アリウォーナ
リディオノーレが毒で倒れている間に魔術学院に入学していたシャーリネーヴェは、入学早々女子寮寮監であるアリウォーナに捕まっていた。
「シャーリネーヴェ様、グレイザックが弟子を取ったと聞いたのですが、本当なのですか」
寮監に急に呼び出されるものだからシャーリネーヴェは緊張していたが、想定外の話だったので驚いた。
「……よくご存知ですね」
シャーリネーヴェは苦笑しながら答えた。
「アラウィリアでの天馬合戦は噂になっておりますよ」
アリウォーナは微笑んだ。
黒髪をうなじでお団子にし、黒縁眼鏡をかけた堅物そうに見える女性教師なのだが、見た目と違い茶目っ気があるようだった。
「わたくし、そのお話はよく知らないのです」
シャーリネーヴェは答える。
「あら、是非、お聞かせしましょう」
アリウォーナは満面の笑みで語り始めた。
「………先生、よく、分かりました。分かりましたから。それもう何回目でしょうか……」
シャーリネーヴェはぐったりして突っ込んだ。
同じ話は頑張って3回くらいなら聞いていられるが、流石にその倍となるとしんどい。
「あら、そうでしたか。ですが、入学前にそれだけ魔法を使いこなせるとは将来有望ですね」
アリウォーナはニタニタしている。
外見とその興奮状態が合っていなくて、正直気持ち悪い。
そう思ったのはシャーリネーヴェだけではないだろう。
彼女の側近も少し引き攣った顔をしている。
「では、この話はまた後日語ることにしましょう」
アリウォーナはにこりと微笑んだ。
そして、ある時は授業の終了後に「シャーリネーヴェ様。グレイザックの女性嫌いが治ったのですか?」
呼びかけてその次にはそんなことを聞くものだから、シャーリネーヴェはため息をついた。
「どうなのでしょうか。リディ………こほん、弟子には優しいようですが」
シャーリネーヴェはそう答え、言葉を続けた。
「ですが、授業内容は常軌を逸しています」
「グレイザックの授業についてこれる弟子なのですか」
アリウォーナはそれはそれは興味深そうに身を乗り出して尋ねる。
「わたくしは身を持って知っていますので、あの師弟は規格外だと断言できます」
シャーリネーヴェは苦笑いになる。
「一体、何の授業をしたのです?」
アリウォーナの興味を惹いてしまったことに後悔するシャーリネーヴェ。
これは洗いざらい話さないと解放してくれないだろう。
覚悟を決めたシャーリネーヴェは、アリウォーナの質問にひたすら答えたのだった。
また別の日には「その弟子は一体どのような娘なのです?」と廊下を歩くシャーリネーヴェの隣に並んでくるアリウォーナ。
「妹のようなものですよ」
「随分と仲が良いのですね」
驚いた様子を見せるアリウォーナ。
そんなことより、教師と歩いている方が目立っていてシャーリネーヴェはため息をついてしまう。
「勿論仲良しです。良い子ですよ」
シャーリネーヴェは微笑む。
「どう良い子なのです?どんな性格なのですか?もっと詳しく」
アリウォーナが急かす。
はぁ、とシャーリネーヴェはまたため息をつく。
余計なことをまた言ってしまったようだ。
でもシャーリネーヴェはそろそろ反撃を覚えた。
「とっても良い子なのですよ。わたくしのことをお姉様と呼んでくれるのです」
シャーリネーヴェは微笑む。
「それとそれと………」
彼女は言葉を続ける。
リディオノーレがどれだけ良い子か語る。
魔法の話題は極力避けて。
シャーリネーヴェがひたすら語っているのにアリウォーナはうんうんと頷きながら尋ねてくる。
たまに質問を挟みながら。
どうやらリディオノーレの話題ならいくらでも聞いていられるらしい。繰り返し同じ話をしても嬉しそうに聞いている。
シャーリネーヴェは諦めた。
「………して、その弟子はいつ入学するのです?」
「2年後です。わたくしが上級生になるときに入学してきます」
「ほお」
アリウォーナは満面の笑みになる。
「それはそれは楽しみですね」
「………いじめないでくださいませね」
シャーリネーヴェはちら、とアリウォーナを見上げた。
「あら、いじめませんわよ。グレイザックの弟子ですからどうせ研究や実験が好きでしょう?」
アリウォーナは唇の端を上げる。
「………否定ができない所が悔しいですわね」
シャーリネーヴェは苦笑いで答えた。
「そう言えば、杖の魔石は何です?」
「………変なところが気になるのですね」
「魔力量は大事でしょう?グレイザックの弟子ですから、ある程度の魔力量が見込めますし」
「……まだ杖を持っていなかったはずです」
シャーリネーヴェは思い出しながら答えた。
「あのグレイザックが杖を渡していない?どうやって、天馬合戦などを行うのですか」
その事実にアリウォーナは目を見張る。
「………あの子は、自分で調合していたはずです」
その答えにアリウォーナはにやりと笑った。
「ほぉ。面白いですね。調合まで出来るのですか」
学院に来たら何を手伝ってもらおうか、とぶつぶつ呟くアリウォーナ。
「グレイザック様に手紙でも出して聞いてみたらどうですか?」
シャーリネーヴェがふと提案する。
後ろに控えている側近がうんうん、と頷いている。
彼女の提案にアリウォーナは一瞬で苦い顔になった。
「あなた様はあのグレイザックが手紙を返してくれると思っていらっしゃるのですか?」
「でも、学院時代は先生と仲が良かったとお聞きしていますよ?」
シャーリネーヴェが少し首を傾げた。
そんなシャーリネーヴェの様子にアリウォーナはため息をついた。
「では、その弟子に手紙を出せば返ってくるかしら?」
その質問にシャーリネーヴェは側近と目を合わせた。
何と答えたらいいだろう。
その2人の様子にアリウォーナはふむ、と考えこんだ。
「……何やら事情があるようですね」
「……是非、一度先生からも手紙を書いてみてください」
シャーリネーヴェは苦笑しながら答えた。
自分もリディオノーレの状況を知りたいのだ。
情報が手に入るなら、何処からでも良い。
「そうですね。……書いてみましょうか」
アリウォーナはにやりと笑った。
その宣言通り、アリウォーナはグレイザックに連絡を取ることにした。卒業以来である。
そして、何とグレイザックから手紙が返ってきて目を見張った。
お茶を飲みながら書状を整理していたときだったので、驚いてお茶をこぼしてしまった。
慌てて拭いて、封を切る。
綺麗に拭いたつもりだったが、染みになってしまった。
中身には簡単に一言。
「……楽しみにしておけ、ですか」
アリウォーナは笑ってしまった。
何だそれは。簡潔すぎるし、相変わらず尊大だし、全然意味が分からない。
でも元気にしているのが分かった。
それだけでアリウォーナは安堵した。
あれほど女性嫌いで有名なグレイザックが女の弟子を取ったものだから、心配していたのだ。
卒業してから何も連絡を寄越さないし、近況が全く分からない状態でカルムクラインの粛清に関わっていると噂があったし、本当に一体何をしているのか。
しかも領主会議でその弟子が王子の嫁候補に名前が一瞬上がったと噂になっていた。
どれだけ大人しくできないのか。
それとも弟子が暴れているのか。
アラウィリアの天馬合戦くらいしか情報が入ってこないのだ。
他は殆ど伏せられている。浸透しているのは、変な二つ名ばかりだ。
それっぽいな、と思った二つ名は「鬼畜師匠の弟子は悪辣非道」だ。弟子に会ったことはないが、多分これが1番その通りだと思っているアリウォーナ。
入学してくるのが楽しみである。
まだ先の話だというのにワクワクが止められないのは何故だろうか。
アリウォーナは興奮状態のまま筆をとり、グレイザックにまた手紙を出した。
だが、今度返ってきたのは年度終わりの視察前の時期に何とリディオノーレから手紙が来て、また驚いてお茶をこぼしたのだった。




