グレティアーナの式の話
「ティア様は卒業したらどうするのですか?」
リディオノーレは不意に気になったことを尋ねた。
「そうね、とりあえずは領主補佐、かしらね」
グレティアーナはにこりと微笑む。
「領主補佐?ですか?」
リディオノーレは首を傾げる。
グレティアーナはちらりとリディオノーレの後ろに控えるムナグレークを見てから口を開いた。
「お兄様がいらっしゃいましたらお兄様が領主になるのですが、今は私しかいませんので私がとりあえず次期領主の予定です」
「!!!アブストール様は?」
リディオノーレは尋ねる。
「アブストールは騎士団団長の仕事があるので、領主にはなれないのです」
「え?でもその団長の座を譲って領主になった方が地位も高いのでは?」
リディオノーレは尤もな意見を述べる。
「……お兄様」
グレティアーナがまたちらりとムナグレークを見て、声をかけた。
ムナグレークはグレティアーナと少しの間見つめ合ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「リディ。今から言うことは他言無用でお願いします」
ムナグレークはリディオノーレを見つめる。
「……それ、私が聞いても大丈夫なのですか?」
「別に構わないでしょう。早いか遅いかの違いですから」
ムナグレークは苦笑する。
「アラウィリアの騎士団は普通の騎士団とは別に影の騎士団と呼ばれる部隊があるのです」
「影の騎士団?」
リディオノーレは聞き返す。初耳だ。
「アブストールは団長を兼任している。影の騎士団団長も彼なんだ」
「………名前だけ聞いたら秘密組織な感じがするんですが、一体何のお仕事を?」
リディオノーレの質問にムナグレークは微笑んだ。
「それは秘密です。仕事内容に関しては、いつかグレイザック様が教えてくれるでしょう」
その答えにリディオノーレは目を瞬いた。
「グレイザック様から、ですか?」
「ええ。グレイザック様も影の騎士団に仕事の依頼をしたりしてますからね」
それも初耳である。
「ですから、影の騎士団にアブストールは必要なため、領主にはなれないのです」
グレティアーナが答えた。
「………グレーク様は戻りたいと思わないのですか?」
リディオノーレはムナグレークを見つめる。
「私に領主になれと?」
ムナグレークは目を瞬いた。
「私が領主の器、だとでも?」
「………リディ、良いのです。お兄様にはここは居心地が悪いのです。家族とは和解しましたが、周囲はそこまでなので」
グレティアーナが発言する。
「でも騎士たちには好かれていましたよ?………お仕事内容は知りませんが、影の騎士団の団長をグレーク様がしたらどうでしょう?」
リディオノーレの突拍子もない発言に兄妹は驚きを露わにした。
「あ、でもグレーク様を取られちゃうとグレイザック様が困りますよね」
リディオノーレはうーーんと考え始めた。
そんな彼女の様子に兄妹は顔を見合わせて苦笑する。
グレイザックが困るのは駄目だし、グレティアーナがしんどいのも嫌だし、でもムナグレークが団長をつとめればアブストールが領主になれるし、とうんうん唸りながら考え込むリディオノーレ。
妥協案が見つからず、彼女は結局諦めた。
「いい案が思い浮かばなかったのですが、私、執務は慣れてるのでそれのご相談には乗れると思います」
リディオノーレが微笑む。
「執務??……リディ、あなた執務しているの!?」
グレティアーナが驚く。
グレティアーナが驚いている訳が分からなくて、リディオノーレは少し首を傾げながら頷いた。
「グレイザック様の後任だ。リディのおかげで大分グレイザック様が執務の面では楽ができている」
ムナグレークが説明する。
「グレイザック様の後釜ですか………。あの方は一体何が見えているのでしょうか」
グレティアーナは息を吐く。
「……てっきり学院の予習などのお勉強で忙しいのだと思っておりました」
「半分半分だな」
ムナグレークが答える。
「では、執務で困れば相談させてもらおうかしら」
「ええ!是非!」
リディオノーレは微笑む。
「私のことはどうだっていいのだけれど、あなたの体調は大丈夫なの?詳しく聞いてもいいのかしら?」
グレティアーナは斬り込む。
「……お話ししたい所なんですが、言ってしまうと死ぬより酷い目に遭うので言えません」
リディオノーレは苦笑しながら答えた。
「………なるほど」
グレティアーナは苦い顔になる。
「では話題を変えましょう。私とアブストールの結婚式には来てくれるかしら?」
その発言にリディオノーレは目を瞬いた。
「行きます!是非行かせてください!!いつですか!?」
今度は目を輝かせて尋ねる。
「リディが入学するまでには挙げる予定です」
「今から楽しみになってきました!」
その言葉を聞いて、リディオノーレは一気に興奮する。
「結婚式に行ったことがないので楽しみです!」
リディオノーレの興奮にムナグレークは苦笑する。
「何かお手伝いできることありますか?」
「そうね。リディに付き添い人をお願いしようと思ってて」
「正気か?」
グレティアーナの発言にムナグレークが驚く。
「ええ。面白いでしょう?」
グレティアーナがからりと笑った。
「………はぁ」
ムナグレークはため息をつく。
「グレイザック様に許可を得ろよ」
「分かっています」
兄妹で話が完結しているので、リディオノーレは慌てて口を挟む。
「付き添い人って何ですか?私がやってもいいんですか?」
「……グレイザック様が許可を出したら、の話です」
ムナグレークが話す。
「出してくれなさそうですか?」
リディオノーレはうるうるとした目で尋ねる。
付き添い人が何か全く分かっていないが、是非参加したい。
「………難しいところではないでしょうか?」
ムナグレークが少し眉間に皺を寄せる。
先程、内通者の話をしていたのだから、グレイザックは警戒をしているだろう。
そんな時にリディオノーレの外出許可が出るだろうか。
ムナグレークの言葉を聞いて、リディオノーレは半泣きになる。
「泣かないで下さい。この件に関しては、グレイザック様から許可をもぎ取って下さい」
ムナグレークは慌てて彼女を宥める。
「……分かりました。頑張ります」
リディオノーレは意気込む。
「……はぁ。グレティアーナ、ややこしいことは御免だ」
ムナグレークは頭を押さえた。
「お兄様も来てくれるでしょう?」
「グレイザック様が許可をくださればな」
「お兄様にはアブストールの付き添い人をお願いするつもりなんですけど」
グレティアーナがムナグレークを見上げながら、おねだりする。
「……っ」
実の妹には弱いのだろう。
ムナグレークが言葉に詰まる。
「……、グ、グレイザック様の許可を得てくれ」
ムナグレークは少し後退りながら答えた。
「…俺が何だって?」
話が終わったグレイザックがやってきて、眉間に皺を寄せて尋ねる。
「お前たち、俺がいない所で俺の話をしすぎだろ。いつも俺の名前が出てる気がするぞ」
グレイザックは呆れた顔で告げる。
「師匠いいところに!」
リディオノーレはそんなグレイザックの様子なんて気にせず、嬉しそうに話しかける。
「リディ待って下さい。正式にグレティアーナが依頼するまで待たないと駄目です」
ムナグレークが止める。
「……分かりました」
リディオノーレは項垂れて引き下がる。
「……何の話だ?」
グレイザックが眉を吊り上げた。
「正式に書状を送りますのでお待ちくださいませ」
グレティアーナが微笑む。
「……嫌な予感がするのは気のせいか?」
グレイザックがムナグレークを見つめる。
ムナグレークはそろーっと視線を逸らす。
グレイザックはグレティアーナを少し見つめ、表情から色々読み取ろうとする。
「グレイザック、グレティアーナを虐めるのはやめてくれ」
アブストールもやってきて仲裁に入る。
「虐めてないだろう」
グレイザックは心外な、という顔をする。
「お前は怖いからそう見えるんだ。ほら、飲め」
アブストールはそう言ってグレイザックに酒を渡す。
グレイザックは怪訝に思いながらも酒をあおった。
「リディオノーレ様、天馬合戦の条件が決まりました」
アブストールが話題を変え、リディオノーレに話しかける。
「!!はい!聞きます!」
リディオノーレは目を輝かせてアブストールを見つめる。
「1回目は攻撃魔法だけなしで4対10の試合。2回目は学院と同様、杖を武器に変えての試合。術を唱えてはいけません。これは4対4でします。そして、3回目は攻撃魔法も何でもありの4対20です」
アブストールが指を一本ずつ立てながら説明してくれる。
「人数差ありますね……」
リディオノーレは少し唸った。
夕食前の天馬合戦の様子だと、かなり腕が上がっていた印象だった。
勝てるか微妙だ。
「その代わり、そちらが勝てば1試合毎に素材庫にある素材を3種類あげます」
その言葉にリディオノーレは目を輝かせた。
「但し、そちらが負けたら1試合毎に改良した魔法陣を1つ無償で教えてください」
リディオノーレはグレイザックを見た。
これは彼女が勝手に許可できる内容ではない。
「既にグレイザックからは許可を得ている」
アブストールはにやりと笑った。
「なら構いません」
リディオノーレは少し驚きながらも頷いた。
「では、そういうことでお願い致します」
天馬合戦の予定が決まり、会食が終わるとリディオノーレはバルデミアンを連れて早速図書室から本を借りて読んだりと合戦の対策をし始めた。
グレイザックは本来の仕事をこなしながら、就寝前はリディオノーレの魔法の進捗状況を見たりと何やら色々と考えてこんでいるようだった。
因みに師弟2人は同室で寝る。
寝台は別だが。
「楽しみですね、天馬合戦」
術の本を読みあさりながら、リディオノーレは話しかけた。
「お前がそこまでのめり込むとは思わなかった」
グレイザックはグレイザックで書類を読みあさりながら答える。
「別にのめり込んではないですよ。勝ったら色々貰えるからやるんです。アラウィリア特産の素材は欲しいですし」
「それには同感だが、まさかそこまで楽しそうだとは」
グレイザックは息を吐く。
「そこまで出来たら、学院で合戦の申し込みが絶えないぞ。出し惜しみしとけよ」
グレイザックは注意を促す。
「学生相手ですから手加減はしますよ。しかも魔法なしですよね?武器の天馬合戦は私弱いので、恐らく全然出来ないですよ」
リディオノーレは肩をすくめる。
魔法は得意だが、武器の扱いはまだまだだ。
「流したい所に魔力を流せるから、力で押し勝とうと思えば出来る。騎士相手には通用しないだろうが、学生相手なら通用するだろう」
「そんなもんですか?」
「ああ。お前ほど魔力操作出来る奴はいないだろう」
急な褒め言葉に表情を崩すリディオノーレ。
「気持ち悪いな。とりあえず、寝ろ。お前は天馬合戦の対策のことだけ考えておけ。あまり無茶はしないように」
「分かってます」
「まあ好きにやってみろ。もし負けたときの改良の魔法陣に関しては、闇と転移のどちらかなら教えても良い」
「分かりました」
リディオノーレは頷き、本を閉じて布団に潜る。
「………期待している」
グレイザックは最後にそう呟いて、自分も布団に入る。
その言葉を聞いて、リディオノーレは俄然やる気が湧いてきたのだった。




