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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り

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噂と魔力の流し方




リディオノーレは言われた通り、ひと月以内には歩けるようになった。

歩けるようになったとは言っても距離は短いが。すぐに息切れしてしまうので休憩をしてしまうが、休み休みなら何とか支えなしでも行けるようになった。


「本、読みたいです」

リディオノーレは朝から隣室のグレイザックの机の前で腰に手を当てながらそう言った。


「………他に言うことがあるだろう」

グレイザックはため息をつきながらアラウィリアの本を引き出しから取り出した。


本を見てリディオノーレは目を輝かす。

早速彼女は手を伸ばしたが、グレイザックにはたかれる。


「朝食を食べてからだ」

「……はぁい」

リディオノーレはしゅんとしながら手を引っ込めた。


彼女は手伝いの人が来るまでに空いている席で食事をとり、部屋に戻って嬉々としてアラウィリアの本を読み始めた。

こうなると何も音が聞こえなくなるリディオノーレのことは置いといて、グレイザックはあらゆる招待状の束をどうするか考えていた。


王妃に話しかけられたが故にグレイザックもかなりの招待を受けている。

領主会議からもう早5ヶ月だ。

そろそろ招待に応じないと限界であるが、リディオノーレを置いてまだ離れることができない。

犯人が見つかっていない今、しかも自領に犯人がいる可能性があるのにアインズビルを離れるのは渋られる。


「アブストール様からの督促の手紙がすごすぎます」

サムエルが手紙の量を見て嘆く。

旧知の間柄だと言って放置したままのツケがまわってきている。


グレティアーナからはリディオノーレ宛てに1ヶ月に1回定期的に来ていたので、グレイザックが代理で返信しているのにアブストールには返信しないものだから今や週一で手紙が来ている。


「燃やしてしまえ」

グレイザックはいつもそう言う。

だが、サムエルは流石にそんなことは出来ないので保管している日々である。

2ヶ月目辺りからグレイザックは中身さえ読まなくなった。


「ですが、これは如何なものかと」

いつもはアラウィリアの紋章の封蝋が押してあるのだが、今回来た手紙はアラウィリア騎士団の紋章が押してある。

差出人はアブストールで間違いないのだが、これは内容が違う手紙である。


サムエルはそれをグレイザックに渡す。

グレイザックは表情を変えずに封を開けた。


「………」

中身を検めるとグレイザックはサムエルにも渡して見せた。

読み終わったサムエルは少し緊張した面持ちになる。


「………何故、ナックルンドでカルムクラインの生き残りの話が出ているのですか」

サムエルの目が怖くなる。

「ナックルンドに潜入させている影の騎士団の話だと、あちこちでその生き残りが瀕死だと噂されているようだな」

グレイザックは不穏に笑った。


「リディを攻撃したのは完全にナックルンドの者ですね」

「どこかに内通者がいるんだろう」

グレイザックは唇の端を上げる。

「面白い」

その言葉にサムエルは眉間に皺を寄せた。


「流石にこれだけリディが顔を見せなかったら瀕死だと思うだろうな」

グレイザックは背もたれにもたれかかり、腕を組む。

「解毒薬をつくっておいたグレイザック様が恐ろしいですけどね」

先見の明がありすぎる。

たくさん素材を集めていた覚えはあるが、あれがそのための素材だと分かる者はいないだろう。


「さあ、どうやって追い詰めるか」

何故か楽しそうなグレイザック。

リディオノーレの部屋へと続く開け放たれている扉を一瞥すると、グレイザックはにやりとした。


「リディに関してはいつ解禁するのですか?」

「今年の終わりだな」

その言葉にサムエルは驚く。

「まだまだ先のことじゃないですか」

「今年の視察の際、リディも連れて行く」

サムエルはまた驚く。


リディオノーレは毒で寝ている間にアインズビルに来て2年目に突入した。

グレイザックの予定では、2年目は執務と勉強に明け暮れる1年であったらしい。執務の半分を委ねるつもりだったので、大誤算ではある。

その2年目がもう佳境にさしかかっているのだから、グレイザックの内心ははらわたが煮えくり返る思いだろう。


とりあえずは、リディオノーレに読書をさせることによって予習させている状態である。

天馬合戦の為の武器の練習も延期になって、かなり予定が狂っているのは確かだ。


「元々、この間の視察に連れて行くつもりだったんだ。ウィスナビアについでに墓参りに行く予定だったしな」

グレイザックは息を吐く。


「だから今年の視察で他領にリディを披露する。それまではリディの生死は謎のままにする予定だ」

にやりとするグレイザック。

「俺の弟子だということを思い知らせてやる」

彼は唇の端を上げた。


どうやら相当可愛がられているということを周知させるつもりらしい。

もしかしたら天馬合戦などをして、実力を見せつけるつもりかもしれない。

おおいに有り得る。

サムエルは心中で苦笑した。


そんなことを知らないリディオノーレも可哀想だが、天馬合戦は嬉々として参戦しそうなので放っておいても大丈夫そうだ。


でもそんなことをしたら、悪辣非道の弟子という二つ名が更に浸透しそうだが。


「………ほどほどにしてくださいね」

サムエルはそうとしか言えなかった。


「そんなわけがなかろう」

グレイザックは、ふ、と笑うとリディオノーレの部屋を一瞥する。


長椅子にうつ伏せになって読書に集中しているようだ。

機嫌がいいのか、足がぴこぴこたまに動いているのが面白い。


「……仕事するか」

グレイザックは1回伸びをした。







数日後からリディオノーレは、執務を少しずつ手伝うことになった。

字を書けるほど腕の筋肉がまだ戻っていないので、仕分けくらいしか出来ないのだが。


「少しでいいから使いたい体の部分に魔力を流して生活してみろ。だが、流しすぎるな。反動が来るぞ。微妙で繊細な調整をしてみろ」

そんなグレイザックの助言通り、リディオノーレは力を入れたいところにだけ最低限の魔力を流す、という生活を始めた。


お風呂もそのおかげで入れるようになったのはありがたい。

そして少しずつだが、授業も再開した。

するのは夕食後に彼女の部屋で、である。

まだ彼女がうろつけるのは自室と隣室のグレイザックの部屋のみだから。


「素材に関して、覚えているか聞くぞ」

グレイザックはあまり有名じゃないものばかり問題を出してきた。

「……なんで、そんなやつばっかり聞くんですか……」

リディオノーレは唇を尖らせながら少し愚痴った。


「分からないのか?」

グレイザックはにやりと笑う。

その顔をされると彼女は少し腹が立って挑発に乗ってしまう。


「……んなわけないじゃないですかっ」

リディオノーレは記憶を必死に辿りながら様々な質問に答えた。

相変わらずよく覚えてるな、とグレイザックは満足そうに言うと、呪文の練習になった。


「やっと、杖を使ってもいいんですか!?」

リディオノーレはとても嬉しそうな顔をする。

「少しずつだがな。お前の体調を見ながらになるが」

グレイザックはそう答え、一度彼女の額に手を当てる。

本当に過保護である。


「魔法陣を使わない呪文からだ」

グレイザックは本や資料もなしに教えていく。

「遠視は覚えているか」

「覚えています。……イペリシュトロピア」

答えを聞くと満足げな顔をするグレイザック。

その顔をされるとリディオノーレは嬉しくなる。


「加熱は知ってるか」

「加熱……?」

なかなか使う機会がなさそうだし、ピンと来なかったので覚えていなかった。

「呪文はシュエンテ」

グレイザックはそう言って、振り方も教える。


「……いつ使うんですか?」

加熱と聞くと、料理のときしか思いつかない。

リディオノーレは首を傾げる。

その質問にグレイザックは意地悪く笑う。


「水を火で相殺するのでなく、加熱で蒸発させることもできるぞ」

その言葉にリディオノーレは目を見張って驚いた。

「なるほど。それなら魔法陣なしで発動できるんですね!」

魔法陣なしの方がありがたい。

天馬合戦ではどれだけ魔法陣を省略できるかが鍵だと彼女は思っている。


「ちょっと待ってろ」

グレイザックは杯を出して、そこに水を満たす。

「これを加熱してみせろ」

グレイザックは杯をリディオノーレの前に置く。

彼女は杖を取り出して、「シュエンテ」と唱えた。


力を入れすぎたのだろうか、すぐに蒸発してなくなった。


「………」

あっという間に蒸発したのを見て、リディオノーレは目を瞬く。

「違う」

グレイザックは彼女を見つめる。

「リディ、今なら魔力の流し方を調整出来るだろ」

グレイザックはそう言ってもう一度杯に水を張る。


「……言ってること、分かるな?」

グレイザックの問いにリディオノーレは頷く。

力を入れたい所だけに魔力を流して生活していた。流しすぎないよう注意もしていたし、反動が来ないように調整していた。

結構繊細な魔力の流し方を出来るようになったと自負している。


「シュエンテ」

彼女は唱えても杖から魔力を流し続けた。

一気に加熱させるのではなく、ブクブクとゆっくり温まるように。


「………上出来だ」

半分くらいの水がなくなった所で、グレイザックは止めさせた。

「今日はここまでだ。この微調整を忘れるな。お前は今回で魔力がまた増えた。力一杯唱えることがないように気を付けろ」

「分かりました」

「……よくやった」

グレイザックは片付けるために立ち上がり、その際に彼女の頭をひと撫でする。


撫でられると、リディオノーレは嬉しそうな顔をする。


「あ」

グレイザックはそう呟いて、手を頭から額に移動させ、次は首にも手を当て熱を測る。

「……大丈夫だな」

グレイザックは安心すると片付けを始めた。


本当に過保護である。





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