第114話 『輪転する弾倉、空転する王冠』
「こいつ……!」
ススキは隠れもせず、アレンに出てくるよう促してくる。
アレンは柱の裏で歯噛みした。ススキの狙いは明白だった。
『クラウン』がある以上、撃ち合いの面でも、耐久力の面でも向こうが有利。正面のぶつかり合いで負ける心配がないからこそ、ススキは射線を切ることさえしないのだ。
(余裕綽々のあの態度。不意を突いて『王冠砕き』を……いや、ダメだ。あいつの意表を突いたとしても、これだけ遠いと『クラウン』の反射神経強化によって見切られる可能性が高い……。エルの遺してくれた弾丸は一発きりだ。絶対に外さない距離、タイミングで撃つ必要がある)
やはり、策に頼るほかない。
しかしそのためには適した状況が要る。おそらくは死線をいくつもかいくぐり、ゲームオーバーぎりぎりのところにまで迫らなければ作り得ない状況が。
観念してアレンは柱の陰から顔を出し、息を吐くように発砲した。
照準は完璧。アレンの腕前であれば外すような距離ではない。
だが相手には黒い『クラウン』がある。射線はたやすくかわされ、ススキの反撃はその手のピストルによるものではなかった。
「おっと。『ボルケーノカッター』」
「ユニークスキル……っ!?」
バキバキと床面を割り砕き、橙色の炎が勢いよく噴出する。
継ぎ接ぎの『クラウン』によるID偽装。既にゲームオーバーになった誰かが持つはずのユニークスキルだ。
炎は床の破片をまき散らしながら、一直線上にアレンへと向かう。
アレンは辛うじて炎の延長線上から飛び退き、回避。だがそこへ新たなる追撃が迫る。
「空転しろ、我が王冠——『無尽槍』」
くるり、音も発さず『クラウン』が回る。
空転。世界を裏返すかのように、宙に現れるのは三十を超える長槍。
整然と列を成すそれらはすべて同様の意匠。寸分たがわぬ見た目と、おそらくは切れ味をしている。
「おれが複数のユニークスキルを使えることはもうわかってんだろ? 好きな負け方を選ばせてやるよ、穴ボコになっちまいなぁ!」
「……流石に出し惜しみはできないか」
穂先がアレンを向く。一斉掃射の一秒前。
……インベントリからアレンは、小型の、黒いインカムを取り出した。
「——演算、開始!」
素早く耳に装着、慣れない手つきで指先が表面をなぞる。
そうして、『拡張脳』のスイッチを入れた。
「それは……!」
ススキの顔が歪む。インカムに込められた権能のことを知っているのだろう。
だが号令は既に下されている。
コンマ一秒のズレもなく、空中の槍が一斉に放たれる。それは槍衾がそのまま迫ってくるかのような、殺人的な密度を備えた刃の弾雨。
点ではなく面、逃げ場もなければ防御も許さない必中の攻撃——さらにその向こうでは、再度『クラウン』が回り出し、ススキのそばに突如として球状の輝きが現れる。
アイテムやモンスターなどが消える時の粒子に似ているが、それよりも大きい。
「駄目押しをくれてやる。『サクラム・ルクス』!」
引き延ばされる。光球は一瞬で光弾と化し、空中をカクカクと折れ曲がるようにして、アレンに放たれた槍の雨とはまた別の軌道で向かってくる。
ユニークスキル同士のコンビネーション……本来であれば複数人の転移者で行う連携を、ススキはIDの偽装によって単独で行うことができるのだ。
「むぅーっ、ひとりで何種類も能力を使うなんてルール破りも甚だしいっ。インチキもいい加減にしなよ!」
お前だけは言うなよとツッコんでやりたかったが、アレンは目前の危機に対処することを強いられている。そんな余分なことをしている場合ではなく、代わりにススキが「マジかあいつ」と冷めた目線を送っていた。
(処理できる……俺を狙う槍の一本一本、さらにはそれらをかいくぐるようにして飛来する光条。目で追える。いや、眼球の性能が変わったわけじゃない。変わったのは俺の意識だ)
人間が物事に割くことのできる意識の総量は限られている。
たとえば、往来を過ぎていくまばらな群衆の中から、赤い服を着た人間の数を数えてみる。
可能だろう。青い服でも、黄色い服でも、緑の服でも、色が識別できるのであれば、よほど人の多い場所でない限り誰にでもこなせるタスクと言える。
だが、それらをすべて同時にこなせと言われれば?
赤と青と黄色と緑、すべてに注意を払い、意識を割く。すると途端に負荷は跳ね上がる。単体であれば容易なタスクであっても、同時にこなすことで一気に困難さが増す。
そして『拡張脳』は、こうした並列のタスクを処理することを得意とする。
「——そこだ!」
迫る槍衾から、アレンは二本のみをキングスレイヤーで撃ち落とした。
二本で十分なのだ。いかに数が多かろうと、射出が同時な以上、アレンのいる地点を撃ち抜ける本数などその程度。あとの槍はアレンのすぐそばを過ぎ去っていくだけだ。
さらには側頭部を抉るような軌道で光弾が飛来するが、もはや一瞥さえせずアレンは身を屈めて回避した。直接目を向けずとも、意識が割けているので問題はない。捕捉は充分にできていた。
「へえ、ちょっとはやるな。けどよぉ、それって『拡張脳』の権能ありきだろ? なるほど脳のメモリを増設するようなその権能は、オマエの『鷹の眼』とは相性抜群だろう。だがおれの『クラウン』には及ばない。格が違うんだよ、最初からな」
「だったら無駄口を叩いてないで試してみればいい。さっきみたいに、他人から盗み取ったユニークスキルで得意げな顔をしながらな」
「……あぁ、得意な顔にもなるさ。たとえ借り物だろうとも、おれの能力であることは事実なんだからな」
継ぎ接ぎの王冠を戴いて。赤梁連の肉体を使いながら、終末機構は堂々と宣う。
盗人猛々しい態度に、さしものアレンも頭にきていた。
あの体も、きっと彼にしてみれば自分の物なのだろう。この世に本物も偽物もないのだと言ってのけたその男にとって、元の持ち主が誰であれどうであれ、今動かしているのはススキなのだからススキの物だ。
自身の体を奪われて怒りを感じないはずがない。ススキのせいで、アレンはここずっとちんまりボディのぷにぷにほっぺだ。
だが——
「だが。少し、不快だな。自分の原型だからってオマエに特別な感情を抱いてはいないつもりだったが。
オマエもおれもまるで変わりはない。自らの機能に従い、それを十全に行使することを旨とする。だってのにオマエはそれを認めないだろう?」
「なにを……!? ループを継続させようとするお前が、俺と変わらないわけないだろっ! 俺はただ元の世界に帰りたいだけだ!」
元の世界に帰って。再び、FPSの世界で夢を追う。
夢の続きを見るために、この終わりのない悪夢を断ち切ろうとしている。
「それが不可解で、不快なんだよ。ただ機能を果たすだけのことにワケのわからない理由を付けるな。いくら言葉で飾ろうが、オマエも結局は先天的な才能を揮いたいんだろうが——!」
ススキが吼える。そこには、アレン以上の怒りが露わとなっていた。
アレンの動機が理解できないというように。
機械が夢を見ないのなら、その不理解は妥当だろう。
(あいつは『拡張脳』が『クラウン』に及ばないと言ったが、脳の処理速度を上げる前者とステータスや反応速度を高める後者はまったく別のものだ。単純な比較はできない……いかに『クラウン』が強力でも、俺の読みが正しければ、パンドラの鎖はあいつの注意を引くのには充分に有効のはずだ)
アレンとの戦闘のさなか、後方から放たれるパンドラの鎖に注意を払う。これこそ先ほどの例、『拡張脳』が得意とするタスクの代表例だろう。
そして『クラウン』は——反射神経の強化という別種の効能はあるものの——この意識の配分を問う類のタスクについては役立たない。
「パンドラ、今だ!」
「了解っ。実行、『関数殺し』!!」
ジャリリリリリリリリリ——
アレンたちを苦しめたあの鎖が、アレンを擁護するように放たれる。
数は五つ。権能へのアクセス機能の大部分を破壊された今のパンドラに出せる最大数。
「しゃらくせえんだよッ、権能でさえも『クラウン』の前には無力だ!」
迫る鎖のうち、二本をピストルで迎撃し、三本を素早い身のこなしで回避する。
……事前のパンドラの懸念通り。ススキには『鷹の眼』と『クラウン』があるのだから、片手で数えられる程度の本数の『関数殺し』など通用はしない——
「試してやるよ、偽物」
回避の間隙を突いて、アレンが銃口を向ける。
ススキの首がわずかに振り向き、アレンのことを視認する。銃口を視認した——射線を読まれた。
構わずアレンは発砲する。当然エイムは完璧で、弾丸はススキの額へと向かう。
「……『崩れゆく時の階』」
しかし、確かに非の打ちどころのない弾道を描いていたはずのそれは、ススキの体をすり抜けていった。
アレンは舌打ちをする。あの挙動には見覚えがある。
「以前、エルの『関数殺し』をやり過ごしたユニークスキルだな。当たると思ったのに」
「はッ、残念だったな。こいつは一瞬だけ無敵時間を作るスキルだ。確か、元の持ち主の転移者IDは『Liza』——だったかな」
「リーザ……? いや、それよりもユウが見たら悔し泣きしそうなユニークスキルだな。ダメージの無効じゃなく無敵化ってわけだ。してやられたよ」
——アホが、いい気になってベラベラ喋りやがる。
軽口を叩きつつも、油断なく銃口を向けたままアレンは黙考する。
ユウの『糠に供犠』に似た能力だが、攻撃が命中さえしていない辺り、あちらよりも汎用性は高そうだ。おそらくは消費するSPが多いなどの制約はあるのだろうが、無限のSPをもたらす『クラウン』がある以上その制約は意味を成さない。
だが重要なのはそんなことではなく。
(とっさの防御手段を取った。やっぱり……わかってないんだ、こいつ。そして、そのことにさえ気付いていない)
カチリ、パズルのピースがはまっていくように、アレンの頭の中で絵図が描かれる。
盤面を俯瞰。戦況の推移を想定。
終局のカタチを、その碧眼が捉えた。




