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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第119話 『箱庭のアーカディア 2/4』


 *


 昨日までの静寂が嘘のように、街は混沌期以来の喧騒に満ちている。

 それは焦燥やパニックを孕んだ危険な騒乱だ。けれど、まだ内部に満ちたその、今にも弾けそうな人々の感情はなんとか破裂せずに留まっていた。

 四方八方より、数えきれないほどのシャドウの軍勢が押し寄せる今。転移者(プレイヤー)たちを救うべく、〈サンダーソニア〉をはじめとする有志が立ち上がっているからだ。


「早くこちらへ! 町はすぐに戦火に沈みます……戦える者は奮起を! そうでない者は——」

「ど、どこへ逃げれば? 森からそのシャドウってのが来るんなら、町は包囲されるんだろっ? そんなのどこにも逃げ場なんてないじゃないか!」

「——バベルです。モンスターのいない、第1層を避難場所としています」


 非常時にあってなお、否、非常時こそシンダーは毅然たる態度で、避難勧告を受ける男性に答える。

 周囲に男性と同じように、他の団員の誘導に従う転移者(プレイヤー)たちの姿がある。同じような光景が町の至るところに存在するが、ここはシャドウたちに対する防衛線を敷く重要な地点でもあり、それゆえにシンダーが直々に来ているのだった。

 シンダーの迷いない声に、男性も幾分かの冷静さを取り戻したらしい。


「バベルって……じゃあ、もし防衛線が破られたら」

「その時は、きっと無事では済みません。そうならないよう尽力しますが、シャドウたちの目的地はバベルですから」

「なら——だったら」


 男性の顔に、一瞬だけ迷いのようなものがよぎる。

 二十代半ばくらいの男だ。真面目そうな顔つきには、よくよく見れば目の下に濃い隈ができており、バベルのモンスター消失といったここしばらくの騒ぎでの疲労が覗いている。


「戦うなら、どこに加わればいいんだ?」


 意を決したように、男は問いかけた。

 シンダーはわずかに目を見開く。だが、すぐに先と同じく、毅然とした態度で答えた。


「少し西に戦列がありますので、そちらに入っていただければ。端の方は危険度が高いですからお気をつけて」

「わかった、ありがとう!」


 男が言われた通り、町の西側へと駆けていく。

 一連のやり取りを眺めていた、避難中の何名かがそれを受けて足を止める。


「〈サンダーソニア〉の人たちに任せっぱなしってのもな……」

「騎士団がなくなってから、町のことも、バベルの攻略もやってくれてたんだもんな」

「どうせ破られたら終わりなら、なにもせずにいるよりは、私たちも……」


 さざ波が広がる。それは、最初は些細な、小さな感情の伝播だった。

 けれど波は次第に大きくなり、あちこちで避難しようとしていた転移者(プレイヤー)たちが奮い立つ。

 混沌期。混乱は恐怖を招き、恐怖は敵対を招いた。突然にゲームの中に閉じ込められた人々は争い、パニックそのものの狂乱さで殺し合った。

 それが人間間の感情における、負の伝染であるのなら、今起きているのはその真逆だ。


「皆さま——」


 今度こそシンダーは驚愕に我を忘れた。

 今日まで築いてきた〈サンダーソニア〉、ひいてはアレンたちを含む攻略組への信頼が、この類まれな正の伝染を起こしたのだ。

 多くの転移者(プレイヤー)が恐れを踏み越え、防衛線へと向かっていく。

 やはり、同じような光景が、町の至るところで起きていた。


「シンダー、さん」


 そして避難の流れとも、防衛に向かう流れとも別に。シンダーの眼前に、何人かの転移者(プレイヤー)を率いたひとりの女性が現れた。

 長身の、後ろに束ねた髪を尻尾のように揺らす。大きな瞳を緊張に揺らしながらも、懸命にシンダーを見据える彼女は、かつて攻略組に参加していた——


「あなたは……サジョーさま!?」

「合わせる顔がない、とは思いつつも参じました。どうかお許しいただけるのなら、当方たち、〈アーカディア扶助会〉も戦線に加えていただけないでしょうか。わずか八名という少数ではありますが」


 サジョー。第80層、パンドラの一件で攻略組から離脱した、〈アーカディア扶助会〉のギルドマスターだ。

 攻略組から離れたのは、サジョーの意思ではない。メンバーの意向に従ってのことだった。

 しかし今、彼女の後ろには攻略に参加していたその時のメンバーだけではなく、不参加だった扶助会の人員も混じっている。

 今こそ立つ時であると、ほかならぬサジョーが説得したに違いない。同じギルドマスターの立場であるシンダーは、そのことにすぐに気付いた。


「もちろんです、〈アーカディア扶助会〉の皆さま。助力、心より感謝いたしますわ」

「……はい! 今度こそ、当方たちは最後まで戦います!」


 最後の戦いを前に、転移者(プレイヤー)たちが集結する。

 それは〈アーカディア〉扶助会だけではない。シンダーたちのいる反対側、東の防衛線にも、数多くの転移者(プレイヤー)が集まっている。

 区画の空白地帯、空地のような広々とした場所。東側の緊張は西側以上だ。

 戦列に並ぶ数十名の中には、ユウやノゾミ、それから攻略に参加していた〈ドールズハウス〉〈不壊工房〉の顔ぶれもある。

 偶然の作用か、地形の関係か……他の方角に比べ東側のシャドウの侵攻はいくぶん早く、今まさに衝突が起ころうとしていた。


「来る……!」


 戦闘のまさに直前特有の誰もが息を呑むような静寂の中、戦列のひとりがつぶやく。

 夜闇の向こう側から、引きずるような音を立てて、影の軍勢がやってくる。

——来る。

——来る。

——来る!


「おおおおおおおおぉぉぉ——!」


 それが目視できるようになった途端、転移者(プレイヤー)たちは鬨の声を上げて突撃した。

 生者と死者。転移者(プレイヤー)とシャドウ。両軍の激突によって戦線が形成される。

 かつて〈解放騎士団〉団長——ギルドマスターのカフカが画策した、〈エカルラート〉とノゾミの『ゴーストエコー』を利用した抗争については、アレンの活躍によって幸いにも未然に終わった。

 ゆえにこれが、『今回』では混沌期以来の、そして65536回繰り返されてきたアーカディアの、最後の紛争となる。


「射撃開始!!」


 戦列の一角、少女の号令のもと、ピストルの銃声がいくつも重なる。

 バベル攻略にも参加した『スクワッド』だ。号令を下したのはシグレで、彼女も膝射(ニーリング)と呼ばれる片膝をついた姿勢を取りながら、狙撃銃のスコープを覗く。


「リーダー、誤って味方の背中を撃たないでくれよ?」

「無駄口を叩かないでくださいよぉ。大丈夫です、皆さんこそ気を付けて。いずれは縮まるでしょうが、現状は拳銃で狙うにはいささか距離がありますから」

「アレンさんならこの距離でもバカスカ当てるんだろうなー。バベル攻略の時、何度見ても異常なくらい弾当てててびびったわ。ホント、どうなってんだろうなあの射撃精度」

「そう思って俺、攻略の合間に訊いちゃったんだよね、本人に。『どうすれば神エイムになれますか』って。そしたらあの人、なんて言ったと思う?」

「おお、それ気になる」

「『上手くなりたいから俺も知りたい』って返された」

「…………どんな世界だよ、プロゲーマー」

「はいはいっ、だから無駄口やめてくださーい! ほら、右翼! 抑えないと最前線の方々が包囲されちゃいますよ!」

「っと、まずいまずい」


 FPSプレイヤーらしく、セオリー通り台地の高所に陣取っており、少数ながら最前線のバックアップをしていた。緊張感がないのはご愛嬌、プロには遠く及ばない腕前ながらも、彼らはバベル攻略に続いて臆せず自分たちにできることをこなしている。

 そして彼らの支援を受ける最前線では、同じくバベル攻略に参加した面々が活躍していた。


「踊れ我が糸、『パペッティア』——はぁ、シャドウ相手は久々ですけど、やっぱりモンスターより面倒ですね」

「そうかぁ? アタシは楽だと思うけどな。基本ザコじゃんかよ、コイツら」


 ミゼリーとフランシスカをはじめとする、〈ドールズハウス〉及び〈不壊工房〉のメンバーだ。

 どちらも数名程度だが、バベル攻略の経験は如実に戦闘面の練度を向上させている。

 特に今、ミゼリーの糸を操るユニークスキルは、ミゼリーが蒐集した数多のボーナスウェポンたちにつながれており、刀剣の嵐とも呼ぶべき戦法で影たちを一蹴する。


「その通りですが、たまに強いのがいるじゃないですか。だから油断はできない。いっそ、全部が強いよりタチ悪いですよ、そういうの」

「はぁー、ネガティブに考えすぎだろーがよ。これだから根暗は」

「失礼だなぁ……。ところで前はボーナスウェポンを貸してくれなかったのに、今回はどうして許可してくれたんです? いえ、非常に助かっていますけども」

「あ? そんなの、簡単な話だよ——」


 フランシスカはユニークスキルさえ使わず、意外にも流麗な剣さばきで手近なシャドウを斬り飛ばしながら平然と答えた。


「——気が付いたのさ。どうせアーカディアから出るなら、アイテム貯め込んでたって意味ねーじゃんってなぁッ!」

「あの、それもっと早く気付いてくれませんか?」


 影の軍勢は幾度となく斬り伏せられ、粒子となって消えていく。

 だがそれとて、大海からひとさじの水を掬うようなもの。敵は文字通り無尽蔵であり、恐怖を覚える理性もない。

 消えたそばから、空白を埋めるように、黒い人影は夜闇をまとって歩み出る。

 そこへ。同じく恐れを思わせぬ一歩で、何者かが深く斬り込んだ。

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