第102話 『継ぎ接ぎ世界の王』
ジャリリリリリリリリリ——
エルの周囲からいくつもの音が重なって、漆黒の鎖が放たれる。
向かうは天空。降り注ぐ雨を迎え撃ち、二色の鎖が激突する。
「残念だけれどキミの底はもう見えてるんだよご先代! 本来キミにもう権限なんてないんだ、どれだけ絞り出そうがボクの権能には及ばない!!」
第80層の再演。だが、その結果は以前よりもなお大きな格差を見せつけた形となる。
地を穿つように降る黄金の鎖は数百、一方でエルの放った漆黒のそれは第80層の時よりも数を増しているものの、五十にも満たない。
一部を相殺することはできてもすべてを防ぐことは叶わず、アレンたちへ向かう。
「来い、『キングスレイヤー』!」
「蹴散らします。『ハイドロ・ハリケーン』!」
だが当然、転移者も黙って見ているだけではない。
アレンもまた、第80層で見せたように、自身を捉えようとする黄金の鎖を撃ち落とす。
さらにシンダーは槍先から水流を放つ高火力のユニークスキルで一気に十数本の鎖の軌道を逸らし、シグレたち『スクワッド』もアレンほどの精度ではないが持ち前の銃で迎撃する。
何人かは捕まってしまったものの、ほかにも剣や斧といった得物でなんとか対処する者や、回避に専念してやり過ごす者もいる。
「踊れ我が糸、『パペッティア』」
〈ドールズハウス〉の面々はミゼリーを中心に固まっている。どういうわけか、ミゼリーの周囲では何本もの刀剣が独りでに動き出し、向かってくる鎖をことごとく弾いているのだ。
よくよく見れば、それらの武器には輝く糸のようなものが付着し、ミゼリーの両手から伸びていることが窺えるだろうか。
これこそが彼のユニークスキル、『パペッティア』。遠隔で物を動かす、シンプルだが応用の利く能力だった。
「下がってなアンタたち。プロゲーマーのアレン——まったくリボルバー一挺でこれを落とすなんて大したもんだ。だけど、鴨撃ちだったらアタシだって負けられないねぇ」
そこからやや離れ、フランシスカは〈不壊工房〉の仲間を庇うように立ち、飛来する黄金をにらみ付けている。
しかし、その手に武器はない。
「撃ち落とす! 『無法の銃身』!!」
代わりに彼女のそば、なにもない空中に無数の武具が突如現れ、射出される。
フランシスカは根っからのコレクターである。
その対象はボーナスウェポン。彼女のインベントリには、蒐集した何人もの転移者の武器が眠っている。そして彼女のユニークスキルは、それをインベントリから直接発射するというものだった。
鎖の雨、対するは武具の弾雨。剣に槍に斧に戦鎚、果ては弓や鎧まであったが、ボーナスウェポンである以上は不壊の性質を持っており、鎖と相殺するには事足りる。
宣言通り、付近の鎖はすべて嵐のような攻勢によって撃ち落とされたのだった。
「……あの、フランシスカさん。そのボーナスウェポン、ちょっとでいいんで貸してくれません? 俺のユニークスキルで動かしてるの普通の店売りのやつなんで、耐久値に限界が来たら壊れちゃうんですよね」
「は? ヤだよ。だってこれアタシのコレクションだし。数も限られてるんだから、こっちも節約してんの。他人に使わせるなんてもってのほかだね」
「うわー、なんてケチ臭い。ラスボス戦だって言ってるのに……」
連帯感はいまいちなところがあったが、そこは単独のギルドではないのだからご愛嬌だ。
ともあれ、うまく凌いでいる仲間たちを横目に、アレンは一安心した。第80層で見せた『関数殺し』をパンドラが使ってくるのは予測できたため、対処法については事前に話し合っていたのだが、各々の策は機能しているようだ。
「だが、ほかにも攻撃に使う権能はあるはず……牽制はしておかないと、か」
飛来する鎖を立て続けに撃ち落としたアレンは、キングスレイヤーの銃身を折るようにして排莢。中折れ式特有の動作により飛び散った空薬莢がキン、キン、と甲高い音を立てる。
そして弾薬を素早く滑り込ませると、銃身を戻し、浮遊するパンドラに向けて構えた。
この距離だ。いかなアレンとて、ヘッドショットを狙えば外す確率はそれなりに高い。体感では三割。角度の問題もある。
だが牽制が狙いであれば——ただ体に当てるだけの射撃であれば、難易度ははるかに低い。
銃弾と情報の飛び交う電子の戦場で、常にヘッドショットを競うシビアなプロゲーマーの世界を生きてきたアレンにとって、『当てるだけの射撃』なぞあくびが出る。
コンマ五秒で照準を合わせ、発砲。
しかし、まっすぐに飛び立った弾丸はパンドラの手前で唐突に弾かれた。
まるで硬質な壁にでもぶつかったかのような——
「なんだ、あれは……半透明の……バリア?」
「『簡易障壁』。ま、受けたところで大したダメージはないんだけどね」
権能による即席の防壁。
『関数殺し』をしのがれたにもかかわらず、パンドラは余裕綽々といった笑みを浮かべた。
「数ある権能のひとつをいなした程度でいい気になっているのなら、その思い上がりを粉微塵に砕いてあげるよ。実行、『ライトニングアロー』」
お返しとばかりに、今度は防壁ではなく魔法陣がパンドラの前に現れ、そこから稲妻が発射される。
「うわっ!?」
驚愕すべきはその速度。それは本当に雷そのもののスピードで放たれ、転移者たちを襲う。
魔法陣の予備動作で危険を察知して飛び退いたアレンは間一髪避けられたが、発射を見てから回避するのはまず不可能だろう。
「必死に逃げ惑うんだね、巣を壊された蟻たちのように! 実行、実行、実行っ! あははははははは!」
「め、滅茶苦茶だあいつ……!」
乱れ撃ちの滅多撃ち、幾度も雷鳴が轟いては地上を襲う。もはやパンドラの方も狙いなどつけてはいないのか、ランダムに放たれる雷は回避できる代物でもないため、完全に運否天賦で転移者を焼き焦がす。
「まだまだ、こんなもんじゃあないよ! 実行っ、『アイシクルフォール』!」
そして今度は打って変わって、拳ほどもある氷塊が嵐のように吹き荒れる。
天変地異めいた、理不尽なまでのスケール。
だが権能とはそういうもので、管理者とはそういう存在なのだ。
転移者たちのユニークスキルなどとは、そもそもの由来からして大きく異なる。権能とはアーカディアを統べるための力であり、ならば絶対の支配を約束された管理者とは——
継ぎ接ぎ世界の王。そう言って差し支えないだろう。
「真下が安全地帯だ、潜り込めば当たらない!」
真っ先にそう叫んだのはユウで、見れば確かにそこだけは吹雪と呼ぶにも生温い氷の砲撃のさなかから逃れているようだった。
「相変わらず目ざといやつ……けどナイスだ!」
一も二もなく、一同は浮遊するパンドラの真下へ集まる。
しかし高みより見下ろす白髪の少女は、罠にかかった獲物を見つめるように、にんまりと笑ってみせた。
「蟻を踏み潰す子どもはそんなこと考えないのかもしれないけれど。効率的に潰そうと思うのなら、まずは一か所に集めるべきだよね? こんな風にさ」
子どもの容姿で、子どもらしからぬ残忍さを覗かせる。けれどさらにその奥には、なにも感じていないかのような、人形じみた空疎の感情が横たわっている。
その虚無感の正体を、アレンはもう理解していた。
なぜパンドラがループを早期に強行しないのか、なぜその表情の奥底にいつも無感動なものを湛えているのか。
「シグレ! でかいやつが来る、頼めるか!?」
「——はい。今こそ恩をお返しする時。乾坤一擲、必ずその機を逃しはしません!」
転移者たちが集合する中、自分のが背が低いのもあってどこにシグレがいるかわからないためアレンが大声で呼びかけると、返事はすぐに寄こされた。
集団の真ん中に移動するシグレの手から、スナイパーライフルが消える。ボーナスウェポンをインベントリにしまう。
そして上方では、パンドラが眼下に向けて手をかざす。
「消し飛ばしてあげるよ、このボクだけの権能で! 実行、『ソーラーイラプション』!」
雷、氷に続き、次に現れたのは炎。それもほとんど爆発を伴うような、カフカの『燎原之火』もかくやという業火だ。
それが指向性を以て、燃え盛る巨鳥のごとく急降下する。アレンたち転移者を目掛けて!
「あははっ、これはボクの権能の中でも最高威力! キミたちの脆弱なHPで耐えられるかなぁ? ゲームの中だから真っ黒焦げになるところが見られないのが残念だよ!」
頭上に迫る炎の熱気に、転移者たちが息を呑む。炎に呑まれるまでもなく、その熱だけで肌は焼け、水分の蒸発した眼球がぴりぴりと痛む。
猛火の腕が一同を乱暴に抱擁する、その刹那。
「今——『リフレクション』ッ!」
「……は?」
パキン。ガラスの割れるような場違いな音が響き、炎は途端に踵を返す。
まるで逆再生した映像。業火は一直線にパンドラの方へと引き戻され——
「っ、バカな……うわ、ぁあああああああああッ!?」
パンドラの身を、パンドラ自身の権能が焼き焦がした。
大技がくれば狙おうと事前に取り決めていた、シグレのユニークスキル——『リフレクション』。能力は単純、攻撃の反射だ。
タイミングこそシビアだが、相手の攻撃が強ければ強いほどに効果を発揮する
なお、このユニークスキルの存在を知った時にユウは泣いて悔しがった。無効より反射の方が強いのは自明の理だ。
「畳みかけるなら今をおいてありません! 総員、持ちうる火力をすべてぶつけなさい!」
炎を浴びたパンドラがふらふらと落下する。地面に墜落するまではいかなかったが、高度を下げたことで攻撃が届くようになり、シンダーの号令で一同が突撃。
随一の威力を持つ『ハイドロ・ハリケーン』、『スクワッド』の一斉射撃、フランシスカの『無法の銃身』にミゼリーの『パペッティア』、その他転移者たちのボーナスウェポンやユニークスキルの集中砲火がパンドラに浴びせられる。
ボスモンスターでさえ倒しきるほどの火力の集中。仮に『クラウン』で耐久を底上げした転移者であっても、五、六度はHPを空にして余りある。
それでいて、なお——
「……少し。ほんの少し、驚いたよ。ごくまれに、ユニークスキルも時に権能に比肩しうるものがある。ああ、そう認めてあげようじゃないか」
地を抉る猛攻で立ち込めた煙が晴れると、パンドラは健在。これも権能の力なのか、ドレスについた汚れやほつれも、軽く表面をなでると消えてしまう。
「あれだけの攻撃を受けて、まだ……」
「当たり前だよ。ボクのステータスは管理者仕様だ。そうだなぁ、キミたち転移者のレベルで換算するなら、ざっくり500ってところかなー? あはは、キミたちのレベル上限は99までだから、どれだけ頑張ってもボクには絶対に追いつけないけどね!」
戦慄が走り、一同が言葉を失う。チートという言葉を自然と想起した者も多いだろう。
だがチーティングとは、単なるプレイヤーが不正行為によって優位性を得ることであり、パンドラはそれに当てはまらない。
なにせ、彼女は初めからこの箱庭を管理すべく造られた知性であり、権能こそはそれゆえの特権。
プレイヤーがゲームマスターに逆らうことはまさしく、王に手向かうことと同じなのだ。
「でも。これでようやく、同じ目線に立てたな」
そんなパンドラに。箱庭の支配者に、なんでもないようにアレンは言った。




