二十二話 不思議な人とボヤけた心
いつもと同じ学校に向かう道だけど、一歩踏み出すたびに、昨日より身体が重く感じた。結局、昨日は一言も珠凛と話さず終わってしまった。
「一週間弁当もないから、話すタイミングもないし、どうしようかな…」
周りに人がいないことを確認してから、心の声が漏れてしまう。人通りが増えるに連れて、街はオレンジ色と紫色のハロウィンって感じ。なぜか紫色に目が向いてしまう。
「貴大君!おはよう!」
後ろから声をかけられて、振り向くとそこには前川さんがいた。街の風景に浸っていたところから現実に戻され、俺は口を開く。
「おはよう!ハオウィーン祭はどう?」
「仮装とか恥ずかしくて嫌だよね!トレーニングウェアが楽だよ!」
「あはは、そうだよね!前川さんは何着てるの?」
「友達の勧めで今年は天使の仮装してるんだよ!」
横にいる制服の前川さんを見てから、少し空を見上げて、天使の前川さんの残像が朝の空に映る。
「すごく似合いそうじゃん!」
「そんなことないよ!」
「ってか、涼とハオウィーン祭回ってるの?」
「今日回る予定なんだよ。でも涼の仮装がアメリカのヒーローみたいだから、こっちが恥ずかしくなるんだよね!あははー」
「涼、そういうジャンルかなり好きだもんね!でも一緒に回れていいじゃん!」
2人で回るっていいよな、と思った瞬間、昨日の光景が頭をよぎった。でも花のことは、なぜか何も引っかからなかった。
そして珠凛は友也と回るのかなと想像してしまうと、少し前川さんとの会話が遠く聞こえた。
教室に着いて、仮装に着替える俺は昨日と同じ衣装。横で着替える優也に目をやると、俺と同じ衣装。
「えっ?俺と一緒じゃん!」
「貴大のやつカッコよくて俺も真似してみたー!」
「それはやばいってー!ダブルMissyはウケるって!」
「いいだろ?じゃあ着替えたし、2人で見せびらかしに行こうぜ!」
思ったより似合っている優也を見て、笑う。けど、胸の奥にモヤっとしたものが残ったまま、廊下に向かった。
優也は教室から出てすぐに貴族の王子のような仮装をしている男子と、黄色いドレスを着た女子を見て
「あれ?あの2人付き合ってるの?今日は2人で回るのかな?」
「どうなんだろうね。別に興味ないからいいんだけどね」
「一応、お前ら義兄妹だろ?そういう報告とかないのかよ!」
「まぁ家族だけど、ほぼ他人みたいなものじゃん」
「なんか似合ってる感じはするけど、俺、友也好きじゃないからな」
「珠凛が好きなら、いいんじゃない?」
「珠凛って上本さんのこと、呼び捨てかよ!」
「うるせぇーよ!さっさと行こうぜ!」
口から言葉を出せば出すほど、胸が苦しくなるのがわかる。込み上げてくるものを無理矢理押さえ込みながら、優也と話していると息を吸っても、どこかで止められてるみたいだった。
「友也はどこか行きたいところあるー?ウチ1年生のお化け屋敷に行きたいんだけどー!」
「珠凛が怖いの大丈夫なの?あはは」
「全然、余裕だしー」
珠凛から遠ざかるように逆方向へ歩いているのに、その声だけは耳に残り続けていた。
「2人とも仲良すぎでしょ〜!」
「同じ格好しちゃって〜!ウケる〜」
声をかけてきたのは、短いスカートに警察の格好の乙葉と美華。世間は2人をミニスカポリスと呼ぶのだろう。2人を見た優也は鼻息を荒くして
「僕たちを捕まえてください!お姉さん!」
「なにそれ〜!ってかウチら暇だし、一緒に回らない?」
「いいね〜!やっと俺たちにも春が来そうだわ」
「それはない!」
乙葉の提案に興奮している優也に、俺はクスッと笑ってしまう。そんな2人の後を追うように俺と美華は、会話もせずに後ろを歩く。
「藤崎って、珠凛のことどう思ってるの?」
「えっ?急になに?」
突然、真顔で聞いてくる美華。腕組んで、全てを見透かされてるような冷たい目に、俺は急に背筋が冷んやりとする。
「なんか一緒の家に住んでて、何も起きないのかな?近くにいると好きになったりとかさ〜。そういうのあると思うんだよね」
「ないでしょ?珠凛ちゃんが俺のことはないと思うよ!」
「でも夏休みとか一緒に出かけたりもしたんでしょ?ライブ観に行ったりとか」
「それは行ったけど、まぁ一応家族だしね!」
優也と似ている乙葉と違って、冷静に人を見ている美華に視線を逸らしたまま、ボロが出ないように、言葉を選んだ。
「まぁそれならいいけどさ〜。でも友也は本気っぽいけどな〜」
「あ、そうなんだねー。珠凛ちゃんが良いならいいんじゃないかな」
言葉にした瞬間、胸の奥を自分でえぐった気がした。
「そうね」
歯切れが悪い終わりに腑が落ちない。それもあって胸の締め付けが心地悪い。遠く見つめる美華を横目に、無意識に俺は腕を組み始めた。
「せっかくだし、お化け屋敷でも行こうぜ!」
「いいね〜!」
珠凛もお化け屋敷行きたいって言ってたな、と思った瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。そんなことお構いなしに、ノリノリな2人は先に進んでいく。
お化け屋敷が近づくにつれて、少し手の感覚が鈍くなり、身体の熱が引いていく。少しこもった声で俺は
「4人で入るの?」
「いや、2人ずつに決まっているだろ!」
「じゃあ美華とウチがじゃんけんするから、たかぴーが勝ちか負けか選んで!」
ノリノリな2人と、腕を組んで冷めたような美華。たかぴーと呼ぶくらいだから距離を感じないし、乙葉の方が楽。
「貴大はどっちが良い?俺は笹川さんクールだから、そっちがいいわ!」
「俺はどっちでもいいよ!」
耳元の優也の声を聞きながら、こそこそじゃんけんをしている2人の表情や肩の動きを見る。微動だにしない美華に対して、乙葉は嬉しそうに笑う。
「じゃんけん終わったよ〜!たかぴー、勝ちと負けどっち〜?」
「じゃあ勝ちで!」
乙葉がニヤッとして、俺と乙葉がペアと確信した。
「じゃあたかぴーと美華がペアね〜!よし、先に萩谷とウチが行くから〜」
「あ、わかったー」
一瞬持ち上げられて、そのまま一気に落とされたみたいだった。俺は手の冷たさを隠すようにポケットに手を入れた。
「笹川さんって怖いの大丈夫なの?」
「まぁ好きではないかな〜。しかもこのお化け屋敷第二体育館だから、1時間ぐらいあるらしいよ」
「めちゃくちゃ長いじゃん、キツくない?」
「5クラス共同でやってるらしくて、昨日行った人が、本格的なお化け屋敷って言ってた」
そこまで怖いのに耐性ないし、美華と1時間一緒にいるのもあって、悪い方のソワソワ感が、身体の感覚を奪っていく。自分の身体がどこか遠くにあるみたいで、足裏から感じる廊下はふわふわ。
「そこまで怖いの得意じゃないんだよな〜」
「マジかぁ〜。まぁ高校生が作るお化け屋敷だし、そんなに怖くないでしょ〜」
「たしかに!笹川さんが言うと説得力あるわ!」
「どこが?」
「なんか冷静だし、珠凛ちゃんや前鶴さんより大人に見えるからさ」
「そうかなぁ。まぁ乙葉が子供すぎるからねぇ」
俺のことも子供に見えてるんじゃないかなと思うほど、どこか遠くにいるような話し方。いつもの2人といる時に見せる笑顔を知っているからこそ、あんまり表情が変わらない美華に、なんとなく、距離を置かれてる気がした。
「じゃあ次の2人行ってらっしゃいー」
女子生徒に誘導されて、光のない中へ、2人きりで踏み込んだ。




