第108話 『消えゆくもの、見送るもの』
デウス・エクス・マキナを前に、自然と陣形を組んだ。
パンドラは後ろに下がって目を閉じ、集中した様子で両手を顔の前で組んでいる。それを庇うようにエル。そしてさらにそれを庇うように、並び立つのはアレンと——
「——演算、開始」
左耳の黒いインカムに手を当てるネームレス。
『拡張脳』。パンドラの権能が込められた、言わば外付けの思考補助装置。そのスイッチを押下し、一時的に思考能力を底上げする。
「はッ。なんのつもりか知らないが、たったの三人でおれを止めるつもりとはな。面白い、正面からブチ破ってやる」
「ネームレス、お前もそのチート能力持ってんだから俺に合わせろよな。しくじらないでくれよ」
「誰に言ってんだよ……いいから余計な口を閉じて集中してろ。後ろの鎖まで演算に組み込むのは、お前のキャパじゃぎりぎりだろう」
デウス・エクス・マキナの茶色がかった目は、アレンたちを視るようでその実、後ろに控えるパンドラのことを見据えている。
なんらかの策を講じていると看破しているのだ。ゆえに、ここでアレンたちが留めなければ、その策はご破算に終わるだろう。
音が遠のく。突如訪れたその静けさを、アレンは一瞬、自分が集中したことで雑音が耳に入らなくなったのだと思った。ネームレスの指摘通り、『拡張脳』を持たないアレンにとって、ネームレスと連携を取りつつ背後からのエルの援護を把握して戦うのは神経を注がねば難しかった。
しかし直後、事実として音が止んだのだと気付く。
シンダーの誘導が終わり、集まった転移者たちが息を呑んで見守っている。
突如現れた『赤梁連』、『クラウン』、追い詰められた管理者——
状況は混迷を極め、集まるようシンダーに指示を受けた彼らは、もはや動向を見つめることしかできないのだ。
そんな緊張の生んだ静寂に、鏡写しのような碧眼のふたりが、同じように息を吸った瞬間。
「……ふっ!!」
ピストルの銃口が跳ね上がる。戦端が開かれる。
火を吹いたのは三丁がほぼ同時。呼吸の間隙を縫うような発砲、それを読み切って射線をすり抜けるふたりは両翼に展開する形でカウンターの一発を見舞う。
防御も回避も許さない、即席にしては射角・タイミングともに完璧すぎる十字砲火。同一の才能によって可能たらしめられた最高純度の連携。
それを——
「どれだけ完璧な射撃も、弾丸を見切る反射神経があれば意味はない。得意の射撃も形なしだなぁ?」
男は紙一重でかわしてみせる。避ける隙間などないように思えた弾丸の交差軌道も、身を置くことのできる瞬間があった。常人であれば、否、たとえ誰より反応速度に優れた一流のボクサーであってもその刹那を捉えることなどできはすまいが、ことここアーカディアにおいてのみ、『クラウン』はその不可能を覆す。
だが相手はひとり。いかに『クラウン』のバフがあろうとも、手数ではアレンたちが勝っている。
アレンとネームレスはなおも一糸乱れぬコンビネーションを発揮し、敵を虚実入り混じる射線の嵐へと巻き込む。
「……くっ」
けれど、そのすべてが不発。『クラウン』を得たカフカがそうだったように、敵は銃弾を完璧に見切っていた。
「実行っ、『関数殺し』!」
「おぉっと。危ない危ない」
そこへエルの鎖が加わってさえ、攻防の趨勢は変わらない。
アレンとネームレスの射線も、度重なる鎖も、敵はすべてに対処する。どれも直前で見切り、回避、または射撃によって迎撃するのだ。
どんな攻めも通じない。およそ絶望的な状況。
そのはずだったが、『鷹の眼』は劣勢に思える攻防になにかを読み取る。
(——なんだこいつ、さっきから……そうか、もしかして)
それは一部の隙もない敵の、確かに存在する瑕疵。
が、それに気を取られていると、敵の銃弾がアレンの肩をかすめた。視界の端でHPバーが3割強削れていく。
「いたっ!」
「バカお前ッ、余計なこと考えるな! さっきも言ったろうが!」
「さっき言ったのは『余計な口を閉じろ』だろ! 嘘つき! 後出しでわかってましたみたいな雰囲気出すなよなぁ!」
「あぁ!? 揚げ足を取る暇があるならちゃんと避けろよ、このちんちくりん!」
「ちんちくりんは同じだろうが——!」
「なあ、どうでもいいけどよ、なんでオマエら仲悪いワケ? 同じ人間だよな……?」
若干の困惑を覗かせつつも、デウス・エクス・マキナはアレンへ追撃。一度体勢を崩したことで、アレンを狙い撃ちすることに決めたのか。
ネームレスがカバーを試みるが、そうなれば今度はネームレスが攻勢を受けることになる。
綱渡りのような戦いの、危うい均衡がいよいよ崩れようかというとき、ジャリリリリリリ——と鎖の音が響いた。
「させない……っ」
「ちぃッ、消えぞこないの元管理者が! 邪魔をしてくれる……!」
自ら前へ出て、近距離から『関数殺し』を連発する。
「エル——?」
それはこれまでのエルからはかけ離れた、火線で踊る猛攻だった。
アレンが割って入る隙を容易に見つけられないほどの、叩きつけるような鎖の乱舞、乱舞、乱舞。
その勇ましいはずの攻めに、アレンはどこか困惑する。まるで身を削るようだ、と直感的に思ったのだ。
だが事実、そのオーバーヒートじみた権能の嵐は敵の足を止めさせる。
「確かに、エルは消えぞこない。でも、ようやくわかった。どうして消えられなかったのか。なんのために、あの海から、上がってきたのか」
「あぁ? なんの話だ……」
「ループによって泡沫と消える間際。廃棄物の海で、わたしは、あなたを見た。なにもかもが分解される中、ただひとり、終末を見送るあなたを」
「……なに? おれを見ただと? だからなんだと……まさか、同情でもしてるつもりかよ?」
「消えゆくものと、見送るもの。どちらが辛いかなんて、誰にも決められない。だけどわたしは、あなたの孤独を、放っておきたくない。だって、わたしたちには終わりがあるけど、あなたにはそれがないのだから」
「その程度の理由でオマエは——わざわざ、這い上がったのか……!? 記憶も権能も失いながら。そんな体になってまで!」
……どういうわけか。ごくわずかに、デウス・エクス・マキナの動きが鈍ったように見えた。
気持ちで困惑していても、『鷹の眼』の才能は感情とは別に駆動し、その機を捉えて離そうとしない。アレンは半ば無意識に銃口を跳ね上げ——同じくネームレスも、この隙にリロードを済ませていたのか、空薬莢の落ちるカラン、カランという音ともに銃を構える。
エルが前に出て、それをふたりが援護する形。先ほどとは逆だが、先ほどよりも敵を追い詰めている。
これであれば倒しきるとまではいかずとも、パンドラの提示した五十秒まで凌ぎきれる。
残すところ、二十秒——
十秒——
五秒——
「——空転しろ、我が王冠」
瞬間、音もなく、黒い『クラウン』が回る。
時計の針がカチンと進むように、あるいは歯車が動くように、頭上を飾る王の証がわずかに角度を変える。
だが歯車の回転とは、歯同士が係り合うことで初めて動力を伝達するもの。
王は孤高。並ぶ影などありはしない。ゆえにそれは、意義のない空転にほかならなかった。
「なに……っ!?」
鎖が敵の体をすり抜ける。ありえない光景に『鷹の眼』でさえも瞠目する。
敵の眼差しが、見開かれるアレンの碧眼をまっすぐに捉える。
——殺意。
正規の転移者でなく、ユニークスキルを持たないはずの敵が一体どうやってエルの鎖を無力化したのか。そのような疑問よりも先に、アレンは自分を排除せんとする意思を感じ取った。
(剣……刺突! 回避は不可能、だったら……!)
いつの間にかインベントリを介して入れ替えたのか、敵の右手にはピストルではなく細身の剣がにぎられている。彼我の距離は二歩半、深く踏み込んだところで手の触れられる間合いではないが、剣を伸ばせば十分届く。
「別に原型に対抗意識はないんだがね——厄介な駒は早めに潰すのがチェスの鉄則ってモンだろ?」
伸ばされる剣先。狙いは一点、アレンの細い喉笛を突き刺し、拳銃弾より致命的な一撃を加えるべく繰り出される刺突。
攻防のさなか、文字通り意表を突いた一刺しは、対処の猶予など与えずアレンを貫く。
かに、思えた。
「っ、危なぁ——!」
アレンはキングスレイヤーの銃身をわしづかむかのごとくにぎり、引き金の周りにある輪っかのような部分——トリガーガードで剣先を絡み取るようにして防御する。
トリガーガードはごく細い金属のフレームのみで構成されており、現実であれば勢いの乗った剣の一撃を受け止めきれるようなものではなかろうが、キングスレイヤーはボーナスウェポンだ。
耐久値が存在しない、特別な武器。銃身の先からグリップの後端に至るまで、たとえ隕石が降ってこようとも傷ひとつ付くことはない。
「んだそりゃあッ、味な真似をしてくれるじゃねえか!」
「二度とやらねーよバカ!」
とはいえ突き出される剣先にそんな小さな金属部分を合わせるのは危険極まりなく、いかなアレンとて失敗する確率の方がずっと高いだろう。
防御術というより大道芸の類だ。背筋を伝う冷たい感覚に、二度目はないことをアレンは固く誓った。
「よしっ、準備完了! もう大丈夫、ありがとう三人とも! いくよ、実行——『座標再定義』っ」
後ろへ下がって距離を取ったところで、パンドラがそう声を送る。
すると、まるで第0層のゲートから各層へ転移する時のような、視界がぐにゃりと歪んで体が浮く感覚がアレンを襲った。




