第二十話 僕を信じて
衣装を縫う人、演劇の台本を考える人、角でふざけ合ってる人、ハオウィーン祭の準備で賑わう教室。
「藤崎君、目を通しておいて!こっちは珠凛ちゃんのね」
「ありがとー!」
「あ、ありがとう」
俺は窓際の壁に寄りかかっていると、未完成の台本を渡される。
目を通すと自分の名前がよく出てくることに気づき、つい横にいる珠凛に言う。
「俺のセリフ多いなー」
「しょうがないじゃーん!王子なんだから!」
「まぁDVDで何度も見てるから、流れはわかるから大丈夫だと思うけど」
「そうなの?家にあるかなー?」
「あると思うよ!」
「じゃあ今日見ようよ」
窓から入る風が笑う珠凛の髪をなびかせる。俺は何度も見てる映画なのに、初めて見るような期待と高揚感を感じる。
「このクラスの責任者誰ですか?集まり始まってますよ?」
突然、教室の入り口からちょこんと顔を出す友也が言う。
俺と珠凛は目を合わせてほぼ同時に
「あっ!」
台本を持ったまま俺たちは、急足で冷んやりとした廊下に出る。
笑う珠凛を追いながら、その先にいる友也にモヤっとする。
「すみません。遅れました。」
「すみませーん」
教室に入ると責任者たちの視線が痛いほど感じながら、よそよそしく友也の後ろの席に座る。
その横に少し遅れて腰をかける珠凛に友也が振り返って小さな声で
「珠凛のクラス何やるの?俺たちはフリースローみたいのやる!」
「友也のクラスはバスケ部の2人いるもんねー!ウチら演劇やるんだよー」
「めっちゃいいじゃん!楽しそうじゃん!絶対見に行くわ!」
2人の会話に入れず、俺だけが少し浮いている気がする。
空気を読んだのか、友也が俺に話しかけてくる。それに一瞬イラッとして
「貴大君は何の役?」
「珠凛に聞いて」
「え、」
「たかぴーは王子役なんだよー!ウチは王女役!」
「珠凛の王女様はやばいね!」
友也の言葉に、胸の奥が少しだけざわつく。
2人の会話は自分のクラスに戻るまで続いた。俺は少し2人と距離を取りながら、居心地の悪さをかき消すように優也の元に向かった。
「俺も友也嫌いかも」
「貴大もか!俺の気持ちがわかるだろ?」
「なんか性格悪い気がするの俺だけ?」
「俺は知っている!あいつは性格悪い!」
嬉しそうな優也に肩を叩かれて、勝手にモヤモヤして、理由もなく珠凛に気まずくなる俺。
結局その後は珠凛を避けながら、今は家のベッドから天井を眺めている。制服の第二ボタンを外しながら
「あー、だっさ」
自分の部屋で気が緩んだのか、思っていることが口から溢れて…瞬間的に口を本能的に閉じる。
ガチャ
玄関が開く音の余韻と、忙しない足音が俺の部屋の前でピタッと止まる。
「たかぴー!魔法のランプ見よー!」
「……」
「おーーい!」
同じ家に住んでいるのに、居留守なんて出来るはずがない。俺は天井が見える視界を徐々に閉じていく。
ガチャ
「あれー?寝てるのかなー?」
「…」
急に脇腹を触られて、ビクつく俺に追い討ちでくすぐり始める珠凛。それに対抗するように身体をクネクネさせる。
「寝たふりしてんなーー」
「ごめんなさい!ごめんなさい!やめてください!」
「早く見るよー!どこにあるのー?」
「たぶん、そこにある箱の中!」
なんであんなことで学校でモヤモヤしてたんだろうと、箱の中を漁る珠凛を見て恥ずかしくなる。
「あったー!よし、早くリビング来てねー!」
「わかった!着替えたら行く」
いつも部屋に脱ぎ捨てる制服も、綺麗にハンガーに掛けて、ゆっくりと部屋を出る。
暗い廊下にリビングの光が差し込む。一歩一歩進むごとに廊下の酸素が薄くなる。大きく深呼吸をしてリビングのドアを開けると
「コーラとポテチあるよー!早く座ってー!」
体育座りをしてリモコンをいじる薄着の珠凛がソファにいる。その前にはポテトチップのコンソメ味と、1.5リットルのコーラが一本、丸テーブルに置かれていた。
「うん!見ますか!」
覚悟を決めて、何の覚悟を決めたのかは特にないけど、珠凛の横に腰をかける。
「ウチ初めて見るから楽しみなんだけどー!」
「あ、見たことないのー?」
「何となく話は知ってるけど、ちゃんと見たことないんだよー」
「めっちゃ面白いから、ちゃんと見てー」
リモコンのボタンを連打する珠凛を見て、こっちまでワクワクしてくる。
映像が流れ始めて冒頭のBGMで鳥肌が腕に、そして目が潤んでしまう。
「まだ始まっていないのに、ゾワッとするんだけどー!やばー」
「それね!俺も鳥肌立った!」
本編が始まると真剣な顔で見つめる珠凛。その横でポテトチップを食べるペースを気にしている俺。
王子と王女が出会うシーンで口が渇いてコーラを飲みたい。でもテーブルにはコップがない。目が離せない。珠凛も同じことを考えていたのか
「コップ取ってくるのめんどくさいから、口つけていいー?」
「あ、いいよー」
「コーラうまっー!はい!」
「ありがとう」
間接キスを気にしない風に答える俺。両手でコーラを飲む横目に鼓動が早くなっているのに、飲んでそのままこっちにコーラを渡されるから、全身が一気に熱くなる。
飲み口に薄っすら残る口紅に気づくと目が離せない。
テレビに目を向けて、一気にコーラを口に流し込む。
ゴクゴクと喉が鳴るたびに、顔が熱くなる。
気づけば王子が魔法の絨毯で王宮にいる王女を迎えに行っていた。
絨毯の上から王子は王女に手を差し伸べながら言う。
「僕を信じて」
俺の一番好きなシーン。このシーンは何度見ても胸が踊る。その横で目を輝かせながら珠凛は
「めっちゃかっこいい!」
無意識に口から出た言葉だろう。俺と同じ想いなのか、膝に置いた拳を握りしめながら頬が上がっていく。
そこからは終わりまで、映画に見入ってしまう。
「めっちゃ面白かったんだけどー!」
「でしょ?」
テーブルに空になったペットボトルとポテトチップの袋。人差し指を咥えながら、映画を振り返りながら盛り上がる2人。
「何となくイメージ出来たかも」
「それなら大丈夫だね!」
「ってか、キスシーンってどうするんだろうね?」
「ッゲホゲホ…」
急な珠凛の質問にむせてしまう。早口になりながら、
「やっているフリするんでしょ?」
「そうだよねー!まぁたかぴーならいいけどねー」
「じゃあする?」
「…」
「……冗談だよ!」
「……ないない!」
笑って返したけど、胸の奥が少しだけチクッとした。
俺の勇気を出した冗談に、顎に人差し指を当てて、明後日の方を見ながら、否定してくる珠凛。
予想通りだけど、少し期待した自分に落胆する。
「じゃあこのまま、セリフでも覚えちゃおうかー!」
「そうだね!今やった方が頭に入りやすそうだよね!」
「とりあえず一通りやってみよー」
リビングで手ぶりそぶりをしながら台本を読み上げる。キスシーンに近づくにつれて、胸の鼓動が高鳴り、身体が硬くなる。王女になりきっている珠凛は
「とりあえずソファが絨毯ねー!王子!早く絨毯に乗りたまえ!」
「じゃあ絨毯に乗ります!」
足元が安定しない中、ソファの上で立ち上がる俺は、珠凛に手を差し伸べて
「ぼ、僕を信じて」
「ちょっと!ちゃんと言ってよー!顔赤いし、目合わないし!」
「やっぱり恥ずかしい!」
「だめじゃーーん、これ練習だね!じゃあ次のシーン」
この次のシーンは歌が流れて、最後キスをするのだが…
「見せてあげよう…輝く…」
スマホから流れる音楽に俺と珠凛は独自の踊りをして、歌が終わるのを待っていると、
「きゃーー」
バランスを崩した珠凛は俺に覆い被さる。何も出来ない俺は、珠凛の温もりに心を無にしようと天井をぼーっと見つめる。俺の胸に顔を埋めたまま動かない珠凛が急に笑い始める。
「たかぴー!心臓バクバクじゃーん!」
「この状況は誰でもなるって!」
少しだけ沈黙が流れる。
電気の逆光でハッキリ見えない笑顔に、胸がはち切れそうになる。でも居心地は悪くない。むしろずっとこのままでいいと思ってしまう。
「今日はここまでにしよっか!ご飯も作らないといけないしー!」
「もうこんな時間か!」
離れていく珠凛の残り香が、より顔を熱くさせる。
しばらく俺は、ソファから動けなかった。




