アインズビルへ帰還
「長い間世話になったな」
グレイザックはアブストールと別れの挨拶を交わす。
「相変わらず、お前は規格外だな」
アブストールは苦笑しているが、どこか嬉しそうだった。
「次会うときまで、元気にしていろよ」
「お前は親か」
グレイザックが顔をしかめながら突っ込んでいた。
「ティア様、この度は大変お世話になりました!」
リディオノーレが嬉々として話しかける。
「私もとても楽しかったです。お手紙書いて下さいね」
グレティアーナが優しく微笑んでくれる。
「はい!是非!グレーク様にもよくよく言っておきますので、お任せください」
リディオノーレはムナグレークの腕を引っ張る。
「………元気でな」
ムナグレークは困ったようにそれだけ言った。
「何ですかそれー!それだけですか!?」
リディオノーレは腰に手を当てて怒る。
「ちゃんと挨拶してくださいっ」
リディオノーレに促され、ムナグレークはもっと困った顔になる。
「……あっち行っておきますので、ちゃんと挨拶してきてくださいね」
リディオノーレは微笑んで兄妹にその場を譲った。
フェルバールやバルデミアンもアラウィリアの騎士たちと和気藹々と別れの挨拶を交わしていた。
サムエルは荷物番として後ろに控えていたので、リディオノーレは彼の元に行く。
「どうされましたか?」
「……結構立ってるのも限界なんです」
リディオノーレはサムエルの服を掴みながら、弱く微笑みそう言った。サムエルから水をもらって飲み干すと、少し汗を拭う。
座ってしまうと失礼なので、サムエルに寄りかからない程度に体重を預けている。
「……魔力は薬で回復したのですが、体の方がその……」
その言葉にサムエルは彼女の手首を掴む。
汗ばんでいて、脈も速い。
「帰りは馬車の中でゆっくりお休みください。もうしばし、頑張れますか」
サムエルは水を渡す。
リディオノーレはこくりと頷く。
「リディオノーレ」
グレイザックに呼ばれ、リディオノーレは力を振り絞り彼の元に行く。
自分でも分かっているのだが、結構熱が上がってきている。
グレイザック以下全員がアラウィリア領主の前に跪き、最後の挨拶を交わす。
「また会おう」
領主のその言葉を最後にアインズビルの面々は天馬に跨った。
天馬車の御者台にサムエルとムナグレーク。
馬車の中にリディオノーレとグレイザック。
あとはそれぞれの天馬に跨った。
リディオノーレは中からアラウィリア城が見えなくなるまで手を振った。
そして、見えなくなった途端、体の力が抜けて倒れた。
それを分かっていたのか、グレイザックが支えてくれて、ゆっくりと椅子に寝かせてくれた。
「よく我慢したな」
グレイザックは彼女の額に手を当てる。
「分かってたんですか」
寝転んだまま、リディオノーレは尋ねた。
「分かるだろ普通。……まあ大分気取られないようになってるが」
グレイザックは自分の上着をかけてやりながらそう答えた。
リディオノーレはぎゅ、と彼の上着を掴む。
「あれだけ魔力を使えばそうなる。その魔石の杖じゃあな。回復魔法をかけても良いが、別に急ぎじゃないからゆっくり治せ。疲れただろう。2、3日寝込んでも問題ない」
「……でも」
「その疲れた体で帰ってすぐに仕事したいなら魔法かけてやるぞ」
「大丈夫です」
リディオノーレは即答した。
御者台で会話を聞いているサムエルとムナグレークは苦笑いになる。
優しさが分かりにくい。
「寝ろ」
グレイザックは腕組みをして向かいの椅子に深く座った。
「寝る前に…」
リディオノーレは口を開く。
グレイザックは片眉を上げ、黙って続きを促す。
「天馬合戦どうでしたか」
「……よくやった、と言っただろう」
「どう、よくやった、だったのか教えて下さい」
「俺は寝ろ、と言った」
「感想聞かせてください」
お互いが引き下がる気がないようなので、御者台からサムエルが声をかけた。
「グレイザック様、どう良かったのか教えるだけでいいのですから一言言ってあげてください」
「………」
グレイザックはため息をつくと口を開いた。
「魔獣狩りのときといい、今日の天馬合戦といい、お前は策士や軍師向きだな。そして簡単な術を組み合わせた発想は面白かった」
グレイザックは組んでいた腕を外し、膝に肘をつけて手の甲に顎をのせ、前のめりになる。
「お前はどうなんだ。やりやすくなかったか?」
グレイザックは唇の端を上げる。
「すごいやりやすかったです。私の考えてることが本当に分かるんですね」
「俺だからな」
グレイザックはにやりと笑う。
「ただ、俺じゃないと対応できないから他の奴に同じことを求めるなよ」
リディオノーレはそれにこくりと頷いた。
「納得がいったか?」
寝ろ、と目が言っている。
「グ、グレイザック様は?グレイザック様はやりやすかったですか?」
その質問に彼は、ふ、と笑った。
「楽しかった。お前となら負ける気がしないな」
その言葉にリディオノーレは破顔した。
空気が一瞬にして、ふわ、と甘いものになったのが分かる。
聞いているサムエルとムナグレークも互いを見て微笑む。
天馬合戦の申し込みが多すぎて辟易していたグレイザックが、まさかそんな発言をするとは。
「またやりたいです」
「学院に行けば、否が応でもできる」
「違いますよー」
グレイザックと一緒にやりたいと分かっているはずなのに、わざと彼は違う答えを言う。
「………機会があればな」
グレイザックは彼女の瞼に手を当てる。
そして、彼女から規則正しい寝息が聞こえてきたのを確認してから手を離した。
「楽しかったんですね」
ムナグレークは御者台から話しかけた。
「うるさい」
グレイザックは腕組みをして機嫌が悪そうに答えた。
彼は目の前で寝込んでいる彼女を見やる。
本当になんてやつだ。
教えてもない術を次々と。
杖を持った途端、全力で魔力をぶつけていた。
そして、本当にセンスがいい。
機転も利くし、恐怖しない所が良い。
「何故、怖くないんだ」
グレイザックは呟いた。
普通の女なら、怖気付くものである。
「……それは、グレイザック様がいるからでは」
サムエルが答えた。
「俺がいたら怖くないのか」
「そうでしょう。リディはグレイザック様に全幅の信頼を寄せていますからね」
「ほら、命を預けているとも言っていたではありませんか」
ムナグレークも言う。
そういえば、そんなことも言っていたな、とグレイザックは目を閉じた。
「リディは完全にグレイザック様に背中を預けられますからね。グレイザック様がいれば怖いもの知らずでしょう」
ムナグレークは言葉を重ねる。
「グレイザック様はどうなんですか」
サムエルが静かに尋ねた。
「命は無理だ。………だが」
一旦言葉を区切るグレイザック。
「その内、背中は預けられそうだ」
その言葉にサムエルとムナグレークは互いの顔を見て、目を瞬いた。
驚いて声が出そうになったのだが、何とかこらえた2人。
まさか、あのグレイザックが他人にそんな発言をするとは。
かなり信頼しているのが分かる。
「それは……彼女の実力が、背中を預けられるに値する、ということですか」
ムナグレークが尋ねた。
信頼云々の前に魔法の実力をグレイザックが認めるとは、前代未聞かもしれない。
魔力量、知識、発想などをグレイザックが認めた相手がいただろうか。
グレイザックは首席だったが、次席とかなり差のある首席だった。
天馬合戦においてはアブストールが勝手に好敵手扱いをし、ムナグレークは天馬の扱いが異端なのにそれを唯一認めた同級生がグレイザックだったので、ムナグレークが勝手に彼を好いているのだ。
「将来、戦ったら魔法だけなら互角かもしれん」
まさかの発言に御者台の2人は息を呑んだ。
「魔法だけならな。だが、俺は武器も扱えるから、俺の敵ではない」
「…………リディに頑張ってもらいます」
ムナグレークが答えた。
今、誓う。体力、筋力をつけてもらおう。
互角に戦える所を見てみたい好奇心がある。
身体強化を使ってでもグレイザックくらい武器を扱えるようになってもらいたい。
「やってみろ」
グレイザックは唇の端を上げた。
「武器の扱いに関しては、騎士団に丸投げの予定だったからな」
「では、私も加勢します」
ムナグレークも笑って答えた。
「ああ。任せる。………俺も少し、寝させてもらう」
グレイザックは腕組みして、目を閉じた。
リディオノーレが目を覚ましたのは、天馬車からおろしてもらう為に抱きかかえてもらったときだ。
身じろぐと、「寝ておけ」と一言言い放たれ、リディオノーレはまた目を閉じる。
一向に熱が下がる気配がしない。
「代わります」
抱きかかえているグレイザックにフェルバールが進言する。
「では頼む。先に部屋に連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
フェルバールは返事をすると、すぐに彼女の部屋へと向かう。
次にリディオノーレが目を覚ましたのは、翌日だった。
完全に日が昇っている。
体を起こして、寝台に座る。
喉が渇いた。何か飲み物が欲しい。
よいしょ、と立ち上がって隣の部屋へと続く扉を開けた。
「グレイザック様?」
隣室はグレイザックの部屋なので、ちらりと中を覗いた。
部屋の中にいた全員がバッとリディオノーレの方を向く。
「……そこに座れ」
ため息をつきながらグレイザックは長椅子を指差した。
グレイザックの部屋には、部屋の主とサムエルとフェルバールとバルデミアンもいた。
サムエルはすぐさま飲み物を用意してくれる。
フェルバールとバルデミアンは何やら書類仕事をしていた。
リディオノーレは言われた通りに長椅子に座る。
彼女が座ったのを確認したら、グレイザックは熱や脈を測り、体調を確認する。
「………この熱で動くな」
グレイザックは呆れたように注意すると、額を弾く。
「喉が渇いたんですー」
力無く反論するリディオノーレ。
「魔法で呼べ。馬鹿者」
口調は怖いのだが、顔は呆れている。
「食欲はあるか?」
「少し」
「じゃあ用意させる。それまでそこで休んでおけ」
グレイザックがそう言うと、彼が命じるまでもなくサムエルが即座に動き始めた。
「フェルバールついていけ」
フェルバールが側近の仕事をさせられると思ってなかったリディオノーレは思わず体を起こした。
「じ、自分でしますよ」
流石に騎士であるフェルバールに側近の真似事はさせられない。
「気にするな」
「で、ですがっ」
尚も言い募る彼女にグレイザックは額を弾く。
「俺が気にするな、と言ったんだ」
「…………分かりました」
リディオノーレは渋々引き下がり、食事が来るのを待った。




