第117話 『王殺し』
「一体、なにが……弾詰まり? リボルバーでそんなことがっ、そもそもアーカディアで——」
当惑した顔を浮かべたススキが、言葉を切って目を見開く。瞳に浮かぶのはさらなる当惑。
その茶色がかった目には、新たに銃を取り出すでもなく、殴りかかろうとでもしているかのように、小さな拳をにぎって踏み出す少女の論理肉体が映っていた。
「——なんの、つもりだ?」
「助けるつもりだ!!」
身長差があるために、アレンは半ば飛びかかるようにして拳を振り抜く。
殴る——
違う。殴打など、『クラウン』の耐久値の前ではカスのようなダメージしか出ない。
だからアレンは、ススキではなくその頭上に向かって拳を伸ばし、継ぎ接ぎの『クラウン』に触れる瞬間に手を開いた。
(パンドラは言っていた——)
そう、エルが消えたあの路地で、確かに言った。
——物理的な威力は問題じゃあないんだ。接触さえ起これば事は成る。
ほどいた拳の中には、インベントリの虚空より呼び寄せた黄金の弾丸。
『王冠砕き』。最初から、アレンはキングスレイヤーに装填などしていなかったのだ。
代わりにキングスレイヤーの六発目には、いつかユウとのロシアンルーレットでやって見せた、弾丸を逆さまにしてねじ込むことをした。
以前ネームレスを撃った時、ススキは自分のピストルに不満げだった。撃たれても平気そうな様子を見せていれば、奪う機会さえあればより高火力なキングスレイヤーを狙ってくると読んだのだ。
そうして、発砲できない六発目の弾丸に困惑した隙を突き。いかに強化された反射神経でもかわせない、拳の届く超至近距離で。
「砕けろおおおおおぉぉぉ————!」
弾丸を『クラウン』に、直接その手で叩き込んだ。
「——っ」
継ぎ接ぎの王冠の下で敵が息を呑む。
その一呼吸の間、『クラウン』にはなにも起こらなかった。
刹那訪れた静寂にアレンは肝を冷やす。正真正銘、これが最後の策だ。
もう打てる手などなにもない。ゆえにこれが失敗に終われば、逆にアレンは詰む。
……懸念をよそに、パキンと乾いた音が鳴る。まるでグラスを床に落として割ってしまった時のようなその音は、一瞬の静寂に染みわたり、広間に恭しく響き渡る。
見れば黒い『クラウン』に入った赤色の継ぎ目は、そのまま割れ目へと変わり、今まさに砕け散ろうとしていた。
「バカなッ……そんなバカなことが! おれの『クラウン』が壊れていく——データが、組み込んだモジュールがッ、構成が! 崩れていくだと!?」
「……冷や冷やしたぞまったく。だけど、これで終わりだススキ。お前の力はどれも『クラウン』ありきのもの。もうお前にはなにもできない……街を襲うシャドウたちを操り、バベルへ向かわせることもな」
「オマエッ、最初からそれが狙いか! いや、だとしても権能の絞りカスしか残っていないパンドラにできるはずがない! おれの『クラウン』を壊すアイテムなんて、作れるはずがないだろうが!! なにをしたッ!!」
「エルだよ。あの子が身を挺して作ったんだ。言っておくがお前を倒すためじゃないぞ。お前を倒さず、『クラウン』だけを壊すためにだ!」
一体どのような感情が去来したのか。狼狽えていたススキは、エルの名を聞くと押し黙った。
そして、もう一度割れるような音を立てて、継ぎ接ぎの『クラウン』は決定的に崩壊する。
転移者、モンスター、アイテム。システムによって定められた、この箱庭において万物が避けられぬ滅びの有り様……粒子となってたちまちのうちに消えていく。
するとすぐに、ずずんと地響きが起こった。
「な、なんだ……? うわっ!?」
アレンのそばに瓦礫が降ってくる。直撃していれば最悪このHPではゲームオーバーになってしまいかねないくらいの、人の頭くらいはある巨大なものだ。
見上げれば天井はひび割れ、広間を支える柱も音を立てて今にも崩れてしまいそう。
「ちょ……宮殿が崩れようとしてるのか!? なにがビフォーアフターだ! とんだ安普請じゃねーかっ!」
「アレン、この宮殿は本来こんな場所には存在しないものだ。きっとサルベージしたあと、『クラウン』の力でデータを書き換えて維持していたんだと思う。だから、『クラウン』が砕け散った今……」
「この建物も崩壊するってことか!? 自爆する悪役のアジトかよぉ!」
「あ、ボクそれ知ってるよ。爆発オチってやつだよね!」
「言ってる場合かー! 逃げるぞパンドラ、崩落に巻き込まれる前に——」
「……? アレン?」
「——くそ、なるほどな。認めてやるさ。言った通り、確かにお前は『本物の偽物』だ」
踵を返そうとするアレン。だが、思い留まったかのように足を止める。
広間が揺れている。立ち並ぶ柱は既に何本か倒れ始めている。
砕けて飛び散った瓦礫の破片が、アレンの頬をかすめていった。
「気が変わった。先に行け、パンドラ。もう『クラウン』はないんだ、バベルがシャドウに襲われて強制ループするって懸念も解消した。みんなのところに戻って、先にログアウト処理を始めておいてくれ」
「え? さ、先に行けって……キミはどうするの?」
「なに、大したことじゃない。オーバータイム、延長戦ってやつだ。よくあることだよ」
碧眼の向こう、落下する大小の建材越しに、それはまだ立っていた。
「なあ、ススキ?」
「ああ——趨勢は決した。オマエたちの勝ちだ、転移者。でも、だけどな。それでも」
王冠は無残にも砕け。ステータスへのバフも、IDを偽装したユニークスキルも、データを書き換える能力も失い。
ああ、それでも。終末機構は未だ、身一つでそこに在る。
「おれはまだ、オマエに負けていない。おれとオマエひとり、個人と個人の戦いにおいては、決着はまだ着いてねえ……!」
「そうだよな。そうだろうよ、ススキ。お前が俺の精神をベースにしてるっていうなら、それは」
——ただの一度、膝を屈した程度であきらめるはずもない。
アレンにとっては自明のことだ。徹底的な敗北で一度はプロゲーマーの道を棄てたアレンが、今もう一度その道を歩み直すためアーカディアに抗っているように。
どんなプレイヤーであっても、あきらめないことが一流の絶対条件だ。
「だけど、こんな場所にいたらキミも巻き込まれる!」
「すまんパンドラ。余分なことをしていると言われれば返す言葉もない。あと、ノゾミにも謝っといてくれ」
振り向いて、アレンはそう笑いかける。
それがおそらくは別れの挨拶になると、彼女もわかったのだろう。パンドラはまだなにか言いたげだったが、説得はあきらめたような顔で、短い言葉だけを告げる。
「勝って。ボクのためじゃない、エルや、キミを待つたくさんの転移者のために」
「負けないさ。こいつを倒したら、こんなシケたところはさっさと出て行くよ」
うなずいて、パンドラが崩壊する広間を去っていく。
その小さな背を少しだけ見送ってから、アレンは正面に向き直った。
「悪いな、時間を使った」
「構わねえよ。付き合わせてるのはこっちだからな。それにオマエのHPがギリギリなのはわかってる……長引きゃしねえさ、どうせな」
「違いない」
——ずん!
一際巨大な音が響いて、広間が強く揺れた。
ちょうど入口を塞ぐ形で、天井の一部が大きく崩れ落ちたらしい。音からアレンもそれを察したが、振り返ることはしなかった。
揺れる音は耳に入らず。落ちる瓦礫も視界に入らず。
『鷹の眼』はただ、その碧眼の前の敵にだけ集中する。
「始めようか、アレン。最後の……どっちが勝っても変わらない、なにひとつ意味のない戦いを」
そうして、落下する瓦礫に混ざり——
最後の時がこぼれ落ちた。
*
第100層にて、アレンがススキの『クラウン』を見事破壊し、宮殿が崩れ始めたころ——
そこからいささかの時を遡る。
『拡張脳』を渡しにきたアレンとネームレスがやり取りをしている間、パンドラは一度ギルドハウスの前へと戻っていた。
「ええと……どこにいるのかな、彼は」
呼ばれてやってきたものの、具体的な場所がわからない。
ひょっとして建物の中だろうか?
夜闇に溶ける黒いドレスの裾をはためかせながら、パンドラはきょろきょろ辺りを見渡す。目的の人物は星々から身を隠すように、孤児院の前にある木の陰でパンドラのことを待っていた。
「やあ。悪いね、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、忙しくさせてしまって」
「ふふん、仕方ないよー。優秀なAIであるボクに仕事が多く回ってくるのは、能力を踏まえれば仕方がないコトだ」
アサガミユウ。パンドラにとっては若干の因縁がある相手。……いつもの軽薄な笑みが、今はなんだか苦笑気味だったことについて、自称『優秀なAI』たるパンドラは気付かなかった。
「シンダー君たちももう転移者たちの避難誘導に動いている。時間が惜しい、早速本題に入ろう。さっきの話だけど、僕に措置を施すことは可能ってことでいいんだよね?」




