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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り

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術の談義と睡眠薬



すっかり体調が良くなったのか、リディオノーレは上機嫌で隣室の扉を開けた。


彼女の顔を見てグレイザックはちょいちょいと指で手招きする。

体調をいつものように確認すると唇の端を上げた。


「体調が良くなったようで何よりだ。今日はここで執務をする。お前にはそこの本棚の閲覧許可を出してやろう。それが仕事だ」

グレイザックは親指で自室の本棚を指差す。

その発言にリディオノーレはぱぁぁっと嬉しい顔になる。


グレイザックの研究資料を読み漁っていいらしい。

正直まだ手をつけていなかったので、楽しみで仕方がない。

彼女の嬉しそうな顔にグレイザックは苦笑する。


「ちゃんと座って読めよ」

「はいっ!!」

意気込んだ返事にまた苦笑して、グレイザックは先に仕事を始める。


その内サムエルが朝食を持って部屋を訪れた。


「すっかり治ったようですね」

リディオノーレが嬉々として本を読んでいる姿を見て、サムエルは微笑みながらグレイザックに声をかける。

リディオノーレは恐らく聞こえていないから。


「ああ」

グレイザックが返事する。


サムエルが朝食を準備し終えるとグレイザックが「バニヴィアン」と言って杖を振った。

すると、リディオノーレが読んでいた本が彼の元に飛んで行った。


「ごはんだ」

目が合ったのでグレイザックは彼女に述べた。

リディオノーレは本を取り上げられたことに少し驚いた顔をしたが、すぐさま朝食の席に着く。


3人がそれぞれの机で食べる。


終わったら片付けをしようとリディオノーレが腰を上げようとした。

「今日の仕事は本を読むことだと言った」

グレイザックは睨みつける。


「……」

体調が良くなったから大丈夫なのに本当に過保護である。休めと言ったら完全に休んでないと気が済まないのだろう。

でも読書が休みになるのかは少し微妙なところだが。


「明日からまた忙しいんですから、お気になさらず」

サムエルはそう言って片付けに行く。

彼と入れ替わりにフェルバールが部屋を訪れた。


「よく来た。お前の仕事はこれだ」

グレイザックはフェルバールに書類仕事を振る。

無表情で少し怖い。

先程までリディオノーレが食事していた席に着くと、フェルバールは早速仕事を始めた。


リディオノーレはそれを横目に見ながら、グレイザックから食前まで読んでいた資料を返してもらい、長椅子で読み始める。


その資料には転移陣の省略化について書かれていて、彼女自身が実験した内容にとても酷似していた。

グレイザックの場合はとても効率よく実験していて見ていて分かりやすい。

こうやって纏めればいいのだと勉強になる。


多種多様な魔法陣をどれだけ省略できるかに一時こだわったようで読んでいてかなり面白い。

とりあえず彼女自身が使ったことがある魔法陣から読んでいくことにした。

闇の魔法陣に拡大を組み込んだものがはじめに目についた。


「ここにこう組み込んでも発動するんだ…」

思わず呟きが漏れる。

皆が仕事をしていることも忘れ、リディオノーレは杖を出した。


「バニヴィアン」

リディオノーレが魔法陣を描く前に、どこからともなくその声が聞こえて彼女の杖が飛ぶ。

杖を受け止めたのはグレイザックだ。


「何する気だ」

グレイザックの眉が吊り上がる。

「そっちの椅子持ってきて、俺の隣で読め」

昨日使っていたバルデミアンの椅子を顎で差す。

リディオノーレは椅子と資料を持って、グレイザックの右隣に腰を下ろした。


「資料を読むだけなのに杖を使うな」

グレイザックはそう言って一回彼女の額を弾くと、杖を返してやる。

「……すいません」

リディオノーレは謝りながらもう一度資料を読み始める。


(試したいっ!)

資料と自分が試した闇の拡大魔法陣が少し違うのだ。

試したいに決まってる。

「あ!」

彼女は閃き、声を上げた。


その声にグレイザックとフェルバールと今帰ってきたサムエルが彼女を見やる。


「範囲指定を組み込めば試せます!」

1人で納得するとリディオノーレは嬉しそうに頁をめくり、資料に範囲指定をした闇の魔法陣がないか調べ始める。


3人の視線に気付くことなく、リディオノーレは嬉々としているので困惑しているフェルバール。


グレイザックは視線にも気付いてなくて自分の世界に没頭する彼女に気付いてもらう為にまた額を弾く。


「いっ!!」

リディオノーレは思わず声を上げ、弾いた主を見る。

「俺たちの邪魔にならないようにしろよ」

グレイザックはそう言って少し資料を覗きこむ。


「………げ。闇の魔法陣か。……それで範囲指定か」

グレイザックは納得すると仕事に戻る。

否定されなかったので、リディオノーレは満面の笑みで魔法陣を描き始めた。許可が出たということだからだ。


「ここを、こうして……」

グレイザックはたまに横目で魔法陣を確認しながら仕事を進めている。

フェルバールも気になってチラリと見たら、グレイザックと目が合った。


「……自分の仕事に集中しろ」

グレイザックの冷たい声音にフェルバールは、う、とたじろぐ。

フェルバールはまた仕事に集中する。

正直、今まで執務仕事をやってきていないので、かなり不得意だし、時間がかかる。

そして、間違うとグレイザックが怖いのだ。


「あ、できた」

フェルバールが内心四苦八苦しているのは露知らず、リディオノーレは嬉しそうに魔法陣を描き、完成して笑顔になる。

「……楽しすぎる」

リディオノーレの心の声が一瞬、漏れた。


グレイザックとサムエルが苦笑いになる。その一瞬、空気が緩んだのをフェルバールは感じた。

でもそれもほんの一瞬。すぐさま仕事を再開する。


「うわー。これも試したい」

リディオノーレは次々と頁をめくりながら、呟きを漏らすのだが、声が大きい。

フェルバールは気になって仕方がない。


グレイザックはまたフェルバールを睨み、仕事をしろ、と無言で促す。

そして、隣のリディオノーレを見る。

額を弾き、「何を試したいんだ」と尋ねる。


「範囲拡大を組み込んだ雷撃の魔法陣や増幅を組み込んだ炎の矢、とかです」

いっぱい額を弾かれて痛いです、と愚痴をこぼしながらリディオノーレはグレイザックを見上げた。


「こんな所でするなよ。……それより、独り言がでかい。もう少し静かにしろ」

呆れながらグレイザックが言う。

「え?私喋ってませんよ?」

リディオノーレはきょとん、とした顔をする。

その言葉にグレイザックが長いため息をついて、また額を弾いた。


「フェルバールが仕事できなくて困る」

グレイザックはフェルバールを顎で差す。

「……すいません」

リディオノーレは項垂れる。

喋っていないつもりなのだが、うるさいらしい。


「よし、分かった。じゃあ、課題をやろう」

グレイザックは少し考えてそう口を開く。

「武器に変える術は剣と槍と弓矢と盾を教えたな?」

「はい」

リディオノーレは頷く。

「他に3つほど覚えてみろ。何を言われてもすぐに変えれるように。あと天馬合戦で使えそうな術を考えてみろ」

その課題に彼女は顔を輝かす。

グレイザックは思わず苦笑いになる。


こんな課題を出されて嬉しそうな顔をするなんて物好きな、とフェルバールは顔をしかめる。


「これでお前も少しは集中できるだろう?リディの1/10でいいから役に立て」

グレイザックはフェルバールを睨む。

フェルバールは唇を噛みながら、ひたすら与えられた仕事をこなした。




昼の鐘が鳴り響き、フェルバールは1番に手を止めた。

そんな様子にサムエルは苦笑いだ。

フェルバールは書類仕事が苦手なため、進捗が良くない。


「昼食を取りに行きます」

サムエルは立ち上がる。

フェルバールも仕事から逃げるようにサムエルに続く。


2人が部屋を出たのを見てからグレイザックはリディオノーレを見る。

あーでもない、こーでもない、と天馬合戦に使えそうな術を思案している。

これは使えそうだとか、これと組み合わせればいけるのではないか、などぶつぶつ呟きながら書き留めている。

因みにグレイザックの机の端でだ。

広いからそこまで邪魔にはならないが。


グレイザックはそれを覗きこみ、苦笑する。

本当に発想が非凡である。

面白い。


グレイザックは彼女の額をまた弾いた。


「ご飯の時間だから終わりだ」

「はーい」

リディオノーレは額を押さえながら資料や筆を置いた。

「進んでるか?」

「少し。武器の呪文って微妙に覚えにくいですよね」

「……って言いながら、覚えたんだろ?」

グレイザックは頬杖をつきながら尋ねる。


「多分」

「俺の資料は役に立ってるのか?」

「勿論です!ほんと面白いです!」

リディオノーレは目をキラキラさせて叫ぶ。

「発見がいっぱいでとても勉強になります」

「それなら何よりだ」


そうこう話している内にサムエルとフェルバールが帰ってきた。


「リディの食事はどちらに?」

サムエルが尋ねる。

「ここでいいか?」

グレイザックは隣の彼女に尋ねる。

「はい」

「前は嫌がってたくせに」

グレイザックは笑いながら突っ込んだ。

「聞きたいことがあるので」

リディオノーレはそう答えて資料を広げる。


すると2人で食事をしながら、研究談義になっていく。

この魔法陣にこう記号と文字を組み込んだらどうなるのか、これ以上簡略化できないのかなど、どんどん話が広がっていく。

サムエルとフェルバールは正直、師弟2人が何を言っているのか理解できていない。


だが2人はとても楽しそうである。

おかげで話が盛り上がりすぎてリディオノーレの食事の手が止まっている。

それに気付いたグレイザックが自身のフォークで彼女のおかずを刺して、ひょいひょいと口に入れてやる。

リディオノーレはもぐもぐと食べ、飲み込むと話を再開し、グレイザックは話が再開すると次のおかずを口に入れてやる。


なかなかに面白い光景だった。


「……最後だ」

結局半分以上、グレイザックが食べさせた。

「あれ?ごちそうさまでした」

リディオノーレはいつの間にかなくなっていた自分のご飯に首を傾げながら、食器を片付ける。


「片付けてきますね」

リディオノーレは立ち上がる。

「フェルバール」

グレイザックは立ち上がる彼女の腕を引っ張って止めながら、フェルバールを呼ぶ。

フェルバールは師弟2人の甘い雰囲気に驚きつつもその2人の食器を片付けに動く。


「眠たくなったら寝ていいぞ」

グレイザックは頬杖をついたままそうリディオノーレに告げる。

「皆が仕事してるのに寝たら失礼じゃないですか」

「お前が寝てる方が仕事が捗るんだが」

グレイザックが呆れたように言う。

「じゃあ……お仕事手伝いましょうか」

「そう言う割に顔がものすごく嫌そうなんだが」

「だって資料読みたいんですもん」

リディオノーレは唇を尖らせる。

素直な彼女にグレイザックがため息をつく。


「天馬合戦で使える術をまだ考え中なので、もうちょっと資料を読みたいです」

「今思いついてるのは?」

また術の話になり、師弟2人でやいのやいのと盛り上がる。


そんな中に部屋に戻ってきたフェルバールはサムエルに話しかけた。


「いつもあんな感じなのですか?」

フェルバールは苦笑いしながら尋ねる。

「今日はいつもより仲良しな気がします」

サムエルは微笑みながら2人を見ている。

「グレイザック様があんなことをしている所を見て、見間違いかと思いました……」

ご飯を甲斐甲斐しく食べさせてやる所はあまりにも衝撃的だった。


「私もですよ」

「でも私への風当たりがきつくありませんか」

フェルバールが愚痴をこぼす。

「………今度一緒にリディと仕事してみると分かると思いますよ」

サムエルは息を吐く。

本当にフェルバールは書類仕事が向いていない。でも時間はあるので、何とか物に出来ると思っているのだが。

リディオノーレがどれだけ書類仕事に適正あるか、一緒に仕事をすれば否が応でも分かるだろう。


「数をこなせば慣れてきます」

サムエルの言葉にフェルバールが苦い顔になる。

「私は騎士なのですが……」

「それがどうかしましたか?」

サムエルの有無を言わせない笑顔にフェルバールは押し黙った。

サムエルに勝てる気がしない。


そんな2人をよそに師弟は天馬合戦に使えそうな技の議論で話が尽きない。

なかなかに非道な手も聞こえてきた。


「氷の矢を放つのが駄目なら、水を凍らせてからそれを風魔法で放つのはありなのでは?」

そんな発言にフェルバールはぎょっとした。

「ギリギリ大丈夫なんじゃないか」

グレイザックがそんな返事をする。

いやいやいやいや、とフェルバールは内心で突っ込む。


「じゃあ、これは?」

リディオノーレが次に提示した技もなかなかにこすい。

巨大な石を浮遊させ、それを空中で砕けさせる技だ。巨大な石をぶつけさせるのは流石に死者が出かねないので、空中で粉砕させる技を提示したらしい。


「それだと自分の方にも返ってくるじゃないか」

グレイザックが眉間に皺を寄せる。

「そうですね…。じゃあこれは無しで」

うーん、と彼女は考える。

「バニヴィアンはどうですか?」

「?」

グレイザックは首を傾げる。


「武器を物理的に奪うのはありでは?」

「……っ。面白いな」

グレイザックは笑う。本当に面白い。


そして楽しそうな師弟2人を見て、サムエルは微笑ましくなる。


「グレイザック様、お仕事はどうされますか」

サムエルが声をかけた。

「ああ〜……、やるか」

グレイザックは思い出したように仕事に取り掛かろうとするが、その前にサムエルに目配せする。

「サムエル、茶を用意しといてくれ」

「かしこまりました」

「アラウィリアの茶を飲みたい」

「かしこまりました」

サムエルはにこりと微笑んで、フェルバールに向き直る。

「やりますよ」

サムエルはフェルバールと共にお茶の準備を始めた。


「リディ。ほら、アラウィリアの茶だ」

グレイザックはお茶を淹れてもらい、隣のリディオノーレに差し出す。

視界に移るように本の上に茶を掲げる。


「ありがとうございます」

気付いて彼女はお茶を受け取る。

一口飲むと「美味しいですよね、これ」と呟く。

「渋くなくてスッキリした味わいだよな」

グレイザックも飲む。


「ん?」

飲み干すとリディオノーレは目をぱちくりさせた。

「どうした」

グレイザックは頬杖をついて右隣の彼女を見やる。

「……」

眠い。目が閉じかける。

目をこすったり瞬いたり、頭を振ったりするが、睡魔が襲ってくる。


リディオノーレは目を開閉させながら、グレイザックを見た。

意地の悪い顔を見たのが最後、彼女は目を閉じた。

がく、と力が抜けたのを見てグレイザックは支えると横抱きに抱えて、長椅子に彼女を寝かせた。


「ふぅ。これで仕事できるな」

グレイザックはそう言って席に戻る。

なんと、リディオノーレのお茶に睡眠薬を入れていたのだ。


「にしては、随分楽しそうでしたが?」

サムエルが笑いながらグレイザックに告げる。

「そりゃそうだろう」

グレイザックは苦笑しながら口を開いた。

「俺の資料を嬉しそうに読み、非常識な術を発想し驚かせ、俺の話に楽しそうに乗ってくるんだから、そりゃそうなる」

グレイザックは前髪をかきあけながら答えた。


「そんな人いませんでしたものね」

サムエルが苦笑いになる。

「ああ……まあ、俺の師匠くらいだな」

「師匠?ですか」

初めての話にフェルバールが口を挟んだ。

「……まあ一応、俺にもそんな奴がいることは確かだ」


苦い顔でグレイザックは答え、無防備に寝ているリディオノーレを一瞥した。




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