視察とグレイザック
リディオノーレが倒れて早1ヶ月半。
彼女が倒れたことをグレイザックとサムエルはひた隠しにした。
彼女のことを聞かれても当たり障りのない回答をする。
グレイザックは領主にだけ話し、もし他領から彼女のことを探る者がいたらそいつが犯人だと告げた。
グレイザックは犯人捜索もしつつ、視察と領主会議の準備に追われる。
ほぼ寝ていない。1日の内に3時間も寝ればマシな毎日を送っていた。
彼はいつ彼女が目覚めてもいいように、自身の部屋と繋がる扉を開け放ったまま自身の部屋で仕事していた。
そして、寝るのは彼女の部屋に運び込んだ長椅子で。
誰にも入れない結界の中、グレイザックはリディオノーレの診察を1日も休んだことはなかった。
どれだけ大事にしているか見ていてよく分かる。
「明日から視察になります」
サムエルは業務報告をする毎日だ。
「……俺は行かん」
グレイザックはそう答えた。
「………誰が代わりに行くのですか」
サムエルは尋ねる。
「……グレークかサムエルでいいだろう」
「いけません。元々決まっていたでしょう」
グレイザックは苛立たしげに舌打ちをした。
「皆いますし、あなた様の強靭な結界があるのですから誰も入ってきませんよ」
「………っ」
それでも嫌そうなグレイザック。
「……視察の間は毎日帰ってくる」
その言葉にサムエルは目を見開いて驚く。
「いけません!視察の場所からここまで帰ってくるとなると寝れないじゃないですか!」
サムエルは声を上げる。
「駄目です。今でも既に睡眠時間を削っているというのにこれ以上はいけません」
これだけはサムエルも譲れないようで強行な態度を見せる。
「……リディがいつ目を覚ますか分からないだろう」
グレイザックは呟く。
「起きる気配があるのですか?いつまでも焦燥と後悔を抱えていては、グレイザック様が倒れてしまいます。これ以上の無理はいけません」
サムエルは言い放つ。
少し魔力で威圧されているのだが、サムエルは頑として譲らない。
流石にこのままではグレイザックが倒れる。本当に。
「……お前は俺の方が大事なのか」
グレイザックはそう言い放つ。魔力の威圧と共に。
「私はグレイザック様の体調が心配です。このままでは本当に倒れます。それではリディが起きたときに怒られますよ」
その言葉にグレイザックは唇を噛む。
彼はダンッ!!と拳を机に打ちつけた。
「……分かった。視察に行く。だが、早めに切り上げて帰ってくる」
「そうしてください。領主会議も控えているのですから」
サムエルは何とか自分の意見が通ったことに胸を撫で下ろした。
そうして、今年の視察は去年と違い、領主ライリルムントとグレイザック、ザファムートとフェルバールの4人で向かった。
ザファムートは去年、身内の喪が入った為に行けなかった為、側近の仕事に長けているサムエルが同行したのだ。
今回同行のフェルバールはグレイザックが早めに切り上げて帰ってくる事を前提とした護衛とこれまで執務仕事で鍛えてきた腕を買われての連行である。
決して、自分から同行を申し出たわけではない。
視察で訪れた他領で会食をしながら、ライリルムントが口を開いた。
「グレイザック、お前全然寝ていないだろう」と。
酒をグレイザックに渡す。
グレイザックはその酒を断る。
「……断酒までしてるのか…」
ライリルムントが眉を吊り上げた。
「隈が酷いぞ」
「知っています」
グレイザックは淡々と返す。
その2人のやりとりをハラハラと見ているザファムートとフェルバール。
いくら異母兄弟とは言え、公の場であそこまで露骨にめんどくさそうな態度を取るグレイザックは見たことがない。
ザファムートはリディオノーレのことについて何回も尋ねたのだが、何も教えてくれない。
市に行った日から彼女の姿を見ていない。
それも理由なく。
今では死んだのかもしれない、と噂が流れていた。
その噂に対してグレイザックは肯定も否定もすることない。
だが、もし彼の前でリディオノーレの名前を出したら、威圧で失神させられる。
ザファムートはギリギリ耐えたが、フェルバールは既に経験済みである。
失神者が続出したことにより、誰もグレイザックの前で彼女の名前を出すことはなくなった。
だが、フェルバールとバルデミアンは彼女の護衛騎士である。
放置は良くない。
それにあの市の日、彼ら2人にリディオノーレがお土産を買ってくれていた。
訓練に付き合ってくれるのもあって剣の柄につけられる飾りを買っていたのだ。
サムエルからコソッと受け取り、練習用の真剣につけている。
このまま何も知らないままだとリディオノーレを守れない。
それにここで引き下がるものなら、グレイザックに切り捨てられそうな気がしたのもある。
フェルバールとバルデミアンは執拗にグレイザックに彼女のことを尋ねたし、部屋も訪れた。
何回威圧で失神したか。
人生でこれほど失神を経験することなんてもうないだろうと言えるくらい失神した。
流石に根負けしたグレイザックが彼女の部屋の扉を開けて、横たわる彼女を見せてくれた。
あの時ほど衝撃を受けたことはない。
ギリギリ生きているような状態のリディオノーレだった。
遠目から見ただけなので、詳しい状態は分からなかったが、生きているのを見て安心したのは事実だ。
「おや、今回の視察に愛弟子を連れて来ると思っていたのですが」
ウィスナビア領の視察の際、領主にそう言われてグレイザックは貼り付けた満面の微笑みを見せた。
その微笑みに怯んだのはフェルバールだけではないだろう。あの微笑みはかなり不機嫌なときの顔だともうわかっている。
ザファムートも半歩下がったのを見た。
ライリルムントだけは少し眉を上げただけだが。
「連れてきたかったのはやまやまだったのですが、課題に追われておりまして」
グレイザックは笑顔で答えた。
「それはそれは、あなた様の出す課題はかなり難しいのでしょうね」
ウィスナビア領主は苦笑しながら答えた。
「今度は是非、連れてきてください。お会いしとうございます」
「ええ、是非。次はそうします。彼女の兄の墓参りにも行きたいと思っておりますので」
「承知しました」
「……領地経営は順調なようで安心しました。カルムクライン領の半分以上を請け負って頂き、感謝しております」
グレイザックの感謝の言葉に領主は目を丸くした。
そして、微笑む。
「またのお越しをお待ちしております」
領主はグレイザックと握手を交わした。
全ての領地の視察を終えると、グレイザックはひと足先にアインズビルへと帰って行った。
夜中にも関わらず。
彼が天馬に跨り空へと飛び立ったのを見て、フェルバール達は息を吐いた。
「……疲れたな」
ライリルムントが首を鳴らした。
「リディは結局、どうなっているのですか」
この3人の中で事情を知らないザファムート。
「どうもこうもない」
ライリルムントが答えた。
「いつ聞いてもその答えなんですから」
ザファムートはため息をつく。
「フェルバール様はご存知なのですか」
ザファムートは質問の相手を変えた。
「私が知っているとお思いですか?」
フェルバールが彼をちらりと見てから、肩をすくめる。秘密なのだから漏らすわけにはいかない。
「リディの名を出したら、威圧されるのに無理ですよ。どれだけ失神したかご存知ないでしょう」
フェルバールは口を歪めた。
その答えにライリルムントが苦笑する。
「ザファムート。もう虐めるのはよせ。フェルバール達がどれだけ苦労しているか知っているだろう」
そう領主に咎められたら、流石のザファムートも引き下がるしかない。
「そうですね。……元気ならいいんです。ただ、これほど会っていないと寂しいものですね」
ザファムートのその言葉にフェルバールは無言で頷いた。
グレイザックはアインズビルに帰領すると真っ先にリディオノーレの元へ向かう。
到着は夜中だったのだが、ケネスが待機していた。
「動きはあったか?」
グレイザックはすぐに尋ねる。
「いや」
その答えは予想ついていたので、グレイザックはケネスに手を上げて彼女の部屋に入って行った。
「………」
リディオノーレの胸が上下しているのを見て、安堵した。
意識はないが、生きている。それだけで充分だ。
だが。
だが、毎日後悔している。
毒を受けたのが自分だったなら、どれだけ良かったか。
グレイザックは学院での事件以降、あらゆる毒に耐性をつけている。
ここまでのことにはならなかっただろう。
グレイザックは彼女が寝ている寝台に座り、額に手を当てる。
熱はほとんどなくなった。
それだけで一歩前進だ。
「……領主会議はどうするか……」
グレイザックは前髪をかきあげる。
その時に彼女からもらった疲労回復の腕輪が視界に入った。
もらえると思っていなかったので、正直嬉しかった。
女からの贈り物なんて、何の術をかけられているか分からないから受け取ったことはなかった。
それに彼自身も誰かに贈り物なぞしたことがなかった。
ここまで自分が変わったことに感慨深いものがある。
ふぅ、と少し息を吐いたグレイザック。
「………領主会議がどれくらいかかるか分からんのが腹立たしいな」
3日くらいのときもあれば、1週間ほどかかるときだってあるし、最長は3週間だったこともある。
予定が分からないのは正直腹が立つ。
グレイザックは彼女の頭を一度撫でる。
手塩にかけて育てている弟子に手をかけた奴はこの手で絶対に殺す。
呆気なく殺すのではなく、痛ぶりつくして殺してやる。
苦しめて苦しめて、殺してほしいと泣き叫ぶくらい痛めつけて殺してやる。
「待っていろ」
グレイザックは、ぎり、と歯を食いしばった。
自分の知る残酷な魔法を全てかけてやる。
「俺を敵にまわしたこと、後悔するがいい」
グレイザックはそう呟いた。




