攻撃魔法とカンナビーティア国
「な、何の魔獣ですか」
ここからでは樹々が邪魔して見えない。
「危ないかもしれん。上空へ逃げるぞ」
グレイザックは小声で指示をし、手綱を握る。
ムナグレークも彼に続いて上空へ。
騎士の後衛部隊だと思われる人たちも地上班と上空班に分かれて待機する。
相乗りをさせてもらっているリディオノーレは、声のした方向に顔を向ける。
「!!!!」
見えた。大人3人分の背の高さがある大きい黒い熊が5体。
「苦戦……してますか?」
リディオノーレが背後のムナグレークに尋ねた。
「……少し」
ムナグレークが緊張しているのが分かる。
あの熊は図体の割にすばしっこい。
「どれ。危機的状況まで待つか」
グレイザックがにやりと笑った。
騎士団たちはきちんと連携が取れている。取れているのだが、熊の方が攻撃力と回避能力が高いようだ。
弓矢や魔法攻撃を複数は命中させないと退かない。
「でも、前、象の魔獣を倒したとか言ってませんでしたっけ?」
兄の葬儀で叔父がアブストールにそう言っていたはずだ。
「そう言えばそんなこと言っていましたね」
ムナグレークが思い出しながら言う。
「ほお。やるじゃないか」
それを聞いたグレイザックが面白がる。
「にしては、熊如きに苦戦しすぎでは?」
リディオノーレは正直に述べてみた。
「恐らく新人騎士の訓練も兼ねているみたいですね。1/3くらいは新人なように見えます」
ムナグレークが状況を見下ろしながら呟く。
「でもアブストール様が出てない所から見るとまだ余力がある感じですか?」
いつでも攻撃できるように構えてはいるが、アブストールはまだ指示を飛ばしているだけである。
「ふむ。成長しているな。卒業してすぐに団長となるくらいだから、それくらいの実力がなくてはな」
グレイザックの表情はまだ面白がっている。
「だが、そうも言ってられんかもな」
グレイザックは目を細め、先を見た。
土煙が舞い上がっている。
「虎、だな」
「まさかここまで魔獣が出るとは」
ムナグレークも驚いている。
「どうするんですか」
虎の群れが迫ってきている。
「リディ、これを」
グレイザックは一本の杖を取り出し、彼女に渡す。
「!!!」
魔石の色に驚くムナグレーク。
金色である。犀の魔石の杖だ。
「いつのまに?」
ムナグレークは驚きを隠せないまま、グレイザックの方を向く。
「グレイザック様、これ、象の魔石では?領主さまと一緒ですよね?」
リディオノーレは目を瞬きながらグレイザックを見た。
「え!?犀の魔石でしょう?」
ムナグレークが聞き返す。金色にしか見えないのだが。
グレイザックは困ったように「お前は分かるのか」と苦笑いになった。
「その通り、象の魔石だ。犀に見えるように色を誤魔化す魔法をかけてある」
グレイザックは素直に認めた。
「ええっ!」
ムナグレークは更に驚く。
象の魔石をいつ手に入れたのだろうか。
「なので、傍から見れば犀の杖だ。自分からバラさないように。これなら入学するくらいまで保つだろう」
「こんな貴重な杖をいいのですか?……え、その言葉だとこれが私の杖ではないのですか?」
枝はロガリアで魔石は象。充分すぎると思うのだが。
「違うな。まだ魔力が安定していない」
グレイザックはそう言って自身の杖も抜く。
「俺は魔法攻撃で弱らせてからの剣で仕留める。グレーク、背後を任せる。リディ、こちらに来い」
上空でムナグレークの天馬からグレイザックの天馬に恐る恐る移る。
「後ろに座って、俺の服から手を放さないこと。まあ、落ちても後ろのグレークが拾ってくれるだろう」
グレイザックがにやりとしたのが何となく察せられた。
「絶対放しませんっ!!」
リディオノーレは頬を膨らませ、両手を彼のお腹にまわす。右手には杖を握りしめている。
「しっかり掴まっておけよ」
グレイザックは右手に杖を持ったまま懐から魔法陣の描いた紙を取り出す。
「狙いはどちらですか」
リディオノーレが尋ねる。
「虎だ。虎の魔石を大量に手に入れようじゃないか」
後ろにいるのでリディオノーレからはグレイザックの表情は全く見えていないのだが、絶対に彼は今笑っている。
ゆうに20は超える虎の大群に単騎で突っ込むらしい。
天馬で駆け降りる途中、アブストールがこちらを見たのが見えた。ある程度降りた所で、グレイザックは止まる。
グレイザックが持っているのは雷撃の魔法陣だ。
攻撃魔法を調べていたので覚えている。
彼は杖に魔力を通し、その魔法陣を浮かび上がらせた。
「トルドゥル!!!」
雷が10本ほど轟音を立てて落ちた。
あまりの衝撃にリディオノーレは力一杯、グレイザックにしがみついた。
下を見ると黒焦げになって動けない虎もいるが、直撃を避けた虎はすぐに態勢を立て直す。
倒れたのは数体だけだった。
「グレイザック様!もう一度!」
リディオノーレは声を上げた。
「あん?」
命令されたことにグレイザックは少し怒ったようだ。
「範囲拡大を重ね掛けします」
彼女の提案にグレイザックは面白い、と答え、また雷撃の魔法陣を取り出す。
リディオノーレは遅れないようにもらった杖を動かす。
ここがこうで、こうだったはず。
描き終わるのを見計らい、グレイザックはまた雷撃を唱えた。
すると、20体全てを囲むくらいの雷がさっきとは比べ物にならないくらいの音を立てて落ちた。
下にいる騎士団たちから呻き声が上がる。
「やりすぎだ!!!!」
誰かが叫んだ。
「アブストールの声だな」
グレイザックは鼻で笑う。
「ついでだ」
熊に苦戦している騎士たちに向かってグレイザックは魔法陣を取り出す。
「……風の刃?」
リディオノーレがその魔法陣を見て呟いた。
その呟きにグレイザックが少し驚く。
「知っているのか?」
「増幅魔法……かけましょうか?」
リディオノーレは思いつきを口にする。
その2人の会話を背後で聞いていたムナグレークは呆れ顔だ。
使ったことも実際見たこともない魔法に何をしたら効果があるか提案できるなんて天賦の才である。
しかも瞬時に思いつくとは、この2人の組合せは最強かもしれない。
そして魔力が桁違いなので、驚くくらい効果が高い。
「増幅も知ってるのか?」
グレイザックは少し目を瞬いた。
「魔法陣を描かなくてもいい術は覚えやすいです」
その返答に彼は唇の端を上げて笑うと、頼んだ、と答えた。
「ヴァンクリンゲ!!!」
「オグメント!!!」
グレイザックの風刃の呪文とリディオノーレの増幅の呪文が重なる。
杖の振り方も完璧。
グレイザックの魔力なら7つか8つの刃が発動すればいいくらいなのだが、増幅魔法をかけたのでその倍以上の刃が発動し、熊の魔獣は一瞬でバラバラになる。
騎士たちも同じような魔法を試していたが、魔力量の差が原因でなかなか仕留められずにいた。
この師弟の魔力は言わずもがな規格外なのがこれで知れ渡った。
「剣で仕留める手間が省けた」
グレイザックは彼女との連携攻撃に満足そうに呟いた。
「………師匠も師匠なら弟子も弟子ですね」
ムナグレークはそっと呟く。
「こぉら!!またやりすぎだ!!」
またアブストールの叫び声が聞こえた。
グレイザックがそんな発言は無視して、ゆっくりとアブストールの元に降り立つ。
「威力がでかすぎる」
アブストールは怒りながらグレイザックに近付く。
「当たったのか?」
グレイザックは眉を上げながら尋ねた。
まさかそんなヘマしてないだろう?と鼻で笑う。
そんなグレイザックの態度にアブストールは顔を歪めた。
「とりあえず魔石を回収するからな」
グレイザックはリディオノーレに先に降りるように促す。
「手を貸してやれよ」
アブストールは優しくないなぁ、と言いながら彼女が降りるのを手伝ってくれた。
「ありがとうございます」
リディオノーレは礼を言う。
グレイザックも素早く降りると、行くぞ、と声をかけた。
リディオノーレはぱたぱたと後ろをついていく。
「お前は行かないのか?」
ムナグレークが止まっているのを見て、アブストールは声をかけた。
「魔石を取るだけなので大丈夫だろ。それより、そっちの被害は?」
ムナグレークが尋ねる。
「直撃は免れたもののまあまあの被害だ」
アブストールが苦い顔になる。
「よくやっていた方だろ。新人だろう?連携もよく取れていた。よく訓練してある」
ムナグレークのその言葉にアブストールは少し驚いた。
まさか褒めてくれるとは。
「グレイザックは魔力が増えているのでは?」
1人でこの量を倒すとは。新人騎士が束になってようやく傷をつけられていたのに。
相変わらず規格外である。
アブストールの言葉にムナグレークは苦笑いになった。
「あれはリディが拡大と増幅を重ね掛けしたせいであの威力になったんだ」
ぽりぽりと頭を掻くムナグレーク。
「何だと」
アブストールは眉間に皺を寄せた。
そりゃあ威力が段違いないわけだ。
アブストールは少し悪態をつきながら、処理を始めた。
ムナグレークも一緒に手伝いを始めていた頃には、グレイザックとリディオノーレは半数の魔石を取り終えていた。
杖を刃物系の武器に変え、魔石を抉り出すと動物の体もサラサラと砂のように消えていく。
「お前気持ち悪くないのか」
平気で魔石を回収しているリディオノーレにグレイザックは尋ねる。
「え、あ、まあ気持ち悪いんですけど」
リディオノーレは杖を鎌に変えて魔石を取っている。
「でも存外平気そうだな」
「魔石の方が大事なので。優先順位が違います」
「………なら良い」
グレイザックは気にするのを辞めて、魔石をひたすら取る。
全てを取り終えると2人は騎士たちの元に戻った。
「1/3は譲る。あとはくれ」
回収した魔石をグレイザックはアブストールに渡す。
「……?くれるのか?」
あのグレイザックが魔石を譲るとは。
アブストールは驚いて目を瞬いた。
「お前が取ったやつだろう?どうした?」
アブストールはものすごい気味悪がっている。
「良い。元々こいつの参加予定がなかったのに無理矢理参加させてもらったからな」
「………お前、そんな優しい奴だったか?」
アブストールは呆気に取られた。
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
「いやいや、グレイザックだぞ?あのグレイザック」
「……これだけで充分事足りる」
グレイザックは顔を引き攣らせながらそう答えた。
アブストールの言葉が解せないが、相手にするだけ無駄だ。
「リディ戻るぞ。グレークはどうする?まだ手伝うか?」
グレイザックは尋ねる。
「私は残って手伝います」
「了解した。先に戻っておく」
グレイザックはそう言って天馬に跨った。
リディオノーレも相乗りさせてもらう。今度は彼の前に腰を下ろす。
彼女がきちんと座れたのを確認し、グレイザックは手綱を握った。
アラウィリア城までゆっくり戻る。
「……お前、魔力は大丈夫そうか」
象の魔石でそこそこ魔力取られたはずだ。
グレイザックは尋ねる。
「んー。今のところは。眠気もないですし、だるさが少しあるくらいで、別に気にするほどのだるさでもないです」
グレイザックは後ろから彼女の額に手を当てる。
「熱もないな」
体調を確認すると手綱を握り直す。
「少し駆けるぞ」
グレイザックはどんどん上へ駆けて行く。上へ行くほど気温が下がるので、少し寒くなってきた。
「どこに行くんですか」
リディオノーレは振り返って見上げて尋ねる。
彼はそれに答えることなく、満足いく所まで高度を上げると止まった。
「今いるのがアラウィリア。あっちがアインズビル。こっちが旧カルムクライン。そっちがウィスナビア……」
グレイザックが地理の説明を始めた。
高い所から見渡す景色は言葉に表せないほどすごい。
「で、アインズビルから北上すれば、王族直轄地だ」
グレイザックが指を差す。
「あそこに王宮があるはずだ。見えるか?」
「………ちょ、ちょっと待ってください。遠視の魔法ってことですよね?」
リディオノーレは彼の意図を察して、杖を出す。
「えっと……」
思い出そうとして真上を見上げると、反対に見下ろしているグレイザックと目が合った。
彼女は思わず目を瞬く。
「遠視の魔法分かるか?」
「ええと……イペリ……シュトロピア……?」
思い出しながら見上げたまま述べた。
その答えを聞いて、グレイザックは表情を緩める。
「相変わらずよく知ってるな。振り方は?」
「覚えてないです」
しゅん、とした彼女を見てグレイザックは別に良い、と答える。
どこか機嫌が良さそうだ。
「前を向け」
グレイザックは彼女の杖を一緒に握る。
「自分の目に杖の先を向けて唱える。振り方はこうだ」
グレイザックと一緒に彼女は唱えた。
「イペリシュトロピア」
一瞬でリディオノーレの視界が変わっていく。遠くまで見渡せるほどの視力になり、感嘆の声を上げる。
「あそこら辺に王宮が見えないか?」
グレイザックが指を差す。
「!見えます!!大きいですね!」
思ってるより巨大な宮殿が見えた。
「あの王宮周辺が王族直轄地になり、直轄地の東の方、あっちに魔術学院がある。学院の建物が見えるか?」
「……あ、あれですかね」
王宮が巨大すぎて、学院の建物がすごく小さく見える。
「学院から王宮まではそんなに遠くない。故に王族がたまに視察で来るからな」
「えっ」
グレイザックの言葉にリディオノーレは嫌だな、と告げる。
「仕方ない。とりあえず、関わらんようにしておけ」
「関わることなんてあるんですか?」
「ないだろう。もし同学年だとしても、王族は個別で授業を受けているから気にすることはない」
「じゃあ大丈夫ですね」
安心するリディオノーレ。
「あの王宮をそのまま北に行けば、海だ。そしてアラウィリアの北東にある門は見えるか」
「あの門ですね」
リディオノーレは目を凝らす。
「あそこがナックルンドとの国境門だ。あそこで検問を行い、許可を得て出入国ができるようになる」
「もし何かあったらアラウィリアが1番に攻められるのでは?」
「……お前は戦があると思っているのか」
リディオノーレの言葉に少し眉を吊り上げたグレイザック。
「わ、分からないですけど、可能性はありますよね?……まだ、黒幕は見つかっていないのでは?」
リディオノーレは見上げて尋ねた。
「ああ」
グレイザックは苦い顔で答える。
「まあでも軍事力はアラウィリアが1番だ。だから、何かあればアラウィリアに足止めをしてもらう」
彼女は国境門を見据える。
ナックルンド。まだ、謎が多い。
彼女の兄が被った毒はナックルンドの素材だと聞いている。
「ナックルンドは敵だと思え」
その言葉にリディオノーレは思わず彼の顔を見上げる。
グレイザックはナックルンドの方を向いたまま、怖い顔をしていた。




