魔獣狩りへ
魔獣狩り当日。
リディオノーレは騎士服に身を包み、グレイザックとムナグレークと共にアラウィリア騎士団達の元に現れた。
「参加させてくれて礼を言う。基本後方にいる故、邪魔にならないだろう」
グレイザックはアブストールに申告する。
「了解した」
アブストールは返事すると、騎士団たちに向き直る。
「前衛班、後衛班、魔法班、回復班、準備はできたか」
「はっ!!!」
一斉に騎士たちが返事をする。
「では出発する」
その号令と共に騎士たちが天馬に跨り進んでいく。
最後方のところにグレイザック、そしてムナグレークと相乗りしているリディオノーレが控える。
前方のアラウィリア騎士団たちとは少し距離を開けてついていく。
「………こんなところにいては、魔石が手に入らないのでは?」
魔獣狩りは最後に首を落とした者が魔石をもらえる。
リディオノーレは心配になって小声で後ろから手綱を引いてくれているムナグレークに尋ねた。
「普通はそうですが、グレイザック様なりの考えがあるのでしょう」
ムナグレークが答えた。
「魔獣を倒すだけが目的じゃないぞ。アラウィリアで自生している素材をこっそり収集するからな。だから1番後ろなんだ」
隣に並んで聞き耳を立てていたグレイザックが答えた。
その言葉にムナグレークは少し苦笑いになる。
「なるほど!アラウィリアとアインズビルでは素材に差があるのか実験する感じですか?」
リディオノーレは嬉々として尋ねる。
「そういう使い方もあるな。だから、気になったのがあればいっぱい取っておけ。こっそりとな」
グレイザックは最後の言葉をものすごい小声で言う。
「分かりました!こっそりと取ります」
リディオノーレも思わず小声で返す。
「魔獣狩りは勉強になりますから、よくよく見ててください。リディが騎士団に入らないとは限らないですし」
ムナグレークが言う。
「確かに。騎士としての道もあるっちゃあるな」
グレイザックは頷く。
「グレイザック様こそ騎士が向いてそうですが?」
リディオノーレは興味本位で尋ねてみる。
「……俺は、学院の教師になりたかったんだ」
グレイザックは前を見ながら答えた。
「何でも知ってますもんね!勉強を教えるのは向いてると思いますが、しかめっ面と作り笑いで授業されるのは嫌ですね……」
リディオノーレは想像しながら答えた。
彼女の言葉にムナグレークがぷ、と笑う。彼が1番、リディオノーレの言葉によく吹き出す人物な気がする。
「確かに外面がいい分、あの綺麗な作り笑いで授業されたら女子はたまったもんじゃないですね」
ムナグレークがずけずけと同意した。
「やっぱりそう思います?あの笑顔はグレイザック様を知らない人からしたら凶器ですよね!絶対皆見惚れちゃいますよ。あと、頭悪い生徒がいたら、びっくりするくらい罵倒しそうじゃありませんか?」
彼女も想像でものを言っているが、かなり失礼である。
隣で聞いているグレイザックはかなり眉間に皺を寄せている。
それを気にせず、2人は会話を続ける。
「まあでも知識量はどの先生にも勝ると思いますよ。全教科、授業できるはずです。リディも教わっているのでは?」
ムナグレークが言う。
「はい。流石、師匠です。グレイザック様に師事できて本当に感謝してます」
「本当に感謝してるのか?さっきから結構罵倒されている気がするんだが」
グレイザックがしかめっ面のまま愚痴る。
「ほら、あの顔で授業されたらちょっと萎縮してしまいません?」
リディオノーレが指を差す。
「顔がいい分、皺が寄ると怖いですからね」
ムナグレークが同意する。
「お前ら、さっきから言いたい放題すぎないか?」
グレイザックの頬が引き攣っている。
ちょっと先にはアラウィリアの騎士たちもいるため、不機嫌を丸出しにしないようしているらしい。
「でも教師じゃなくて良かったです」
リディオノーレは笑顔で述べた。
「何でだ」
グレイザックが片眉を上げる。
「教師してたら、あの時、カルムクラインで出会わなかったじゃないですか」
その言葉にムナグレークの頬が緩む。
この娘は本当に心をくすぐるのが上手い。
「あの時、グレイザック様がいたから、今の私がいるんです。あの時いなかったら、私、お兄様と同じように死んでいたと思います」
「………そうだな」
グレイザックも不機嫌じゃなくなり、同意する。
「もし別の貴族にもらわれていたとしたら、ゾッとします」
リディオノーレは肩をすくめる。
「それを聞いて俺も今悪寒がした」
グレイザックも言う。
「このじゃじゃ馬の手綱は俺しか握れんからな」
グレイザックは唇の端を上げた。
「じゃじゃ馬って何ですか。じゃじゃ馬って。全然じゃじゃ馬してませんよ」
彼女はぷぅと頬を膨らます。
「え?じゃじゃ馬じゃなかったんですか?」
ムナグレークが素で問い返してきた。
「え?大人しいじゃないですか!」
「え!?」
それにはグレイザックもムナグレークも声を揃えて驚いた。
その声に前を行く騎士が一瞬振り返る。
こほん、とグレイザックは咳払いをした。
「嘘だろ、それで大人しいのか?」
グレイザックはまた眉間に皺を寄せる。
「次々と規格外な実験をするのはどこのどなたですか」
ムナグレークも突っ込む。
「実験はグレイザック様も興味深そうに見てますから同罪です。そんな規格外なつもりもありませんし……」
語尾が少し小さくなるリディオノーレ。
「自覚がないのは困りましたね」
ムナグレークが苦笑いになる。
「あと集中しすぎて周りの音が聞こえないのは良くない」
グレイザックが咎める。
「そんなの知らないですよ。わざとじゃないですもん」
わざとしているわけではないことを注意されても直すのは難しすぎる。
「話を戻しましょう。何故、教師にはならなかったんですか?」
リディオノーレは一歩踏み込んだ。
「……まあ、義兄上には世話になっていたからな。領主補佐をつとめれば、恩を返せるかと思ってな」
そんな義理と人情にあふれた人だったのか。
リディオノーレは少し驚いた。
利にならないことはしない主義のグレイザックが。
「……勿体無くないですか?」
リディオノーレは恐る恐る進言した。
この優秀なグレイザックは何にでもなれるだろうに。
騎士でも、教師でも、研究者でも、はたまた自分の利になるような領主の娘と政略結婚でもして将来的に領主になるという手もあるだろう。
これだけ優秀なのだから、引く手数多の筈だ。
「勿体無かったとしても、今グレイザック様にいなくなられると困るのはリディでは?」
ムナグレークが苦笑しながら言う。
「確かに……。じゃ、じゃあ、私が成人したら自由に……って、成人まであと6年くらいありますよ?正確には5年とちょっとくらい?婚期逃しちゃうじゃないですか!」
リディオノーレは色々考えながら述べたが、これでは駄目だと思い至る。
「別に大したことはない。俺は女が嫌いだから結婚する気もない」
「いやいや、でも」
リディオノーレは頭を振る。
「リディはグレイザック様が結婚しても何とも思わないのですか?」
ムナグレークが少し踏み込んで聞いてみた。
彼女はグレイザックのことをどう思っているのだろうかと。
「どういう意味の質問ですか」
リディオノーレが困った顔をしてムナグレークを見上げる。
「そのまんまです。グレイザック様が結婚していなくなってもいいのですか?今、彼に縁談が来たらどうするつもりですか」
ムナグレークが尋ねる。
グレイザックもその答えに興味があるのか、彼女を見つめている。
「まず、結婚を申し込んでいる女性たちを尊敬します」
「ん?」
思った答えと違ったため、ムナグレークは手綱を変な風に握って天馬を怒らせてしまった。
「ん?どういう意味だ?」
ムナグレークは天馬を撫でて落ち着かせてから、再度尋ねる。
「グレイザック様の嫁になろうという勇気のある女性たちに尊敬の念を抱きます」
彼女はうんうんと頷く。
「………それで?」
ムナグレークの頬が引き攣っているが、続きを尋ねる。笑ってしまいそうなのだ。
「それで、その女性たちが本当にグレイザック様を好きなのか私がちゃんと確認します」
胸を張って言い張るリディオノーレ。
グレイザックは呆気にとられている。
「……政略結婚の場合もありますよ?その時は好きとかの感情はないのでは?」
「そんなのは駄目です。政略結婚はさせません」
「!!」
グレイザックの目が見開いた。
ムナグレークは笑いを堪えるのに必死である。
体が震えたら振動が伝わってしまうので、必死に唇を引き結んでいる。
「好きでもない相手と結婚は駄目です。だってグレイザック様ですよ?好きじゃないと、絶対に一緒にやっていけないじゃないですか」
絶対に仮面夫婦になること間違いなしだ。
子作りなんて絶対にしないだろう。
「この顔と魔力は絶対に残すべきなので、仮面夫婦では絶対に駄目ですっ!」
その言葉にムナグレークは堪えきれず、吹き出した。
「……はっ、これは、面白すぎますっ。ぷっ。駄目だ……っ。くくっ」
ムナグレークは笑いを止められない。
「顔と魔力ですって、グレイザック様。顔と魔力のために子孫を残すべきとのことですよ」
ムナグレークは肩を震わせながら、グレイザックに話しかける。
グレイザックはもう呆気にとられて、口をあんぐりと開けていた。
流石にそんな間抜けな面を見たことがなかったので、リディオノーレも驚く。
彼女に見られていることで、グレイザックはすぐ正気に戻ると頭が痛い、と言ってこめかみを揉んだ。
「お前は俺を何だと思ってるんだ。顔と魔力だけが大事なのか」
「違いますよ」
「何が違うんだ」
「顔と魔力も大事ですけど、グレイザック様を本気で大事にしてくれる人じゃないと駄目だってことです」
そんな話だったか?とグレイザックは顔をしかめる。
「それをリディが判断するのですか?」
ムナグレークが尋ねる。
「グレイザック様のことを好きでいてくれる人ならいいんです。グレイザック様がその人のことを嫌いでも、好意を向けられていたらその内好きになると思いますし。でも嫌いなのに結婚したら、仮面夫婦になること間違いないじゃないですか」
本気で未来を憂いているリディオノーレ。
「そうなったらこの顔と魔力はどうなるんですか。勿体無さすぎるでしょう?」
「………あまりにも当たり前のように言うから、そんな気がしてきました」
ムナグレークが答える。
「この際だから聞きますけど、そんな人と子作りしたいと思いますか?」
リディオノーレは真剣にグレイザックに尋ねる。
その質問にムナグレークはまた吹き出した。
グレイザックは睨んで黙らせる。
「俺に釣り合う魔力を持つ者としか子作りはしないし、そうじゃない奴と結婚もしない」
その答えを聞いて、彼女は満足そうに頷く。
「そうですよね。ほらグレーク様、グレイザック様の結婚相手を探すのも苦労しますよ。でも婚期を逃しても駄目なので、頑張って私もグレイザック様の相手探しますね」
「ぷ」
ムナグレークはまた吹き出す。
「誰かあてがあるのですか?」
彼は重ねて尋ねる。
「ないですよ。でも学院に行けば、少しはあてができるかな、と思っているのですが」
彼女の言葉にムナグレークはまた笑う。
「グレイザック様に釣り合う魔力の方がいると?」
「逆に今まで1人もいなかったんですか?」
リディオノーレは首を傾げる。
グレイザックとムナグレークは記憶を辿る。
先に口を開いたのはグレイザックだった。
「……男ならいたな」
「それは結婚できませんね」
リディオノーレは残念そうな顔になる。
もう会話が面白すぎる。
ムナグレークの肩の震えが止まらない。
だって、グレイザックの魔力に釣り合う者は今のところリディオノーレしかいないのだから。
「この話題はもうやめろ。何故教師にならなかったのか、という話に対して脱線しすぎだろ」
グレイザックは呆れ返る。
「でもグレイザック様の結婚も大事なことですよ」
「お前に心配されなくても相手が見つかれば結婚するから大丈夫だ」
「今も結構縁談来ているのではないのですか?」
「そうだが、釣り合う者はいない」
「婚約はしてもいいですが、結婚は私が成人するまで待って下さいね?」
リディオノーレは懇願する。
「お前に言われるまでもない。そのつもりだから心配するな」
グレイザックは彼女の額を弾いた。
「お前は自分の心配をしておけ。今のままだとお前も結婚相手が見つからんぞ」
「私はいいんですー。私より先にグレイザック様ですから。師匠が結婚すれば、私も考えます」
なかなかに難しそうな未来だとムナグレークは苦笑いになる。
今のところグレイザックが結婚する未来が見えないので、リディオノーレの結婚も想像がつかない。
「前途多難ですね、グレイザック様」
ムナグレークは笑う。
「本当にな」
グレイザックは眉間に皺を寄せたまま微笑んだ。
器用な芸当だ。
そんな楽しげ?な話をしながら3人は進んでいると、魔獣を発見したとの知らせが入った。
騎士たちが一斉に緊張し、警戒態勢に入ったのが察せられる。
「まずは見ておけ」
グレイザックに連れられ、騎士団たちの邪魔にならない所で様子を見る。
アラウィリアの騎士団たちは本当によく統率が取れていた。
前衛が斬り込みに行き、その前衛を後衛の弓矢班が補助し、怪我をしたら無理に突っ込まずきちんと引き下がり、回復班に回復させてもらい、また前衛に参加する。
前衛の数が減れば、魔法班がその補助に入り、魔法班や弓矢班を盾班が守り抜く。
素晴らしい連携だった。
「素晴らしい連携ですね」
1番先に現れたのは狼の大群である。
爪で引っ掻いて襲ってきたり、威嚇の遠吠えで失神させたりするなど、厄介そうだったがあっという間に倒した。
「流石だな」
グレイザックもそうこぼす。
「無理に特攻する者もいないのがすごいな。引き際を弁えてるのが賢い」
グレイザックが褒めるので少し驚くリディオノーレ。
「さて、次は何だ」
グレイザックが興味深そうに騎士団の動きを凝視している。
次に現れたのは、馬の魔獣だ。
「火を吐くぞ。気をつけろ!」
皆が声を掛け合う。
前衛が囮になり、魔法班と中長距離攻撃班が交互に術を放ち、仕留める。
「やるな」
グレイザックは唇の端を上げた。
どうやら楽しんでいるようである。
「グレイザック様は何もしないんですか?」
リディオノーレが質問する。
「とりあえず小型の魔獣を倒すことにする」
騎士たちが相手にしていないので小型の魔獣はそこらじゅうにいる。
攻撃されても特に痛くも痒くもないのだ。
とりあえず攻撃してくる兎の魔獣を何匹も倒し、魔石を手に入れる。
グレイザックが杖を大剣に変え、一振りで薙ぎ倒す。
一瞬だった。
あとそこの素材、それとこれとこれも、とか指示されながら、リディオノーレとムナグレークは収集に励んでいる所に、前方から動物の大きな唸り声や吠える声が急に聞こえ、リディオノーレはびくりと体を震わせた。




