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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り

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毒




「あとこれを」

グレイザックは袋のままリディオノーレに渡した。

彼女は袋の中身を確認する。

「可愛いっ!」

金色の髪飾りと首飾りが1つずつ入っていた。

「こんなにいいんですか?」

リディオノーレは目を瞬きながら見上げる。

「ああ」

「ありがとうございます」

リディオノーレは嬉しそうにその袋を抱き抱えた。


「私ももう1つあるんです」

リディオノーレも袋からハンカチを取り出した。

白の布地に赤紫の小さい花の刺繍が隅にあしらってある男性でも使えそうな模様のハンカチである。

「ハンカチをグレイザック様に。サムエル様にはこのブローチを」

サムエルにも真紅のブローチを渡す。

「ありがとうございます」

サムエルも驚きながら受け取る。


「……お前は」

グレイザックは呆れたように息を吐いた。

でも怒ってはいない。むしろ嬉しそうである。

「使ってくださいね」

「……勿論」

グレイザックは表情を緩め、受け取った。


「何か一杯だけ飲むか」

グレイザックは飲料の出店を指し示す。

「私が買ってきます!」

リディオノーレはサッと腰を上げ、その店に向かう。


その行動は一瞬だった。

別にグレイザックが油断していたわけでも、彼女が特別行動が早かったわけではない。


「待て!俺が行く!」

グレイザックが追いかける。

リディオノーレは追いつかれまいと速度を早める。

さっきから奢ってもらってばっかりなのだ。


「っっ!!」

リディオノーレは人混みの中、ぶつかりそうになり慌てて避ける。

「こら!」

グレイザックが慌てて彼女の腕を掴み、引き寄せた。

すると彼女がそのままグレイザックの方に倒れこんだ。

ばさ、と彼が贈った装飾品の袋が落ちる。


「っ!!」

グレイザックは慌てて受け止め、彼女の顔を見る。

意識が飛んでいるのか、目が開いていない。

しかも息が浅い。

ぽた、と何かが垂れたのが分かった。

腕を切られている。血だ。

慌てて周囲を見渡すが、人混みで犯人が分からない。


「ちぃっ」

どくん、と心臓が跳ねた。

これはやばい、と本能的に察するグレイザック。

慌てて彼女を担ぐと「ケネス!!」と叫ぶ。

グレイザックの大声に周囲がざわめく。

これだけ叫んでも反応のないリディオノーレにグレイザックは血の気が引いた。


やられた。

魔法攻撃に対する防御魔法はかけたが、物理攻撃用ではない。


グレイザックの声にすぐに反応したサムエルはケネスと共に彼の元へ急いで向かう。

狼の登場に周囲が驚き、後ずさる。


「ケネス!城へ!」

グレイザックはケネスの背にリディオノーレを乗せ、支えるようにグレイザックも乗る。

ケネスは大きい灰色の狼で、人2人くらいなら余裕で乗せられる。


「サムエル!あとは任せた!!」

グレイザックはそう叫ぶと城へと急ぐ。


ケネスはものすごい勢いで駆けながらグレイザックに尋ねる。

「我が主。もちそうか」

「分からん」

グレイザックは怖い声音でそう答え、精霊魔法を唱え始める。


ふぅ、と一回息をゆっくり吐く。

「天と地を統べる精霊よ……」

グレイザックの周囲の空気が一気に変わる。

澄みわたる。


手を彼女の傷口のところにかざす。

「我が手に集い寄りて力を発し、癒し給え」

リディオノーレの体が金色の光に包まれる。


「〜〜〜っ」

傷口が塞がり、彼女の意識が戻った。

うつ伏せになっているリディオノーレが唸る。


「頑張ってくれ」

グレイザックは彼女の手を握り、そう声をかける。

彼女は少し頷くと目を伏せる。


ケネスはグレイザックの自室までリディオノーレを運びこみ、彼女はグレイザックの手によって長椅子に寝かされ、ケネスはそばに控える。


「…っ。はぁっ」

リディオノーレの息がまだ浅い。

「毒か?」

ケネスが尋ねる。

「そうだ」

グレイザックの表情がかなり焦っているのが見てとれる。


「解毒薬はあるのか」

ケネスは簡潔に尋ねる。

「ある。が、リディの体力が保つか分からん」

グレイザックはそう言って、彼女の体調を確認する。

呼吸が浅く、発熱し、傷口は塞がっているが切られた腕が変色してきている。


その傷口を見て、グレイザックは舌打ちをする。

調べなくても分かる。あの毒だ。

この変色はバイリムートの報告書と同じだ。

すぐの変色は多量の毒を盛られた可能性が高い。

手遅れになると死ぬ。


グレイザックは机の引き出しの中から1つの瓶を取り出す。

彼の魔力を登録してあるのでそれ以外の者は開けられない引き出しだ。


グレイザックはリディオノーレの上半身を支えて起こし、瓶の蓋を開けると口に流し込む。


「………っ」

彼女が少し咽せた。

全ての薬を飲ませるとまた長椅子に寝かす。


「!!!」

数秒後、リディオノーレは目を見開き、体をびくつかせた。

「……っ!がっ!んんっ!!」

痙攣するリディオノーレ。

「!!大丈夫だ!大丈夫……っ!!」

グレイザックは彼女に覆いかぶさり、痙攣で椅子から落ちないように体重をかけて押さえこむ。


「リディ、頑張れ」

グレイザックは押さえこみながら、そう言い続ける。

「…っ!痛いっ!痛いっ!」

彼女は今度は暴れ始める。

変色しかけていた腕を力一杯握るリディオノーレ。

「大丈夫だ。大丈夫だから」

その腕を引きちぎる勢いで握る彼女の手をグレイザックは力づくで離す。


その手を握ったまま、彼女の暴走が収まるのをひたすら待った。


どれくらい経っただろうか。

たった10分ほどかもしれないし、1時間くらい経ったのかもしれない。

リディオノーレは疲労がたまった顔で意識を失っていた。


グレイザックは思わず床に座りこんだ。

そして、汗ばんだ前髪をかきあげる。


「何とかなったか」

ケネスも安堵したようで声をかける。

「いや」

グレイザックは否定する。

「これからだ」

そう言って一度息を吐いてから、言葉を続ける。

「山場は越えた。だが、あとは、目が覚めるかどうかだ」


手遅れにはならなかったが、あの解毒薬は副作用が大きい。

体じゅうにまわったであろう毒を隅々まで完全に消すために、当人の体力と魔力を根こそぎ奪うのだ。

必要最低限の体力と魔力だけ残して解毒する。


生きるのに必要な呼吸と心臓の筋肉だけ残し、あとは何もできなくなる。瞼も開けられなくなるし、手足も動かない。口も開けない。


「最近は訓練もしていた。体力は増えていたはずだ。そこに賭けるしかない」

グレイザックはそう言って腰を上げ、杖を出す。

彼女を寝かせたままの状態で長椅子を浮遊させると、彼女の部屋に持って行く。


長椅子を無理矢理部屋に置くと、リディオノーレを彼女の寝台に移す。


「主はどうする」

眠るリディオノーレを一瞥したあと、ケネスは尋ねた。

「後始末をしてくる」

グレイザックの声から感情が消えた。

「ケネス。部屋の外で護衛を頼む」

ぎり、と歯を食いしばるグレイザック。

魔力が相当漏れている。


「結界を重ね掛けしてから行く。俺しか入れんようになるから、もし誰か来ても説明を頼む」

「分かった」

ケネスは頷く。


グレイザックはかなりの魔力を乗せて結界を構築していく。

しかもかなり複雑な魔法陣。

彼と同等の魔法を知っていないと破ることはできないだろう。つまり、アインズビルにこの結界を破ることができる者はいない。


結界をかけ終わるとグレイザックは魔力の漏れを抑えることのないまま、現場に向かった。



「サムエル!」

すぐにサムエルを見つけたグレイザックは声を上げた。

今度は天馬で降り立つ。


市自体はお開きになっており、閑散としていたので見つけるのは容易かった。

サムエルは白い狼を引き連れて、グレイザックの元に跪く。


「申し訳ございません」

サムエルは開口一番、謝罪する。

「……良い。あの人混みだ。期待はしていない」

グレイザックはそう言い放つが、怒りは抑えきれていない。

彼の魔力の威圧は普通の者には毒になる。


「目撃者は?」

「いません。ただ、不審な人物を見かけたかもしれない、という人が何人か」

サムエルは低頭したまま告げる。

目を合わせてしまうと威圧にやられるからだ。


「特徴は?」

「帽子を目深にかぶった人物だと」

ありきたりな不審人物である。

グレイザックは、ちっ!と盛大に舌打ちする。

その舌打ちと共に魔力が少し暴れた。


「フィリア、魔力の残滓などはないのか」

グレイザックは白い狼、フィリアに尋ねる。

「攻撃に魔力を使った痕跡はなかったわ。ただ、逃走に転移を使ったようで、その痕跡だけはあったけど、何処に行ったかまでは」

フィリアは人間のように首を振る。


「分かった。とりあえず、城に戻る。………俺を怒らせたこと覚悟しておけ」

グレイザックの唇の端が上がり、目がスッと細くなった。


相当怒っている。

サムエルもフィリアもこうなったグレイザックを止められない。

無理だ。


この時にリディオノーレが居たら止めることができただろうが、本人が倒れたのだ。

どう足掻いてもこのグレイザックの怒りは止められない。


「……リディは、どうなりましたか」

サムエルがチラと見上げる。

「一命は取り留めた。あとは目が覚めるのを待つだけだ」

その言葉に安堵の息を吐くサムエル。

「安心するのはまだ早い」

次の言葉にサムエルは顔をしかめた。

「いつ目が覚めるか分からん」

「…どういうことですか」

「……1ヶ月後かも、1年後かも、何年後かもしれん」

グレイザックは少し目を伏せた。


「っ!」

サムエルは思わず息を呑む。

「あいつが目を覚ますまで、何人たりとも近付かせん」

グレイザックは唇を噛む。

血がじわりと滲み、ぽたりと地面に落ちた。


「これを」

サムエルはリディオノーレが落とした袋を渡した。

グレイザックが彼女に買った装飾品の袋だ。


グレイザックはそれを地面に叩きつけ、踏みにじった。


「意味がなかった!……くそっ!!!」

彼は自分で購入した装飾品を破壊した。

感情を止められないグレイザックにサムエルはたじろぐ。

こんな彼を見たのは、女性嫌いになった事件以来だ。


サムエルではどうしようも出来ないし、サムエルも実際怒っている。

地の果てまででも追いかけて、殺してやる。


サムエルとグレイザックは無言のまま、城へ戻った。





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