フェルバールの執務仕事
翌日からリディオノーレは騎士団たちとの訓練が始まった。
体力づくりもしながら、魔力を腕や足だけに流す練習も行う。
武器の扱いはもう少し体力がついてからとのことだ。
当分は体力をつけないと話にならないらしい。
元々運動をしていなかったので、体力が元々ない。なので、武器を扱えるようになるのはもっと先の話になるとのことだった。
2日訓練して1日執務を手伝うという繰り返しの日々を送る。
最初は体力がなくて、執務中に寝てしまうこともたまにあった。
でも2週間もすれば体が慣れてきて、余裕ができてきた。
ある日の訓練終了後、リディオノーレはサムエルの部屋を訪れた。
「どうしました?」
サムエルは驚いている。
「明日は執務仕事の日なんですけど、グレイザック様にお休みしてもらおうと思ってるんです」
リディオノーレの発言にサムエルは目を瞬いた。
「どうしてですか?」
「こっちに帰ってきてからグレイザック様も疲れてるのに休まずに私とフェルバール様達の面倒で大変ご迷惑をかけたので、せめて1日くらいは仕事を代わろうとずっと思ってたんです」
サムエルはまた目を瞬く。
「でもなかなか訓練に慣れなくて遅くなっちゃいました」
リディオノーレはしゅん、とする。
「今もフェルバール様達の指導をしてらっしゃいますでしょう?」
リディオノーレが訓練している間、フェルバールとバルデミアンが交代で執務をしているらしい。
「1日くらいなら代わりできると思います。領主会議の時の練習だと思って、たまにそんな日を取ろうかと思っているのですが、どうでしょう」
「いいですね。その案、採用します」
「あと、サムエル様も休み取れるように勤務体制を改善していきましょう」
リディオノーレは微笑む。
「え、私はいいですよ」
サムエルは目を瞬いて否定する。
「サムエル様も働きすぎなんです。たまには休まないと駄目ですよ」
リディオノーレは腰に手を当てて言う。
「とりあえず、明日はグレイザック様に何を言われても仕事をさせないで下さい。最悪、睡眠魔法をかけるか、睡眠薬を盛ります」
その発言にサムエルは苦笑した。
どうやら、睡眠薬を盛られたことを根に持っているらしい。
「分かりました」
サムエルからの協力も取り付け、リディオノーレは翌朝ものすごく早く起きて執務室に向かう。
日が昇る前に、グレイザックが起きる前に彼の机でひと足先に執務を始める。
「多いし、ややこしい」
始めてすぐに愚痴るリディオノーレ。
でも今日はやると決めたのだから、やりきる。
まずは仕分けから。
そうこうしている内に執務室にサムエルがやってきた。
日が昇る前に。
「早いですね」
リディオノーレを見て、サムエルが驚いた。
自分より早いと思っていなかったようである。
「お二人がいつも早すぎるんですよ」
リディオノーレは書類から顔を上げて唇を尖らせた。
「あ、午前はフェルバール様、午後からはバルデミアン様が手伝ってくれるとのことです」
「あれ?いいのですか?今日は手伝いの日じゃないですよね?」
首を傾げた。
「いいんですよ。2人も協力したいと仰せでしたので」
サムエルは笑顔で答えた。
「それは助かります」
「助かるかどうかは分かりませんが」
「………?」
「リディが上手く2人を使って下さい。まだまだ不出来な2人ですので」
サムエルは軽く仕事の仕分けをすると、朝食を取りに行ってくれた。
その間に今度はグレイザックが執務室にやってきた。
彼がいつも座る所にリディオノーレがいるので、グレイザックの眉間に皺が寄る。
「………」
グレイザックがリディオノーレを鋭い目で見つめる。
人を殺しそうな目だ。
久々その目で見つめられて、リディオノーレは身を縮めたが、頑張って見つめ返す。
「今日は師匠はお仕事お休みの日なんです」
「………あ?」
グレイザックの声までが怖い。
「今日はお休みしてください」
「………意味が分からん」
グレイザックはそう言ってリディオノーレを椅子からのけようとする。
「駄目です。今日はお休みしてください」
リディオノーレは押し返す。
「意味が分からん。何故休まないといけない?」
グレイザックは腕を組み、彼女を見下ろす。
「こっちに帰ってきて仕事しっぱなしでしょう?たまには休んで下さい」
「それはお前だろう?訓練でへとへとになっているじゃないか」
グレイザックは眉を吊り上げる。
「もう慣れたので大丈夫です。それにフェルバール様達の指導もあって疲れているでしょう?」
「………それは、同意する」
グレイザックが正直に述べた。
あまりにも正直なので、リディオノーレは少し驚いた。
「……何があったんですか」
リディオノーレは彼を見上げて尋ねる。
グレイザックは少しの間彼女を見下ろしていると、ゆっくりと唇の端を上げた。
にやり、と意地の悪い顔になる。
「本当に休んでいいんだな?」
「………勿論です」
グレイザックの表情に思わず顔が引き攣るリディオノーレだが、意を決して答える。
「あの護衛騎士2人の実力を確認するが良い」
「……分かりました。ぜ、絶対手伝ったら駄目ですからねっ!」
リディオノーレは彼をまっすぐ見つめる。
「勿論。逆にその台詞は後悔しないか?俺に手伝って欲しい、と泣きつかない自信があるか?」
グレイザックが唇の端を上げる。
「あります」
早くも少し後悔してきたが、リディオノーレは胸を張って答えた。
「……よろしい」
グレイザックはにやりと笑って「少し本を取ってくる」と言って、執務室を後にした。
それと入れ違いにサムエルとフェルバールが部屋に入ってきた。
「グレイザック様は何と?」
サムエルが朝食の準備をしながら尋ねる。
「私が後悔して泣きつかないと言うなら休む、とのことでした」
リディオノーレは答えながらフェルバールを見る。
「2人の実力を確認しろ、とも言ってました」
「………分かりました」
サムエルは薄く微笑むと、フェルバールを小突いた。
「リディに迷惑をかけないでくださいね。今、あからさまにホッとしているでしょう」
図星をつかれて、フェルバールは少し唸る。
「まあ、グレイザック様よりは質問しやすいと思いますが」
サムエルがフェルバールに微笑むが、その笑みには裏があると知っている。
「フェルバール様はもう朝食は終えているのですか?」
リディオノーレが尋ねた。
「はい」
「では、これの仕分けお願いしてもいいですか?まだ全然終わってなくて」
リディオノーレは書類の束を渡す。
「……わ、分かりました」
フェルバールは顔を引き攣らせながら、リディオノーレがいつも使っている席に座って仕事を始める。
するとグレイザックが椅子2脚と本の束を魔法で浮かせながら入室してきた。
部屋の空いているところに椅子と本を置く。
「グレイザック様、朝食はこちらに」
サムエルが声をかける。
グレイザックの執務席に彼とリディオノーレの分の朝食を並べてある。
横並びでは入らないので、向かい合わせになるが。
運んできた椅子を持って、リディオノーレの向かいに座るグレイザック。
「何か新鮮ですね」
リディオノーレは口を開く。
もし向かい合わせで食べるなら、2人の席は本来反対だ。
「確かにな」
「……何の本を読むんですか」
グレイザックが持ってきた本をリディオノーレはちらりと見て尋ねた。
「アラウィリアの図書室から写本してきたやつだ」
「っ!!いつの間に!!」
リディオノーレは目を見開く。
「読みたいだろう?」
にやりと笑うグレイザック。
「……読みたいです」
リディオノーレは頬を膨らませながら答えた。
「だろうな」
意地の悪い笑顔のグレイザック。
「護衛騎士の2人が使い物になったら、読ませてやろう」
その言葉にフェルバールは肩をすくめた。
「……どういうことですか?」
リディオノーレは目を瞬く。
「その内、意味が分かる」
グレイザックは少し哀れむように彼女を見て、朝食を素早く食べ終えた。
「俺はそこで休んでるから。どうしても分からん書類があっても聞きにくるなよ」
「…そこは聞きにこい、じゃないんですか」
リディオノーレは息を吐く。
「違うな。俺は今日、休みだから」
ウキウキ感が漏れている。
「……喜んでいるようなので、良かったです。頑張ります」
リディオノーレも朝食を終えると、片付けはサムエルがしてくれた。
その間にリディオノーレはサムエルが少し仕分けしてくれている書類を確認していく。
グレイザックは椅子2脚をつなげて、膝を片方立てて読書している。
同じ空間にいてくれるだけでも安心感がある。
サムエルが仕分けしていた書類を全て捌いたリディオノーレは、まだまだある書類を1枚1枚減らしていく。
「フェルバール様、仕分けはどんな感じですか」
リディオノーレは顔を上げずに尋ねる。
「……ある程度は」
フェルバールが自信なさげに書類を渡す。
リディオノーレはそれを確認すると、少し目を瞬いた。
「………?」
彼女は首を傾げながら、フェルバールを見上げた。
そんな時にサムエルが部屋に戻ってきた。
彼女とフェルバールが見つめ合っている所を見て、サムエルは少し苦笑して自分の仕事を始める。
「フェルバール様、どうしてこの仕分けに?」
リディオノーレは本当に不思議そうに彼を見上げている。
「どうして、と言われましても、何となく……?」
「仕分け作業はしていなかった感じですか?」
彼女は質問を重ねる。
「………一応、してましたが、怒られていました」
フェルバールは恐る恐る答えた。
「どうやるか聞きましたか?」
「………そういえば、聞いていません」
フェルバールは一瞬グレイザックを見てからリディオノーレに視線を戻した。
リディオノーレは目を瞬きながら、フェルバールを睨みつけた。
「フェルバール様」
彼女の声音が少し低くなった。
サムエルが少し目を見開く。
グレイザックは横目に2人のやりとりを見ている。
「何となく、で仕事しては駄目ですよ。グレイザック様は聞いたらちゃんと答えてくれます」
「……っ」
フェルバールはたじろぐ。
「何でもかんでも教えてもらえるものじゃないんですよ。とりあえず、この仕分けの何が駄目なのか考えてきて下さい」
リディオノーレは彼が仕分けした書類を全て返す。
案外リディオノーレの方が怖いかもしれない、と思うサムエル。
「日付が早い決済書類です。そしてそれ以外。合ってますよね?」
フェルバールは少し唇を尖らせながら反論した。
「……この部屋で最終的に確認するのは誰ですか、フェルバール様」
「グレイザック様です」
「ですよね?じゃあこの仕分けでいいと思いますか?確認するのがフェルバール様なら構いません。お好きにしてもらって大丈夫です。ですが、この仕分けじゃあ二度手間になります。もう少し詳しく分けれませんか?確認する相手は自分ではなく別の人なので、その人が少しでも仕事が楽になるよう考えて下さい」
「……では、どうすればいいか教えて下さい」
フェルバールは尋ねる。
「違います」
リディオノーレはまっすぐ彼を見つめる。
「相手のことを考えて仕事をするのです」
「……っ。それだけでは分かりません」
尚も食い下がるフェルバールにサムエルは口を開きかけた。
だが、反対側からグレイザックが手を上げてサムエルを制した。
サムエルは仕方なしに黙って行方を見守る。
グレイザックは面白そうに2人を見ていた。
「天馬合戦と同じですよ、フェルバール様。私なら、師匠がその技をするならこれをしたらもっと効果的になるかなとか考えるんです。これをすれば師匠が楽になるかな、と」
リディオノーレは話し続ける。
「相手のことをもう少し考えて下さい。これじゃあ、師匠も怒りますよ。師匠は問答無用で切り捨てますが、それに食らいついて下さい。もっと考えて考えて考えないと駄目です。脳筋じゃないんですから」
彼女は軽く毒づいた。
グレイザックとサムエルは互いの顔を見て声を出さないようにして笑った。
フェルバールは何か言いたげだったが、もう一度仕分けをし直し始めた。
その様子を見てサムエルも仕事を再開する。
グレイザックも読書を再開。
昼の鐘が鳴る前に、フェルバールは仕分けした書類をリディオノーレに渡した。
彼女は確認すると彼を見上げて口を開いた。
「惜しいです」
そう言って書類を数枚抜き取り、フェルバールの方に向ける。
「期限が早いもの、遅いもの。領主印がいるもの、いらないもの。ここまでは合ってます。あと、これならお金関係、人事、とか種類や渡す所も考えて分けてもらえると仕事がやりやすいです」
リディオノーレはにこりと微笑んだ。
「なるほど」
フェルバールは腑に落ちた顔になる。
「このまま頑張ってください」
リディオノーレがそう言うとちょうど昼の鐘が鳴り響いた。
「フェルバール様、昼食はどうなさいますか?」
リディオノーレは尋ねる。
「騎士団で食べるよ。今日はありがとう。少しコツが分かった気がする」
フェルバールはそう言って部屋をそそくさと去って行った。
サムエルも食事を取りに向かう。
部屋に2人きりになった所でグレイザックが本を置き、口を開いた。
「お前、教えるの上手いじゃないか」
「そうですか?」
リディオノーレはキリのいい所まで仕事をすると顔を上げた。
「よし。ご飯一緒に食べましょう」
彼女はグレイザックにそう声をかけた。




