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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り

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信じられる相手




大分回復してきたリディオノーレ。

あれから半月。


食事の量も増え、1人で食べ切れるようになった。

そして、立つ練習も始めた。壁に体重をかけながら、ゆっくりだが歩を進める。


グレイザックの部屋へと続く扉は寝る時以外開放されているので、ゆっくりとだがそちらに向かって壁伝いに歩く。


グレイザックの部屋で執務をしていたフェルバールが彼女を見て素早く立ち上がる。

それに対して、グレイザックは手をあげるだけで制する。


彼はジッとリディオノーレを見つめ、歩いてくるのを待つ。

かなり時間がかかったが、無事グレイザックの元にたどり着いたリディオノーレ。

サムエルがそれまでに彼の隣に椅子を用意してくれていたので、そこに腰を下ろす。


「疲れたろう」

グレイザックは労い、水を渡す。

「ちょっとずつでいいんだぞ」

グレイザックは呆れたように言って、額を弾く。

「早くアラウィリアの本を読みたいんです」

リディオノーレは唇を尖らせながら返事する。


「相変わらず本が好きですね」

フェルバールは苦笑しながら口を挟んだ。

「フェルバール、そこの端の本棚の上から順に2冊ほど取ってくれ」

グレイザックの指示通りに本を2冊抜き取ると、フェルバールは彼に渡す。


「ほら。これでも読んでおけ。本はこの机に置いたままでいいからゆっくり読め」

グレイザックは少し右に寄って、左に座るリディオノーレが本を置けるところを確保する。


細かい気遣いにフェルバールは見ていていつも感心する。

この気遣いを他の女性にもできたら、余計モテるんだろうな、とフェルバールは羨む。

あの格好いい顔にあの気遣い。

結婚相手なら申し分ないし、自慢の相手だ。


「……回復薬を色んな素材で試したんですか」

リディオノーレは興味深そうにグレイザックの資料を読み進めながら、そう口を開いた。


グレイザックは執務から顔を上げることなく答える。


「当たり前だろう。回復の基本素材に似た素材はたくさんあるんだから、試さないといけないだろう」

試さないといけないことはないんだが、とフェルバールは内心突っ込む。


「そうですよね。効果がどう変わるのか気になりますし」

リディオノーレが同意する。

この師弟の考えがおかしいことには、フェルバールも大分慣れてきた。

一般人は回復薬はこの素材で調合するんだと習うのだから、その通りに調合するだけである。


「お前もアラウィリアでの天馬合戦のために面白い調合をしていたではないか」

グレイザックはにやりとして、彼女を一瞥した。

「だって、ある素材で調合するにはああするしかなかったですし」

「よく考えついたな」

「色んな本を参考にさせてもらいました」

リディオノーレもにやりと笑う。


「あの試合は面白かったな」

グレイザックが少し思い出に浸るように目を伏せた。

「……面白いというよりは、ハラハラでしたが」

フェルバールは口を挟んだ。

あの時の天馬合戦が面白いと思われたら、毎回あんな試合をされるということだ。

そんなものたまったものじゃない。


「楽しかったですよー!あんなガッツリ攻撃魔法を使えるなんて思ってなかったですし」

リディオノーレは唇を尖らせながら答えた。

「後者には全面同感です」

フェルバールが言う。

「ええーーー。楽しかったですよ。ね、師匠」

リディオノーレは話しかける。


「そうだな。それが分からないとは、フェルバールはまだまだだな」

グレイザックは唇の端を上げ、嘲笑する。

嘲笑され、フェルバールは、う、と呻く。

何故か自分の方がおかしいように言われていることに納得がいかない。


「フェルバール様、何を言っても負けますのでここらでやめといた方が」

サムエルが苦笑いしながら口を挟んだ。

「……そうですね」

フェルバールは大人しく引き下がった。


言っても無駄なことはもう分かっている。

思考が違うのだから、仕方ない。


リディオノーレはじっくりと資料を読み、他の者は執務に励む。

昼の鐘が鳴り、フェルバールは食堂で昼食を摂ると言って部屋を出た。


正直なところ、あまりグレイザックとリディオノーレの甘々な雰囲気を見ていられるほど大人ではないのだ。

サムエルは年齢のせいもあって、達観というか諦観しているところがあるので一緒にいられるらしいが。


食事を摂りながら、グレイザックは口を開く。


「お前が目覚めたことは俺とサムエルと義兄上と護衛騎士の2人しか知らない」

「……グレーク様も知らないんですか?」

リディオノーレは驚く。

ちびちびと食事を摂るので、なかなか終わらない。


「ああ。言っていない」

当たり前のように答えるグレイザック。

「どうしてですか」

「あいつは言わなくても何となく察するから放っておいて大丈夫だ。お前の姿を見ても驚くことなく、受け入れてくれるだろうさ」

信頼故の放置らしい。


「お前も何も喋るなよ。……何もだ」

「喋るな、って言ったって私まだここから出られないですもん」

まだ彼女の自室と隣のグレイザックの部屋くらいしか行けない。歩き回れないのだから、誰に会うこともない。


リディオノーレの部屋は結界が張ってあるままだし、グレイザックの部屋は許可した者しか入れないようになっている。


「元気になってからも何も言うなよ。病気だったことにしておけ」

「分かりました」

最後の一口を飲み込むと、リディオノーレは頷いた。


「リディ」

グレイザックが彼女の名を呼ぶ。

少し真剣な口調でだ。

リディオノーレは目を瞬きながら、彼の方を向く。


「お前が信じていいのは、俺とサムエルだけだ。他は信じるな」

「……………」

グレイザックの真意が分かりかねるリディオノーレは、彼をまっすぐ見つめたまま。

どういう意味なのだろうか。


3人分の食器を片付けてくれていたサムエルもその言葉に手を止めて、グレイザックを見つめる。


「誰が敵か分からない状態でペラペラと喋るなよ」

「……………」

リディオノーレはまだ少し考え、ゆっくりと口を開いた。

「アインズビルに敵がいると考えてるんですか」

彼女はまっすぐグレイザックを見つめる。

サムエルもじっとグレイザックの言葉を待っている。彼の言葉はそういう意味にしか聞こえないからだ。


「………断定はできん。何も証拠はない」

グレイザックはそう答えた。

「でも、グレイザック様はその可能性があると?」

サムエルが口を挟んだ。

「ゼロではないだろう」

グレイザックは明言を避ける。

「……ムナグレーク様、フェルバール様、バルデミアン様や領主さまも、ですか?」

リディオノーレは尋ねた。


その質問にグレイザックは一度目を伏せ、唇を引き結ぶ。

そして、ゆっくりと目を開き、口を開いた。


「俺のことを信じるか、フェルバール達への友情をとるか、どっちだ」

「グレイザック様でしょう」

リディオノーレは食い気味に即答した。

その答えにグレイザックは満足げに頷く。

サムエルは苦笑いだ。


「なら俺の言葉だけを信じろ」

そして、続ける。

「敵を炙り出すには、味方からだ」

「それでは味方が少なすぎませんか」

リディオノーレは不安げに尋ねた。


「別にフェルバール達を信頼していないわけではない。だが、情報は極力抑えておくべきだ。絶対に口外してはならないことは血判証明をしているが、全てのことを血判証明するのは得策ではない」


血判証明を結んでいるのはグレイザック、リディオノーレ、サムエル、フェルバール、バルデミアン、そしてライリルムントの6人だ。

口外したが最後、二度と喋れない呪いがかかる。

想像の通り、グレイザックがつくった血判証明だ。


「今のお前は、死んでいるかもしれない状態となっている。あまりにも顔を見せないので、難病にでもかかったのではないかとな」

「……そこまで間違ってませんけどね」

リディオノーレは呟いた。

「俺はお前が生きているのをギリギリまでバラすつもりはない。犯人には、お前が死んだと思わせるか瀕死であると思ってもらった方が都合が良い」

その言葉にごくりと唾を飲み込むリディオノーレ。


「今お前が目覚めていることを知っているのは、俺とサムエルとフェルバール、バルデミアン、ライリルムントだ。目覚めている噂が流れたら、この内の誰かが犯人だ」

領主のことを義兄と言わずに呼び捨てにした。

それだけで、敵の内の1人と認識していることは確かだ。


「だからお前は、俺も疑うべきだがな」

グレイザックは唇の端を上げて笑った。

「疑った方がいいですか?」

リディオノーレは苦笑しながら少し首を傾げた。

「…好きにしろ」

グレイザックも苦笑した。


「とりあえず、お前は俺の目の届く範囲にいればそれでどうにかなる。今のお前の優先事項は、体力を戻すこと」

グレイザックは彼女の額を弾いた。

「あまり手間取ってると学院の予習をする時間がなくなるぞ」

その言葉に慌てるリディオノーレ。

「それは駄目ですね!頑張ります!」

拳を掲げる。


「まずは、あなたの体調からですよ」

サムエルは苦笑いになりながら突っ込んだ。

「ししょ〜〜〜、今日も洗浄魔法いいですか」

リディオノーレはお願いする。

体力を戻すには寝て食べて、寝て食べて、寝て食べるのが1番だ。

そして、彼女にはお風呂に入る体力もない。なので、洗浄魔法をかけることで体をサッパリさせる。


だが、彼女は魔法を使うのを今禁じられている。

まだ魔力が全快していないのに使うと、治りが余計に遅くなるらしい。


「ん」

グレイザックは杖を抜くと、素早く呪文を唱えた。

いつもあっという間に唱えてしまうので、お願いをした瞬間に鼻をつまむのを学習したリディオノーレ。


「ぷはっ」

「さあ、もう寝ろ」

グレイザックはリディオノーレの手を取り、彼女の速度に合わせて部屋に連れて行ってくれる。


彼女を寝台に寝かせたら、グレイザックとサムエルは隣室に戻る。

食事をとるのが遅いリディオノーレに2人は速度を合わせながら食べていた。

少し長い昼休憩を終えて、2人は執務を再開する。


そろそろフェルバールがまた手伝いをしに戻ってくるはずだ。

彼もまた、3人の憩いの時間を邪魔しないように気を遣っていた。

だが、戻るのが遅すぎるとそれはそれでまた怒られるので、かなり繊細な時間調整が必要であるのは言うまでもない。






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