗かせる。
「きゃーー、マジ無理〜」
「俺もビビったわ」
本能的に胸に飛び込んできた笹川さんを、俺は片手で抱き寄せるも、すぐに力を緩めた。その瞬間、顔が熱くなるのを感じたが、暗くてよかったとホッとした。
「藤崎は怖くないの〜?普通に怖すぎなんだけど〜」
「ん〜、笹川さんが怖がってるの見ると、なんか助けなきゃって!」
「めっちゃいいやつじゃん」
何通りもある通路を行ったり来たりして、だいぶ歩いても、俺たちの密着は変わらず、周りから見ればカップル。お化けの格好をした生徒が現れるたびに、怖さより恥ずかしさが勝ってしまう。
「迷路みたいで1人だったら絶対迷うなー。さっきナースやたらと引っ張ってきたし、はぐれないように気をつけよ」
「そうだね。なんか私たちカップルみたいだね〜」
「そ、そう見えるかもね」
「その言い方、なんか嫌そうじゃな〜い?」
「嫌じゃないけど…」
これだけ密着してたら、意識しないはずがない。むしろ初彼女が出来ちゃうのかと思ってしまう。胸に期待を膨らませていると、黒い影が近づいてくる。
「あれ?美華じゃん!」
「珠じゃん!1人?」
「なんか友也とはぐれたー。なんか仲良しだね」
「あ、あぁ〜。これは乙葉がお化け屋敷に行きたいって言って、たまたま藤崎になってぇ〜…」
何も知らない珠凛からしたら、ベタベタしすぎている光景である。弁解するように俺と笹川さんは珠凛に
「はぐれないようにしてたら、こんな形になっちゃって…」
「お化けにビックリしてくっついちゃっただけだよ。そうだよね?」
「そうだね」
「まぁいいんだけどー」
とりあえず笹川さんが珠凛にくっついて歩く形に変わる。シャツにほんのり残ったシャンプーの香りを、俺はさりげなく嗅ぎながら
「ってか、珠凛ちゃんはどこではぐれたの?」
「2人のナースが引っ張ってくる場所で、はぐれちゃった」
「あ、あのナースのところね!けっこう強かったしね」
「2人はくっついてたから、離せなかったんじゃない?」
「そうかもしれないけど…」
昨日からの珠凛の態度に奥歯を噛み締める。話せば話すほどイライラするような気がして、大きくため息をつく。遠くから悲鳴が聞こえ、3人は無言のまま進んで行くと、笹川さんが
「あれ?友也じゃん!」
「おぉー、美華ちゃん!3人で回ってたんだね!1人怖かったよ」
2人が仲良く話しているのを見ながら俺は珠凛に聞いてみた。
「珠凛ちゃん、なんか怒ってる?」
「いや、別に」
「絶対怒ってるじゃん!なんか俺したかな?」
「怒ってないって!」
「じゃあいいよ」
空気が一気に冷えた気がした。
少し大きな声で怒る珠凛に他の2人は目を丸くしてキョトンする。俺も少しイラッとして、切り捨てるように言ってしまった。
「美華、私たち先行くね!友也行こう!」
「うん、気をつけてぇ〜」
少し気まずそうな顔で手を振る笹川さんを見ながら、2人の声が遠くなっていく。
「なんで珠凛怒ってるの?」
「友也!この話はお終い!」
「まぁいっか!次ははぐれないようにしないとね」
さっきより、部屋が暗くなった気がした。笹川さんとの距離が離れていく。
「なんで珠凛ちゃん怒ってたのかな?」
「んー、たぶん嫉妬かなー?」
「嫉妬?」
「家族とかでも嫉妬したりしない?なんか父親が知らない女性と話しているとか…私はお兄ちゃんが彼女を連れてきた時に嫉妬したけどね〜」
「あ、なんとなくわかるかも。親の再婚した時は少し思ったし。でもまだ家族になって半年だけどなー」
「あとは家族じゃない嫉妬かもしれないけど〜」
はっきり見えはしないが、ニッコリしながら話す笹川さんにドキッとした。もう腕を組んでいない彼女に、不思議と俺は緊張はなかった。
「藤崎って意外と男らしいところあるし、一緒にいる時間が長いほど、良いところが見えてくるのかもね」
「なにそれ!少し俺に惚れたみたいな?」
「ないない!顔がタイプじゃないよ!」
「まぁ笹川さん可愛いから、彼氏とかいそうだしね」
実質フラれてしまった俺は、まだチャンスがあるかとさりげなく確認してみる。
「まぁいるけどね!乙葉もいるし。1番可愛い珠凛が、けっこう硬いんだよね〜」
「さすがだね〜」
「あ、そろそろ出口じゃない?」
「本当だ!」
最後の笹川さんの言葉にホッとした気持ちになり、出口の光がやけに希望を感じさせる。少しだけ名残惜しさを感じながらも、お化け屋敷から出ると
「美華とたかぴー遅くない?」
「貴大!ちゃんと笹川さんを守ったか?」
「藤崎けっこう男らしいんだよー!」
「貴大には、男らしさないだろー」
ちゃんと話してみると、前鶴さんも笹川さんも良い人だなと珠凛の気持ちが少しわかった気がした。心が温まるのを感じながら俺は
「いやいやー、笹川さんに色々助けてもらったんだよー」
「やっぱり貴大は男らしさなんてないだろー」
「でも優也よりは、あると思うけどなー」
「いや俺の方が絶対あるね!」
4人で笑い合っている先には、珠凛と友也の後ろ姿。
あの「嫉妬」という言葉だけが、妙に引っかかっていた。




