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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第113話 『人と機械』

「サンキュ。じゃ、遠慮なく借りてくぞ」

「返却期限を過ぎたら延滞料をもらうからな、せいぜい気張っていけ。……そういえば、このままバベルに行くつもりか? その前にあのノゾミって子と話していかなくてもいいのかよ」

「うわっ、余計な気ぃ回してんじゃねえよ! お前は思春期の子どもの恋愛事情に首突っ込んでくる親か!」

「よし、さっきの続きだ。今度はきちんと頭を撃つ。覚悟しろよ恩知らず」

「待て待て冗談だっ、おい……銃を抜くな! おい!!」


 再度インベントリからキングスレイヤーを取り出し始めたので、アレンは必死に宥め、なんとか落ち着かせる。

 なんて冗談の通じないヤツ。冷や汗を引かせるためぱたぱたと服の襟元で扇ぎながら、アレンは弁解した。


「俺は勝つ。だからまた会える。別れの挨拶なんてする必要がないってだけだ」


 また会える——

 そう。今は離れていても、きっと再会できるはず。

 ノゾミも。……身を挺して希望をつないだ、エルも。

 そう信じているから、迷うことなく前へ進むことができる。


「……そういうところが、俺とお前の違いだな」


 自嘲するような笑みを浮かべながらも、名無しの彼は陰のない瞳でアレンを見つめる。

 窓の外の陽だまりを見るような、そんな目をしていた。


「この狂った箱庭を終わらせるのは、俺ではなくお前であるべきだ。……頼んだぞ、アレン」

「——ああ。お前も、守りの要をよろしく頼む」


 こくんとうなずく。

 それで別れた。

 いつかのように、互いの成すべきことを果たすため。

 再びアレンは街路を駆け、今度こそ邪魔をする者もおらず、バベルへと戻ってくる。

 こんな時間だ。ほかの転移者(プレイヤー)は、誰一人いない。

 けれど町は間もなくシャドウが殺到する地獄絵図と化すであろうため、今にも〈サンダーソニア〉の非戦闘員を中心に、一般転移者(プレイヤー)たちの避難誘導が行われるはずだった。避難民は最重要防衛地点であるこのバベルの第0層に逃げ込む手筈となっている。

 その前に、アレンはまだ今しばらくだけは無人の静けさを保っている第0層のロビーを抜け、ゲートから第100層、決戦の地へ再び赴くのだった。


 *


「……で、なんでいんの?」

「やあやあ、さっきぶりだねー。見ごたえあったよ、ネームレスとの喧嘩。どうしてこんな時に味方同士で争ってるのかってずっとツッコみたかったけど」

「見てたのかよ……」

「ちょっとだけね。こっちに移動する前に、ひと仕事あったから」

「ひと仕事?」

「防衛組の話だよ。ひょうきん者の手札を増やしてあげた、ってところかな」

「ふうん。それはいいが、最初の質問に答えてないぞ。なんでいるんだよ、パンドラ」


 第100層に跳んだ途端、パンドラが出迎えた。

 あの偽りの星が瞬く屋上ではなく、その手前の小部屋だ。パンドラはアレンが戦っている間に路地から先回りしていたらしい。

 しかしパンドラは街の防衛に加わるものとなんとなく思っていただけに、アレンは若干気勢の削がれた表情を浮かべる。


「なんでって言われても単純だよ。そもそもボクの権能——ほとんど使えなくなって『関数殺し』五本と『座標再定義(リディファイン)』しか残ってないけれど、これはバベルの中でしか使えないものだ。防衛に参加してもボクはただのかわいいマスコットにしかならない。……それに、どの面下げて、ってこともある」


 おそらくは最後に付け加えた一言こそが本音なのだろう。

 第100層で直接的に誰かをゲームオーバーにしたわけではないが、そこにたどり着くまでの攻略過程では、〈サンダーソニア〉や〈ドールズハウス〉からも犠牲者が出ている。

 彼らもログアウト処理さえ実行されれば、アーカディアの記憶は消えるものの、現実で目を覚ます。本当に死んだわけではない。

 それでも、そこが彼女なりの線引きなのだ。


「だからススキと戦うのに協力してくれるってわけだ。まあ、付いてきてくれるなら助かるけど」

「ありがとー。とはいえ、ススキもキミと同じ『鷹の眼』があるわけで。キミと戦った時は何十本、時には百本を超える鎖も簡単に軌道を読み切ってたんだから、たった五本の『関数殺し』じゃあ大した役には立てない。そのくらいはボクもわかってるから、いないよりはマシくらいに思っててもらえればいいよ」

「……いや、そんな卑下するもんでもないぞ。かなり頼りにさせてもらう」

「え? まさか、気休めなんて言わないでよ。向こうには反射神経を強化する『クラウン』もあるんだから……」


 アレンが冗談を言ったのかと思ったのか、パンドラはくすりと笑う。

 その垣間見せた人間味に、アレンはエルに近しいものを感じた。

 性格はずいぶん違うが、それでもやはり管理者同士。似通う部分があるのだろう。


(しかし……同じ『鷹の眼』、ね)


 皮肉めいた笑みを口元に携え、アレンは扉へ近づく。

 数時間前は仲間たちと開けた分厚い決戦の扉。それを今は、アレンとパンドラふたりだけで開ける。

 だがここに並ぶのは、片やアーカディア最強の転移者(プレイヤー)にして、FPSゲーム『オーバーストライク』にて国内二位の実績を誇る〈デタミネーション〉のフラッガー。片やアーカディアを管理する『今回』の管理者だ。


「……『王冠砕き(クラウンブレイカー)』を当てる算段は立ててあるが、ある程度は追い詰める必要がある。『関数殺し』の援護を頼む」

「うん、任せて」


 扉を押し開く。広がるのはやはり、満天の星空——

 それと、見覚えのない巨大な建築物。


「な……っ、なんだこれっ!?」


 宮殿と呼ぶのが適切だろうか。たった数時間前にはなかったはずの、一対の高塔が夜空を衝く洋風の城がそこにあった。

 まるで闇に溶けるような、黒い色をしてそびえる壁。入口は開け放たれているようだったが、あまりに巨大なその有り様はただ建っているだけで急峻としていて、来訪者を拒むようだ。


「うーん、これ知ってるよ。『なんということでしょう』ってやつだよね」

「……確かに劇的なビフォーアフターではあるけど。いくら匠でも半日足らずでこんなの作れるわけないだろ、どうなってんだ?」

「たぶん……廃棄物(ガベージ)の海から持ってきたのかな。元々、ループで継ぎ接ぎになる前のアーカディアにあった建造物なんだと思う」

『流石は管理者だな、その通りだ。とっくに海に沈んだ建物をサルベージ、アンドリサイクル。エコ活動の一環だよ。資源は大事にしないとな?』


 いかなる仕組みか、開け放たれた扉の奥からススキの返事が響いてくる。

 驚いた様子もなく、パンドラは訊き返した。


「サルベージなんてキミにできるとは思えないんだけどねー。データの断片が廃棄物(ガベージ)の海のどこにあるかなんて、ログを見ないとわかりっこない。でも管理者たるボクと違い、単なる関数に過ぎないキミにデータログを参照する権限なんてないはずだよね?」

『いい推察だよ偉大なる現管理者サマ。もうろくに権能も使えねえのにご苦労なこった。確かにおれにオマエのような精緻なサルベージは不可能だよ。この建物は例外だ……単純にデータサイズが大きいんで、断片になってもデカかった。だからログなしでも見つけられたんだよ』


 わかったらとっとと入ってこいよ、と続ける。情報の開示にためらいがないのは自信の表れか。


『安心しろよ、罠なんかねーからさあ。単に殺風景な場所が気に食わねえだけだ。なにもないってのは、それだけで癇に障るからな』


 その声が響いたきり、それ以上ススキが話しかけてくることはなくなる。

——罠がないと言われて、素直にそれを信じるわけにもいくまい。

 アレンは一瞬だけ黙考した。

 殺風景な場所が気に食わない、というのは本当だろうか。単に『鷹の眼』やまだ見ぬ『クラウン』によるID偽装のユニークスキルを有利に働かせられる地形で戦うため、つまりは地の利を得るために屋内を作り出したのではないか?

 しかし結局のところ、罠が張られていようが、相手に有利な地形を形成されていようが、アレンたちには時間がない。

 アレンは逡巡の末、宮殿へ踏み入れた。

 カーペットの敷かれたエントランスを抜け、長い階段を上り、奥へと進んでいく。警戒はしていたが、ススキの言った通り罠の類はなかった。

 アレンとて建物の構造を知っているわけではないが、足取りに迷いはない。

 確信に近い予感があった。

 継ぎ接ぎの王。ならば彼が座すのは、玉座の間をおいてほかにはない。

 果たして、宮殿の中心部、等間隔に柱の立ち並ぶ天井の高い大広間に彼はいた。


「ふたりだけか。意外だな、それともナメられていると憤慨するべきなのかね。あの前管理者や、スワンプマンは連れてくるものと思ったが」


 玉座に深く座り込む、赤梁連の見た目をしたモノ。デウス・エクス・マキナ——

 その頭上には、暗く輝く継ぎ接ぎの『クラウン』が浮かんでいる。


(エルのことが知られていないということは……『王冠砕き(クラウンブレイカー)』のことも知られていないはずだ)


 インベントリに格納されているアレンの切り札。

 その存在を悟られてはならない。アレンはもちもちほっぺのポーカーフェイスで平然と答えた。


「ススキ、お前なんて俺たちだけで十分ってことだよ。みんなはお前のけしかけたシャドウたちを抑えてくれてる。いいか、お前が世界をループさせるための機械なのだとしても、お前自身がそれに縛られる必要なんてない——」

「オイオイオイ、アレンさんよぉ。開口一番、パンドラにもしていたクソくだらねえ説教をおれにもするつもりかよ? おれはやらされてる、なんて思ってねえ。これはおれの役割だが、同時に望みでもある。

 機能に従う、それが機械の本懐だ。おれは、おれとして目が覚めた時から感じていた、自らがすべきことのために行動する。なんであれ、誰であれ、そうするべきだ。そこの管理者サマは愚かにも間違ったようだがな」

「——違う! 聞けススキっ、先天的な役割や、与えられた機能に従うだけが生き方じゃない! 『そうすべきこと』なんてどこにもない!」

「オマエがそれを言うのかよ? 『鷹の眼』なんて呼ばれちゃいるが、これだってただの才能、言うなればオマエが生まれ持った機能だろうが! 人間だって自分が向いていることをやるもんだ。オマエはそうしてプロゲーマーになったはずだ!」


 言いながら、我慢ならないとばかりにススキは立ち上がる。彼はインベントリからピストルをその手に現しながら、玉座の間に響かせるように声高に叫んだ。


「——だいたいなぁ、なんだよさっきからそのススキってのは! 妙なあだ名を付けてんじゃねえッ!!」


 開戦の火ぶたを切ったのはススキだ。乱暴なギャングのごとく、怒りを隠そうともしない所作で銃口をアレンに向けて発砲する。

 そのころには既にアレンは横へ跳び、柱の裏へと隠れている。弾丸は太く角張った柱の表面に弾かれた。

 柱裏でアレンはパンドラに離れるようジェスチャーを伝える。パンドラはうなずき、アレンとは別の、後方の柱の陰へと入った。

 広間にあるのは、玉座を除けば立ち並ぶ柱くらいのもの。ならば、ここから繰り広げられるのは柱を遮蔽物として立ち回る、わずかな射線を競う銃撃戦……。

 そのはずだった。


「ちまちま撃ち合うなんて時間のムダだ。出てこいよ、アレン。オマエだって時間をかけたくはないだろう? 大切な仲間たちが体を張って戦ってる最中だもんなぁ」


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