バルデミアンの仕事
昼食も仲良くリディオノーレはグレイザックと向かい合って食べる。
サムエルも食事をしながら口を開いた。
「リディ、教えるの上手じゃないですか」
「だよな」
グレイザックも同意する。
「師匠はちょっと言葉が少なすぎるんですよ。あと、その顔で睨まれたら怖いんだと思います」
リディオノーレの率直な意見にサムエルが少し吹き出した。
「元がいい分、睨んだら怖いんですよ」
「お前、随分と言うようになったな」
グレイザックが少し顔を引き攣らせた。
「言葉足らずなので余計取っ付きにくいんですよ。私といる時は色んな人が話しかけてくるじゃないですか」
「………そうだな」
「師匠の怖い印象がまだ払拭できてないのは悲しいですね」
リディオノーレは悲しそうな顔をする。
「別にいいだろ。俺はその印象の方が困らない。誰も寄ってこないしな」
「駄目ですよっ!師匠は優しいのに」
リディオノーレの言葉にグレイザックは視線を逸らした。
「……言われ慣れてない言葉には弱いですね」
サムエルが苦笑しながら突っ込んだ。
「……お前らが知ってたらそれでいいんだ」
グレイザックは視線を逸らしたまま答えた。
「私はいいですけど、このままだと結婚できないですよ」
「……俺に結婚してほしいのか?あれだけ結婚相手の条件を出してたくせに」
「………今はだめですよ」
リディオノーレはチラ、とグレイザックを見る。
「なら、俺の優しさはお前とサムエルが知っていればそれでいい」
グレイザックが彼女の額を弾いてそう告げた。
その言葉に彼女はにまにましながら額を押さえた。
「気持ち悪い。早く食って早く仕事しろ」
「はーーい」
食事が終わるとアラウィリアのお茶で一服し、リディオノーレは仕事に取り掛かる。
そうこうしていると今度はバルデミアンが部屋にやってきた。
彼はグレイザックの席に座るリディオノーレを見て驚いた。
「今日はお手伝いありがとうございます。早速ですが、これとこれとこれをザファムート様に。これをグランエール様に。これをムナグレーク様と騎士団長様に届けてきてもらっていいですか」
リディオノーレはすぐに指示を出す。
「え」
バルデミアンが目を瞬きながら聞き返した。
「これがザファムート様。これはグランエール様。こっちがムナグレーク様と団長様です」
リディオノーレは繰り返す。
「……ザファムート様、グランエール様、ムナグレーク様と団長……」
バルデミアンが復唱する。
「グランエール……とは誰ですか」
バルデミアンが首を少し傾げながら尋ねた。
「え?」
その質問に驚いてリディオノーレは目を見開く。
「……私より前からこの城にいるのではないのですか?」
目を瞬く。
「………」
無言のバルデミアン。
「グランエール様は料理長ですよ」
リディオノーレは説明する。
「見たら料理長と分かるのか?」
「………」
何だその質問は。
リディオノーレが逆に困惑する。
「計算仕事とどっちがいいですか」
数拍のち、リディオノーレは尋ねた。
「口下手なので計算仕事の方がいいかと……」
バルデミアンが答えた。
「計算は得意なのですか?」
「………」
それにも無言のバルデミアン。
無口にも程がある。
リディオノーレはグレイザックを見た。
彼は面白いものを見る顔で見つめ返してきた。
サムエルは苦笑いで行く末を見ている。
彼女は、はぁとため息をついた。
護衛騎士2人が使い物にならないと言っていた理由が今日だけでよく分かった。
「バルデミアン様。では、まずはムナグレーク様と団長様にこれを渡してきて下さい。渡したらすぐに帰ってきて下さい」
リディオノーレはそう仕事を言い渡した。
「ムナグレーク様と団長ですね。分かりました」
バルデミアンは頷いて部屋を出た。
彼の気配が消えたのち、グレイザックが口を開いた。
「騎士としての能力は2人共高いが、執務はからっきしだろう」
その言葉にリディオノーレは頷き、少しグレイザックを見た。
「この2週間どうしてたんですか。怒らずですか?」
「………」
グレイザックは無言。
代わりにサムエルが口を開いた。
「話を聞きたいですか?」
サムエルはにこりと微笑んだ。
「……………」
リディオノーレはゆっくりと首を振った。
聞いてはいけない気がすると本能的に悟る。
「覚えられない能無しに話すだけ無駄だから、サムエルに放り投げていた。数をこなせばその内慣れるだろう」
それを聞いてリディオノーレはサムエルに哀れみの視線を向ける。
「お疲れ様でした…。サムエル様」
「そうでしょう?私も手取り足取り教えるほど暇ではないので、呆れていた所なんですよ」
サムエルは微笑む。その微笑みが怖い。
「グレイザック様は怖いお言葉と睨みで彼らを縮みあがらせるだけでしたし」
サムエルはグレイザックに微笑みかける。
グレイザックはそーーっと視線を逸らす。
「師匠ーーっ。サムエル様が困ってますよ」
「気のせいだ」
グレイザックは目を合わせることなくそう言った。
はぁ、とひとつため息をつくとリディオノーレは急いで書類を捌いていく。
おつかいに行ったバルデミアンが戻ってきた所で、リディオノーレは腰を上げた。
「ザファムート様とグランエール様の所に一緒に行ってきます」
「……優しいですね」
サムエルが少し目を見張る。
「最初私もサムエル様について行ってましたし」
「……ですが、彼は前からこの城にいますよ?」
サムエルはチラとバルデミアンを見る。
リディオノーレより前に城にいるくせに城の者を知らないのはおかしいだろう、と暗に告げている。
彼女もすごい同感なのだが、仕方ない。
「人付き合いが下手なんだと思います。これだけ無口ですし」
「……すいません」
バルデミアンが俯きながら謝った。
「バルデミアン様、行きますよ」
リディオノーレは彼を連れて部屋を出た。
彼女たちはまずザファムートの元へ向かう。
ザファムートは領主側近なので、基本は領主の執務室に控えている。
バルデミアンが無口ながら少し緊張している空気が感じられた。
「失礼致します」
リディオノーレはバルデミアンを伴って部屋に入った。
「おや、珍しい」
ザファムートがバルデミアンを見て声を上げた。
「改めまして、バルデミアン様です。これから来ることが増えると思いますのでよろしくお願い致します」
リディオノーレが紹介し、書類を渡した。
「正式にリディの護衛騎士になった方ですよね?あとフェルバール様と」
書類を受け取りながら、ザファムートが言う。
「正式に私の護衛騎士なんですか?」
リディオノーレが目を瞬いた。
「あれ、聞いていませんか?」
ザファムートが少し首を傾げ、書類を確認したのち、領主に渡した。
「あ?……ああ、忠誠を誓ったと聞いたぞ」
領主は受け取った書類を見ながら答えた。
「執務仕事もしなければならないとは大変だな」
領主はバルデミアンを見て唇の端を上げた。
バルデミアンは困ったように眉を下げる。
「頑張ってください」
ザファムートが哀れみの視線を向けた。
「では、これで失礼します」
リディオノーレとバルデミアンは次に厨房へ向かう。
「グランエール様はどこですか」
厨房は広くがやがやしているので、すぐに近くの料理人に尋ねる。その方が早いのだ。
「あー、あっちの奥にいるよ」
「ありがとうございます」
礼を言って、リディオノーレは素早く厨房の中を動く。
バルデミアンも慌ててついていく。
「グランエール様!」
見つけたら早速リディオノーレは声をかけた。
「今お時間大丈夫ですか?」
「ちょっと待っててくれよ」
グランエールが手を拭いてからやってきた。
「何だか久しぶり感がありますね」
「そうだったか?」
グランエールは少し首を傾げながら反応し、バルデミアンを見た。
「誰だい?」
「バルデミアン様です。私の護衛騎士です。もう1人いて、その人はフェルバール様です。たまに来ることがあると思いますので、覚えててください」
リディオノーレはそう答えて、書類を渡した。
「領収書等々、確認しました」
「ああ、ありがとう」
グランエールは受け取る。
「リディも護衛騎士がつくようになったんだな」
グランエールはニカッと笑う。
「そうなんです」
リディオノーレは照れたように答える。
「……仲良しなんですね」
バルデミアンが呟いた。
愛称で呼んでいることに驚いている。
「バルデミアン様も仲良くなって下さいね。では、お邪魔しました」
リディオノーレはそう言ってバルデミアンを伴い、去って行った。
執務室までの道すがら、2人は話をする。
「バルデミアン様。無口なのも美徳ですが、最低限の会話と人付き合いはして下さいね」
「……善処します。リディはいつもこんな仕事や計算を手伝っていたんですか」
「そうですけど、私なんてまだまだですよ」
リディオノーレは肩をすくめる。
「サムエル様はすごいでしょう?何も言われなくてもグレイザック様の考えを読み取って動けるんですから」
「それは長年の付き合いだから当たり前ですよね?それよりその歳で執務が出来ることが驚きです」
バルデミアンは隣を歩くリディオノーレを見下ろす。
「カルムクラインでやってたので」
彼女は苦笑いで答えた。
「……カルムクラインの生き残りは伊達じゃないってことですか」
バルデミアンは目を瞬きながら返した。
「そんな大層なものじゃないですけど、執務は私と兄がほぼ代わりにやっていたので」
少し懐かしいな…と思い出に浸るリディオノーレ。
「………申し訳ありません」
バルデミアンは謝る。
「もう吹っ切れてますので大丈夫です。そんなことより仕事です。バルデミアン様、苦手なことは先に言ってください。それも考慮して仕事を回しますし、苦手なことが出来るように助けますのでいつでも聞きに来て下さい」
リディオノーレは彼を見上げる。
「………分かりました」
バルデミアンは頷いた。
「分かってくれたならよかったです。部屋に戻ったらまずは計算の練習をしてください」
その言葉通り、夕の鐘が鳴り響くまでバルデミアンはひたすら計算練習をさせられた。
それも嫌というほど。
リディオノーレとサムエルが次々と問題を出してくるのだ。
仕事の合間に計算問題をつくれる2人に舌を巻いたバルデミアンだった。
「今日はありがとうございました!」
夕の鐘が鳴って、リディオノーレはバルデミアンを解放した。
「……こちらこそ」
バルデミアンはふらふらになりながら立ち上がった。
もう当分計算したくない、と顔にありありと書いてあった。
バルデミアンが部屋を出たあともリディオノーレとサムエルは少し仕事を続ける。
「……終わりそうか?」
グレイザックが本を閉じて尋ねる。
「明日のためにもう少しだけします。もうちょっとだけお待ちください」
リディオノーレは答え、速度を上げる。
少しでもグレイザックが楽になるように。
「少しだけだぞ。無理するなよ」
その言葉に彼女は微笑んで頷く。
超特急でキリのいいところまで終わらせると、リディオノーレは両手を上げて伸びをした。
「終わりました!お待たせしました!」
「………よくやった」
グレイザックは書類を見て唇の端を上げた。
綺麗に仕分けしてある。
そして、目についているであろう手紙の束には一切手をつけず、聞いてもこなかった。
本当に律儀に守る所が賢い。
「食べてからその手紙の話をしよう」
グレイザックは手紙を一瞥してから彼女を見た。




