第103話 『箱の底で願うなら』
「……まさかとは思うけど。ボクの足を地面に着けさせたってだけで、対等になれたつもりなのかな。だとすれば滑稽な思い上がりだよ」
「ああ。対話ってのは同じ目線でするもんだろ。宙にふよふよ浮かれてたんじゃ、話せるものも話せない」
「対話? まだそんな戯言を……ボクの怒りを買えば買うほど、死期が早まるだけだってまだわからない? アレン、確かにキミは転移者の中でも特別だよ。だけどそれは転移者という枠組みでの話であって、ほんのちょっとでもボクに敵うなんて思わないことだね」
「なんと言われようとも、何度だって呼びかけるさ。だってお前は、本当はアーカディアをループなんてさせたくないって思ってるんだからな」
ごくわずかに。注意深くその貼り付けた余裕の笑みを観察していなければ気付けないほど、短い間があった。
おそらくは、意表をつかれたことによる。
「知った風な口を利くな、って。第80層でも言ったよねー? そんなに殺されたいのかな。裏切り者のネームレスともども、鎖で首を吊り下げてあげようか。現実ならすぐに息ができなくなったり首の血流が止まって死ぬだろうけれど、この世界じゃHPがじわじわと減って、完全にゼロになるその瞬間までたっぷりと苦しみ抜くことができるよ?」
「はっ、幼稚な脅しだな。ムキになって否定するほど本心を露わにすることになる。やりたくないのがバレバレだ」
「……言わせておけば……! そのうざったい口、閉じさせてあげるよ。廃棄物の海に沈めてねえッ! 実行、『関数殺し』!!」
怒濤の勢いで黄金の鎖が放たれる。
数十本のそれを、『鷹の眼』は一本たりとも見逃すことなく精査し、危険度を算出。高いものから順に回避、あるいはキングスレイヤーによる迎撃で対処する。
(とっさに出るのがこの鎖の権能な辺り、やっぱりこれがメインウェポンというか、慣れた技なんだろうな。どちらせよ、挑発に乗ってくれるのは大助かりだ——)
事実、アレン自身安い挑発だと思っていた。それがこうも覿面なのは、意外なようなそうでもないような、パンドラの見た目通りの子どもらしさだ。
「まだまだッ、きつく縛り上げてやる。無様にこうべを垂れて、『パンドラ様に逆らって申し訳ございませんでした』って言うまでさぁ——! 実行、実行っ、実行!!」
「——けど、この数はちょっとヤバいか……?」
矢継ぎ早に繰り出される鎖の乱舞。アレンの『鷹の眼』であればそのすべて、三百を超える鎖を先ほどと同じく精査すること事態は可能だった。
だが、いかにアレンの情報処理能力が人並外れていようとも、対処する肉体はひとつであり、腕も脚も細いのが二本あるだけだ。凌ぎきるのは現実的に不可能。
「パンドラは今、アレンさまに集中しています! 援護を!」
そこへ鎖の対処を仲間たちが引き受けるが、それでもパンドラは『関数殺し』を撃ち出し続け、徐々にアレンは劣勢に追い込まれる。
「アレンっ、これ……!」
「——! わかった!」
気を利かせたノゾミが煙玉のアイテムを投げ込んでサポートする。煙と『ゴーストエコー』の合わせ技、FPSゲームなら一発永久BANのコンビネーションだ。
この状況であれば、視界を遮ることでパンドラの鎖の狙いを阻害しつつ、アレンはウォールハックの効果で一方的に反撃が可能になるだろう。
白煙が立ち込める中、ノゾミの意図を即座に理解したアレンは、『ゴーストエコー』の発動を待つ。だが——
「アイテムなぞ使わないでくれるかな、ちゃちな小細工を! 実行、『暴風域』!」
その煙は一瞬にして暴かれた。突如吹き荒れた突風が、白煙を押し流すようにしてかき消してしまったのだ。
「風の権能……そんなものまでっ。ごめんアレン、わたし——」
「役に立てない、なんて言うなよ。ありがとうノゾミ、おかげで足場は構築できた」
霧が晴れた広間に、何本もの鎖が張り渡されている。
支点もなく、空間に固定された漆黒の綱。まるでザイルクライミング——公園なんかにあるロープで組まれたジャングルジムの遊具だ。
煙が立ち込める前にアレンが合図を出し、パンドラが隙を取られている間にエルの黒い『関数殺し』を張り巡らせてもらったのだ。
「この鎖。まさかとは思うけれど、ボクと空中戦をやりたいのかな? せっかく地上に引きずり下ろしたっていうのに、やっぱりバカ丸出しだ。空中じゃあお仲間の援護も届かないよ」
「百も承知だよ管理者さま。それとも塔に引きこもってるんで、運動はお嫌いか?」
「ふん、本当に減らず口を叩く。ああ、そういうところ、やっぱりあの駄犬とそっくりだねー。だいたい運動不足はキミの方じゃないのかな、プロゲーマー。部屋に籠ってゲーム三昧なんだろう? キミたちみたいな人種はさ」
「……ふ」
——なにか言い返したかったが、ことのほか痛いところを突かれたため、アレンは薄笑いを浮かべてごまかした。
「いくぞ、パンドラ! 同じ目線に立っても駄目なら、無理やりにでも言い聞かせてやる!」
「うるさいな、とっとと来なよ! 言い負かされたからってデカい声出してないでさぁ!」
パンドラの周囲から再度黄金の鎖が放出される。
同時にアレンの体が弾けるように、上方へと大きく跳躍した。
「——『ブラストボム』」
爆風に巻き上げられる自爆移動。アレンがいた場所を何本もの鎖が通過し、空を切る。
「いつまで逃げられるかなッ、その滑稽な飛び方で!! 実行っ、『関数殺し』!」
ジャリリリリリリリリリリリリリ——
空中へ転移し、パンドラによって行使される権能。度重なる黄金連環。
『ブラストボム』による自爆で空中を滑空するアレンは、エルの張り渡してくれた鎖を足場にしつつ、自爆移動で追跡する鎖をやり過ごす。
アレンを追う鎖は五百を超え、『スクワッド』たちのような遠距離攻撃のすべを持つ者は援護が叶うが、大半の者は見ていることしかできない状況だ。
そして先ほどよりもはるかに多数の鎖。追い詰められるのも時間の問題に思えたが、多くの者の予想に反し、アレンは鎖を避け続けていた。
「いいか、パンドラ……! お前は管理者という役割でありながら、アーカディアのループを内心じゃ拒んでいる。だからこそユウというイレギュラーがあって、俺たち転移者に真相を知られてもなお、デウス・エクス・マキナにループを命令させなかった!」
「違う! 勝手な憶測ばかりを言うんじゃない、いち転移者に過ぎないくせに——なんにも知らないくせに!」
先ほどと違い、仲間たちの援護も最小限の中、狙いがアレンに集中しているにもかかわらず回避を可能たらしめているのは、ひとえに空間的制約から解き放たれたからにほかならない。
地上ではなく空中にいるというだけで、移動の選択肢は無数に増える。もちろんそれも『ブラストボム』による自爆移動と、エルの構築してくれた鎖の足場があってのことだが。
さらにはバベルの攻略により、アレンのレベルは41にまで達している。自爆によるダメージや、ユニークスキル連発に伴うSPの消費もまだまだ許容範囲内だ。
「なにも知らないのはお前だろ。むしろ、まだまだ知りたいものがたくさんあるから、見たいものがあるから、お前はここに留まってるんだ。だってお前の願いは、ただ——」
「言うなぁっ!!」
アレンの語りを止めさせんと、パンドラが腕を伸ばす。
雷、氷、それとも炎か。なんらかの大いなる権能を行使しかけたのは確かだったが、それと同時に、地上から発砲音が轟く。
シグレの狙撃だ。それを受けてパンドラは急遽『簡易障壁』の権能を展開することになり、弾丸は防いだものの、アレンの口を塞ぐ機を逸した。
「——ただ、生きていたいってだけなんだからな」
ぴたりとパンドラが動きを止める。追従する鎖の動きも止まったので、アレンも回避の必要がなくなり、エルが張り巡らせてくれた黒い鎖に掴まった。
「生きて……いたい……このボクが? はッ、なにを言うかと思えば……」
「ごまかすなよ、パンドラ。俺のことじゃない。自分のことをだ」
目を眇め、にらむようにアレンを射貫く黄金の視線。一見すると怒りに満ちあふれたその瞳には、かすかな動揺も見て取れる。
そこへ、畳みかけるようにアレンは言った。
「管理者は代替わりするもの。ならば、ループに伴う世界の崩壊に巻き込まれるのは、パンドラ。お前だって例外じゃない……それはなによりも、エルの存在が証明している」
あの第70層で、パンドラを目の当たりにしたユウを驚愕させた事実。
管理者はループごとに新生する。では、ループによって『前回』となったアーカディアの管理者はどこへ行くのか。
……そんなことは考えるまでもない。
すべては黒い海へと沈むのだ。武器も、アイテムも、モンスターも、転移者も、管理者も。
意味をなさない散り散りのデータとなって、廃棄物の海の底へ。
「それが嫌で……ッ、我が身可愛さでボクが! ループの実行を渋っていると言いたいんだね、アレン!」
「それを責めたいわけじゃない! むしろ生きたいと思うのは当然だ。だからこそ俺たちに争う理由はない! そうだろう、パンドラ!」
「ふざけるな——!」
感情に呼応するように、夥しい数の鎖が放出される。もはやリボルバー銃で撃ち落としていては埒が明かず、アレンは再び『ブラストボム』での回避に専念するほかない。
「ボクは管理者だ、アーカディアを管理し、ループを実行することこそが役目! そのために——そのためだけにボクは在る! なのに、それさえできない無能者だって? 侮辱も甚だしい!」
「役目だとか役割だとか、そんなもののために命をなげうつつもりか? それでいいのかよ!」
「そんなもの……? キミにはわからない! 親を持ち、ただあれかしと願われて生まれてくる人間には! 由来も血縁も血統もなく、データとして存在するボクには、機械としての役割以外なにもないじゃないか!!」
——目的を持って生まれた者は、役割を以て自己を成す。
先日のユウの言葉がアレンの脳裏をよぎった。




