目覚め
日が昇る前にサムエルに叩き起こされたグレイザックは、リディオノーレの部屋に敷いてある転移陣から王宮へ転移した。
王宮へと戻ったグレイザックは、すぐにライリルムントの元へ向かう。
朝早いにも関わらず起きていたライリルムントに驚くグレイザックだったが、ライリルムントの方がグレイザックを見て驚いていた。
「………機嫌がいいではないか」
ライリルムントはグレイザックを上から下まで見た後、そう口を開いた。
魔力の漏れが消えている。
「ええ。………詳しいことは言えませんが、3ヶ月後に目覚めます」
グレイザックはそれだけ言って、自室に戻って行った。
「………はっ。報告が簡潔すぎるだろう」
グレイザックが出た扉を見て、ライリルムントは思わず笑った。
「……あぁ、これでグレイが落ち着く」
ライリルムントは息を吐いた。
やっと。
リディオノーレはもうグレイザックの中では欠かせない存在となっているようだった。
領主会議が終わりに近付き、グレイザックは内心で息を吐いた。
やっと終わる。
こんな退屈な領主会議、時間の無駄だと思っているグレイザックは早く帰りたくて仕方がない。
「では、これにて領主会議はお開きとしよう」
国王がそう述べたことで、参加していた者全員が息を吐いたのが分かった。
領主たちと言えど、王族と接するのは疲れる。
「私からひとつ、よろしいかしら」
王妃がゆっくりと口を開いた。
何事かと、参加者が王妃を見つめる。
「………アインズビルのグレイザック」
王妃がグレイザックの名を呼んだ。
参加者が驚いて、彼を見つめる。
グレイザックは内心で舌打ちをし、王妃を見つめ返す。
「何でしょうか、王妃殿下」
「その知略、末は宰相でもおかしくない」
王妃は扇で口元を隠しながら話し始める。
「……買い被りすぎです」
グレイザックは目を伏せて答えた。
「謙遜するでない。その頭脳、こちらに来て使う気はないか」
王妃がまっすぐ彼を見つめる。
その言葉にグレイザック以外が息を呑んだ。
そして当の本人は内心鬱陶しいとしか思っていなかった。
ものすごい名誉なことだが、王妃が言っているのは王宮に来いということだ。
だが、今の王族で未婚なのは王子のみだ。
男のグレイザックでは嫁げない。
ということは、現王子の側近にでもなれということだろう。
「………大変申し訳ありませんが、私にはまだ未成年の弟子がいます故」
グレイザックは丁重に断る。
「……カルムクラインの生き残りですか」
王妃は目を少し細めた。
「私の愛弟子でございます」
グレイザックはまっすぐ見つめ返した。
カルムクラインの粛清の件の報告では、なるべくリディオノーレのことを話題に出さないようしていたのに最後の最後で言いやがって、とグレイザックは内心悪態をついていた。
「その者が成人したら考えてくれますか」
「……………覚えては、おきましょう」
グレイザックは仕方なくそう答えた。
「そなたの弟子は、有望なのですか」
王妃がまだ尋ねる。
それに対し、グレイザックは社交用の貼り付けた笑みを見せている。それが社交用だと気付いているのはアインズビルの者だけだが。
その笑みを見て、他の参加者たちはグレイザックの弟子は見所があると理解した。
だが、ライリルムントとザファムートはリディオノーレの話を振るな、と内心冷や冷やしている。
「……あと丸2年過ぎましたら、入学します」
グレイザックは答えた。
「………有望なようですね。カルムクラインの者でなければ、王子に嫁がせたのですが」
王妃は扇を閉じて、手の平に打ち付け、唇の端を上げてそう答えた。
その言葉に周囲が一気にざわめく。
王妃に王子の嫁候補として上がるくらい有望と言われたグレイザックの弟子。交友していて損はない、と皆が思っているだろう。
グレイザックは内心舌打ちする。
リディオノーレに興味を持った輩が増えたことに嫌気がさす。
だが、表情に出ないところは流石である。
「賢明な判断でございます」
粛清の領地の者を王族に嫁がせるなど言語道断だろう。
しかし、精霊師であることがバレればその考えはひっくり返るが。
「…………入学後、一度会いに行こうかしら」
王妃は、ふ、と笑う。
その言葉にグレイザックの眉が僅かに動いた。
「……流石に皆が驚くことと存じます」
グレイザックは控えめに断ってみせた。
王妃が学院にやってくるとなると、リディオノーレだけではなく、周囲も困惑するだろう。
「でしょうね。……まあ良いわ。アインズビルのグレイザック。よくよく考えておきなさい」
王妃は笑顔を見せる。
グレイザックは目を伏せ、静かに頭を下げた。
此度の領主会議は10日にかけて行われ、グレイザックの名声が上がると共に、弟子であるリディオノーレの名が知れ渡るものとなった。
会議の最後にわざわざ王妃自ら個人的なことを話しかけるといった前代未聞のことがあり、その噂はあっという間に国内を駆け巡る。
そして、この領主会議を機にリディオノーレへの招待状が増えることとなり、グレイザックがまた機嫌を悪くしたのは言うまでもない。
3ヶ月が経つ1週間前後、いつリディオノーレが目覚めてもいいようにグレイザックは様々な準備をしていた。
色んな薬を調合したり、執務をあける日が多くなったので、護衛騎士の2人はよく駆り出される羽目になった。
めんどくさい招待状なんて返信するのはフェルバールとバルデミアンの仕事になっていた。
ムナグレークとサムエルは、グレイザックの代わりに執務をこなし続けていた。
そして、グレイザックはリディオノーレの部屋にこもり続ける。
一挙手一投足を見逃さないように。
ぴく、と彼女の瞼が動いたのを見てグレイザックは慌てて腰を上げた。
「リディっ!!!!!」
グレイザックが叫ぶ。
その声に隣室に控えていたフェルバール達が扉に手をかける。
「〜〜〜っ!!!」
フェルバールは結界に阻まれ痛さに呻く。
サムエルが代わりに扉を開け放ち、結界の外から様子を見守る。
リディオノーレはゆっくりと瞼を開けた。
本当にゆっくりと。
その開いた瞬間に、グレイザックは目薬を素早くさす。
「っ!!」
少しゆっくり目を瞬くと、リディオノーレはグレイザックと目が合った。
グレイザックは困ったように眉尻を下げ、だが嬉しそうに口を開いた。
「おはよう、リディ」
夜だったが、グレイザックはそう告げた。
「………お、はよ、う、ござ、い、ます」
リディオノーレは微笑みながらゆっくり喋った。
なかなか上手に言えなくて戸惑うリディオノーレ。
グレイザックは頬を撫でる。
優しく、ゆっくりと。
「隈、が、すごい、ですよ」
リディオノーレはくすぐったがりながら、グレイザックを見てそう述べた。
その言葉に聞いていた全員が苦笑する。
「俺の心配をする前に自分の心配をしろ」
グレイザックは優しく額を弾くと、彼女の体を支えて上半身を起こしてやる。
全然力の入らない体にリディオノーレは驚愕する。
「サムエル」
グレイザックは彼を部屋に呼ぶ。
「少し支えててくれ。薬を飲ます」
支えをサムエルに交代すると、グレイザックは薬を並べ始める。
「嚥下するのも至難だろうから、最初は少しずつだ」
グレイザックは注射器を使ってまず1つ目の薬を2滴、口に入れてやる。
「ぅえぇ」
リディオノーレは呻く。
何だこの味は。
「次だ」
今度は見たことがある。魔力回復薬だ。
これも2滴、口に入れられる。
「ぅえ」
おかしい。
知っている薬なのに、いつもと味が違う。
「少し薬が馴染んだら、食事にしよう。まだ休んでおけ」
その指示の下、サムエルはゆっくりと彼女を寝かす。
「ありが、とう、ござい、ます」
リディオノーレは礼を言った。
薬を飲む前よりは喋りやすくなっている。
彼女は驚いて目を見張りたかったが、目がそこまで開かなかった。
「流動食を用意している。また後ほど来るから、それまで休め」
グレイザックは彼女の頭を撫でるとサムエルと共に扉を開けたまま、部屋を出た。
結界の外でフェルバールとバルデミアンは、目を潤ませながらずっと控えていた。
「随分と心配かけたな」
グレイザックはフェルバールとバルデミアンの肩にそれぞれ手を置いてそう言った。
「……本当に良うございました」
フェルバールは答えた。
ぐ、と涙をこらえながら。
「お前たちも休め。ただ、リディが目覚めたことはまだ言うな」
グレイザックは2人に釘だけ刺して、食事を取りに向かった。
「執務はまだ手伝ってもらわないといけませんので、それはお忘れなく」
サムエルもにこりと釘を刺して、2人を部屋から出した。
これでとりあえず一安心だ。
サムエルも安堵の息を吐いた。
そして、リディオノーレが目覚めてからまた1ヶ月。
彼女はまだ歩けないでいた。
食事は流動食からお粥になったが、まだそこまで上手に嚥下できないので少しずつしか食べられない。
筋肉も衰えてしまっていて、食事をとるだけで腕が重い。
でも必ず、グレイザックとサムエルが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
文句も言わずに。
そして、あの日何があったのかグレイザックが語ってくれた。
「とりあえず、今後こういったことも見越して、毒にも慣らしていく」
その言葉にリディオノーレは頷いた。
「グレイザック様からもらった、装飾品は、どこですか」
部屋を見渡しても装飾品が入った袋がない。
「………なくなった。あれだけの人混みだったからな」
本当はヤケクソになったグレイザックが踏み潰して壊したのだが。
「………」
リディオノーレは一瞬にして涙目になる。
それにグレイザックは慌てて彼女の頭を撫でる。
「あんなものいくらでも買ってやる」
「………」
リディオノーレは目を潤ませたまま無言で彼を見上げる。
「また行けばいい」
優しくゆっくり撫でてやる。
「本当ですか?」
「ああ。元気になったら行こう」
その言葉にリディオノーレは顔を綻ばす。
「まぁた、仲良くなりましたね」
サムエルが薬と食事を持って部屋に入ってきながら、そう述べた。
本当に恋人じゃないのが不思議なくらい、呆れるほど仲良しである。
「変わらないだろ」
グレイザックはそう答え、リディオノーレは首を傾げていた。
2人の反応にサムエルは苦笑すると、リディオノーレの体をゆっくり起こしてやる。
「そういえば、フェルバール様たちの、贈り物は?」
「きちんと渡しておきましたよ」
サムエルの返事に彼女は安堵の息を吐いた。
「お前は他人のことより、まず自分のことをどうにかしろ」
グレイザックは呆れながら、スプーンを渡す。
「まだまだ体力が戻っていないからな。ここからの訓練が大変だろう」
「また、1から、ですよね」
リディオノーレは唇を尖らせた。
「そうだな。頑張るしかないが、ひと月以内に歩けるようになれば、アラウィリアで写本した本を貸してやろう」
その提案に彼女は目を輝かせた。
そんな彼女の表情にグレイザックは苦笑しながら、水差しで水を飲ませてやる。
「早くよくなれ」
「そうですね。皆もリディに会いたくてたまらないと思いますよ」
「私も会いたい、です」
彼女はごっくん、とご飯を飲み込んで答えた。
「でも」
リディオノーレは続ける。
「この結界から出るの、怖い、です」
その言葉にサムエルは唇を引き結んだ。
殺されかけたのだ。
犯人も見つかっていないのに怖いに決まっている。
そんなサムエルとは反対にグレイザックはにやりと意地悪く笑った。
その久しぶりに見た意地悪い笑顔に、リディオノーレは少し笑ってしまった。
何故か安心できた。
「俺がいるのに怖いのか?」
顔を見て笑われたので、グレイザックは彼女の額を弾きながらそう問うた。
「俺に命預けられるくらい信頼してるんだろ?なら、
心配ないだろうが。俺の元を離れて何処かに行かなければ大丈夫だ」
グレイザックはまた額を弾いた。
その言葉にリディオノーレはまた笑った。
そうだった。グレイザックがいるのだから、何も心配することはない。
リディオノーレは笑顔で頷いた。
「分かれば良い」
グレイザックは満足げに額をもう一度弾き、さあ薬の時間だ、とにやりと笑う。
薬の苦さに最近は悶絶と叫ぶ日々を送っているリディオノーレ。
今もまた、「ぅげーーー!!」と女の子らしくない声を張り上げた。




