第96話 『ワークショップ』
「あなたが噂のプロゲーマー……なぜかちっこくなっちゃっていうアレンさんですね! 協力してもらったのはむしろこちらの方ですよ、当方だけではシャドウを倒してPPを集めるのは危険でしたからっ。それだけに団員全員が攻略に参加できないのは心苦しいところですがっ、その点はなにとぞご容赦いただけますと幸いです!」
「あ、あぁ……?」
サジョーは束ねた髪をまるで尻尾のように揺らしながらアレンに近づくと、手を取ってまくし立てるように言いながら、勢いよく頭を下げた。
ぺしり。後頭部の尻尾が鞭のようにしなり、アレンの頬を打つ。
ユウが声を殺して笑っていたので、後でアレンは蹴っ飛ばすことに決めた。
「誰しもが危険を伴うバベルの前線に出られるわけではありませんから、どうかお気になさらず。我々〈サンダーソニア〉の団員も大多数は攻略には不参加ですし、無理やりに参加させたところで犠牲者をいたずらに増やすだけでしょう」
「シンダーさん……! そう言ってもらえると助かります!」
シンダーが助け舟を出す。〈アーカディア扶助会〉なるギルドはこの場にいる者が全員というわけではないのだと、アレンもおかげで理解できた。
しかし、とサジョーは黙りこくった陰険な男、ミゼリーの方へ向き直りながら、裏のない表情で疑問を口にする。
「当方たち扶助会は転移者同士で助け合い、生活をしていくことを目的としたギルドです。〈ドールズハウス〉も似たようなものと聞き及んではいるのですが……」
「その通りですよ。団員数名ではありますが、俺たちはこのアーカディアで生きていくことを掲げています。あなたたちと同じ、助け合いの精神でね」
「——似ているようで目的が違う。〈アーカディア扶助会〉はあくまでアーカディアを生き抜くためのギルドだが、〈ドールズハウス〉はアーカディアで生き抜くためのギルドだ。やっていることがほとんど同じでも、その理念、意志の大本は真逆と言っていい」
アーカディアを生き抜くこと。アーカディアで生き抜くこと。両者は根本で別の理念であると、サジョーの疑問を引き継ぐ形でユウが指摘する。
知れたことだ。前者は積極的なバベル攻略こそせずとも、最終的には現実への帰還を前提に、このアーカディアという箱庭の受難を乗り越えようとしている。
だが後者の考え方は、現実を捨て、アーカディアを人生の終着にすることを認めたものだ。
それは〈エカルラート〉や、カフカと同じ。他者を加害してまでそれを成そうとするかどうかが、無法ギルドとの境目であると言える。幸い〈ドールズハウス〉はその境界線を越えてはいなかったが、奇異なギルドであることは確かだった。
ミゼリーは鋭い目つきをさらに鋭くして、ニタリと口角を上げた。
「へえ。よく調べています。〈サンダーソニア〉にも情報通がいるようですねえ」
「いえ、この方……ユウさまは正式な団員ではありません。そこのアレンさま、ノゾミさまもです。特定のギルドには所属しておりません」
「そうなんですかぁ? 野良の転移者が俺たちのような小規模ギルドのことをそこまで知ってるなんて……ああいや、詮索はよしましょう。確かにユウさんのご指摘通り、俺たちはつい先日まで、現実を捨ててアーカディアで生きていくことを掲げていました」
「先日まで? じゃあ、今は違うってことでいいのか?」
アレンが思わず問いただすと、ミゼリーは「話に聞いていたとはいえ、この容姿で中身がプロゲーマーの男性とはにわかには信じ難いですねえ」とぼやきなからも、確かにうなずいた。
「ほら、先日のバベルの狩場からモンスターが消えた騒ぎがあったでしょう。あれは災害です。大地震、大津波のような。個人の力や、ちょっとやそっとの結束では太刀打ちできないもの。率直に言って想定外だったのですよ。現実のいざこざ、憂いを忘れて安穏とこの仮想世界で生きようとしていた俺たちにとって、そんなリスクがあるなんてのは、ね」
「なるほど、見切りをつけたってことか。そりゃあ、今後もあんなのが起きればたまったもんじゃないもんな」
結局、アーカディアで生きていくなどという言葉は、管理者……パンドラの存在を知らない彼らだからこそ言えるものなのだ。
今後もあんなのが起きれば——
そう言ったアレンだが、今後どうなるかなどわかりきっている。
滅亡と再生。リセットとリビルド。
なにもしなければ、やがてパンドラはこのループを終わらせてしまうだろう。すべての記憶、すべての想いを無造作に、そして無慈悲に、廃棄物の海へと押し流して。
「ええ。まあ、現実を忌避するからこそ俺は〈ドールズハウス〉を立ち上げ、ここにいるメンバーも同じく現実に思うところがあるためにギルドに入りました。なんで、簡単に割り切れるものじゃあなかったですがね。リスクを呑んで、目をつぶってこのまま過ごすか……方針を転換するか」
「それでもバベル攻略を選んでくれたってことは、ミゼリーさんは現実に戻ろうって思ったんですよね?」
ノゾミが訊く。興味がないのか、それ以外の理由か、ミゼリーは目を合わせずに答えた。
「別に、俺はどっちでもよかったです。現実に戻ったところで、職場と家を往復するだけの味気ない毎日でしたから。生きる意味もない、かといって死ぬ意味もない、なにもない人生です。だったらアーカディアで粒子になって消えようとも、つまらない現実に戻ろうとも、大した差はありません。
ただ……バベルの狩場からモンスターが枯渇した時、どうしたいかメンバーにも意見を聞きました。そしたら、団員たちは現実に戻りたいと言ったので、そのために動くことにした。それだけのことです」
「——、びっくりしました。それってつまり、仲間のみなさんのために攻略に参加するってことですよね? ミゼリーさんって見かけによらず仲間思いなんですねっ」
「は? なんでそう……言ったでしょう、俺はただどっちでもいいってだけですよ。だったら団員の希望に沿うのがギルドマスターの務め。こんな弱小ギルドでも、リーダーとしての役目は果たさないと」
あと、見かけによらずは余計です、と。照れ隠しのように言ってから、ミゼリーは顔を伏せる。
……ノゾミと目を合わせなかったのも、単に照れ屋なだけなのだと遅れてアレンは気が付いた。
「うぅ、すっごくいいお方じゃないですか、ミゼリーさん! 当方は……当方は感激いたしました!」
「は、ちょ……なんで泣いてるんですかあなた。なんで近づいてるんですかッ、ねえちょっと!」
「なにもない人生だなんて言わないでください、お優しいミゼリーさんならきっと夢中になれるものを見つけられます! いつからだって遅くはありません、現実に帰ったら新しい道を探しましょう! ネバーギブアップ!!」
「ちっ、近い近い近い! 離れてくださいっ、暑苦しいです! 物理的にも精神的にも——!」
どうにも熱血系なサジョーはミゼリーの天敵のようだった。
相性が悪い……というよりは、むしろ相性がいいと見るべきか。どうあれ、このふたりがギルドマスターを務めるギルドが同時に味方になってくれたことに、数奇なものを感じるアレンなのだった。
「……で、バベル攻略に参加してくれるメンバーはこれで全員か? いきなりボス部屋になるから、なるたけ作戦を詰めておきたいところだが」
「あぁいや、もうひとつ、来てくれるってギルドがあったんですがね。どうもまだ着いてないみたいで。やっぱりやめた、ってこともありえないとは言い切れませんが」
シルヴァに訊いてみると、彼は短くひげの生えたあごをさすりながら答える。
バベル攻略はゲームオーバーの危険を伴う。最前線のモンスターは狩り場とされる階層に出現されるものとは違い、回避の難しい攻撃や、アレンが受けたような石化のような厄介な状態異常を使ったりする。ほかにもトラップに、地形的な困難さが付きまとうことも多々あった。
ゆえに、一度は協力すると言ったものの、のちのち臆病風に吹かれることは容易に考えられた。
が、しかし——
今回は当てはまらなかったようだ。
「ここでいいのかい? 悪いね、遅れちまった! いやあ、ギルドハウスなんて持たない身なもんでさ。この辺の区画はさっぱりなんだよー」
〈サンダーソニア〉の団員に案内され、ひとりの女性が入ってくる。
美人だが、快活さと妖艶さの両面を兼ね備えたような、不思議な印象の人物だった。歳は二十歳を過ぎたころか。
緩くカールした髪の朱鷺色と、切れ長の目に宿る狂おしい情熱を思わせる炎の赤色が、肌を見せる大胆な服装をより引き立てている。
頭上に浮かぶ転移者IDは『FRANC1SCA』。
「フラン——シスカ?」
つぶやいたのはアレンではなく、ユウだった。目を細めながら吐いたその言葉尻には、警戒じみたものがにじんでいる。
「知り合いか?」
「『前回』の、ね。悪名高い『ワークショップ』のリーダーだ。殺しこそしないが、誰彼構わず襲っては武器を——ボーナスウェポンを奪う、盗賊のような連中さ」
「ボ、ボーナスウェポンを?」
「『今回』は名前を聞かなかったから、大人しくしているものと思っていたけれど……」
入口には届かない程度の声量で話していたはずだったが、フランシスカはアレンたちの方にじろりと目を向ける。




