第107話 『継ぎ接ぎの王』
「驚くようなことじゃあねえ。この体は赤梁連、オマエのものだ。そして『鷹の眼』ってのはオマエの肉体に根差した才能だろ? だったらおれにも同じ才能があるのは自明の理だろうがよ」
——第80層でパンドラは、アーカディアはVRデバイスであるSEABEDを通して意識を取り込んでいるのだと言っていた。そしてその際、意識の秘められた、人間の脳というこの西暦2045年においても未だ解明しきれない神秘を帯びた箱については、ならばと未解明のまま……ブラックボックスであるまま、構造ごとをコピーしてやり過ごしている。
「おれはオマエだ。肉体を奪ったことで、おれの姿のみならず脳ミソ、精神構造はオマエのそれをベースとしている。まっ、ほかの転移者の精神データも色々と参照しているがな」
「俺をベースにしてる? なんだよそれ。人の体を奪ったばかりか、能力まで真似しようってのか!?」
「まさかあの人、そのためにアレンの体をっ? アレンの『鷹の眼』を奪うために……」
「あぁ? そいつは心外だ、とんだ勘違いだ! おれにそんなものは必要ない。まあ、『あったらいいな』程度のおまけ、ハッピーセットのオモチャだよ。おれは別に、狙ってオマエの体を奪ったわけじゃない」
「なんだと……!?」
肩をすくめる様子に憤慨する。
勝手に奪っておいてこの態度。いよいよ食ってかかりそうなアレンだったが、当の本人はそれを見ると眉をひそめた。
「オマエも、自分が特別だから選ばれただなんて思ったのか? 思い上がりも甚だしいぜ。オマエを標的にした理由なんて簡単だ。
赤梁連。オマエが、最初にアーカディアにログインしたプレイヤーだったから。それだけだよ」
「……は?」
最初と聞いて、アレンの頭に疑問符が浮かぶ。
だってアレンの転移は相当に遅かった。ノゾミたちより半年も遅れ、バベルも騎士団が攻略を進めている状態で——
(違う。これは『今回』、65535回目の話だ。俺の記憶にない1回目のループ……初回はおそらく、アーカディアにログインした順番がそのまま転移順になっていたはず)
まだこの小さな体ではなく、現実で、物理的な自分の肉体を有していたころ。
アーカディアをプレイするため、自室でSEABEDを起動したアレンは、午前12時のサービス開始とまったく同時にログインをしたのではなかったか。
「まさか……俺は十二時ぴったりにアーカディアを起動したから、こんな体になったのか? たったそれだけのことで?」
「そうだ。ゲームは逃げないんだから、なにもサービス開始をスタンバってなくてもいいだろうに……呆れたゲーマーっぷりだな。だいたい平日の昼だぞ。おれが言うことでもないがな、もうちょっとこう、ほかにやることなかったのかよ?」
「う、うるさいなぁ! 今さらそんなこと言うなよ!!」
ただ一番目にログインをしたことで、デウス・エクス・マキナに目を付けられ、アーカディアへの転移直前に処理の介入をされた。管理者の命令で動く甲冑を脱ぎ捨て、自由に動くための肉体が必要だったその機械は、アレンのアバターを奪うことにしたのだ。
その結果、アレンはこのような体になってしまった。
「ああ、ついでに教えてやると、今のオマエの体はNPCのものだ。おれが肉体を奪ったんで、参照するものがなくなったことでシステムが代わりに未配置のものを割り当てたんだろう。エラーを防ぐための措置だ、よかったな」
「よくねえよこの野郎。訳知り顔でペラペラと……だいたいえらく余裕そうだが、この場で俺たち全員とパンドラを敵に回して切り抜けられるつもりか? それこそ思い上がりじゃないのか。
なんのかんの言ったところで、お前を倒せば今度こそハッピーエンドだろ。違うか?」
「違うね、大間違いだ。そもそもおれは倒せない。はっきり言わないとわかんねーか? オマエら全員が束になってかかってこようが、おれには手も足も出ねえんだよ」
「あからさまな虚勢を——」
「根拠あっての自信を虚勢とは言わないなぁ。ホラ、こいつだよ。今オマエらにも視えるようにしてやる」
なんらかの機能で不可視にしていたものを、デウス・エクス・マキナは手元のウィンドウを操作する手つきで現した。
現れたのは、彼の頭上。
転移者ならざる彼にIDなどない。代わりに、そこにあったのは。
「黒い——王冠?」
『クラウン』。真っ黒く、鈍い光を湛えて浮遊する。
そう、黒色だ。『今回』においてカフカが現した正規の『クラウン』が放つ黄金の輝きとは異なる、廃棄物を思わせる暗黒のそれ。
さらに表面には赤い継ぎ目が亀裂のようにいくつも走る。どう見てもそれは正規の、本物の『クラウン』ではない。けれど彼、贋作をあまねく肯定するその舞台装置の男であれば、これもまた本物であると嘯くだろう。
どのような経緯、どのような形をしていようとも、実存する以上は、唯一無二なのだと。
「まさか、データの寄せ集め……廃棄物の断片で継ぎ接いだ、パッチワークの『クラウン』? そんなモノがあるなんて。ううん、そんなモノを作れるなんて……」
「管理者のオマエでも知らないのも無理ないな。オマエは廃棄物の海を知らない。あの凍えるような冷たさを、あの夜闇さえ明るく思えるほどの暗さを、ループごとに新生する管理者は知覚しない。その時には意識なんて消えちまってるからなぁ。
あの中を知るのはおれだけだ。崩壊と再生を繰り返すアーカディアでただひとり、消えられない機械。世界を壊す役割のみを与えられた、このデウス・エクス・マキナだけが廃棄物を知悉する」
どこか他人事のように男は言う。口調は冷たく機械じみている。
人型の機械、幕を引くためのその装置は、今や箱庭の終焉そのものだ。
肉体は借り物。精神は継ぎ接ぎ。そして戴く冠さえ、廃棄物のパッチワーク。
其はまさしく継ぎ接ぎの王。
憚ることなく僭称しよう。なぜなら、なにもかもが偽りでも——
空の甲冑が抱いた、その意志だけは真実のはずだから。
「納得できたか? では、カーテンコールもこれで終わりだ。満足して消えていけ」
「させない……! 実行、『関数殺し』っ」
「ああ、オマエがいたな。『前回』の管理者。そうか、おれだけと言ったのは訂正するよ。オマエもあの暗闇の海から生還した……それも、本来そんなことは不可能な身で。感心はするが、その権能だけじゃおれは止められないな」
踏み出すデウス・エクス・マキナにエルが関数殺しを実行する。しかし、飛来する鎖の数々を、男は足さえ止めずこともなげにピストルで迎撃した。
「しゃ、射撃の腕までアレンと同じ……!?」
「赤梁連にできておれにできないことはない。いや、おれには『クラウン』のバフが乗ってんだ、おれの方が射撃は上だな?」
「言ってくれる……!」
黙って見ているアレンではない。もはや敵対は明らかだ。
インベントリよりキングスレイヤーを手繰り寄せ、即座に発砲。
……同じタイミングで、デウス・エクス・マキナのピストルも火を吹いた。
「なっ」
驚くなというのは無理な話。
チュン、と音を立てて、アレンの撃った弾丸があらぬ方向へと逸れたのだ。
無論アレンのエイムに狂いはない。起きたことはごく単純、まるでアニメや漫画の剣豪が敵の弾丸を刀の刀身で弾くように、弾丸を以て弾丸を弾いただけのこと。
「銃の口径が同等なら、一方的に逸らすこともできるが……このピストルごときじゃ相殺ってとこだな。はッ」
「……今のは流石に俺でも無理だ。『クラウン』の反射神経強化——その不格好な代物でも効いているらしいな」
「通常の『クラウン』と同じくいつかは効果時間が切れる、なんてことは期待するなよ? コイツはおれと一心同体だ。時間の経過で消えたりはしない」
「はいはい、チートご苦労さまっ」
思わず悪態をつく。参ったことにアレンにも打開策は浮かばなかった。
この場にはこの第100層まで攻略をともにした仲間たちと、ネームレスとパンドラまでがいる。
しかしだとしても、眼前の男に勝機はない。
『鷹の眼』はそう結論付けていた。
(『クラウン』をなんとかしない限り勝ち目はない。ステータスのバフなんかより、反射神経の強化が凶悪すぎる……!)
凡人の神経が強化されたところでたかが知れている。
だが相手は同じ才能を持つ者。プロゲーマーのエイミングを持つ人間が、反応速度まで高められたとくれば射撃で敵うはずもない。
(それにあの余裕。まだ、手を隠し持っている——)
パンドラとの戦いで仲間たちも消耗している。なんとか撤退の隙を見出そうとしていると、パンドラが駆け寄ってきた。
なんらかの策がある顔つきで、アレンに耳打ちする。
「不躾でゴメン。転移者たちをなるべく一箇所に集めてほしい。あと、時間も稼いでほしい……一分、ううん、五十秒」
「どうする気だ?」
「離脱する。お願い……ネームレスにはもう伝えてあるから、やってほしい。ふたりと、力を借りるのは心苦しいけれど、エルの『関数殺し』で」
「急にしおらしくなりやがって。わかったよ、どのみちこっちも打つ手なしだ。お前に乗るさ、パンドラ」
エルの名を出す時、なぜか表情を曇らせたことだけは気になったが、もはや躊躇の暇さえ惜しい。アレンはうなずいた。
「ありがとう。大丈夫、ボクにも意地がある。命令を下す相手に反乱されて、いいようになんてなってあげない……!」
「ああ、その意気だ。シンダーっ、みんなを集めてくれ! 援護は必要ない、とにかく一箇所に集合だ!」
シンダーへ指示を飛ばす。攻略組のエースはアレンだが、ならばリーダーはシンダーだ。統率を取るという一点において彼女以上の適任はいない。
アレンが期待した通り、シンダーは一瞬だけ困惑を覗かせたが、すぐに周囲へ呼びかけ始めた。
「よし……」
瞬時にすべきことを理解してくれた彼女に背を向け、アレンもまた、すべきことのために眼前の敵へ向き直る。




