第十九話 王子
秋の気配を感じ始めた頃、テスト返しが行われていた。ちょっとした緊張感でいつもより静かな教室。俺よりも先に返された優也を横目に、担任の先生から数学のテストを受け取る。
「これぐらいクラスでも活躍してほしいね」
「おぉ!一応、ハオリンピック頑張ったんだけどな」
「そうだった」
テストの右上に書かれた数字を見て、すぐに見えないように角を折る。自分の席に戻るとすかさず優也が
「貴大!どうだった?」
「いつも通りかな、優也は?」
「見ろよ、完全に姉ちゃんのせいだわ!」
「姉ちゃん?」
「この前、途中帰ったやつだよ!ゲームで苦戦してるから手伝わされたんだよ」
俺は理由もなく結果をあえて言わず、優也のテストを見ると「42」と書かれている。
それを見て尚更、言いづらいと思っていると、優也は引っ叩くように俺のテストを見ると
「なんだよ!お前91点って!いつも通りじゃねぇじゃん!」
「たまたまだな!あはは」
「絶対カンニングだろ!せんせー」
「優也やめろ!」
ありもないことを言おうとする優也の口を塞ぎながら、身体を押さえつける。抵抗していた優也も観念して力を抜いたので、俺も緩めると
「じゃあ教えろよー」
「しょうがないな。優也と図書館行った時に教えてもらったんだよ!」
「涼たちに?」
「いや小学生の時の同級生のお姉さんだよ」
「お姉さんか!今度俺にも頼むぞ!」
腕を組みながら、なぜか珠凛の方を見つめる優也。
俺も同じ方に目を向けると、何も聞こえていないみたいに、無表情で前を向く珠凛がいた。
「一緒に勉強したの?上本さんとは?」
「してないよ。なんで?」
「いやこの前、図書館の前で会ったからさ」
「マジ?全然聞いてないわ」
たまたまと思いながら、珠凛も誘えばよかったかもしれない。
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
「今日はテスト返しだけだから、授業はおいといて、ハオウィーン祭の出し物でも決めちゃいましょう!」
「先生さいこー!いえーい!」
授業がホームルームに変わり、教室は一気に盛り上がった。
浮つく教室の中で、1人だけ異様な雰囲気を出している女子がいた。俺は夏休みを思い出してため息を吐く。
「とりあえず…あれ決めないとね!」
気合いに満ちた声に俺は担任の方を見ると箱を抱えている。あの箱はハオリンピックの責任者を決めた時に使ったくじ引きだ。すかさず俺は
「先生!さすがに僕は免除ですよね?」
「うん、藤崎君!関係ないよ」
不気味な笑顔で、さらっと言う担任に頭を抱え込む。
みんなの前で、クラスを仕切ることを考えることだけで、手が震える俺に関係なく、くじ引きが始まろうとしている。少し震えた声で、俺は先生に言う。
「先生!僕は最後でお願いします!」
「そうね!いいわよ」
「ありがとうございます!!」
最後まで当たりが残るなんてない、ほぼない話だ。ホッとして、胸を撫で下ろしながら見つめるくじ引き。
「あぶねー!」
「よかったー」
安堵の声が続く中、クラスの男子20人いるのに、残り3人まできてしまった。
「あぶねー!緊張したわ」
残されたのは2枚。次に引くのは優也。
「優也!頼むぞ!引いてくれ!」
「絶対引かないし。どっちにしようかな」
優也が箱の中に手を入れて、じっくりと時間をかけているのを見てられなくて俺は
「早く引けよ!」
「こっちだ!…あぶねー!」
優也のハズレの紙を見て、教室は爆笑の渦に包まれる。
俺はふざけつつも、本気で崩れ落ちた。
「また藤崎じゃん!」
「貴大もってるなー!」
男子の盛り上がり続ける歓声の中
「女子は上本さんだね!」
「はーい」
先生に返事をする珠凛の声が耳に刺さる。
「とりあえず責任者に選ばれた2人は前に出てきて!」
先生の指示で重い腰を持ち上げて、ゆっくりと教卓に向かう。少し遅れてきた珠凛は俺の肩に軽めパンチしながら
「たかぴー!よろしくー!」
「とりあえず頑張ろう」
クラスのみんなは、俺たちが同じ屋根の下に住んでいることを知っている。
いざ2人で教卓に立つと倍の恥ずかしさを感じる。俺と違って一切そんなことを感じさせない珠凛はスムーズに話を進めていく。
「とりあえず最終候補は、お化け屋敷とダンス…演劇だねー!」
「なんか全部大変なやつが残ってるなー」
「たかぴー!せっかくの出し物なんだから!そんなこと言わないで!」
「はーい」
中学の合唱祭だってそうだった。ふざける男子と、怒って泣く女子。こういうのは女子が率先してやって、男子はおまけのようなものだろう。
「演劇いいよねー」
「ウチも演劇がいいかも!」
「じゃあ多数決で決めよう」
女子の演劇への熱が燃える中、3つのどれかを書いた紙が40枚入った箱。俺は一枚ずつ確認して黒板に正の字を書く。
「じゃあこれで決定でーす!みんな大丈夫ー?」
「やったー!楽しみー」
決まってみれば、ダンス4票、お化け屋敷15票、演劇21票。ちなみにMissyが好きな俺はダンス。たぶん女子はみんな演劇に入れたと思う。勝手な推測から俺は笑いながら
「女子みんな演劇に入れたとして、男子誰だよ!」
「俺だよ!」
「優也かよ!」
またクラスが爆笑に包まれて、次の話し合いが始まろうとしている。「任せた」と無言で珠凛に合図を送り
「演劇は何にしたい?」
「ガラスの靴?」
「魔法のランプとかはー?」
「野獣のやつ?」
珠凛の問いかけに盛り上がっているのは女子だけ。まぁ想像通り。ふっと気づいたのは、みんながいう演劇は「真実の愛」である。誰か王子役が必要になる。急に背中に冷たい何かが通り抜けてゾワッとした。
「たかぴーは何かしたいのある?」
「え、えーと、魔法のランプかな?」
「藤崎君センスいいねー!」
「魔法のランプでいいじゃん!」
「そうしよう!そうしよう!」
子供の頃に親がよく見せてくれたこともあって、「魔法のランプ」を選んだが、クラスの女子の賞賛は大きく、親に胸の奥で感謝する。
「じゃあ魔法のランプで決まりだね!王女とか王子とかはどうするー?」
「まぁやりたい人で挙手でいいんじゃない?」
珠凛のあとに俺がそう言うと、教室が急に静まり返る。
みんなノリノリだけど、主役になるのは嫌なのね。俺はその辺の木の役でもいいと思っていたから、みんなには同情してしまう。
「藤崎君が「魔法のランプ」って言ったから王子でいいじゃ〜ん!」
「それな〜!」
「美華もそう思う〜?」
「間違いない〜」
静まり返ったクラスを切り裂く、乙葉と美華の会話。
2人の意見に便乗するようにクラスが俺を推すムードになる。
「貴大がやれ!」
「藤崎が責任とれ!」
「藤崎君でいいと思う!」
急に教室がまた賑やかになり始める。足組み替えた美華が冗談っぽく
「王女は珠で、責任者同士でやっちゃえば!あははー」
「いいじゃ〜ん!珠やりなよ〜!あはは」
爆笑しながら言う2人に、これまたクラスのみんなは便乗する。
「あの2人でいいじゃん!」
「珠凛ちゃん可愛いから王女様似合うよー!」
賛成者38人。かなり押し切られるような形で役が決まった。肩を下げながらため息を吐くが、みんなの拍手でかき消される。そんな俺を見て吹っ切れた珠凛は少し笑って、俺を見ると
「たかぴー王子!よろしくー!」
「よろしく!珠凛王女様」
笑う珠凛を目の前に、演劇に期待してしまう。胸のドキドキが、拍手の音よりも大きく感じた。




