第97話 『思わぬ邂逅』
「なんだ、アタシのことを知ってるのか? ははッ、混沌期以降は大した活動はしてないんだけどなー。さてはアンタら、アタシのファンか? それとも入団希望か?」
「……ボーナスウェポン狩り。はた迷惑な『ワークショップ』に入団なんて、とてもじゃないができないね」
「はた迷惑だぁ? おいおいそりゃあないだろーよぉ。確かに趣味と実益を兼ねてボーナスウェポンを蒐集したけれど、相手は無法ギルドの連中に限ったさ。まあ、騎士団が『クラウン』を出して〈無彩行雲〉を壊滅させて以降は、アーカディア全体もずいぶん落ち着いた。なんで、それからは大したコトもしてなかったんだが……」
「え?」
ぱちり、とユウが意外そうに瞬きをする。
——聞いていた話と違うぞ。
誰彼構わず襲っては、というユウの言だったが、フランシスカ当人によれば相手はきちんと選んでいた。アレンは困惑しつつ成り行きを見守る。
「アタシら〈不壊工房〉はまっとうなギルドだ。抗争の時は騎士団にだって協力した。はた迷惑だなんて失礼しちゃうねえ」
「すまない、どうやら僕の勘違いのようだ。誤った情報だった。申し訳ない……けれど、本当に? 『ワークショップ』——UWWは善良なギルドで、一般人は襲わないと?」
「なんども言わせるなよ、モブ顔め。そりゃあ……最初は相手が誰でもいいかなとか思ってたけど……ああ、いや、なんでもないよ。うん、アタシらは善良なギルド。葉先から根っこまで真っ白さ」
「もしかして、混沌期に数ある無法ギルドとして活動するよりは、それらほぼすべてと対立していた騎士団に与する方が多くのボーナスウェポンが蒐集できると判断したのかな?」
「ああ、そうそう! いやー我ながら妙案だったなぁ、おかげで〈無彩行雲〉に〈ニューワールド〉、〈エピメテウス商会〉と、〈エカルラート〉もいたっけか? 連中からたんまりボーナスウェポンを奪って——あっ」
しん、と人口密度の高い応接室が静まり返る。
やってしまった、とフランシスカはあわてて口を塞ぐも、どう考えても言い逃れの余地がないほど、重要なことはあらかた自分で吐き出したあとだった。
「……はぁ。まあ、『前回』に比べれば賢明か。その狡猾な立ち回りのおかげで、このアーカディア最終盤まで生き残ってるわけだし。よかったね」
「なんの励ましだよ。てか、『前回』ってどういうことさ?」
「なんでもないよ、気にしないでくれ。しかし、味方にするには少々不安が残るなぁ。アレンちゃんはどう思う?」
「俺に振るなよ……。打算があったにしろ、ここまで誰も襲ったりしてないんだろ? だったらいいんじゃないのか、戦力が多いに越したことはない。それに、その人数規模ならそうそう悪いこともできないはずだ」
フランシスカの後ろに続く、〈不壊工房〉の団員を碧色の目で見つめながらアレンは言う。
たったの四人。それだけが、フランシスカを除く〈不壊工房〉の団員のようだった。
〈アーカディア扶助会〉も〈ドールズハウス〉も大きなギルドとは言えないが、それよりなお小さい。先ほど、ギルドハウスがないとも言っていた。
「さっすが、噂のプロゲーマーさまは話がわかるねぇ! ……ホントにプロなんだよね?」
「疑わないでくれ。いや、こっちもそういう反応をされるのは慣れっこだけど」
「正直に言うと……俺も、ちょっと疑ってます。だってほら、〈サンダーソニア〉って孤児院あるじゃないですか、孤児院。そこの子どもに演技させてる、みたいな……」
「誰が得するんだよそれ! だいたい、バベル攻略しなくちゃいけないって時にそんなバカみたいな芸仕込んでられるかっ」
「うぅーん、アレンさんには失礼な言い方になってしまいますが、マスコットというか、協力を募るきっかけにはなるんじゃないでしょうか。当方、思うのですが、アレンさんが街頭でアピールすればもっと人も集まるのでは?」
「あっいいですねそれ。わたし賛成です! そうだ、せっかくなら可愛い衣装を着せて、ダンスとかしてもらうのはどうですか?」
「わあ、アーカディア至上最高のアイディアですね! そのID……ノゾミさん、ですか? 当方は感激しました、ぜひお友達になってください!」
「はいっ、もちろん! ふふっ、いっしょにアレンをプロデュースしましょう、目指せトップアイドル! です!」
「ですじゃねーよ」
悪魔の計画が進んでいた。アレンは断固として拒否を示したが、ノゾミとサジョーは妙なところで波長が一致したらしく、ついでに言えばこういう時にユウは面白がって、助け船を出したりはしてくれないので状況は四面楚歌。
万事休す、すわフリフリ衣装でゲリラライブかと思われたその時、シンダーの声が響き渡った。
「あの、そろそろ第80層攻略の作戦を話し合いたいのですが、よろしいでしょうか……」
*
バベル、第0層。狩り場からのモンスター枯渇以降、往時に比べて閑散としていた広間は今、一時の活気を取り戻している。
騎士団に代わる現在の攻略組である、アレンやシンダーたち……そこへ元〈エカルラート〉の『スクワッド』、〈アーカディア扶助会〉、〈ドールズハウス〉、〈不壊工房〉が加わり、それはもはやギルド連合といった様相を呈した。
ひとつひとつのコミュニティは小規模でも、寄り集まることで、三十人を超えるパーティにまでなったのだ。
「では行きましょう、皆さん。我々の手で、すべての転移者を救うのです!」
石を組んだような転移装置、ゲートの前でシンダーが振り返り、檄を飛ばす。
「おお————!」
腕を上げて応える一同の中には、もちろんアレンもいる。
すべての転移者を救うとは少々大仰ではあったが、なにも間違ったことではない。ボス戦の前なのだ、そのくらいのことを言って鼓舞した方がいいだろう。
一同は列になり、三人ずつ程度のペースでゲートをくぐる。すぐにアレンの番が来る。
「ボスモンスター、どんなのかなぁ。できれば強くないのがいいなぁ」
「第80層まで来るとその期待はあまりできないねぇ。ただまあ、ステータスだけ高くともハメ技があるボスなんかも結構いるし、そういう類のだったらラッキーだ」
左右の仲間の声を聞きながら、ともに石組みの門へ踏み入る。
視界が歪む。座標が書き換えられ、第80層へと転移する。
塔の中の一室のような、冷えた石材の敷き詰められた、薄暗い小部屋だった。そこに全員が転移してくるまで待機し、小部屋に三十人余りが満員電車みたいにぎゅうぎゅう詰めになったところで準備完了。
狭いが、誰も文句は言わない。むしろしんとして、言葉ひとつ発するどころか、身じろぎして衣擦れの音を立てることさえ嫌うかのような静寂があった。
息を吸って、吐くことさえ咎められるような。
決戦の前の緊張だ。そしてそれは、アレンにとってはなじみ深いものでもある。
(作戦はみんなで立てたが……この人数じゃ緻密な策なんて練れないってんで、役割を決めた程度のものだからな。相手のモンスターがどんななのかもわからない。臨機応変に、頭を柔らかくしておいて……うん、大丈夫だ)
『鷹の眼』が静かに状況を整理する。
たかがボス戦。命がかかっているというだけのこと。
費やしてきた時間、努力、苦悩、すべての真価が問われる、あの決勝戦に比べればかかるプレッシャーなど大きくない。
昨夜のことがあって吹っ切れたのか、素直にそう思えた。
——そうとも。あの日得られなかった栄光に、今度こそ。
そのためにこのいびつな世界を終わらせる。決意は集中を研ぎ澄まし、アレンは指先を流れる毛細血管内の血流さえ知覚するような、人生でかつてないほど良好なコンディションにあった。
「行きましょう。ボス部屋といえど第100層を目指す以上は道半ば、各自、身の安全を第一にすることをお忘れなきよう」
静寂の中、シンダーが先頭となり、小部屋を出る。
すると、ボス部屋にありがちな広間に出た。柱のひとつもない広々とした空間を、壁面に掛けられたいくつもの松明が不自然なほどに明るく照らしている。
その中心に、見落とすことなど到底不可能な巨影があった。
(これは、いかにもなボスが出てきたな……)
〈サンダーソニア〉の現ギルドハウスにも匹敵するようなその巨体は、折りたたまれた状態でもなお威容を誇示する筋張った翼を持ち、全身は鎧じみた赤い鱗に覆われ、 数百年の時を生きる大樹の幹を思わせる屈強な四足で地面を踏みしめている。
西洋に語られるドラゴンの姿。ファンタジーのイメージそのままの、ある種正統派なモンスターが、あからさまなボスとしてそこにいた。
そう、そこにいた……のだが。
「寝ています、わね」
あろうことか、眠っていた。
巣と呼ぶにはいいさか殺風景だが、巨竜はまぶたを閉じ、人のそれより豪快な寝息を立てていた。
気付いた者たちから困惑が伝播する中、口の端を歪めたのはユウだ。
「しめた。眠れるボスモンスター、これは『前回』にもあったギミックだ。こちらが攻撃を始めるまで起きることはない」
「……さっき言ってた、ラッキーのパターンを引いたってことか」
「ドラゴン系の弱点はおおむね翼の先だ。今のうちに囲んで、全員で一気に翼を叩けばなにもさせずに倒しきれるかもしれない」
間近で話していても、ボスのドラゴンはまるで目覚める気配がない。ユウの言う通り『囲んで棒で叩く』が妥当な攻略法に思われた。
そうと決まれば、シンダーの指示で一同は陣形を取るべく広がり始めようとする。
そこへ——誰もが眠り姫ならぬ眠り竜に気を取られ、見上げようともしなかった頭上から、からかうような声が響いた。
「やあ、なんだか人が増えてるねー? パーティを増強してダンジョンに挑む。うんうん、RPGゲームっていうのはこうじゃないとね?」
「お前は……ッ!」
透き通るその声音に、アレンは弾かれたように視線を上へ向ける。
果たしてそこには、黒いドレスに身を包み、真っ白な髪と黄金色の瞳を持つ、超然の少女が浮遊していた。




